ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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遅れてしまいました。大変申し訳ありませんでした。

旅行ですっかりリズムが狂ってしまいましたが、次回こそいつも通りに投稿していきたいと思ってます。(戻っても週一投稿だろとか言わないで……)


ヤンデレ説得

 

「これは流石に予想していなかったな……」

 

 アヴェンジャーが呟く。その手にはエナミから渡されたアサシンのクラスカードがあった。

 

「……ヤンデレ・シャトーのサーヴァントは英霊の座から英霊の一側面を召喚する様に、カルデアに召喚された英霊の一側面に過ぎない筈だが……」

 

 信じられないと思いつつも昨日の光景がアヴェンジャーの脳裏に浮かび上がる。

 

「……ショックが大き過ぎてカルデアに召喚された英霊自体がクラスカード化するとはな」

 

「先輩もゲームを起動させたらゲーティア戦のマシュの様に静謐のハサンが使用不可能になっていて驚いたそうです」

 

 アヴェンジャーはカードを見つつ解決策を考え始めた。

 

「そのクラスカードはカルデアと繋がっている。本来は英雄の座から人間の体に英霊の力を宿す為のカードで、シャトー内ではカルデアからそれを行っている」

 

 カードについての知識を口に出して思い出しつつ、答えへと辿り着いた。

 

「……ならば、このカードを夢幻召喚(インストール)してあの男との喜びをサーヴァントに伝えれば、或いは目を覚ますかもしれんな」

 

「お断りします。私にとってはこれで先輩を誑かす女が減って嬉しいです」

 

 そう言うとエナミはカードをポケットにしまうとアヴェンジャーに背を向けた。

 

「さあ、先輩を呼んで下さい。今日も私が参加します」

 

「令呪は1つしか無いが……問題ないな」

 

 アヴェンジャーの確認にエナミは首を縦に振って答えるとアヴェンジャーは早速、切大を呼び出した。

 

 

 

「静謐のハサンについて、本当に何にも知らないのか!?」

「知らん。そもそも記憶が消えるのは悪夢の中にいるにも関わらず記憶に残すとお前に悪影響があるからだ。

 通常、夢を思い出せない様に、貴様の味わった恐怖を思い出す事は出来ない」

 

 アヴェンジャーに静謐が使用不可能になった現象に心当たりがあるか尋ねるが、知っていても教えないと言う態度で断られ、俺は渋々退いた。

 

「この悪夢に原因があると思うのであれば、探ればいい。

 今回も貴様の後輩がいる。精々、気を取られすぎて他の女の妄執に飲まれぬ事だ」

 

 アヴェンジャーが指差す方向には笑顔のエナミがいる。

 

「えへへ……よろしくお願いしますね、先輩?」

「まじかよ……」

 

 ずっと出番が無かったからって、テンション上げ過ぎじゃないか?

 

「夢の中で先輩と会えるのは嬉しいです! だって……麻痺に麻酔に媚薬に洗脳……ほかにも色々出来ますもんね? ……はぁー、楽しみです……あ、私は薬物を使うのは嫌ですけど、前みたいに先輩が抵抗するなら使っちゃってもいいかなーって考えてます!」

 

 怖い。俺の後輩が脅してくる。

 おかしいな……ヤンデレ・シャトーは2人共追い掛けられる話じゃなかっけ?

 

 そんな今更な不安を懐きつつも、俺はヤンデレ・シャトーへと飛ばされた。

 

 

 

「先輩、着きましたよ?」

「あばよ!」

 

 目覚めて直ぐに【瞬間強化】。トップスピードでエナミを置き去りにして行く。

 

「先輩!?」

 

 今回は静謐のハサン消失の謎を調べなければならない。

 エナミに捕まって時間を無駄にするつもりは無い。

 

 シャトーの廊下は暗いが1本道だ。

 まだ目が慣れてないがエナミが逆方向から迫ってこない限り正面には誰も――

 

「捕ま――っきゃあ!?」

「おわっ!?」

 

 暗闇で視界を塞がれたまま全力で廊下を走る俺の前に突然誰かが現れたが避ける事も止まる事も叶わず、ぶつかってその人物に重なる様に倒れ込んだ。

 

「い、ったたたぁ……と、止まりなさいよ、もうぅ……あ」

「急に誰だよ全く……げっ!」

 

 両手を地面に着けつつ上半身を起こすと、体の真下には今の状況に頬を染めたアーチャーのサーヴァント、クロエ・フォン・アインツベルンがいた。

 

「……お、お兄ちゃん、クロエに乱暴、しないで――ってちょっと!?」

 

 ご要望にお答えしてスッと立ち上がった。ただの事故なのに何を期待しているんだこのキス魔は……

 

「もう! ちょっと位襲ってもいいのにぃ……」

「ロリコンダメ絶対だ」

 

 それよりも、こんな場面を他人に見られたらどんな勘違いをされるか――

 

「へぇー……私から逃げたのにそんな小さい娘は押し倒すんですね先輩。

 そういう趣味なんですか?」

 

 ――言わんこっちゃない。

 後ろからエナミがやって来ていた。俺に追いつく為に既にブリュンヒルデをインストール済だ。

 

「危ない趣味です、今すぐ矯正します」

 

「よっと……キレイなコスプレね女のマスターさん?

 ふふ、断然やる気が出て来たわ……じゅるり」

 

 愛しい人(エナミ)の姿にテンションの上がったクロエは舌なめずりをしながら両手に干将・莫耶を投影させて戦闘態勢に入った。

 捕まえて色々する気満々だ。

 

「サッサと始末して、先輩をこの手に……!」

「骨抜きにして、ア・ゲ・ル!」

 

 剣と槍がぶつかり合っている内に俺はサッサと逃げ出した。

 

 

 

「……手掛かりって言ってもなぁ……前回と今日でガラッと変わるのがヤンデレ・シャトーだし……」

 

 二人から離れた俺は適当な場所で止まって頭を抱えていた。

 

「一緒にいた事は覚えているエナミは答えてくれないから昨日登場したサーヴァントがいればいいんだが……そもそも俺がその事を覚えてないし」

 

 悪夢について思い出そうとするが、頑張ってもエナミがいた事だけが分かる。

 

「仕方ない、片っ端からサーヴァントに聞いて回るか」

 

 そう言うと俺は最寄りの部屋をノックした。

 

「誰かいるか?」

「っむ! その声は奏者か! 待っておれ!」

 

 部屋から聞こえた声はシャトーでは初めて出会うセイバークラスのサーヴァント、ネロ・クラウディウスだ。

 

「来てくれたか奏者よ! ささ、遠慮せずに入るがよい! 我らのマイルームだ!」

 

 黄金色の家具と真っ赤なバラで飾られた部屋に入った。

 その眩しい程の輝きに思わず目を瞑ふ。

 

「どうだこの威光! 華やかであろう! やはり愛の巣はこうでなくてはな!」

 

 ネロはローマ皇帝。マスターには構って欲しい甘えん坊な性格だ。ヤンデレの闇はまだ見えないが束縛系か執着系だと思われる。

 

「この前は美少女のマスターに命じられてロクに話も出来なかったが、今宵こそは寝床を共にし甘く過ごそうではないか!」

 

 そう言ってネロはキングサイズの天蓋付きベッドを指差した。

 

 だが彼女はそんな事よりも聞き捨てならない事実を口にした。

 

「待った! エナミに会ったのか!?」

「ん? そなたもおったではないか? この部屋にも入ったであろ!」

 

 ネロは俺の発言に首を傾げるがいきなり当たりを引いたらしい。ならばネロに色々と訪ねて静謐について探りを入れよう。

 

「……奏者よ? まさか、覚えておらぬのか? 令呪の縛りがあったとは言え、余の輝きも、声も、顔も……覚えておらぬと申すのか!?」

 

「おわっ!?」

 

 どうやらネロの病みのスイッチが入ってしまったらしい。

 俺の肩を掴むと上半身を背中からベッドに押し倒した。

 

「余の、オリンピアの華である余を! 至高にして史上のサーヴァントを! このネロ・クラウディウスを! 忘れたのと言うのか!?」

 

 肩を握る力は強くなり、怒りの表情が直ぐ側まで近付く。

 

「お、覚えてるよ! 覚えてるよ!」

 

 自身の才にも容姿にも絶対的な誇りと自信を持つネロにとって、想い人に一度見たその輝きを忘れられるのは我慢ならなかったらしい。

 

 一度落ち着かせる為にも此処は彼女の望むままに話を合わせよう。

 

「……そうだろうそうだろう! 忘れる訳が無いのだ! 我はネロ・クラウディウス! この真紅の衣装と芸術の如き美しい肢体、一度見れば忘れる事など出来ないであろう!」

 

「ああ、赤セイバーまじ俺の嫁」

 

 落ち着いた彼女の金髪を撫でる。それだけで満足そうに頬を緩ませた。

 

「余の嫁もそなただけだぞ奏者よ! もっと撫でるがよい、我を存分に愛でるが良い!」

 

 相変わらず犬の様に懐いていて助かった。だが、また暴走されては折角の情報が聞き出せない。

 慎重に言葉を選んで俺は質問を始めた。

 

「……あのさ、ネロの輝きが眩し過ぎて他のサーヴァントについて良く覚えてないんだけど、誰がいたか思い出せる?」

 

「奏者よ。そなたは余の事だけ見ていればいいのだぞ。他の者の事など忘れれば良い」

 

 そう言うと思ったよ。

 

「そうだよねぇー……セイバーは可愛いだけだから、記憶力が低いもんなー……はぁー……」

 

「む! し、失礼な! 余はちゃんと覚えておる!

 たしか……余の衣装に勝るとも劣らぬ派手で斬新な帽子を被った麗しい美少女がいた! 美少女のマスターの命令で切り捨ててしまったが、余のハレムに加えるのもやぶさかではなかったぞ!」

 

 派手な帽子……マリーか。

 

「他にも、この部屋にいた時にドア越しに毒を放ってきた妖艶な暗殺者をいたぞ!

 あの唇……毒で穢されてはいたが美味であった! 毒が無ければハレム入り間違いなしだったのだがな……」

 

 やはり静謐のハサンもいたようだ。だが、唇の感触を知ってるとなると……

 

「消滅、したんだよな?」

 

「む? いや、確かに余は倒れはしたが睡眠薬を貰っただけなのでな、眠っただけだ」

 

「その後には、何もなかった?」

 

「いやその日それだけだったが……ああ1つだけ奇妙な事があったな!」

「奇妙な事――」

 

 ネロの口にした気になる一言について詳しく知ろうとしたが、それより早くドアが開かれた。否、突き穿たれた。

 

「……見つけたぞ、マスター」

 

「す、スカサハ!?」

 

 この寒い時期に水着姿で現れたのはアサシンクラスのサーヴァント、スカサハだった。

 

「む、これから蜜月を楽しもうと言うのに……無粋な客人め」

 

 ネロは俺から離れるとスカサハへと対峙する。

 

「人の物を横取りしている盗人に、無粋などと言われたくは無いな」

 

「盗人ではない! 余は皇帝! 余が欲した物はこそ、我の物でありローマの物!

 マスターはこのネロ・クラウディウスと共に永遠に添い遂げ合うのだ!」

 

「私とて未だ殺せる者が存在しない影の女王……その男は奪い返させてもらう」

 

 スカサハは短刀の様なゲイ・ボルグを取り出す。

 それを見たネロも手を伸ばして自身の剣を手元に呼んだ。

 

「……マスターよ、奇妙な事とはコレだ」

 

 ――そう言って呼び出されたネロの宝具、原初の火(アエストゥス エストゥス)には赤い血が滴っていた。

 

 

「――え?」

 

「……その血、滴っている量から見ても致命傷。だがそれが英霊の物ならば消滅と共に血液も消滅する筈だ」

 

「そうだ。余はもうこれの味を見た。

 濃ゆい魔力だ。これほどまでに体によく馴染む血は他に無い。恐らく、マスターの物だ」

 

「な――!?」

 

 では前回の悪夢で、俺を殺したのはネロ!?

 

 いや待て。

 

 ネロは睡眠薬で眠ってしまったと言っていた。

 それからは覚えていないと。

 ならば……誰が俺を殺した? マリーか? エナミか? 静謐か?

 

 もし静謐が殺したならばその事実にショックを受けて俺のゲーム内で使用不可能になるのも納得は出来る。

 

「……い」

 

 スカサハが呟いた。

 

「貴様の舐めかけだろうと関係ない! その剣に滴る全ての血、貰うぞローマ皇帝!」

 

 テンションの上がったスカサハは短刀を両手に構えて走り出した。

 

「例え一滴であろうと余は譲らぬ! 奪える物なら奪ってみせよ!」

 

 ネロは短剣を受け止めて応戦を開始する。

 

 情報は十分に貰った。さっさとこの部屋から出て避難しないと……

 

 

 

 【緊急回避】を駆使してネロの部屋から出て来た。

 

「あ、危ねえ……黄金の劇場(リサイタル会場)が発動してたら部屋から出られず仕舞いだった……」

 

 膝で息をしてなんとか整える。

 取り敢えず、場所を移すべきか。

 

「マスターさん、みーっつけたぁ……」

 

 明るい声が聞こえてきた。

 この声はクロエだ。逃げて来た方から聞こえてきた。

 

「そう言えば千里眼があるんだった……!」

 

 この暗闇でもヤンデレの嗅覚やら視覚は普段と同等以上に働くんだから本当に怖い。

 

「一旦広場へ……!」

 

 俺はクロエの声から遠ざかる様に走った。

 

 広場にはすぐに着いたが、そこではエナミが待っていた。

 

「せ・ん・ぱ・い♪」

 

「え、エナミ!? その姿は……!」

 

 だが、そこに立っていたエナミの衣装はカルデア礼装で無ければブリュンヒルデの衣装でもなかった。

 

「……静謐のハサン!?」

 

「あはは、凄いですねこの能力! 毒も麻痺も睡眠も媚薬も変幻自在、なんでも使えますね!」

 

 茶髪を揺らしつつ体を揺らす。

 静謐の物より大きな胸がぴっちりとしたタイツ越しに揺れている。

 

「……はぁっはぁ……おにぃい……さぁん……クロエ、もう我慢できないのぉ……」

 

 そして退路を塞ぐ様に力ない足取りでクロエがやって来た。

 

「ランサーのインストールが消え掛かった時は焦りましたけど、この力があれば問題ありませんね」

 

「おねぇさんのぉ……お指で、クロエの体……熱くてぇ……ビンビンしててぇ……もう限界なのぉ……!」

 

 顔が赤く、目の焦点も定まっていない様子だ。

 両足もモジモジとしていて、とても○学生がなっていい状態ではない。

 

「先輩にこんな小さい女の子に手を出されては困りますので、サッサとこの毒で始末させて頂きますね?」

 

 そう言ってエナミは俺の背後にいるクロエに近付く為に1歩踏み出した。

 

「……? アレ?」

 

 2回前へと歩いた足は何故か3歩目を踏まずに止まった。

 

「な、何で足が……!? 動かな――」

 

《ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、もう近付きません、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい》

 

 頭の中に静かに湧き出してきた謝罪の言葉に、思わず頭を抑えた。

 

「こ、これは……!」

「わ、私のクラスカードから……! あ……ぁぁ……」

 

 声の影響かエナミは驚きの表情のまま後ろへと下って行く。

 

《ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい》

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

《ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい》

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 エナミの口と頭の中で懺悔が響き続ける。

 

「あの、カードが静謐の物なら……! エナミの体を侵食する程の、罪悪感が……!!」

 

 漸く理解出来た。

 エナミが俺に近づいた時、彼女の意思に反して足が止まったのはそれ以上近付いては駄目だと言う事。だが、エナミ俺との間にあった距離は約3m(・・)

 

 ネロの宝剣、アエストゥス エストゥスを持っていても俺には届かない距離であり、俺の決めた静謐のハサンの毒の射程距離外でもある。

 

 ここまで証拠が揃えば自分の行動を想像するのは容易い。

 

「つまり……静謐の媚薬で手を出しそうになった俺は、近くにあったネロの宝具で自害したのか……」

 

《ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい!》

 

 未だに続いている懺悔の声に胸を締め付けられる。

 

「なら……解決策は1つだな」

 

 この事態を終わらせる方法は単純だ。本人があれだけ反省しているんだし、許してやるだけだ。

 

 だけど今のままでは静謐所かインストールの影響で謝り続けているエナミにすら声が届きそうにない。

 

「先ずはこの間合いに入り込むっ!」

 

 頭に響き続ける声を無視して俯いたままのエナミに走り出す。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「謝るなら近付けよ!」

 

 だが、エナミは俺が接近すると英霊並のステータスで距離を取る。

 

「なら壁に追い込んで退路を塞いでや――おわぁ!?」

「えへへ……おにぃさん、つーかーまーえた……! クロエ、もうがまんできなぁい…………はむぅ」

 

 発情していたクロエは俺の背後から抱き着いて耳を甘噛みして来た。

 

「ええい! アトラス院礼装、【イシスの雨】!」

 

「はむぅんっちゅ……あへぇ? 

 ……っきゃあ!?」

 

 発情が解けたクロエは俺からパッと離れ、股を抑えてる。

 

「……うぅ……ビショビショになってる……マスターに、放置プレイされて私、もうこんんなに……!」

 

 ダメだ、発情とか関係なしに存在がエロいぞこの魔法少女。

 

「そんな事よりも静謐を……!」

 

 未だに俯いたままの状態でエナミは口を動かしているが、頭の声は距離が離れたからか聞こえなくなっている。

 

「静謐、もう良いんだって」

 

「……なさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

「俺が許してやるから、な?」

 

 近付く。後退る。

 近付く。後退る。

 

 だが、エナミの後方は壁だ。これなら!

 

「貰っ、た!」

 

「ごめんな、さい」

 

 まさかの跳躍。俺の頭上を飛んだエナミは俺を背後を取って背中を向けて廊下へと走り去っていく。

 

「あ、待――」

 

「いたぞ! 奏者だ!」

「ああ、これで――!」

 

 逃げるエナミとは逆方向から部屋に放置しておいたスカサハとネロがやってきてしまった。

 

 って言うか何で2人で来てるんだよ!?

 

「――!」

 

 スカサハが空中で指を動かし文字を書く。魔術によって作られた文字が俺目掛けて飛んできた。

 

「ルーン、魔術!?」

 

 咄嗟に避けた。

 

「マスター……大人しくしていろ!」

 

 スカサハがもう一度ルーンを刻む。これはヤバいやつだ。間違いない。

 

「ちょこまかするな、奏者よ! 我らからの加護だ!」

 

「どんな加護だよ!?」

 

「うむ。隷属の加護だ」

 

 それは加護じゃなくて呪いだ!

 

「だ、大体そんな物があるんなら、スカサハは魔術が効く相手に対して無敵じゃないか!?」

 

「残念ながら隷属のルーンは十数分の前準備と対象の血が必要な上に、魔術の強度は脆いので対魔術スキルどころか多少の魔力で弾かれるのでな、そう簡単に使えるものでは無い」

 

 だから俺の血を欲しがってた訳ね。

 でもそれなら俺も魔力でレジストすれば弾けるんじゃないか?

 

「……あぶね!?」

「っち!」

 

 飛んできた文字を避けた。しかも舌打ち。

 スカサハの話した簡単にレジスト出来るは嘘か。

 

「とぉう!」

「うぉあ!?」

 

 ネロが跳躍し、上から俺へと落下してきた。

 

「これで逃げられないだろう」

「は、離せ! だ、大体! 自分より弱いマスターを言いなりにするとか、恥ずかしくないのか!?」

 

「敵対者ならともかく、想い人の時間を奪いたいと思うのは当然の願いだ」

 

「余も最初はそう思っていたが、奏者のマスターになれると思うと、こう……!   

 胸が徐々に熱を帯びるのだ! まるで、その時を待ち焦がれていたかの様に!」

 

 説得失敗。そして首の後ろをスカサハになぞられた。

 

「さあ、もうルーンを付けたぞ」

 

「最初は余が命令したい!」

 

 魔術の効果が身体に染み渡る。今命令をされれば確実にその通りに動いしてしまうだろう。ならば今しかない!

 

「カルデア戦闘礼装、【ガン――】」

 

「私への攻撃を禁止する!」

 

 向けていた指が勝手に閉じる。

 

「まだ足掻くか、マスター」

「流石は余の奏者だ! しかし、余は悲しいぞ? そんな抵抗されるとはな……」

 

「皇帝、先に頂くぞ。私を抱け」

 

 スカサハがとんでもない命令を下した。

 

「んっな!? お主、気が早いのではないか!? ならば余も! 余を先に抱け!」

 

「ふん。皇帝との同盟の条件は隷属権限の共有だがマスターの初めてを譲る気は無い」

 

 こうなったら仕方がない。さっさと命令を完遂しよう。

 俺はスカサハに抱き着いた。

 

「……ふふふ……っは!」

 

 抱き着かれたスカサハは嬉しそうに笑うが、自分の願いと違うと気付き満足気だった表情をキリッと整えた。

 

「マスター、そうではない。性的に抱けと――」

 

「【オーダーチェンジ】!」

 

 スカサハを抱きしめたままスカサハを対象に【オーダーチェンジ】を発動させた。

 

 入れ替えたのは当然――

 

「――あ、ぁ……!?」

 

 静謐に囚われたままのエナミだ。インストールの影響で俺のサーヴァントとして認識されている様で助かった。

 

《――放して!》

 

「は、放してぇ! 放してぇ!」

 

 こっちが救おうとしてるってのにエナミは俺の体を押して離れようと必死だ。

 出来れば普段から離れていて欲しい物だが、生憎今回はそうもいかない。

 

「もう大丈夫だから……」

「大丈夫じゃ、ない……!」

 

《私の近くにいては、駄目!》

 

「近くにいても良いだ」

 

《駄目! マスターが……死んでしまいます……! 毒が効かなくても、私が触れた人は皆……!》

 

 トラウマ再び、と言った所か。昨日の悪夢から逃げる為に俺がとった最終手段が悪過ぎた。

 

「……俺に触れたいんだろう?」

《死んでしまうなら、触れれなくてもいいです》

 

「あのさぁ……ヤンデレは殺してなんぼだからな?」

《……え?》

 

 すっとんきょな声が聞こえてきた。

 

「このヤンデレ・シャトーでは、俺は死ぬ気で逃げるんだ。お前らの愛からな。

 だから逃げる俺に不快を感じるのは当たり前だ。

 捕まえたお前達がナ二しようかは勝手だ。だけど、捕まえたかったらちゃんと捕まえろ。

 礼装が使えるなら逃げるし、令呪があれば逃げるし、思考出来るなら逃げる。武器があれば……最終手段だが自決だってするさ」

 

 捕まったら夢精でテクノブレイクとか笑えない死因だからこっちも本気なんだけど。

 

《…………》

 

「だから、捕まえるならちゃんと捕まえろ。それか優しく扱え。性的に追い詰められるとヤケクソの童貞がバカやらかすから」

 

 ……エナミの両腕がぶらりと下がった。

 どうやらエナミ本人の意識が戻ったらしい。

 

「…………」

 

 途端にエナミの姿もカルデア礼装に戻り、床に落ちたクラスカードから、静謐のハサンが現れた。

 

「……死んだり、しませんよね?」

「死なないように、捕まえてみろ」

 

 

 

「…………だそうですよ、エナミさん」

 

「えっい!」

 

 油断した! イイハナシダナーで終われると思って完全に油断していた!

 

 俺が抱きついた体勢のままエナミの両腕が俺の背中に周りガッチリ掴んでいる。

 

「奏者よ! 余はちゃーんと空気を読んで、無言で、待ってやったぞ!! なので余も抱き着いてやろう!」

 

「どれ、私のルーンを再び刻んでやろうか」

 

 ネロが抱き着き、スキルで飛ばされていたスカサハも帰ってきた。

 そして俺の足を掴む小さな腕。

 

「……私も、混ざりたいな?」

 

 クロエだ。ゾンビの様に地面に這いつくばりながらも、俺の足を掴んでいる。

 

「えぇい! 放せぇぇ!」

 

「…………あれ?」

 

 俺がジタバタ暴れていると突然、エナミがふらっと倒れる。

 

「……こ、これは……!」

「くっ薬か………!?」

「うぅ……良い所、な、し……」

 

 俺以外の全員がその場に倒れた。

 

「エナミさんは、インストールし過ぎで力が抜けているだけです。

 他の皆さんには、麻痺毒を振り撒きました」

 

 1人だけ、照れながらも笑う褐色肌の少女。

 

「せ、静謐……?」

 

「マスター……先ずは両手両足を縛らせていただきますね?」

 

 何処からか鎖を取り出した静謐は、慎重に、丁寧に、俺の自由を奪い始めたのだった。

 




クロエがどんどん淫乱キャラに……刃物系ヤンデレは何処に行ったんでしょうか?

そろそろお礼企画をしましょうか? いやいや、バレンタインデーが先でしたね。

まだバレンタインデーイベント周回してないので静謐ちゃん毒入り本命チョコどころか他のサーヴァントからも貰ってませんのでコメント欄でのネタバレは控えてください。
万が一、静謐ちゃんからチョコが貰えなかったら土下座しますので静謐ちゃんと武蔵ちゃんとチョコを自分に下さい。(既に土下座)

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