ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】 作:スラッシュ
気付けばもう七番勝負もハロウィンも来てしまいました。この企画が終わり次第、それらに関係ある話を書きたいと思ってます。
(なお、事前に沖田さんを引いてしまったせいか、七番勝負の英霊は誰も来てません)
改めまして、今回の当選者である陣代高校用務員見習いさん、当選おめでとうございます。
「……ふぁぁー……」
「――さん、最近ずっと眠そうですね。大丈夫ですか?」
「あぁ……最近よく眠れなくてね……」
いけない。仕事中に後輩に心配されるなんて。
そう思った俺は机の上に置いてある缶コーヒーを飲んだ。
「……もう空か」
ゴミ箱に缶を入れる。もう1本買っておくべきか。
「……飲み過ぎじゃないですか? それもう3本目ですよね」
「そうかな……いや、やっぱり体はしっかり気を付けないとね」
確かにコーヒーの飲み過ぎは体に毒だと聞いた事があるし、ここらへんでやめておくべきか。
「…………んっと、いけない、いけない」
机に戻ってキーボードを叩き始めたが、数分で睡魔に顔を揺らす。
「本当に大丈夫なんですか? 不眠症なんじゃ……」
「いやぁ、最近夢見が悪くてね……」
そうだ。原因は良く分かっているんだ。
静かに自分のスマートフォンに目を落とした。
それと同時に思い起こされるあの惨劇。悪夢でありながら、会社に着いても鮮明に思い出せる。
「……ああ、眠い……」
部長に怒られながらも無事に業務を終え家に着くと、僕はスマホを開く。
「……ん? 新しいアプリか……」
適当な暇つぶしを求めて目を通していたネットニュースで見つけたゲームアプリの詳細を開いた。そこに書かれている概要は、中々期待度が高く、早速ダウンロードしてみる事にした。
「インストール完了……ああ、またダウンロードかぁ……あれ?」
急に止まるダウンロード、そしてそこにメッセージが表示された。
【容量が足りません。不要なデータやアプリを削除してからもう一度お試し下さい】
「あー……もうメモリが一杯か……」
設定画面を開いて容量を確認するが、不要なアプリは見当たらない。
容量の大きい順に並び替えると、睡眠不足の原因でもあるFate/Grand Orderが表示される。
「……消すべき、かも」
今まで、課金に課金を重ねて一目気に入ったサーヴァントを手に入れ続けていたので、寝不足になってからも続けてはいたがそろそろ限界だと結論付けた。
最近じゃ、1週間に1回ログインする程度だし。
「そうと分かったら――あ」
スマホを手に持って、アンインストールの画面を開いた瞬間、唐突にやって来た睡魔に抵抗も出来ずに飲まれた。
「よ! 危ねえ所だったな」
「……アンリ・マユ」
僕は目の前で歯を見せながら笑顔で出迎えたその存在に思わず、緊張の入った真剣な顔を向けた。
「そんな顔すんなよ? あんたの自業自得だろ?」
僕のヤンデレ・シャトーの管理人を名乗っている、自他共に認める最弱の英霊。
性格はとてつもなく捻くれている。
「最初の頃ぁ、イケてるアヴェンジャーのあんちゃんにモテモテにされていい気分だったろ?」
「それは……」
否定はしない。
始めはヤンデレ・シャトーの管理は別のアヴェンジャーであるエドモン・ダンテスが行っていた。その時は戸惑いながらも、心の奥底では楽しんでいた。
しかし、前のピックアップでエドモンを手に入れてからは、アヴェンジャーの中で唯一引いていなかったアンリ・マユがこの悪夢に現れる様になった。
「まあ、俺ちゃんも鬼じゃねーですし、辞めたいんだったら辞めさせてやるよ?」
アンリ・マユが来てからは殺される回数も増え、しかも夢での記憶ははっきりと残されていた。耐え切れなくて目が覚めた事も何度もあった。
「でもまー、このままさようならじゃ、あんたん所の奥様達も納得出来ないんだよなぁ?
せめて挨拶周り位してくのが筋つーもんだろ?」
だから、今日でこの悪夢ともFGOとも綺麗さっぱり、縁を切ろう。
「――そんじゃマスター、精々足掻けよ? 縁を切りたきゃ、しっかりと『出入り口』から出て行けよ」
アンリ・マユの最後の言葉と共に、周り景色が変わる。その風景は何度も見たカルデアの廊下だった。
「カルデア……」
ヤンデレ、僕に召喚された英霊と対峙するには随分とあつらえ向きな場所だ。
「……っく」
だが現在地が最悪だ。
職員の休憩室。メインルームと会議室の間に作られたこの部屋を出て右に向かえば会議室とその先にトイレがあるだけだ。
「ほぼ左への一歩道……当然、いるんだろうな……」
アンリ・マユの手の内は理解している。だが、どうせこんな予想、直ぐに超えてくるだろう。捕まるのは殆ど確定だ。
「……行こう」
慎重にドアを開いた。その隙間から見える廊下には誰もいない様だ。
「確保――」
「――うっぐ!?」
突然の奇襲。天井から落ちてきた肌触りの良い手に素早く組み伏せられた。
「……マスター……」
「うぅ……静謐の……ハサン……!」
組み伏せたのは褐色肌の暗殺者、静謐のハサン。体中に染み付いた毒は耐性のある僕には通用しないが、それが原因で彼女の愛は重い。
「捨てるんですか……私を? こんなに貴方をお慕いしているのに……」
耳元で囁かれる声から、アンリ・マユが何か面倒な事をしてくれたのが容易に想像できた。
「す、捨てたりしないさ……」
「嘘です。マスターは私から、離れようとしています……!」
苦し紛れの嘘で誤魔化されるほど、静謐はバカじゃない。だが、決して冷静でもない。基本マスターの言葉を信じる彼女が瞬時に嘘だと断定した以上、今の精神状態はとても危険だ。
「駄目です、絶対に駄目です……マスターに捨てられるなんて絶対に――嫌です!」
「っく……!」
涙を流しながら組み伏せた僕の腕に手錠を付けた。
「マスターの気がお変わりするまで、これは絶対に外しません……!」
背中で交差した両腕に取り付けられた手錠のお陰で、見事に動きを封じられてしまった。しかも、静謐は更に何か取り出している。
ちらりと見えたその鋭利な尖端が光を反射し、輝いた。
「私の使っている媚薬よりも効力のある物を血管に直接流し込みます。きっとマスターを、離れたくなくなる様な快楽に誘ってくれますよ……」
冗談じゃない。そんな物を入れられたら中毒者になってもおかしくない。
ヤンデレ・シャトーの現実への影響力は少ないが、確実に何らかの支障を来す。
ジタバタしていても解決できないがアンリ・マユのシャトーでは一度使った令呪は回復しない。もう僕に令呪は残されていない。
「【リミテッド/ゼロオーバー】!」
やむを得ず、僕は自身に概念礼装を発動させ、両腕で無理矢理手錠を壊した。
「――っきゃ!?」
手錠から放れた腕で静謐の手首を掴んで、注射器を奪い取った。
バスター性能……単純に腕力を上げる効果のあるこの礼装が発動している間は正面切っての戦いが苦手なアサシンクラスである、非力な彼女を抑えるのはそう難しく無い。
「悪いね、静謐」
そう言いつつ僕は概念礼装であるゲージを静謐に装備し、檻の中に閉じ込めた。
「……ま、ますたぁ……お願いします、捨てないで下さい、離れないで下さい……!」
その場から離れようとした僕を焦点の合っていない目で見つめながら静謐が檻の中から手を伸ばし足を掴むと、懇願し出した。
「私は……ずっとマスターの、サーヴァントでありたいんです……っ!
もう誰と浮気しても構わないです! 蔑ろにされても、道具として扱っても構いません……だから、私に、貴方のお顔をずっと見させて下さい……!!」
「……」
泣きじゃくる彼女に掛ける言葉が見付からず、無言で彼女の腕を乱暴に振り解くしかなかった。
「やぁ……嫌です……!」
「見取り図……」
暫く歩いた先にあったのはカルデアの見取り図だ。
どうやら今歩いている廊下の先にはトレーニングルームがあり、その更に先にはマスター、つまり僕の部屋がある。
「その先のエレベーターで上の階に、食堂の前を通った先に出入り口が……」
恐らく更に何度かサーヴァントと遭遇するだろうと予測しつつも、出入り口に向かって歩き始めた。
カルデアでのシャトーは結構な回数経験している故に、通り道にあるどんな扉でさえも僕は警戒しなければならない。
首を左右に動かしつつ突き当り、角を曲がった先にトレーニングルームが――
「――ごめん、マスター」
誰かに頭を殴られた様だ。
案の定、目が覚めたら周りの景色には先まで見ていた物は何も無かった。
「……鎖」
両手を纏めて縛るそれを見た。
リミテッド/ゼロオーバーが発動中なので破る事も考えたが、こちらの手を握る彼女の存在がそれを許しそうに無い。
「……ご主人様」
「デオン……」
フランス王家に使えし白百合の騎士、デオン・シュバリエ。
彼女相手ではこの強力な概念礼装も意味を成さない。
「間に合ってよかったよ。
君がカルデアを出て行くって聞いた時は、少々みっともなく取り乱して締まったけど、もう今は冷静さ」
確かに、一目見た誰もがデオンから悲しみ等の感情を読み取るのは不可能だろう。
もし彼女が鎖で縛った僕の手をずっと握っていなければ、だったが。
「デオン、僕を放してくれないか?」
「嫌だ! マスターと別れるなんて絶対に嫌だよ!!」
急に怒鳴った彼女に、僕は驚き目を見開いた。
「……だいじょうぶ……此処にいる……だいじょうぶ……マスター……ご主人様……だいじょうぶ……」
直ぐに口を噤むと虚ろな目で何か呟いている。
恐らく自己暗示のスキルを使って再び冷静になろうとしているのだろうが、精神状態がひどく不安定なのが見て取れる。
「……ん。私は冷静だ。マスターはちゃんと此処に捕らえている。そうすれば何処かに行ったりしない。うん。大丈夫だ」
怒りを飲まれずに持ち応えた様に見えるが完全に発狂寸前だ。下手に刺激すれば余り良くない結果が待っていそうだ。
「ん……」
「っ」
彼女の顔がキスをしようと近付くと同時に僕は反射的に後退った。結果的に、唇は僕の頬に触れた。
彼女のゆっくりとした視線は僕の足に移った。
「……ああ、そうだ。念の為、足を切り落とそう。私とした事が、逃走の可能性はなるべく排除しないといけないな……」
「っ!?」
突然刃を振りかざし始めた彼女に僕は鎖の破壊を余儀なく迫られた。
乱暴に壊され細かい金属音が響く中、彼女の剣からなるべく遠退く為に跳んだ。
「あ、危なかった……」
幸いにも彼女の刃は何も傷つけなかった。だが、こうなってしまえばデオンとの直接戦闘は避けられない。
「どうして? なんで?
なんで私の側を離れるんだい、マスター?
君は私のご主人様じゃないか、一緒に居てよ……」
狂気に染まりつつ、刃を構える彼女の瞳から涙が流れ始めた。
「だいじょう、ぶ……足を切れば……私を、頼ってくれる…………いなくなったり、しない……だい、じょうぶ……だから、だいじょうぶ……!」
見ていて痛々しくなる程の自己暗示。短剣とそれを握る手は細かく震えている。
「マスター……ずっと、私の隣で! 笑ってくれるよね!?」
「っ!?」
刺突。距離を詰める為の瞬発力も合わされば簡単に体を貫く威力と速度だ。
精神が不安定でもその技は英霊の洗礼された技には違いない。
リミテッド/ゼロオーバーは体の強度を上げるものでは無いので当たってしまえば当たり前の様に体に穴が空いてしまうだろう。
「っく!?」
紙一重とは程遠い、無駄の多い回避。だけど、英霊との戦いを無意識に想定していたデオンの振り向き際の斬撃からも逃れる事が出来た。
「……動かないで。足だけ、綺麗に切り落として、みせるから」
再び構えた短剣。どうやら覚悟が出来てしまった彼女の目からは、感情が読み取れなくなっていた。
次は避けられない。
「デオン!」
僕は意を決してデオンへと走った。
今は油断ではなく、精神的異常によってデオンの動きは鈍い。
その意外な行動に斬り伏せるべきか凌ぐべきかの判断が少し遅れたデオンの顔目掛けてポケットから取り出したそれを発射した。
「っ!?」
それは注射器。
先程静謐から奪った強力な媚薬の入ったその中身を彼女の顔に放ったのだ。
「あ……ぁ……っ、はぁぁ……!」
やはり凄まじい効果があったのだろう、先まで剣を振り回していたデオンは力が抜け、糸の切れた人形の様に床に倒れた。
「あ、危なかった……」
それを見ながら空になった注射器を投げた。吸わない様に片手を鼻に当てていたのをゆっくり放す。
「はぁ、はぁ……ああ、ますたぁぁ……体があちゅぃよぉ……」
媚薬の効果か、デオンは先程の鬼気迫る表情を蕩けさせ甘えた声を出す。
「わたしの……からだぁ……こころも、いっしょにぃ……めちゃくちゃ、してぇ……」
その姿から遠ざかる為、僕は静かに立ち上がるとその場を後にした。
「まっへぇ……ますたぁぁ……いかないでぇ……」
「お待ち下さい、旦那様」
「来たか……」
マイルームの前を走り抜けようとした僕の前に、小さな体が通せんぼをする。
「清姫……」
「私をお捨てになるのですか?」
普段の恋する乙女の様な言動ではなく、こちらを見定める様な眼差しで口元を扇子で隠している。
「私、マスターを大変お慕いしております。それでも、私をお捨てになるのですか?」
「うん……そうなる、ね」
「そうですか……」
静かに呟いた清姫はパッと扇子を閉じた。隠すつもりだったのか、その動作の中で涙が零れた。
「それは、大変悲しい事です。何故なら、貴方様の今の言葉に嘘偽りが一切無いのですから」
そう言った清姫は僕の前から体をどかした。
「それでは、さよならです、マスター」
「……さようなら」
僕は涙を流す彼女の横でそう呟いて通った。
「っ!?」
その瞬間、一抹の不安が僕の背中を走った。慌てて振り返るとそこには誰もいなかった。
「あれ……? きよ、ひめ……?」
いなくなった彼女の姿。不安が更に大きくなる。
僕の足はその場から逃げる様に急ぎ出した。
「…………っはぁ、っはぁ……!」
漠然とした不安に背中を押されながらも、エレベーターで上に上がって直ぐに食堂の前に差し掛かった。
後はただ真っ直ぐ進めばアンリ・マユの言っていた『出入り口』に辿り着ける。
サーヴァントは見えない。いないのかもしれないが、いたとしても前へ進む以外道はない。
休憩ついでに思わず止めてしまった足を再び動かそうとした。
「マスターがいるわ、マスターがいるわ!」
「っ!」
急に聞こえてきた可愛らしくも騒がしい声に、心臓と共に体が僅かに跳ねた。
「……な、ナーサリー・ライム……」
黒い衣装に見を包んだ、絵本の中の住人の様に可愛らしいサーヴァントが本を両手に持ちながらこちらを見つめている。
「あたしを置いて行かないでマスター、
置いて行かせないわマスター」
彼女は不味い。束縛に関しては彼女に勝てる者はいないだろう。
固有結界である名無し森と彼女の呼び出す怪物には人1人には過剰なまでの力がある。
「っー―!?」
反射的に飛び退いた。
視線を動かせば、先程まで立っていた場所に氷の柱が立っている。
どうやら、かなり動揺している様だ。結界を張らずに氷で捕まえるつもりで攻撃してきた。
「捕まえるわ、捕まえるわ、捕まえるわっ!」
「あ、ぶない!?」
捲し立てる様な口調と共に次々と足元が凍らされる。慌てて回避するけれど、どんどん出入り口から離される。
「仕方ない! 一旦隠れて別の道を――!?」
「――マスター、逃げないで、逃げちゃだめ!
辛い現実を忘れさせるのもあたしの役目よ。物語(あたし)からお別れなんて、させないわ」
後ろから感じられる魔力の高まりはまさに危惧していた結界のそれだ。
だがそれ以上に僕の肝を冷やす出来事が迫っていた。
「うわっ!? じ、地震か……!?」
驚愕に顔が固まる。小規模な地響きと共に黒い着物と白い鱗の清姫が迫って来ていた。
どうやらエレベーターを壊して上ってきた様で、地震の正体はその衝撃だ。
上半身は清姫のままだが、その体はカルデアの床を揺らす程に巨大な竜の物だ。
「ますたぁ……どんな理由であれ、逃げ出す貴方を捕まえるのが、妻である以前に清姫である私の宿命です…………何処までも、追い駆けます。
例えそれが地獄の果てでも……!!」
嫌な予感は当たってしまう様だ。このままではナーサリーと清姫に同時に迫られ、捕らえられてしまう。
「なら……!」
ナーサリーから逃げる様に、つまり清姫に迫る様に走り出した。結界が張られるのはなんとして阻止したが、清姫の突進の方が今の僕には脅威だ。
「ますたぁ……!!」
「清姫!」
跳躍し、清姫の人間の部分へと両手を広げて抱き着いた。
ひんやりと冷たい彼女の体。僕なんか簡単に持ち上げるだけの力を感じる。
それと同時に清姫の速度が下がり、慌てて退いたナーサリーを少し通り過ぎると静止した。
「と、止まった……!」
ホッとしていると竜の体は消えていき、普段の清姫の姿に戻る。やはり、憎しみで転身した彼女は愛情に触れれば鎮圧出来る様だ。
「……ああぁ! 悲しいです、憎いです! 私を捨てる旦那様が、憎くて憎くて、どんなに愛していても、否、その愛故に貴方を焼き尽くしてしまいたい!」
彼女の口から感情が溢れ出た。
握りしめられた扇子はギシギシと今にも壊れそうな悲鳴を上げているが、僕の背中を抱き締めている両腕は僕に一切の痛みを与えない。
「けれど……貴方の包容が、たとえ咄嗟の物だったとしても嬉しくて堪りません!」
僕の胸に向かって、泣き出した彼女の想いがぶつけられる。
「醜い憎悪の化身と化したこの身でも、愛に触れられると……温かい気持ちで一杯に――」
「――なら、貴方のその
涙を拭う為に僕から離れた清姫の体を宙に浮いた本――ナーサリー・ライムが挟んだ。
「っ――!?」
「貴方の愛――私が語らせて頂きます」
清姫が床に倒れ、挟んでいた本は表紙から徐々に古い巻物へと変化した。
ナーサリーの声色はそのままだが、その口調は清姫の様だ。
「コレが|新しい私(アリス)……ううん、違う|私(キヨヒメ)なんだ。
胸を焦がす様な恋、乙女の夢!
恋ではなく愛だと叫び続ける鼓動!」
巻物から姿を変えて、黒い着物に身を包んでいるが絵本の中の様は帽子は変わらず、只々その瞳は無邪気とは程遠い狂気に染まっている。
「ますたぁ……大好き……大好き、大好き!! ああ、止まらない、止まらないわ! 想いが溢れ出て、|私(アリス)を今にも焼き尽くしそう!」
「っあつ!?」
突然、足元から炎が出てきた。ギリギリで回避出来たが、見れば周りが炎で囲まれている。
辺りの火柱の数は最早、片手では数え切れない数になっていた。
だが、それはナーサリーも同じ事だ。
「あはは! 燃えて燃えて! 燃やして燃やす! 愛のままに、燃やして燃やして燃やし尽くすの! 止まらない、止まれないわ! だって、これが――」
――
「……随分と、嫌な技じゃないか。自爆技なんて」
「……マス、ター……?」
咄嗟の判断でリミテッド/ゼロオーバーは捨てた。
僕のカルデアにあった礼装から恐らく今頃マナプリズムにでもなってしまっているだろう。
その代わりに装備したのはカルデア・ライフセーバー。
付加されたガッツと回復効果で炎を突っ切ってナーサリー・ライムと清姫を救い出す事が出来た。
「炎と本じゃ、相性が悪いのに……」
宝具を使ったナーサリーは元の姿に戻っている。
「マスター……どうして、火傷してまで、助けてくれたの?
あたし、先まで悪い娘だったのに……」
その言葉に、一度溜め息を吐いてから答えた。
「僕がマスターだからだ。
少なくとも、此処を出るまでわね」
僕はそれだけ言うと立ち上がる。炎はカルデアのスプリンクラーとナーサリー・ライムの魔力切れが影響して既に鎮火されている。
道は開いている。
「……もう、あたしを読んでくれないのね?」
寂しい声が歩き出した僕の後ろで響いた気がした。
「…………」
黙々と、廊下を歩いて行く。この先にはカルデアの『出入り口』がある。
そこから出れば、この悪夢と、FGOからはおさらばだ。
カルデア・ライフセーバーの回復で体はまともに歩ける程度にまで回復している。
痛みが引いてきたので顔を上げて前方を確認する。そこから強い視線を浴びせられていた。
「……まあ、そりゃあいるか……!」
見間違えるわけが無い。
最初からずっと隣に立っていてくれたサーヴァントだ。
桃色の髪も、成長の証である腰の剣も。
ずっと僕を守り続けていた大盾も。
「……マシュ」
「マスター……自室にお戻り下さい。此処から先への許可は取っておられませんし、絶対に取らせません」
「……そういう訳には行かないかな……」
マシュは普段より厳しい口調で盾を構え、地面へと叩き付けた。
威嚇の様だ。
「この先に行かせるつもりは微塵もありません。私の盾を超えるのが困難だと、先輩なら解っていますよね?」
そこから魔力と想いが解き放たれる。
ずっと護られて来た盾。遂に一度たりとも砕ける事の無かった盾。
それがいま、自分の道を阻んでいる。
「貴方の居場所は此処です! 私の先輩のいるべき場所は、此処だけなんです!!
ロード……!!」
展開され始める巨大な城。
だが、此処がチャンスなんだ。超えられない城が立つ前、今だけがカルデアを出る最後の機会。
「――旅の始まり!」
切り出したのは概念礼装、旅の始まり。
だが、その効果を見るなんて事はしない。ただ走る。痛みよりも早く走るだけだ。
『――先輩……』
その礼装にあるのは記憶だけ。最初の頃の思い出だけだ。
『指示をお願いします、マスター』
「っ――これは、私……!」
だから、それを見たマシュが驚きながらも過去の記憶に浸っている内に、外に出るしかない。
自動ドアが開き、全速力でカルデアの外へ出た。
その先には雪山ではなく、白い光に包まれた道が広がっている。
「っ!? せん、ぱ――!!」
置き去りにしたマシュの声が聞こえてくる。
泣き続けている静謐とデオンの姿が思い浮かぶ。
自分自身を焦がした清姫とナーサリーがまだ求めている。
だけどそれでも、偽りの悪夢よりも今は只々、現実が欲しいからと走り抜けて――
「……あれ……?」
「どうかしたか?」
いつもの様に、ヤンデレ・シャトーが始まった。
だと言うのに、先程まで何か夢を見ていた様な感覚に襲われていた。
「いや、何でもない……何でもない筈だ」
「そうか……切大、今日のヤンデレ・シャトーは5騎のサーヴァントが相手だ」
「はいはい……ったく、相変わらずひっきりなしに始めやがって」
(他のマスターのシャトーの様子を無意識に覗いていた様だな……恐らく、切大と波長が合ったのだろう)
「さあ、始めるぞ」
――ドンドンドン、とドアを叩く、あり得ない音が聞こえた。
「先輩。開けてください、先輩」
「旦那様、どうか此処をお開け下さい」
「マスター……マスター、いるんですよね?」
「君は私の御主人様じゃないか、家に入れてくれないか?」
「私を読んで、私を愛してくれる貴方に会いに来たわ。此処を開けて下さらない?」
ノック音は止まない。
僕は布団で震えるしかなかった。
「先輩、先輩」
まだだ……ノックはまだ止まない。
「マスター……マスター……」
まだだ、まだだ……
何分か、何時間経って漸くその音は止まった。
何も聞こえない。
暫く毛布に包まっていたが、やがて僕は立ち上がった。
「……いない、よな?」
部屋には誰もいない。
慎重に部屋のドアを開いたが、誰もいない。
「……ふぅ……」
嫌な汗をかいてしまった。
そうだ、会社に行かないと。
今は何時だろうか。
そう想いながらも、先ずはいつも通りカーテンを開いた。
『何時までも愛してますよ、私達のマスター』
恍惚の表情で、こちらを見つめる瞳。
5人のその眼光に、体が震え、その場で尻餅をつく。
夢の中では冷静に対抗できたサーヴァントだが、現実世界でそれが出来る訳では無い。
「さあ、開けて下さいマスター」
「此処を開けて」
「旦那様ぁ……」
「開けて、開けて」
「先輩、早く開けて下さい」
僕は自分の部屋を出た。
出ようとした。
「っうぁ!?」
だが、誰かにぶつかった。
「そんな慌てて、どこに行くつもりですか先輩?」
目の前には、ニッコリと笑うマシュ。
「そ、そんな……なんで」
「霊体化させて頂きました。ああ、勿論他の皆さんもですけど」
振り返れば、いつの間にか5人全員に囲まれている。
「可哀想なマスターさん。酷い現実に向き合って生きて行かなきゃいけないなんて」
「私達がマスターさんを癒やして差し上げますね」
「しっかりと君をお世話、してあげるね?」
「あぁ……マスターのお姿がこんなにも近くに……!」
出られない。なんで、なんで……?
どうして……ヤンデレから逃げ切れない!?
僕は、ちゃんとカルデアから出れた筈なのに――!
「もうずっと……このままでいましょうね、マスター。私達の愛が貴方をお守りします。だからマスターも、ずっと私達を愛して下さいね?」
「い、いやだ……!」
「そんな事言わないで下さい先輩。大丈夫ですよ、誰も貴方を傷付けたり致しませんから。それに先輩だって……」
期待、してませんか?
その声に体が勝手に熱を帯び始めた。
「御主人様のお世話、しないとね?」
「私が先にさせて貰います」
「あ……それじゃあ、私はお顔を……」
「っく!」
咄嗟に腕がスマホに伸びた。こうなったらこのままゲームをアンインストールするだけだ。
「これで終わり――!」
「実体化した私達はアプリがアンインストールされてしまうとカルデアに戻れなくなってしまいます。そして、このまま魔力が尽きてしまえば消滅してしまいます」
「も、もぅ……やめ……」
「なので先輩、私達5人への魔力補給、よろしくお願いしますね?」
突き放した筈のヤンデレに、どうやら僕は永遠に捕らえられてしまった様だ。
最後の1人である第二仮面ライダーさんは本当にすいませんが、もうしばらくお待ち下さい。
私事ですが来週には誕生日を迎え、また1つ年をとります。これからも成長するつもりですので応援して頂けたら幸いです。