ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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ハッピー、バレンタイン!

家庭未来図の終わりが見えない上に来月にはヤンデレ・シャトーの2周年記念があるんですけど自分は元気です。

しかもツイッターを見た方は分かっていると思いますけど、新しい星5引いちゃったんですよねー。
命乞いのキャスターです。

次回はヤンデレ家庭未来図の筈ですので、もう暫くお待ち下さい。


ヤンデレ・バレンタイン2018

 

「迫れ」

「え……?」

 

 アヴェンジャーの意外な一言に俺は驚きを口にした。

 

 普段通り登場するサーヴァントは5騎と言われた俺が悪態のつもりで「はいはい、逃げますよー」と言った。

 

 その返しが「迫れ」である。

 

「ん? 言葉が悪かったか? お前からチョコを強請れと言う意味だ」

 

「いやいやいやいや……何言ってるんだ? ヤンデレが渡してくるチョコなんか受け取ってみろ! 絶対歓喜極まって何かしでかすだろ!」

 

 大方前回の逆パターンを狙っているんだろう。どうせ無駄だと分かっているが一旦拒否して真偽を問い質そう。

 

「今回の病んだサーヴァント共は全員チョコを持って歩いてはいるが……貴様に渡すつもりは無い程に自分の作った物に自信が無い状態だ。理由はそれぞれだが、それを知る事が出来るかはお前次第だ」

 

 つまり聞き出す事が出来れば自ずと受け取り方も理解できる、と。

 

「チョコを食べる必要は無い。すべて受け取れば悪夢は覚める……だが」

「?」

 

「……渡す事が出来なかったサーヴァントは次の悪夢では渡せなかった事を悔いながら参加する事になるだろうな」

 

 そんな俺にとって悪いニュースを笑みと共に伝えたアヴェンジャー。

 

「さあ、自ら地獄への鍵を受け取って来い!」

 

 俺はそのデメリットを頭の中で考え始めるが、そんな暇すら無いままシャトーへと飛ばされるのだった。

 

 

 

「うぐっ……気のせいか、この始まり方が妙に懐かしい……」

 

 そんな良く分からない感想と共に体を起こした。カルデア内ではなく、今回は監獄塔としてのヤンデレ・シャトーの様だ。

 

「さて、俺を待ち構えている5騎のサーヴァントか……」

 

 普段なら見つかりたく無い思いで一杯だが、今回はチョコ回収をする為にこちらから攻めなくてはならない。

 

(そもそもバレンタインだからってチョコを受け取りに行くとかリア充、彼女持ちの行動だろうに……ぐだ男のお強請りスキルが欲しい)

 

 俺は少し歩いた。

 

「…………」

 

「……」

 

「…………」

 

「……」

 

 ……ああ、誰かに尾行されている。

 

 それを理解した俺はフッと後ろを振り返った。しかし、誰もいない。

 

「気のせい……な訳ないよなぁ……」

 

 アサシンクラスを疑ったが、よく考えれば相手はサーヴァント。巨体の持ち主でもない限り、その多くが俺の目を誤魔化す術くらい持ち合わせているだろう。

 

(何か行動したり台詞で自分から姿を表す様に仕向けるべきか? それとも令呪や礼装で無理矢理……?)

 

 後者は論外だ。後でチョコを貰う様に説得する以上は、余り悪い印象は与えたくない。無謀ではあるが、物理的にこちらから近付くのもありか。

 

「仕方ない……」

 

 攻めるとは言ったものの、相手はヤンデレだ。今は少しだけ先送りにしても良いだろう。

 

「清姫……だったら堂々と現れる筈だしな」

 

 取り敢えず広場の後にある階段を登ってループ廊下を一巡して気になった事があった。

 

 サーヴァントの数だけ部屋が存在するこの監獄塔。しかし、今回はその殆どの部屋が閉まっている。

 

「つまり未だに俺の後を追い掛けているサーヴァント以外は引きこもっているって事か」

 

 部屋を開けてもらう手間が増えてしまったが、同時に今は誰にも邪魔されず、修羅場にならずにすむという事でもある。

 

「ならば――!」

 

 俺は唐突に後ろを振り向いて駆け出した。

 

「――ッ」

 

 予想通り、俺の足音と同時に前方で走っている何者かの音が聞こえる。

 

(やっぱりサーヴァントは速い! だけど――!)

 

 シャトーの暗がりの中ではその背中すら見えない。階段を下がり始めたのが音で分かる。

 

「待てって――うぉ!?」

 

 階段を走って駆け上る最中に足が絡まり俺は地面へと落ちる。まだ結構な段差があるので落ちれば大怪我は必至だ。

 

「っな――! っく!」

 

 驚きと苦い声が聞こえてきた。どうやらこの演技を分かってくれた様だ。

 それでも俺の体を片手で受け止め――

 

「うぉっ!?」

「――ふんっ、サンタに人命救助を求めるな!」

 

 受け止めた俺の体を怒りながら地面へと離した。多少痛いが両手で受け身を取ったので怪我はない。

 

「トナカイの分際でサンタを騙そうとは……随分と偉くなったものだな」

 

 この黒くて傲慢な物言いのサンタは反転したアーサー王、アルトリア・オルタだ。

 

「あはは…………そもそも、後ろをコソコソと歩いていたアルトリアは一体何のつもりなんだ?」

「……」

 

 アルトリアは俺の言葉に何かを考え始める。

 

「トナカイ、貴様の考えている事なんぞお見通しだ。大方、私からチョコを貰おうと考えている様だが、無駄だぞ?」

 

 そう言いながら担いでいた袋を地面に降ろして中に手を入れてゴソゴソと漁り出し、綺麗に包装された箱を取り出した。

 

「サンタの私が作ったチョコ……故にコイツは完璧とは程遠い、コレジャナイ感満載のチョコになってしまった」

 

「べ、別にそんな事は気にしなくてもっ――」

「――愚か者!

 特別な、愛するトナカイに渡そうと思ったチョコが! 万人向けに作られ、世界中の子供たちに配られる為に作られたスタンダードなチョコだと! 例え何億人に喜ばれようと、貴様への思いが届かなければ意味があるまい!」

 

 サンタである事を喜んで遂行していたとは思えない程、アルトリア・サンタの価値観は愛で歪められていた。

 

「それでも、受け取りたい」

「む……そこまで求めるか……」

 

 ヤンデレなのにチョコを渡さないにはどういう事かと思ったが、実際に合って納得出来た気がする。

 

 自分の思いの丈と準備したチョコレートが合わない。中途半端な物を渡してしまえば、嫌われてしまう。

 

(要は普通の女の子と同じな訳ね……恐らく、本人の頭の中では更に重い事態なんだろうけど)

 

「ならばこの万人向けのチョコ、私がこの場でお前の為のチョコにしてやる!」

 

 そう言ってチョコの箱を開けたアルトリア・サンタはそれをボリボリと口に入れて食べ始めた。

 

「……あ、あのー」

「ふごひまってひろ!」

 

 十数秒後に漸く音が止んだ。

 食べ終わったかと油断した俺の頭をアルトリアは唐突に掴んだ。

 

「ちょ、な、何を――」

「舐めろ」

 

 アルトリア・サンタはそう言って舌を見せた。溶け切っていない白いチョコが口内のあちこちに残っている。

 

「少々汚いかもしれないが私の口に付着したホワイトチョコを、舐め取れ」

 

「……ま、まじ?」

「私は大真面目だ。お返しもいらん。ちゃんと受け取ってくれれば、な?」

 

 一度、目を閉じた俺はゆっくりと溜め息を吐いてから……覚悟を決めた。

 

 

 

「……ふふふ、口の中がトナカイの唾液で蕩けそうだ」

 

 赤い顔に余裕そうな笑みを浮かべているアルトリア・サンタ。こっちから入れた筈が、逆に貪り尽くされて俺の息が上がっている。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 何はともあれチョコは受け取った。今の行為を受け取ったと言っていいのかは分からないが。

 

「さて――」

「待て」

 

 立ち上がった俺の後ろ襟を掴んだアルトリアの口から今の赤い顔とは正反対の、体の芯が凍る様に冷たい声で呼び止めた。

 

「トナカイ、貴様の瞳に今誰を映している?」

「え……?」

 

「何故、私から逃げようと慌てて腰を上げた?」

 

 予想通り、チョコを受け取ったら悪化した。アルトリア・サンタは俺にプレゼント袋から取り出した首輪をガチャリと嵌めた。

 

「チョコを受け取った以上、今日は私と共に過ごせ」

 

 無理矢理、俺を担いで部屋へと連れて行った。

 

「きょ、今日はクリスマスじゃないし出来れば首輪は外して欲――」

 

 ――3秒にも満たない短い時間で首輪を腕のサイズに調整して付け替えられた。

 

「これで良いな」

 

 衣装はサンタのままだが、帽子と袋を外して床に置くと壁際で俺の正面に立った。逆壁ドンの様な状況だ。

 

「さあ、交わるぞ。クリスマスをふしだらな行為で過ごす盛った恋人共の様に、バレンタインを汚してやる」

「ちょ、サンタさん? ちょっとテンションがおかしくないですか!?」

 

「サンタと呼ぶな」

 

 冷たい指が俺の唇に触れる。

 

「今日はオフだと言ったのは貴様だ。私達は今からサンタとトナカイとしてではなく、唯の男女として体を重ね合う」

 

 余り表情は動かないが、その瞳の中で溶けたチョコの様な形の偏愛が蠢いている。

 

「他の事など考えるな……んっ」

 

 逃げ場の無い俺の頬をアルトリアの舌が伝った。先まで口の中を蹂躙していたそれが、もうこれは私の物だと主張しているかの様だ。

 

「はぁ……ん、嫌がらない辺り、貴様もそこまで嫌では無いのだろう?」

 

「い、嫌がったら、逃してくれるのか?」

 

「嬉しいぞ……私の気持ちが伝わっている様だな」

 

 絶対に逃さない。

 

 それは目を閉じていても、恐ろしい程に間違いなく伝わってくる彼女の気持ちだった。

 

「――そこまでだ!」

 

 だが、いつも通り俺と彼女の情事は始まる事なく邪魔が入る。

 

 しかし、ドアから侵入せずに彼女はアルトリア・サンタの押し入れから現れた。

 

「貴様は…………なんだ、貴様か」

 

 数秒ほど俺とアルトリアの視線はそちらに向いたが、その正体が分かったアルトリアは直ぐ様視線を俺へと戻した。

 

「マスター、あれは捨て置け。続きをするぞ」

 

「なっ!? そこまでだと言っているだろう!」

 

「黙れ、駄肉が付いた忌々しい私。サンタでも無いのに他人の家に入ってくるとは、唯のストーカーだぞ?」

「ち、違う! これには深い訳が!」

 

 俺達の前に現れたランサーのサーヴァント、アルトリア・オルタは涙目な上に赤面を晒しながら事情を説明し始めた。

 

 まず、俺に渡すチョコの出来が悪かった。

 次に悩みに悩んだ末に自分に近い存在で贈り物に詳しそうなサンタの部屋を訪れたが、誰もいなかった。

 最後に、俺の声が聞こえてきたので慌てて押入れに隠れて現在に至る。

 

 と言う説明の間に、俺の首はサンタ・オルタの唾液で覆われたと言っていい程に舐め尽くされていた。

 

「んぁ……残念だがサンタは休業中だ。何より、私であるとはいえ他の女にマスターに渡すチョコを渡す筈が無いだろ……はぁむ」

 

「い、何時までマスターにじゃれついている! 離れろ!」

 

 ランサーは俺とサンタを引き剥がす為に槍撃を放ち、サンタはそれを後ろに跳んで回避した。

 

「……貴様」

「マスターは私が貰う!」

 

「ふぅん、満足にチョコも渡せない輩が吠えるな」

 

 ……俺が説得した事は黙っておこう。

 

「なっ、っく……良いだろう。ならば私も覚悟を見せよう!」

 

 そう言って自分の腕をサンタよりも大きく豊かな胸の中へと伸ばした。

 

「……これだ」

 

 取り出した箱を俺へと渡す。

 

「これでいいだろう! さあ、マス――」

「――私のチョコはちゃんと完食してくれたぞ? なあ、マスター?」

 

 サンタの挑発的な言葉にランサーは表情に嫉妬を滲ませる。

 

「………く、良いだろう。マスター、この場で食べなさい」

 

「……分かった」

 

 若干サンタの鋭い視線を感じながらも、距離的にはランサーの槍の方が先に俺を刺しそうなので、素直に箱を開けた。

 

「これは……」

 

 入っていたのはホワイトチョコ。彼女の宝具、ロンゴミ二アドを象った長いチョコだがそれは真ん中でぱっきりと壊れていた。

 

「……」

「それがマスターにお渡し出来なかった理由です。く、まさかこんな辱めを――」

 

 何も迷う事なくそのチョコを口に入れた。大きいが、食べ切れない程ではない。

 

「ま、マスター?」

「……」

 

 少々汚いかもしれないが、無言で食べ続けた。

 

「ふぅー……これで良いか?」

「マスター……!」

 

 ランサーからもチョコを受け取る事に成功。さて、後は感激極まっている彼女とその後ろで吹雪の様な不機嫌を視線に乗せて送り続けているサンタから逃げ切るだけだ。

 

「マスター!」

 

 が、嬉しさの余りランサーは壁際にいた俺に覆い被さるかの様に迫った。

 先程のサンタと同じ構図だが、敢えて違いを上げるとすれば彼女の胸と接触している事だろうか。

 

 なお、当然の如くサンタの方は聖剣を取り出して今にも斬りかかりそうだ。

 

「ああ、マスター! 私の気持ち、例え歪な形であろうと受け取るというその姿勢、感謝の言葉しか浮かびません!」

 

「う、うん……でも、そろそろ後ろが怖いから止めてくれると――」

「――いいや、止める必要などないぞマスター。存分に続けるがいい」

 

 そう言ったサンタのアルトリアは、聖剣を地面に突き立てた。

 

「どちらも、結局は同じ私だ。貴様がどちらを選ぼうと、結局は私を選ぶも同じ事」

 

 しかし、聖剣の刺さった先からヒビは広がり続けている。

 

「だが、公平にする為にもその邪魔な肉を切り落とすとしよう」

「ふん、なら私がその聖剣を砕いてやろう。なに、それが無くなれば私と同じ様に成長するだろう」

 

 立場が逆転したかの様に、ランサーのアルトリアは見せ付けるように態と胸を揺らした。

 

「――殺す」

「我ながら、化けの皮は長くは持たない様だな」

 

 悪な英霊同士、というかヤンデレ同士ならば例え同一人物だとしても争い合うのが定めなのは増える清姫とかで良く理解出来ている。

 

 まあいい。このままドサクサに紛れてサンタの部屋から脱出すれば別のサーヴァントと接触できる。

 

「マスター、失礼します」

 

 そんな見え透いた考えは無意味だと言わんばかりに、ランサーのアルトリアは地面に転がっていた俺に付いていた腕輪に剣を振り下ろした。

 

 聖剣でも無い唯の剣だが若干斜めの角度で床に刺さったそれは、俺を釘付けにした。

 

「その場から動かない様に。巻き込みかねませんので」

 

「いや、普通に部屋から退散させろよ!」

 

 俺の文句を無視してランサーとサンタは同時に駆け出した。

 

「っくそ!」

 

 鳴り始めた金属音の回数が彼女達の戦いを伝えているが、そんな物に耳を貸す事なくどうにかして脱出をしようと試みる。

 

「ふんっ!! ぬ、抜けないぃ……!!」

 

 引っ張ってみるも剣身の半分以上が地面の下なので並大抵の力では抜けない。

 その間にも魔力が高まっているのか、段々と戦闘の余波は大きくなっている。

 

「――サンタの格好なんて、少女である貴様にはまだ早かったな! 大人しくその座を私に譲っておけ!」

「抜かせ! そんな脂肪の多いサンタクロースがいてたまるか! 子供の求めるサンタさんを一番上手く演じられるのは若い私に決まっている!」

 

「――馬も持たずにライダーを名乗るなど、笑止!」

「貴様とは違ってトナカイ、マスターを乗りこなせるので問題無い!

 そんな胸でマスターを誘惑する辺り、騎士として恥ずかしくないのか?」

 

「無い物強請りも、みっともないぞ!」

 

 自分同士のブーメランの投げ合いもヒートアップしている。

 瞬間強化を発動させて剣を持つ手に力を込めた。

 

「ぐぐぐ……!!」

 

 左右に動かしながら引っ張ると、少しずつだが抜けてきた。

 

「もう少し……!!」

 

「マスターが大好きなのは私だ!」

「マスターを愛しているのは私だ!」

 

「独占!」

「監禁!」

 

「奉仕!」

「調教!」

 

「「女の様に泣かせる!!」」

 

 俺にとって最悪の掛け声で打ち合いが続く。血の気は引いたが、不思議なくらい力は入った。

 

「ぅぉぉぉおおおお!! 

 よし、抜けたぁっ!」

 

 喜び、思わずそう叫んだ。

 

「よし、後は逃げるだ……け……?」

 

 逃走先である出入り口を見た。

 そこで俺は言葉を失った。

 

 

 

「す、すいませんマスター!

 折角のバレンタインなのに、少々遅れてしまいました!」

 

 慌てた様子でペコリと頭を下げた彼女。

 しかし、そんな幼い見た目相応の行動も血の滴る黄金の剣を持っていれば恐怖心を煽るだけだ。

 

 視界の端では先程まで引っ張っていたランサーの剣が光の粒子となって消えていた。

 

「……?

 あ、す、すいません! 大変お見苦しい光景でしたので、始末しておきました!」

 

 黄金の剣を掴んだばかりの少女、未来のアーサー王であるセイバー・リリィは黒色の未来を葬ったのだった。

 

「……」

 

 唖然とした。

 力量の差とか2人への奇襲成功の有無とかそんな事はどうでもいい。

 

 危険だ。

 今までも何度かヤンデレ同士の殺し合いはあったが、リリィの躊躇の無さは危険だ。

 

 無邪気で幼気なサーヴァントは他にもいるし、残酷な行為を行う者もいるが俺は改めて目の前の白い花弁に潜む脅威を再確認した。

 

「マスター……? あ、今その腕輪を外しますね。

 ……えい!」

 

 あっさりと腕輪を断ち切ると、リリィは一息ついてから聖剣を消して俺に抱き着いた。

 

「マスター! お元気な様で何よりです!」

「う……うん、り、リリィもね……」

「はい、マスターに会えて私も嬉しいです!」

 

 今までヤンデレ・シャトーに出てこなかったのでその反動かもしれないと考えるがそんな推測が畏怖を和らげる事はなく、脳から今すぐ退けと警告が鳴っている。

 

「っ、っ!」

「よろしければ、マスターに頭を撫でて欲しいです!

 ……駄目、ですか?」

 

 反射的な動きか唯の偶然かは分からないが、逃走の予備動作として後ろに下げようとした腕を掴まれ、上目遣いで頭を撫でる様に頼まれた。

 

 余り気乗りはしないが身の危険を感じる俺は大人しく彼女の頭を撫でた。

 

「……すき……ぃ…………ぃあわせです……」

 

 小さなスキンシップで嬉しそうに呟くが、緊張は抜けない。

 それでも自分から会話を切り出してこのピンチを切り抜ける事にした。

 

「り、リリィ……今日はそのバレン、タインなんだけど……」

 

「……そ、そうですね!」

 

 先程までずっと嬉しそうだったリリィの声に焦りの色が混じった。

 

「出来れば、リリィから貰いたいなー、なんて……思ったりしなくもないんだけど」

 

 命の危機に回りくどい言い方になってしまった。

 

「う……マスターのサーヴァントである以上、渡す事に何か不満がある訳では無いのですが…………これは少々、困りました……

 まさかマスターが、こんなに私のチョコレートを楽しみにしていたなんて……!」

 

 何やら勝手に話を膨らませている様だが、こっちとしては早く受け取っておさらばしたい気分だ。

 

「うぅ……自分の未熟さが恨めしい……こんなにマスターがご期待してくれているにも関わらず、こんな物しかご用意できないなんて……」

 

 そう言いながら彼女は何処からか小さな箱を取り出し、それを見た。

 

「チョコレート…………なんですけど」

「大丈夫、別に不味くても……あれ?」

 

 中身を取り出してそこで俺は気付いた。 

 見覚えのある、羊型のお菓子。

 

「……これ、リリィの?」

「……いえ……実はそれ、ここに来る前にメディアさんから貰った物なんです」

 

 その言葉に心臓がドキっと跳ねた。

 

「メディアは……元気だった?」

「はい、私に「モデルをして欲しい」と少々酔っ払っていた様ですが、座に戻してあげたので恐らく今頃は元気です!」

 

 予想通り、彼女は一切の罪悪感も感じさせない笑顔でそう答えた。

 

「あ、これはメディアさんのお師匠さんからです! マスターを豚さんにする等と言っていてとても怪しかったので念の為に切り伏せておきました!」

 

 自分のチョコの話題から話を逸らすためか、それとももっと褒められると思ってか嬉しそうに話し続ける。

 

「――旅の合間に見せる凛々しいお姿が私にとってはもっともマスターが輝く時であって、豚さんになってしまうなんて言語道断……あ、いえ! 豚さんになってもマスターはかっこいいとは思いますけど――」

 

「リリィ」

 

「――もしかしたら……豚さんの方も愛らしくて素敵な可能性が……」

 

「リリィ!」

 

「は、はい!? な、なんでしょうかマスター!?」

 

 妄想の世界から出てこれたようだ。

 さっさとチョコレートを貰って俺もこの悪夢から抜け出そう。

 

「リリィのチョコレートが欲しい」

 

「…………そ、そんな風に面と向かって言われると、恥ずかしいですよマスター」

 

 赤く染めた頬を隠し、目を閉じながらもリリィは笑った。

 

「ずるいですよ……今日のマスターさん、ずっと私をドキドキさせてます」

 

 観念したのか彼女は漸く自分のチョコレートを出した。

 

「……今度は私の番ですね……」

 

 今何か呟いた。

 嫌な予感がするし、気になったが俺は兎に角受け取ってしまおうと腕を伸ばす。

 

 空振った。

 

「今回、私達サーヴァントはバレンタインデーにも関わらず、簡単にチョコを渡さない……ですよね?」

 

「っ!?」

 

 アヴェンジャーの語った今回の悪夢の内容が、リリィの口から漏れた。

 

「だから、説得して渡す様にマスターがお願いするんですよね?」

「り、リリィ……?」

 

「えへへ、ドキッとしましたか?

 ……マスターにこのチョコレートを渡す前に、私のお願い、聞いて下さいますか?」

 

 セイバー・リリィは手に持っていたチョコの箱をそっと床に置いた。

 

「折角のバレンタインデーですから、恋人として私と一緒に過ごしませんか?」

 

 俺は恐怖で返答が、出来なかった。

 

 

 

 

 

「黒い私がお好きなら、喜んで穢れますよマスター?」

 

 選定の剣が僅かに曇ったような気がしたが、チョコレートが剣身に反射しただけだと思いたい。




空の境界コラボイベント? 原作見ていないのに書いてしまった式が感想では高評価だったりしてなんだか申し訳ない気持ちで一杯です。色々落ち着いたら見ていこうと思います。

て言うか式が居なかったらヤンデレ・シャトーの評価がいまいちだった可能性があるので自分はもう少し誠意をみせるべきなのでは……?

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