ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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お待たせしました。今回は2周年記念企画の2番目、ツイッターで参加して下さった方のお話です。



ヤンデレの境界 【2週年記念企画】

 

 普段とは違う雰囲気のヤンデレ・シャトーで初めて見る人物に出会ってしまった。

 

 て言うか、人気が無い広いだけのカルデア仕様のシャトーを下手に歩くんじゃなかったと後悔している。

 

「あの、貴方がマスターさん、でしょうか?」

 

 目立つ装飾の無い黒い学生服を着た、明らかに魔眼の類いを持っているであろう赤い目の美少女。

 

 空の境界はよく分からないが、少し前にピックアップしていたので辛うじて名前は覚えてる。

 

「浅上藤乃さん……だっけ」

「ええ、よかった。こんな広い場所に誰もいなかったので……もう少しで壁を壊して脱出しようかとおもったんですけど」

 

 そんな事されたら最悪凍え死ぬ。設定上カルデアは雪山に建てられているし。

 

 取り敢えず距離を取ろう。初対面だし、ヤンデレじゃないから追ってこない可能性もある。

 

「誰もいない理由は知らないけど、急を要する自体じゃないから安心して欲しい」

「え、そうなんですか?

 ……それでは、暫くマスターである貴方と行動させて頂いて宜しいでしょうか?」

 

 そう来るか。この流れだと恐らく、俺が何を言っても彼女は俺に着いてくるだろう。

 

 こっそり尾行されても厄介だし、取り敢えず頷いておこう。

 

「では、ご一緒させて頂きます」

 

 

 

 そんな俺の心配とは裏腹に、彼女は特に俺に迫る事もなく普通の距離感で接し部屋についてもその言動に何か変化が訪れる事は無かった。

 

「そんな面白い所でも無いけど、取り敢えず何か飲む?」

「いえ、お構いなく。座らせて頂ければそれで十分です」

 

 そう言った彼女は椅子に座り、俺も取り敢えず不自然では無い位の距離に座る。一応、ドアの近くなので礼装で強化すれば逃げられるだろう。

 

「……サーヴァントである以上、貴方の事はマスターとお呼びすれば良いのでしょうか?」

「あ、ああ……そう言えば俺の名前は言ってなかったね。岸宮切大だ。マスターでも名前でも、好きに呼んでくれ」

 

 何故だろうか、自分のフルネームを口にしたのが随分懐かしく感じる。

 

「岸宮さん、ですか……私、ちょっと他の英霊の方と比べるとどうもその自覚が薄いので……マスターと呼んで慣れる様にします」

 

「分かった」

 

 そこから、彼女は軽く自己紹介を始めた。自分の能力とそれに関する異常性、無痛症について。

 

「……ですので、壊れてしまっても気付かず動けると言う点では、タフなサーヴァントだと思います」

「いや、俺はそこまで鬼畜じゃないから、俺の目で戦闘不可能だと思ったら撤退させるよ」

 

「優しいんですね」

「いや、常識だと思うんだけど……」

 

 こんな事で好感度が上がっても困る。

 

「私についてはこれくらいです。

 出来れば今度はマスターのお話を聞いてみたいです」

 

「んー……まあ、良いけど」

 

 俺はFGOのマスターと現実世界の自分の話を交えつつ彼女に話した。

 

「まあ、もう人理は修復されたのに新しい脅威ですか……大変ですね」

「そうなんですよー」

 

 それらしい話が出来たと満足しつつ、意識して避けている話題が1つある。

 

(彼女と両儀式の関係性がイマイチ分かんないから、名前を出して良いかも判断出来ない……)

 

 彼女自身、他人に嫌われる事が無いように振る舞っているのはこの僅かな時間でも理解出来たが、それ故に唯一の知り合いであろう彼女の話題を出すべきか否か、決めあぐねていた。

 

「……あの、マスター」

「ん、何?」

 

「そろそろお聞きしてもいいでしょうか?  

 今のカルデアに他の人がいない理由」

 

 そっちか、と思ったが確かに理由も説明せずにこれで当たり前だからとか、彼女が納得する訳も無い。

 

「え、えっと……」

「…………」

 

 俺の言葉を無言で待つ浅上藤乃。

 言葉に詰まった俺を見つめ続けた彼女は、唐突に口を開いた。

 

「マスターを困らせてしまった様ですね。ご安心下さい。私、此処がマスターさんと親睦を深める場だとは理解しているんですよ」

「あ、そ、そうなの?」

 

「はい。ただ、それ以上の事は教えて頂いて無いので説明を求めたのですが……それに先からどうも妙なんです」

 

 そう言って浅上は俺に少し近付いた。

 

「なんだか、段々貴方に吸い込まれそうになってしまって……どうしましょう」

 

 不味い。もう病み始めているのか。

 そう思った俺は素直に話す事で彼女の好感度を下げようと考えた。

 

「此処は……ざっくり言うと勝手に俺を好きになる空間なんだ」

「え……?」

 

「だからその気持ちは本物では無いから、落ち着いて欲しい」

「本物じゃない……はい、なんだか、そう言われると出処の分からない感情が収まった気がします」

 

 浅上は椅子に座り直した。

 

「……確かに、不自然な位感情が溢れ出そうになりましたが、貴方自身はこれを良しとしていない事が良く分かります」

「ご、ごめん。突拍子の無い事だったから……」

 

 よし、完全初対面な上にそもそも召喚できてないサーヴァントだからか、今の所は大して病んでいない。このままを維持しよう。

 

「いえ、謝らないで下さい。なんだか、サーヴァントになって忘れていた気持ちが思い出せた様で、嬉しかったです」

「だけど、ずっとこのままだと退屈かな……」

 

 俺は立ち上がってタンスまで移動した。

 以前、ドクターとカードゲームをしていたのでもしかしたら何かあるかもと思ったからだ。

 

「あーー」

 

 そこで発見したのがホラー映画の数々。

 

「暇つぶしにこれ、観ませんか?」

「ホラー映画ですか? 観ましょう、ぜひ!

 

 部屋の電気を消し、同じベットの上に腰掛けた俺達のホラー映画鑑賞が始まった。

 

 彼女の方は好きだと言っていただけあって、ホラーなシーンは真面目に、だけど口元を若干緩んで見ていた。

 

 横目でその反応を見つつも、俺は多少古い印象を受ける映画にちゃんとビビっていた。

 

 ……いや、見れないわけではないし、心臓も弱くは無いが、古いホラー映画は怖い。間違いない。

 

「……もしかして、怖がってますか?」

 

 唐突に、浅上さんが聞いてきた。

 

「ははは……まあ、あんまり見ないから……」

「そうなんですか……?」

 

 彼女はそう言って、俺の手を握った。

 俺はちょっと動揺してしまう。

 

「…………」

 

 しかし、握った本人は何も言わず映画が終わるまでただ俺の手を握り続けた。

 

「「…………」」

 

 漸く終わった。20分程度の間ではあったが手を握られてから随分と時間が経った気がする。しかし、映画が終わっても彼女はう手を離さない。

 

「え、えっと……」

「あ、す、すいません! ご迷惑でした……?」

 

「あ、いや……」

 

 頬を赤らめる彼女を見て俺は考える。

 

(この娘、実は俺の事……)

 

 もしかしなくても、あり得るかもしれない。

 

「あ、あの、お水はあそこですよね? 私ちょっと飲んできますね!」

 

(捕まえようとしているな……?)

 

 確定だ。だって、今も俺の事見てるし。

 

「――」

 

 アレはハンターの目だ。て言うか、魔眼持ちに狙われてるとか恐怖なんですけど――!!

 

 

 

 俺に緊張が走ってから数分が経った。

 浅上のヤンデレらしさが段々と伝わり始めて来た。

 

 俺の事を見続ける彼女。それだけなら、或いはもしかしたら普通かもしれない。

 

「ちょっと、トイレに行ってくるよ……」

「はい、どうぞ……っ」

 

「お待たせ」

「っ……いえ」

 

 だが部屋の中を移動したり、俺が座っていない間、彼女の視線は少し下がって俺の顔でも体でも無く足元へと移る。

 

 俺が不審な動きをすれば歪曲の魔眼で即座に俺の足を曲げる気だ。ゾッとする。

 

「そういえばマスターは沢山の英霊と契約しているとお聞きしましたが、親しい英霊さんはいるんですか?」

 

 俺の状況に探りを入れてきたか。

 

「うーん、特に親しいサーヴァントはいないかな……皆結構仲良くしてくれるし」

「そうなんですか……私とも、仲良くして下さいね?」

 

 それとなく交わしたが今度は距離を詰めてくるか。

 

「勿論だよ」

 

 あくまで平等に扱う、そう言う意味を込めた返しだ。

 

「はい……」

 

 俺の言葉に頷くが、恐らく喜んではいない。彼女も俺が言葉を選んでいる事を理解しているんだろう。

 距離を取りたい。

 

「意地の悪い方ですね、マスター。

 私から逃げるおつもりですか?」

「逃げるも何も……分かってるはずだ。その感情の変化の仕方は可笑しいって」

 

「そう、ですね。

 そうなんですけど……」

 

 浅上は胸の前で両手を重ねると俺を見る。

 

「不自然です。あまり良くない想いかもしれません。

 ですが私……こんな感情的になった事が無くて、今まで無い物扱いしていたのに急に溢れる程湧いてこられてはもう……この想いだけが私の思考を突き動かしているのです!」

 

 そう言って迫る彼女は、サーヴァントの霊基に慣れていないせいか人間的な速さで俺へと迫った。

 

「くっ!?」

 

 それでも際どいが、何とか彼女の腕が触れられない距離まで下がった。

 

「鬼ごっこなんて、女子校の私には馴染み深い遊びではありませんがお付き合いしますよ?」

 

 俺は慌てて部屋の扉を開けて廊下へ逃げた。

 しかし、その後ろでは今まで一度も聞いた事も無い金属の悲鳴が木霊した。

 

「もっとも、サーヴァントの力に慣れる数分の間でしょうけれど、ね?」

 

 俺は走って兎に角彼女の視界から外れようと角を曲がった。

 

 この後知った事であるが、その気になれば視力低下を代償に透視する事が出来る彼女には余り意味の無い作戦だった。

 

「早く、手に入れたいです。マスターの、全てを……」

 

「兎に角曲がらないと!」

 

 あの捻れ曲がったドアだったモノの姿が思い浮かぶ。魔眼を喰らえば俺も悲鳴を上げて肉塊のスクラップになる事だろう。

 

「パッションリップと似て……いや、動作が視るだけだから余計に質が悪い!」

 

 【瞬間強化】は勿論使った上で、新礼装に変えて【予測回避】を既に準備している。

 

「【幻想強化】は腕力重視の強化だが第二の【瞬間強化】として使おう」

 

「あら、早着替えの手品ですか?」

 

 悪寒。

 背後に迫る彼女はやはり俺の足を視ている。

 

「回避、だ!」

 

 【予測回避】が発動した俺の体はその場から消えて安全な位置へと一瞬で移動した。

 

「消えた!?」

 

(っ! すぐ目の前かよ!? でも、背中への警戒は薄いか?)

 

 浅上は背後の俺には気付かずに後を追う為、角を曲がった。

 

(…………い、行ったか……)

 

「……ふぅ……と、兎に角此処から離れよう……」

 

 足音を気にしながら、俺は早歩きでその場から去っていく。

 兎に角、彼女から離れる為に部屋への道を辿って、エレベーターまで移動し、別の階へと移動した。

 

 2階まで上がった。

 しかし、此処には大した施設は無い。

 

「まあ、その分部屋は多いし隠れられる場所は多いか」

 

「ん? 浅上の奴、しくじったのか。ツイてるな」

 

 が、俺の逃走劇は終了した。

 

 俺の努力を嘲笑うかの様に歩いてきたア

サシンの存在に。

 

「どうしたマスター?

 持久走が終わったのにマラソンが始まったみたいな顔してるぜ?」

 

 

 

「……で、浅上から逃げてきた所でオレに出くわしたのか。良かったなマスター」

「ははは……」

 

 適当な部屋に2人一緒に入ると、俺の正気度を削り続ける会話が始まった。

 

「あいつ、召喚されなかった癖に此処に現れて、あの復讐鬼もなんか愚痴ってたけどどうせ一夜限りの不具合だって言って放置する事にしたらしい」

「えっ」

 

 エドモン、適当過ぎだろ……

 

「ご愁傷様だな、元から思い込みの激しい地雷女の相手にしないといけないなんて、オレのマスターは何時も貧乏くじを引かされるな」

 

 ほらよ、と言いながら式は両腕を広げて来た。

 

「え、えーっと……?」

「まあ、一種のゲン担ぎだ。これでも幸運はA+、ハグしてくれたら全部やるよ」

 

「ち、因みにハグしないと――」

 

 俺の顔スレスレに1本のナイフが通っていった。

 

「幸運E並の終わりを迎えるけど、構わないか?」

「強制かよ……ちくしょう!」

 

 泣き言を言いつつも俺は式で両手で抱きしめた。

 

「そうそう、ヤケクソでも何でもいいからちゃんと抱きしめろ」

「くぅー……」

 

 言われるがままである。悔しい。

 

「……もういい?」

「駄目、もっとだ」

 

「…………」

「…………」

 

「…………」

「…………」

 

「……あの、式さん」

「なんだよ……今良い所なんだ」

 

 段々式の体から力が抜けているのが分かる。本気でパラメータを譲渡しているじゃないか?

 

「そろそろ良いじゃないか?」

「んー、駄目だ。もっと抱き着かないと許さない」

 

「だけど、そろそろ……」

「あー、もう! うるさいなぁ……!」

 

 ごねた式は椅子に座ったまま俺に抱き着かれた状態から押し倒して、俺の背中は床にくっついた。

 

「マスター、恋人が抱き付き合って場を温めたら……するのが常識らしいぞ?」

「いやいやいや、駄目駄目!!

 普段クールなキャラの赤面の笑みは可愛いけど、変なスイッチ入れるな!」

 

 慌てて引き剥がそうとするが、先程とは全く違う力の入り様にビクともしない。

 

「覚悟しろよマスター……」

 

(いや、よく考えろ! 式は筋力E! 強化をすれば人間でも抵抗できる筈!)

 

「【幻想強化】!」

 

 普段の瞬間強化と違い、腕に集中して張る巡るエネルギーを感じる。

 

「っぅ!」

 

 気付けば押し倒された体勢から式の腕を掴んで抑え、立ち上がる事に成功した。

 

「っく、確かに腕っぷしは強くなったみたいだが……!」

 

 式は蹴りを腕目掛けて放ち、慌てて手を放して回避した。

 

「オレからは逃げられないぞ、マスター?」

 

 確かに、速さ比べじゃどう足掻いても勝てない。

 ドア側を塞がれては俺は逃げられない。

 

「く……なら――」

「――令呪は駄目だ」

 

 式に肉薄され、体すれすれをナイフで切られた。

 

「っなに!?」

「悪いけどその魔力の流れ、斬らせてもらったぞ」

 

 流れが途絶え、張っていた力は抜ける。

 

「じゃ、散々抵抗してくれた礼にちょっと激しく――っち!」

 

 床に倒れた俺を前にして舌打ちをした式は、慌ててその場から跳んだ。

 

 何も無いはずの空間は突如曲がって、地面と壁を抉った。

 

「……来たな、浅上」

「ええ、お久しぶりですね。式さん」

 

 聞くだけならばなんて事のない日常的な挨拶だが、2人の目には確かな殺意がある。

 

「どうした? 曲げてこないのか?」

「斬る準備をしておいて、そんな挑発をするんですか?」

 

 どうやら今すぐ殺し合いをする程動ける訳では無いらしい。

 

 取り敢えず、浅上の方を抑えないと危険か。

 

「【ガンド】!」

 

 指鉄砲で撃ち抜くと、彼女の体は静かに床に倒れた。

 【予測回避】が使いたいので、撃って直ぐに新礼装に変更した。

 

「ま、マスターの……魔術、ですか……!」

「任せろマスター、オレが引導を――」

 

「――令呪を持って命ずる! 式は目を閉じて動くな! 重ねて命ずる! 浅上もだ!」

 

 令呪を2画消費して、何とか2人をその場に封じ込めた。

 

「っくぅ……」

「や、って……くれたな……!」

 

「よし、逃げよう!」

 

 足早に部屋を出た俺は、安息の地を求めてエレベータに乗り込んだのだった。

 

 

 

「式と浅上以外はいないみたいだが……やれやれ……」

 

 あれから数分が経った。地下まで逃げ込んだ俺はまだ動いてはいないシャドウ・ボーダーのコンテナがある保管庫に身を隠した。

 

「見つからなければ……なんとかなるか」

 

 一旦呼吸を整え、ここまで走ってきた体を休める。

 

 座り込んで休む俺に、何故か悪夢の中にも関わらず眠気がやってきた。

 

 身震いした体を両手で抑えて、漸く原因に気が付いた。

 

「あ……此処、寒いから……か……」

 

 体温が34度まで下がると人間は眠くなるらしい。

 何処かで聞いた低体温症の症状を思い出した時にはもう手遅れ。その場から移動するよりも先に、目を閉じた。

 

 

 

「おはよう、よく眠れたか?」

「体は大丈夫ですか?」

 

 式と浅上の2人に挟まれ、同時に耳元でモーニングコールされた。

 

「……え?」

 

 当然ながら、何が起きたのか分からない俺は唖然とした。

 

「え、え、な、何で2人が……」

「復讐者さんが、気を利かせてオレらにマスター救出を頼んだんだよ。凍死なんて予定外の死に方されたくないってさ」

 

「あ、もし私達2人が一緒に貴方の看病をしているのか知りたいのならお答えします。マスターが倒れる原因が式さんだったからです」

「……まあ、そうなるな」

 

 聞けば、俺が体温が下がったことに気付かず保管庫に座っていた原因は礼装の破損が原因らしい。

 

 俺自身、寒いとは感じなかったが式に【幻想強化】を切られた時に耐寒機能も殺されていたそうだ。

 

「なので、式さんに妥協案として2人での添い寝を提案しました」

「今回はオレの落ち度だし、譲ってやる事にしたんだ……まあ、マスターの隣だし文句はない……おい、浅上。足が邪魔だ」

 

「式さん、もう少し反省して自粛したらどうですか?」

「自粛、出来ない奴のセリフじゃないな……」

 

 足の方で何やら2人がゴソゴソと動いているのが分かる。激しい攻防戦の様だが、間に俺がいるのを忘れないで貰いたい。

 

「あの、俺を挟んで暴れないで欲しいんだけど」

 

「人を怪獣みたいに言うなよ」

「私は、女子ですよ?」

 

 知り合いに人間大砲扱いされた人と人間大砲扱いした切り裂き魔がなにか言っている。

 

「そういえば式さんがマスターにキスをしたと聞いたんですが、本当なんですか?」

 

 唐突に背中が寒くなる話題が始まった。

 

「そうだよな、マスター?」

「う、うん……まあ」

 

「へぇー! そうなんですか、素敵ですね」

 

 何故か喜びの声を上げるが、それが逆に怖い。

 

「それじゃあ、私と一緒にデートに行きましょう」

「え?」

 

 やばい、布団の中で式に腕をガシッと掴まれた。

 

「私、触れ合いよりも一緒にいる時間が好きなんです。貴方を通して、貴方の感じる世界を一緒に生きていたいんです」

「いいセリフだけど、本妻の前だぞ。言葉に気を付けろよ」

 

 どうやら今夜限りの存在である藤乃に対して式は普段より幾つか落ち着いて対応してくれている様だ。

 

「あら、式さんが本妻だなんて……」

「サーヴァントだから、生前の事は関係無い」

 

「随分とあっさりしていますね? 身持ちの硬い方だと思っていたのですが、浮気の喜びに目覚めてしまいましたか」

「おう、喧嘩なら買うぞ?」

 

 抑える気が全然ない、ゼロ距離での魔眼の発動に思わず俺は叫んだのだった。

 

「止めろぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

「って事で時間だな」

 

 数分間、俺の取り合いをしていた2人をなんとか小競り合いで収めていると、式のその言葉で漸く悪夢は終わりを迎えた。

 

「そうなんですか?」

「ああ、これでお前ともオサラバだ」

 

「? どう言う事ですか?」

「お前、やっぱり気付いてなかったんだな。

 お前はこいつに召喚なんてされてない、はぐれみたいなサーヴァントだ」

 

「……え?」

 

 浅上藤乃は本当にその事に気付いて無かったようで、驚いている。

 

「それじゃあ、またなマスター」

 

「…………」

 

 式は消えて、周りの空間も黒一色に染まった。

 

「あとはエドモンと喋って…………あれ?」

 

 しかし、俺の横から浅上が腕を掴んだ。彼女だけ消える様子は無い。

 

「ようやく、2人っきりですね」

「な、なんで……」

 

「私、嬉しい事よりも悲しい事の方が感情豊かになるんですよ……普段感じない痛みを感じてしまって、どうしようもないくらい制御が効かなくなって……ああ、消えてしまう。人を好きになれたのに、このまま永遠にお別れだなんて、酷い人。なんて酷い……私の恋人さん」

 

 段々、俺に近付きながら、彼女自身は本性を顕にしている。

 

「消えてしまう。そんなの嫌。

 ねぇ、そんな哀らしい顔をしてどうかしましましたか?

 もしかして、私が怖いんですか?

 …………凶れ」

 

 魔眼が発動した。しかし、俺はどこも痛くない。

 

「凶れ、凶れ! 凶れ!! 凶れ!!」

 

 彼女の表情は何も曲げれていないが、声量と比例して段々と笑みが出来上がっている。

 

「ほら、もう怖くないでしょう?

 私の中でマスターは凶る事の出来ない、大切な人になっているんですよ」

 

「だから笑って。私に微笑んで下さい」

 

「……」

 

「……」

 

「……なんで? なんですかその引き攣ったかの様な不自然な笑みは?

 まだ怖いんですか?

 凶れ、凶れ、凶れ」

 

 再び魔眼を発動する彼女。だけど、やはり痛みは感じない。

 

「大丈夫なんです、私はマスターを傷つけません! 凶れ、凶れ、凶れ!」

 

 己の言葉を証明す

         る為に彼女は言い放つ。

 

「凶れ、凶れ、凶れ」

 

 何度唱え

     ても俺は

         答えない。

 

「凶れ、凶れ、凶れ」

 

 だって

    俺は

      夢から

のは     覚めた

 いる   から

   残って

 

 

 彼女と

 

    抜け殻

       

       だけ

 

    だから

 

 

 

 

 

 

 

「ずっと、視てますからね。

 運命の赤い糸なんて、ロマンチックなモノは要りません。

 因果を凶げて、必ず、貴方の元へ――」

 

 




※最後の方の文に関しましては、もし読みにく等の意見が多ければ修正します。

FGO本編では第二部が始まりました。ネタバレはいつも通り控えて下さると幸いですが、自分はもうクリアしました。アナスタシアが引けましたが、正直カドアナ勢が怖いのでどう書くか悩ましい……


次回はハーメルン側から、 雪桜タワー さん の話を書きます。メッセージをお送りする場合が御座いますので、確認の方をお願いします。

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