ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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2周年企画5回目です。今回はリクエストの話なのである程度(有って無いような)設定を無視して書いています。百合です。
当選者は ひがつち さんです。おめでとうございます。 


ヤンデレ・リリィズ 【2周年記念企画】

 

「――先輩、待って下さい!」

「待たない、今日は用事があるんだ」

 

 放課後、校門の近くまで来ていた私の横を1組の男女が早歩きで通り過ぎて行った。

 

 どちらも見た事は無いが、男子の方が2年で、女子は1年だろうか。

 

「元気だねー」

 

 アルバイトや勉強で疲れていた私はその2人を微笑ましく思いつつ、気の抜けた感想を溢しながら家へ帰る。

 玄関の前に着くと、同じタイミングで隣の家のドアの前に立っている知り合いがいた。

 

「ただいまぁ……やったぁ」

 

 幼馴染の陽日君だ。家に入る時の笑顔は相変わらず弱々しくも満面で、天国に辿り着いたおじいちゃんの様だ。

 

「陽日君、私の後ろにいた筈なのに私より先に家に入るって、どこで追い越したんだろう?」

 

 そんな疑問を浮かべながら自分の部屋に入ると、今までの疲れがどっと押し寄せて来た。

 

「ふわぁー……つっかれたぁ……」

 

 スマホを握りつつベットに倒れた私は、FGOを起動した事も忘れて目を閉じた。

 

「鼎(カナエ)……今日はおネムしまーす……」

 

 そんな宣言通り、私は直ぐに眠ったのであった。

 

 

 

「わぁー……すっごい霧だぁ」

 

 私の視界をもくもくと濃い霧が遮っている。微かに見える街並みを見て、今いる場所の正体に気付いた私は思わず両手をパンッと叩いて喜んだ。

 

「あー! 此処きっとロンドンだぁ! FGOの第四章の舞台だぁ! 凄い凄い!」

 

 テンションマーックス!

 夢の中でお気に入りの世界に入り込めるとは思わなかった。

 

「腐退的で幻想的なロンドンだぁ……」

 

 ちょっと楽しくなってきたので歩いてみる事にした。

 

 誰もいない。人の気配が微塵も感じられない。

 

 そんな場所だから人目も気にせずに首をあちらこちらに動かして周りの景色を楽しめる。

 

「ふっふふー……ん?」

 

 鼻歌を歌ってスキップしていた私だけど、不意に足を止めた。

 沈黙の中を私以外の誰かが歩いている。

 そんな気がしたからだ。

 

「……ん、誰もいない」

 

 振り返って少し注視してみるけれど、いくら探しても何も見つからない。

 

「気のせ、っきゃ!」

 

 突然、私の前に霧と建物以外の人影が立っていた。

 

 驚いた私の体は尻餅を付きそうになったけれど、小さな腕が私の体を受け止めた。

 

「――あっ」

「大丈夫ですか、マスター?」

 

 見上げた場所には紫色の髪の女の子が、その腕だけで私を支えていた。

 

「アナ……ちゃん?」

「はい。脅かしてしまったみたいで、ごめんなさい」

 

 ペコリと謝りつつ、そっと私を地面に降ろしてくれた。

 

「……本当にアナちゃんだ!」

「く、苦しいですマスター……!」

 

 目の前の女の子がサーヴァントのアナちゃんと確信できた私は我慢出来ずに思わず抱き着いた。

 

「わ〜! 本当にちっちゃい!! あ、猫耳っぽい膨らみ!」

「ちょ、ちょっとマスター、落ち着いて下さい……くすぐったいです」

 

「えへへ……照れた顔も可愛いなぁ……!」

 

 夢だと分かっている私は彼女の体も顔も弄くり回してやり放題だ。

 

「……ああ、もうっ」

 

 だけど、突然アナちゃんに鎖で右手を縛られる。 

 

「えっ? ちょ、アナちゃ――」

「――あむっんんっ……!」

 

 驚いている間にアナちゃんに唇を奪われた。

 

「ん、んー!? ん、っちゅん……!?」

(ちょ、ちょっと待って!? え、何これ、何これ! アナちゃんが、き、キスしてる! 私こう言う経験初めてなんだけど!?)

 

「――――っんはぁ……」

 

 初めての経験の唇の柔らかさとか突然やって来た舌の感触とか、衝撃に衝撃が重なって今にも頭の中がパニック状態の私。

 開放されてもずっと間抜けな顔でアナちゃんを見つめていた。

 

「……マスターがあんな素敵な顔を見せるから、我慢出来なくなっちゃいました」

 

「えっ……いや、が、我慢って……?」

「もう一回しても良いですか?」

 

 唇を近付けてやってくる彼女の前で、私は慌てて唯一動ける左手で口を塞いで見せた。

 

「あ――!」

「はい、これでもう塞げませんね?」

 

 左手を掴まれ、右手と一緒に鎖で縛られた。

 良く分からない力で鎖には触れずに、だけどしっかりと私の両手を頭上で固定しているので、足を動かして逃げようと後退ってみたけど……

 

「もう、駄目ですよ?」

 

 背中まで手を回されて抱き止められた。

 

「あ、アナちゃんなんか変だよ……!?」

「マスターが……おかしくしたんですよ? あんなに沢山触って、わたし貴女の温度に当てられてしまいました……」

 

「ご、ごめんね!? 謝るから……!」

「泣いちゃ駄目ですよマスター……わたし、もっと泣かせたくなってきちゃいました」

 

 また、私達の唇が触れそうになる。

 

「“くるくる廻るドア……”」

 

 だけど、近付いてきたアナちゃんは止まると、私を抱き抱えようとする。

 2人の体の間にストンと、何処からともなく絵本が降ってきた。

 

「……“行き着く先は鍋の中!”」

 

 ひとりでに開いた本のページから、突然の炎が飛んできた。

 

「っく!?」

 

 アナちゃんは私の両手を縛っていた鎖を消して、炎を避ける様に後ろに跳んだ。

 

「駄目よ、アナ。貴女の役は悪い蛇なの。お姫様にキスして良いのは王子様だけよ」

 

「……ごっこ遊びなら、後で付き合ってあげますよ。ナーサリー・ライム!」

 

 私の前に現れた本は、アナちゃんの叫びと共にその姿を黒い衣装の女の子に変えた。

 

「こんばんわ。マスターさん」

「こ、こん、ばんわ?」

 

 夢の中、だと思うけど先から分からない事だらけで私はすっかり混乱していた。

 

「会えて嬉しいのだけど、取り敢えず此処は逃げちゃいましょう? だって、悪い蛇さんはとっても怖くて強いんだもの」

 

「ナーサリー、マスターは連れて行かせませんよ……!」

 

 何処から出したのか、自分より長い鎌を持ったアナちゃんがこっちに目掛けてやってくる。

 

「あ、アナちゃん! “と、止まって!!”」

 

 思わず手を突き出して静止しようと叫ぶと手の甲から赤い光が放たれ、アナちゃんの体は不自然な程急に止まった。

 

「っぐ……! 令、呪が……!!」

 

「今の内ね」

 

 ナーサリー・ライムは大きく派手な炎を出すと、霧の中を私を連れて走り出した。

 

 その私達の周りには誰か霧の中を通っている様な動きが見える。

 

「安心してマスター。これは全部私達の影よ。今はみんな仲良く鬼ごっこをしているわ」

 

 多分だけど、ナーサリーちゃんの力でアナちゃんを撒いてくれているのかな?

 

「さあ、行きましょう。私達の秘密基地に!」

 

 

 

 ナーサリーちゃんに連れて来られたのは図書館だった。

 本棚と暖炉がオシャレな、時代を感じる場所で私はナーサリーちゃんに何が起きているか話を聞く事にした。

 

「……んーっと、私が世界一のお姫様で皆がどうしても欲しがっている……って言うの良く分からないけど、どうやったら此処から出られるの?」

 

「簡単よ。私と一緒に入れば良いの。時間が経てば貴女は夢から覚める。楽しい事をしていれば時間の流れは早くなる。

 ね? 一緒に遊びましょう?」

 

 ナーサリーちゃんはそう言って手の平を差し出してくれた。

 

「……ナーサリーちゃん」

 

 なので私はその手を掴んだ。

 

「……フフフ」

「?」

 

 何故か小さく笑ったナーサリーちゃん。私は心の中を誰かに見られた様な奇妙な感覚に怯んだ。

 

「マスター、貴女は私のお姫様。大丈夫。何が来ても私が守ってあげるわ」

「う、うん……」

 

 その言葉と共に、私達の周りを本から出て来たカラフルなリボンが飛び交い、囲み始めた。

 

「今すぐに、この悪夢を彩ってあげる!」

 

 

 

「……あ、あれ?」

 

 私は――思わず頭を抑えた。頭痛、じゃなくて頭が気持ち悪い、って言ってしまいそう。目を閉じているのに目の前がグニャリと歪んでいる気がする。

 

「変な、気分……」

「大丈夫?」

 

 後ろから声をかけられた。

 この声はナーサ――?

 

(あれ? この声は、アリス、だよね?)

 

 本当に気分が悪いみたいだ。

 

 だって私は今、恋人のアリスを今、知らない名前で呼びそうになったから。

 

「ねぇ、カナエ、大丈夫?」

「う、うん大丈夫だよ、アリス」

 

「なら、早くお茶にしましょう」

「そだねー……」

 

 アリスと少し歩いて庭の中、お花畑に囲まれた机に着いた。

 温かいお茶とお菓子が揃っていて、お茶会の準備がもう出来ている。

 

「座って、カナエ」

「うん……わぁ、美味しそうだね!」

 

 アリスと私は座った。

 明るい色のマカロンを手に取る。

 それを見ているだけで先まで感じていたモヤモヤとした気持ち悪さが薄れていく気がする。

 

「……頂きます」

「うん、ちゃんと食べてね」

 

 先ずは一口。マカロンを半分程口の中で噛んだ。

 

「んー! 美味しい!」

「ふふふ、喜んで貰えて良かった」

 

「うん、これだったら一杯食べたくなっちゃう!」

 

 最初の1個を直ぐに食べ、緑色のマカロンを手に取って食べる。

 口の中の水分が少し乾いてきたので、紅茶を飲んだ。これも美味しい。

 

「美味しい!」

「あんまり急がないで、ゆっくり食べてね?」

 

 美味しい! だけど、頬張る毎に何かがおかしいと思えてくる。

 何か、この美味しさがまるで嘘の様な……

 

「カナエ? どうしたのそんな悲しそうな顔をして?」

 

 声を掛けたられて漸く、アリスが目の前まで駆け寄って来た事に気付いた。

 

「……な、何でもないよ?」

 

 そんな彼女を見て、ふとした疑問が私の中で生まれた。

 

(アリスとは恋人だけど……キスした事って、あったけ?)

 

 私はその疑問に、自分で答えを作ってしまうとアリスと目を合わせた。

 目が合うと、アリスも分かってくれた様で重ねる為に唇を向けてくれた。

 

「――」

「――あ」

 

 だけど、私達を突然現れた閃光が切り裂いた。

 

 

 

 

「……あーあー。なんて空気の読めない、いえ、この場合は読んでしまった、と言うべきなのかしら」

 

「あ、あれ? 今の、何だったの?」

 

 まるで寝ている時に水を掛けたられたみたいに、突然に覚醒した意識と状況の変化に戸惑っていた。

 

「マスター、ご無事ですか!?」

 

 目の前にはアナちゃんではない別のサーヴァントが駆け寄って来た。

 

「せ、セイバー・リリィ……」

 

「もう、現実は本当に残酷ね。折角、バッドエンドの物語の中で悪役を演じたのに……

 それに貴方、本気ではないとはいえ私の作った中の見えない空間を宝具で切り裂くなんて、マスターの事は考えなかったのかしら?」

 

「私には直感スキルがあります。滅ぼすべき悪は見えずとも切れる!」

「あぁ……先の空間で魔力を使い過ぎたわ。なら、今回はこれでバイバイね」

 

 ナーサリーちゃんは手を叩くと本に代わり、甘い匂いを漂わせるケーキやキャンディ、チョコレートを辺りに撒き散らしながら消えていった。

 

「これは……嫌な事をしてくれますね」

「え?」

 

 セイバー・リリィちゃんは私の手を掴むと図書館の窓目掛けて走り出した。

 

「え!? ちょ、ちょっとリリィちゃん!?」

「すいませんマスター! 少しの間だけ目を閉じていて下さい!」

 

 魔力で破片を退かしながら窓を割って飛び出した。2階からの脱出だったけど、リリィちゃんは隣の建物を私を担ぎながら駆け上り、屋上で私を降ろした。

 

「はぁ、はぁ……こ、怖かったよぉ!」

「すいませんマスター……」

 

 自動車の窓から見た景色の様な目まぐるしさの移動で私は泣き言を言いながらセイバー・リリィちゃんに抱き着いた。

 

「ですが先程の魔術、私達に匂いを付加する様でしたので、速やかに脱出しないと他のサーヴァントに位置がバレてしまう恐れがありました」

 

「もー、どうなってるの! なんで皆が私を欲しがってるのぉ!?」

 

「(そういう所ですよ、マスター)

 泣かないで下さいマスター。大丈夫ですか?」

 

 リリィちゃんに頭を撫でられる。

 

「だって、ナーサリーちゃんには変な空間で恋人になってるし!」

 

 頭の上を撫でていた手は、指で髪を優しく摘んだ。

 

「アナちゃんは私を縛って、初めてなのに……あんな激し――きゃぁ!?」

 

 突然、セイバー・リリィちゃんは私を強く抱き締めた。

 

「り、リリィちゃん!?」

「そんな……そんな目に合っていたんですね……!」

 

「あ、え、き、キスだよ! 別に襲われた訳じゃないから――んんっ!」

 

 セイバー・リリィちゃんは私の頭を抑えながら、アナちゃんと同じ位激しく私の口の中に舌をなぞらせる。

 

「んっぁ……! やぁ……んっ」

 

 抵抗しようとする私の動きが煩わしかったのか、リリィちゃんは片手で私の顎を抑えた。

 後頭部も顎も抑えられ、激しかった舌の動きは遅くなり、全体に這わせるかの様な丁寧な動きになった。

 

「はぁっ……っ、っん……」

 

 抵抗は出来ない。

 私は長い時間、私よりも年下の娘に口内を舐め回され続けた。

 

「……はぁはぁ……な、なんで……リリィ、ちゃん……?」

「……マスターの初めては、私が良かったのに」

 

 漸く離してもらえた私はリリィちゃんの肩に顔を置くように息を整えた。

 

「う、うぅ……なんで皆してこんな事をするの?」

「マスターを愛しているからですよ」

 

 リリィちゃんはお母さんみたいな事を言ったけど横顔は赤く染まっていて、私でも家族愛では無い事は分かった。

 

「り、リリィちゃん……?

 気のせいだったら良いだけど、鼻息荒いよ?」

「大丈夫です……匂いを嗅いでるだけです」

 

「リリィの口が付いてる部分がが湿ってる気がするんだけど……」

「マスターの汗を吸い出しているだけです。しょっぱいですね?」

 

 見た目は金髪のお人形みたいに可愛い子なのに、私の中では唯の変態にしか見えなくなった。

 

「変態だよ!? 怖いよその行動!?」

「えへへ……優しいマスターにそんな風に罵倒されるとなんだか嬉しくなります……!」

 

「い、意味分かんないよ!?」

「だって、大好きなマスターに私がマスターを愛しているって伝わっているって分かったんです。凄く嬉しいです!」

 

 リリィちゃんの瞳はしっかりと私を映していてそれがまるで大砲を向けられている様で怖くなった。

 

「……マスターさん、服を脱いで下さい」

「え、や、やだっ!」

 

 私は思わず震えた声で答えた。

 

「もう、汗をかき過ぎて汚れていますし……私がしっかり拭いて上げますから、遠慮なさらずさぁ」

 

 セイバー・リリィちゃんの手が私の服(カルデアの制服)の留め具に置かれる。

 それを両手で抑えてなんとか止めると、リリィちゃんは、私の目を見た。

 

「そんなに嫌ですか? 恥ずかしいんですか?

 ……それじゃあ、私から脱いであげますね?」

「そ、そういう問題じゃない――きゃあ!?」

 

 胸の上と下の留め具が切られた。

 

「うーん、後で飾って置きたかったので乱暴には脱がせたくなかったのですが、形が残っていれば良いと妥協します」

「だ、駄目ぇ! 止めてぇ!」

 

 

 

 本気で他人を拒絶した私の願いが届いたのか、リリィちゃんは――いや、よく見たら周りの景色も霧の濃いロンドン街では無く、妙な浮遊感を感じる何もない黒の空間に変わっていた。

 

「こ、此処は何処?」

 

「安心して」

「油断してはいけないわ」

 

 同じ声が真逆の事を言いながら近付いてきた。

 

 私が立っているのか、逆さなのかは足の付かない空間では分からない。

 

 黒い洋服で金髪の小さな女の子と、同じ顔なのに露出度の高い服とも呼べないリボンを形をした布を纏った肌の色が少しおかしな女の子。

 

 肌の色が白色にも紫色にも見えるその娘は、私から見て逆さだった。

 

「此処は時空の間……」

 

 逆さの娘が歯を見せて笑いながらそう言った。

 

「マスターさんが助けを呼んだから、私、遠くにいたけれど助けに来たわ」

「悪い私も出て来たけどね?」

 

「あ、アビーちゃん?」

 

 不思議な娘、アビゲイル・ウィリアムズちゃん。

 フォーリナーってクラスだった気がするけど、ここはもしかして彼女の頭に開く鍵穴の中に入れられてしまったのだろうか?

 

「も、もしかしてアビーちゃんもおかしくなっちゃったの!?」

 

「違うわ。私は、アビゲイル・ウィリアムズはこの塔の効果を受けてない……筈なの」

「受けてないけど、私は受け入れたわ」

 

 逆さの娘が私に近付いた。

 

「今、良い子の私は塔の力を拒絶したけれど、私は悪い子。どんな力か感じてみたくて、受け入れてみたの。そしたら驚きよ! 私も貴女を愛してみたくなったの!」

 

「っひ! や、やっぱり!」

 

「もう1人のフォーリナー、あの絵描きさんの部屋で見た絵に、女の人が触手で滅茶苦茶にされてる絵があったの。きっと悪い事で、きっと楽しい事よ」

 

「や、やめて……そんな事しちゃ駄目だよ! 此処から出して!」

 

「あっはぁ! マスターったら、情けない声で泣いちゃって可哀相……よしよし」

 

 私の涙が流れる頬を灰色の触手が撫でた。

 

「じゃあ、怖くならない様に一緒に遊びましょう? 大丈夫よ。此処は安全だから、他のサーヴァントは来れないわ」

 

 先の女の子達のせいで全く信用出来ない私は溢れ出る涙を止められない。

 

「……どうしましょう? このまま泣き続けるマスターを見続けるのも良いんだけど?」

「安心させないと、マスターさんが可哀相よ」

 

 アビーちゃんが袖に隠れた手で頭を撫でるけど、それがセイバー・リリィちゃんと同じ行動なせいか、私は恐怖を感じた。

 

「仕方ないわね……っ」

 

 涙を拭う私の横で、逆さのアビーちゃんは鍵を手に、黒だけだった空間に穴を開けた。

 

「行くわよマスター!」

「え、わぁ!?」

 

 飛び降りる様にやって来た場所は、私が何時も歩いている通学路。学校から歩いて6分程で着くケーキ屋だった。

 

「此処……」

「マスターが何時も行きたがっているケーキ屋さん。さあ、入りましょう?」

 

 先までいた霧の深いロンドン街や黒だけの空間から出られた私は、その日常の色に安堵した。

 

 涙は自然と止まり、周りに人がいないのは気になったけれど、白色のアビーちゃんに引っ張られてケーキ屋に入った。

 

「……だ、誰もいないの?」

「ふふふ、心配しなくて良いわよ。どうせ夢の中なんだし……ほら、マスターさんの好きなケーキはどれかしら?」

 

 アビーちゃんはガラスの中で並べられたショートケーキの前に鍵を突き出して、手に取った。

 

「……良いの、かな?」

「要らないの? じゃあ、全部持ってちゃいましょう」

 

 そう言うとアビーちゃんは大きな穴を開けてガラスの中のケーキを全部、窓際のテーブルの上に移動させた。

 

「わぁ……凄い」

「これ全部、私達の物よ! 好きなケーキを食べ放題!」

 

 アビーちゃんは今度は穴を開けてガラスのカップを手に出現させ、穴からコーラを注いだ。

 

「甘ーいチョコレートケーキも、イチゴたっぷりのショートケーキも、可愛いモンブランも、飲み物だって自由なのよ!」

 

 また引っ張られ、更に置かれたケーキがひしめき合う席に座った。

 

「さあ、食べましょうマスター」

 

 

 

 悪戯な笑みを浮かべながらケーキを食べ続けるアビーちゃん。それを眺めながらも私は5皿程食べたけど、彼女はもうその3倍は食べていた。

 

「美味しい! これも美味しい! ああ、モンブランも良いわ!」

 

 触手で顔の高さまで皿を持ち上げて、それを飲み込み続ける漫画みたいな食べ方だけど。

 

「……アビーちゃん、もうお腹一杯だったりしないの?」

「私は邪神の依代よ! いくらでも食べられるし、いくらでも美味しく感じるわ!

 繋がっている邪神様もきっと喜んでいるわ!」

 

 私の中ではタコの怪物みたいな邪神様が「胃もたれするー……」なんて言いながら寝込んでいる姿が浮かんだ。

 

「……マスター、結構いろんな娘にイジメられたのね。3人かしら?」

「そ、そんな事も分かるの?」

 

「まーねー……げぷぅ……」

 

 漸くコーラを飲んで一息ついた。

 

「でも、勘違いしないでね。

 今の私もそうだけど、皆マスターさんが好きだからそんな事をしているの」

「だけど……その、強引だったよ?」

 

「だって……好きなんだもん」

 

 そう言いながら、アビーちゃんは机に顔を置いた。

 

「マスター、カルデアに英霊は何騎いるのかしら?」

「え、えーっと……40くらいかな?」

「皆可愛かったりかっこよかったりするでしょう?」

 

「う、うん」

「出生が変わった人だっているでしょう?

 それって全部、不安になっちゃうんだよ?」

 

 アビーちゃんは自分の横から触手を出した。

 

「見た目も能力も英霊とは異なる私もそうだけど、マスターさんは分け隔てなく接してくれるし……好きな人を巡って39人ものライバルがいたら、力強くでも手に入れたくなるでしょう?」

 

「そう……なのかな?」

 

「それとも、マスターは英霊なんて呼ばれている人達が我慢して他の人に譲ると思っているのかしら?」

 

 そう言われると、私はぐうの音も出なかった。

 

「な、仲良くして欲しいのになぁ……」

「ふふふ、じゃあマスターは40人に増えないといけないわね」

 

「む、無理だよぉ…………ねぇ、アビーちゃ――」

 

 

 

「――な、何で!? まだ時間じゃ……!」

 

『フォーリナーの力を侮っていた……まさか、シャトーの空間をマスターの心象風景と繋いで広げるとはな』

 

「あ、エドモン・ダンテス!」

 

『ルール違反……もとい、やり過ぎだ。お前の出番は此処までだ』

 

「そんな、勝手な事を――!!」

 

 

 

「……え?」

 

 何が起こったのか。先までケーキ屋にいた筈なのに、気が付けばロンドン街の建物の屋上にまで戻ってきていた。

 

「見つけたわよ、子ジカ」

 

 後ろから掛けられた声は、アビーちゃんのじゃなかった。

 ピンクの髪に2本の角、黒と白のフリルのスカート。

 

 アイドルを目指す女の子、エリザちゃんだ。

 

 ロンドンの雰囲気と突然の登場で思わず身構えたが、私はアビーちゃんの言った事を思い出した。

 

(大好きだから強引……だったら、ちゃんと話して、説得してあげればきっと……!)

 

 それに、エリザちゃんは良い子だ。歌は下手だし、たまに変な失敗をするだけで根は優しい娘。

 きっと私の話を聞いてくれる。

 

「え、エリザちゃん……!」

「何よ子ジカ、私に何か言いたい事があるのかしら?」

 

「! う、うん! 私、エリザちゃんの事が大好きだよ!」

 

 私がそう言うと、私にゆっくり近付いていたエリザちゃんは止まった。

 

「い、一緒にお出かけして、ロンドンを観光しようよ! 2人だけでっ!」

 

「で、デートのお誘い……なのかしら?」

「うん! 良い、かな?」

 

 私はエリザちゃんの片手を両手で握った。行こうと、少し引っ張った。

 

「……子ジカから誘ってくれるなんて……嬉しいサプライズね」

「じゃ、じゃあ……!」

 

 エリザちゃんは私の袖を指でなぞると、その人差し指を私に見せた。

 

「……で、このクリームはなんなのかしら?」

「――!」

 

「甘くて……美味しい。お店で出て来るショートケーキの生クリームね。これ、何で付いているの?」

「そ、それは……」

 

「……ふーん。まあ、子ジカはマスターだもの。たっくさん、仲の良い英霊が居るわよね。私以外のサーヴァントとお出掛けして、今度は私を口説こうってわけ?」

「ち、違うっ! そうじゃなくて――」

 

「――良いわ。信用してあげる。

 だって、子ジカは私のファンだもの」

 

「……あ、ありがとう」

 

 私はホッとした。エリザちゃんが怒った様に見えたけど、笑顔で私の手を掴んでくれたから。

 

「子ジカ」

「ん、何?」

 

「貴女は、私のマスターになってくれる?」

「う、うん! 勿論だよ!」

 

 エリザちゃんの質問に私はそう答えた。

 もうエリザちゃんのマスターだし、何でそんな事を聞いたんだろう?

 

 でも、これでエリザちゃんとお出掛けできる……! うん、きっとエリザちゃんと仲良くしていける。

 

「じゃあ、契約成立ね」

 

 

 

 

 

「エリザ……様」

「んー? 何かしら?」

 

 私は今、エリザちゃ――エリザ様のメイドとして彼女に膝枕をしている。

 

 ダンスのレッスンで疲れ――お疲れになっているエリザ様を休ま――癒やしている。

 

「も、もう十分お休みしたと思うのですけど……」

「メイドが、主に此処を退けと言いたいのかしら?」

 

「いえ、そんなつもりは……」

「あんまり反抗が過ぎると、また血を吸うわよ?」

 

「も、申し訳ありません!」

 

「んー……BBが月で作った仮契約のプログラム、いい感じね。子ジカをメイドとして側に置いておけるんだもの」

「い、何時までこのままで――このままなんでしょうか?」

 

「んー? 何を言っているのかしら? 契約は既に成ったわ。貴女は一生、私のメイドよ。

 歌う私に聞き惚れなさい。踊る私に興奮なさい。

 疲れた私を癒やしなさい。美容の為に血を差し出しなさい。

 そして――」

 

 ――我が儘な私の側にずっと居るのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 隣の家の知り合いが、最近夢見が悪いと言った。

 1日の殆どを睡眠に費やす俺にはよく分からないけど、夢の中でも寝ていればいいと教えてあげた。

 

 翌日、「ありがとう」と言われた。

 

 何でも、イケメンや筋肉モリモリマッチョマンが喧嘩しているみたいだけど襲われなくなったらしい。

 

 たまに女の子が出るらしいが、その子にも何もされないらしい。

 

 うーん、似たような事が最近俺にも起きている様な?

 

「まぁ……睡眠が世界を救うって事で……」

 

 またあの魔法少女2人がうるさいけど、悪夢の中のベッドの寝心地は悪くなかった。

 






今回も遅くなって申し訳ありませんでした。
次回はツイッター側から3人目、最後の当選者です。

もう今年も半年が経ち、そろそろ水着イベントですね。
記念企画の間にも、当然ながらガチャを引いていました。

念願の水着清姫が来てとても嬉しいです。
いつか書きたいです。

正直イベントが多くて執筆してる場合じゃ――なんて馬鹿な事は言わずに頑張りたいと思います。

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