伝説が、ハジマル
零 バカは舞い降りる
土曜日のお昼時。
いつもの補習を終えた僕、
力の前に無力感を味わっていた。
「お前たちには二つの選択肢をやろう」
見上げるような巨躯から漂う威圧感。厳つい顔立ちは眉間の皺でより険しさが増していて、腕を組み不動の姿勢が一回り以上大きく見えた。
目の前の補習の鬼である鉄人(またの名を西村宗)から漂うただならぬ緊張感に、僕はつばを飲み込んだ。
「選択肢だと……?」
「…………怪しい」
隣では友人の
二人が疑うのも当然だ。僕だってあの鉄人から妥協案が出てくるなんて、って思ってるし。これは絶対に裏があるはず――
「俺の鉄拳制裁受けてから召喚獣を出すか、2時間の補習を受けてから召喚獣を出すか選ぶといい」
「「選択の余地がないだと!?」」
「もちろん、補習の形式はいつもと一緒だ。あまりに目も当てられない馬鹿な回答をした者には鉄拳制裁が待っているから覚悟しろ」
それってどっちを選ぼうと、雄二はともかく僕とムッツリーニは殴られるってことじゃないか。最近の雄二は『打倒Aクラス』に燃えているのもあって成績がグングン伸びてるし、そのおかげで補習中に当てられた問題で間違えるなんてことはほとんど見なくなってる。おかげで鉄人の拳は僕やムッツリーニにばかり集中している。
くそっ……せっかく土曜の補習が終わったところなんだ。また補習なんてされてたまるか……!
「ちょいと西村先生、何を馬鹿なことを言ってるだい」
鉄人の理不尽な発言に僕らが抗議するより早く、隣に立っていたババア長が不機嫌そうにそういった。
正直ババア長がここで口をはさむことに僕はびっくりだ。このババア長、教育者のくせに今まで人が殴られたり理不尽に怒られているのを見ても止めもしないで、それどころか煽ってすらいたんだから。そのババア長がこうして鉄人の体罰に対して抗議するんだから、人は変わるものなんだ――
「補習なんてつまらんモノで私から
人は簡単に変われないんだと今証明された。
「クソババア……人をモルモット扱いとは笑えねえ冗談だな」
「冗談じゃないからね」
「…………喧嘩を売るなら相手を間違えた」
「人聞きの悪いこと言うんじゃないよ。聞き分けの悪い
「「「……おぇ」」」
「一斉に吐き気を催すんじゃないよ! 失礼なガキどもだね‼︎」
だってババア長の口から愛……うッ! 考えただけで頭痛と吐き気とめまいが……。
「しかしワシも明久たちに同感じゃ」
「あの学園長が愛情って……信じられないわ」
「で、でも学園長先生も一応教師ですし……」
「……言い方はともかく教育者としては優秀」
「姫路さん、代表もだけどそれじゃあフォローになってないよ? というかそれ以前に、生徒をモルモットって呼ぶところにツッコミを入れるべきじゃないカナ?」
周りではババア長の気持ち悪いセリフに女性陣が顔をしかめたり、フォローじゃないフォローをしたりしていた。それと工藤さん、ババア長の口の悪さなんて今更なことは気にするだけ無駄だよ。
「明久よ、お主今ワシを
僕を指差してそう言う秀吉に首をかしげる。何かおかしいこと言ったかな? 見ればムッツリーニも不思議そうに首を傾げていた。
「そこまで自然に首を傾げれたら何も言えんのじゃ……」
「まあ……なんだ、強く生きろ木下」
なぜか疲れた表情で肩を落とす秀吉を鉄人が慰めていた。
「ったく、どいつもこいつも教師を舐めてるとしか思えない態度だね。とんだ素行不良ばかりじゃないか、ここは」
「安心しろ、俺らが舐めてんのはクソババアだけだ」
「…………敬う価値なし」
「でも、いままであんなことしておいてよく偉そうにできるよね」
「神経の図太さは明久にも負けてねえな」
「雄二、それはどういう意味かな?」
「今すぐ召喚しないと補習を倍にするよ!!」
しびれを切らしたババア長がそう叫び、すぐさま召喚フィールドを展開した。
したんだけど……
「……いつもと違う?」
「はい。これは……荒野でしょうか?」
「背景がついてるなんて、今回の実験は学園長先生も力を入れてるんだネ」
姫路さんのいう通り、フィールド展開に合わせて教室内には荒野が浮かび上がっていた。さっきまで畳だった足元は土の地面になり、壁には山や青い空の背景が浮かんでいた。
勝手に本音をしゃべる召喚獣といい、勝手な行動をとる大人型の召喚獣といい、自分の好きなことにだけ力を入れる人は勝手で困るよ……。
「人のことは言えんと思うんじゃが……」
「今回は、今度の学校見学で使う予定の体験型の設定にしてあるんだよ。見学者には100点満点の小テストを受けてもらって、その点数に応じてサンプル召喚獣を召喚してもらうんさ。今回あんたらは召喚獣を出して、相手用のNPC召喚獣と戦闘をしてくれりゃそれでいいさ。見たいのはNPCの運動性能だけだからね」
「ほぉ~……まるでゲームみたいだな」
ババア長の説明に感心した様子の雄二に僕も一緒に頷く。確かに対戦系ゲームとかにありがちな設定だよね。
「これで試召戦争でもしようものなら、姫路による某無双ゲームの再現が見れそうだな」
「わ、私ですか!?」
驚く姫路さんとは裏腹に僕の脳内に腕輪の能力による熱線に圧倒されるFクラスの男子たちの姿が浮かぶ。
……うん、呂布もビックリな無双っぷりになりそう。みんなの微妙な表情を見る限り、たぶん僕と同じことを考えているんだろう。
「この仕様は体験会でしか使わないからあんたらが想像するようなことには絶対にならないよ。そんなことより、くだらないこと考えてないで今からNPCを出すからあんたらも召喚しな」
「「ちょっとま――」」
パチン、とババア長が指を鳴らした後に見慣れた召喚陣が三つ浮かび上がる。こっちが返事する前に断れないような状況を作りにきたな!
「(これで断ったら補習が増えるってこと?)」
「(だろうな。向こうは俺らの召喚獣すら眼中にねえみたいだし、余計な被害を避けるためにも癪だが従っておいたほうがいいかもな)」
「(…………納得がいかない)」
「(俺だってそうだ。だがここでごねて補習を増やされるのに比べりゃ、不本意だが従っておいたほうがいいだろ)」
「(でもさぁ……)」
そりゃ補習を増やされるのは嫌だけどさ。でもだからってババア長の言うことを聞くのは、それはそれで天地がひっくり返っても嫌だ。
そうして僕らがごねてる間に、いつもより時間をかけて召喚陣から召喚獣がゆっくりと表した――
機動性を重視した鎖帷子。
急所を守るための分厚い額当て。
幅広く湾曲した刀(偃月刀?)。
まるで戦国時代の農民がしていたかのような装備を身にまとい、その召喚獣たちは勝気な笑みを浮かべた。
僕と雄二とムッツリーニの顔をした召喚獣が。
「「ちょっと待てぇえ!!?」」
「…………最大の侮辱……!」
「なんだい。いいから早く召喚獣を出しな」
なんだいも何もどうしてNPCが僕の召喚獣なのさ! 雄二やムッツリーニの悪人面ならともかく。
「おいコラ、どういう意味だてめぇ」
「…………心外だ」
目の前の召喚獣たちは僕らの元の召喚獣をもとにしているらしい。防具は一式一緒でも、武器は僕がモデルの召喚獣は刀、ムッツリーニのが短刀、雄二のは手甲をつけていた。というか僕の召喚獣は改造学ランと木刀なのに、NPCのほうが装備がいいってのが余計に腹がたつ。完全な嫌がらせじゃないか!
「文句なら受け付けないよ。これはアンタらへの
「ハッ! ついには言われのねえ罪まで押し付けるとは、耄碌したな」
「…………言い訳は法廷で聞こう」
「お前ら……あれだけの騒ぎを起こしておいてどの口が言うんだ……!」
鉄人が怒りに震えているけどそれはこっちのセリフだ。確かに多少騒がしいクラスだってのは認めるけど、でもここ最近は試召戦争もなくて落ち着いてたはずだ。そりゃ多少の異端審問会が行われたりもしたけど、それもクラス内のイザコザであって迷惑はかけてないはずだし……。
「まったく……証拠もなにもないのに人のことを疑うなんて、最低教s――」
「
「「「……(サッ!×3)」」」
「言葉にせんでもわかるのう……」
「自覚があって惚けていたのか、本当に忘れていたのか……」
「このバカ達なら本当に忘れていたに違いないさね」
揃って目をそらした僕ら三人を見るみんなの目は非常に冷たくて、ため息はとても重かった。
でもそれは僕らだけのせいじゃないじゃん! 確かに大人版召喚獣がのぞき紛いのことはしたけど、そもそもあれはババア長があんな設定にしたのが原因でじゃないか!僕らだけが一方的に責められるのはおかしいよ!
「召喚獣の自立行動は当人の精神性に起因するって言っただろう。後悔する暇があるならちょっとは健全な学生生活を送るようにするんだね」
まるで普段の僕らが不健全みたいな言い方じゃないか。エロ担当はムッツリーニであって僕らじゃないってのに。
「…………俺はエロくない」
「うん。いつも通りの反応をありがとう」
「いいから早く召喚しな。アタシはこの後に調整もあって忙しいんだよ」
ならわざわざ僕らにやらせないで自分でやればいいじゃないか。
不満満載でババア長を睨みつけるけど、ババア長は僕らが召喚するまで動くつもりはないらしい。
「目を離すと何をするかわからないからね。この前みたいに召喚獣で攻撃されそうになったら、西村先生頼んだよ」
「はぁ……それで私に監督をしろと言ったのですか……」
「この馬鹿どもを(物理的に)御しきれるのはお前さんだけだろうからね」
鉄人がいる理由は僕らが報復を実行したときの対策も兼ねているらしい。人間の召喚獣とタイマン張れるような超人がいたんじゃ不具合って名目で攻撃もできないじゃないか。
雄二のほうを伺えば鉄人に見えないように舌打ちをしていた。妙に納得がいいと思ったら僕と同じことを考えていたみたいだ。でもそれも見破られたからか、とても悔しそうな表情を浮かべていた。
こうなったら何としてもババア長に一矢報いてやr――
「しょうがないね……。こうなったら高橋先生と船越先生も呼んできて無理やりにでも召喚させたほうが……」
「「「
僕ら三人のセリフに召喚陣が浮かび上がった。
「おや? ようやく観念したようだね。なるほどねぇ~、今度からはこう言えばいいってことかい」
ニヤニヤとむかつく笑みを浮かべるババア長に対して憤怒の炎が沸き上がる。高橋先生と船越先生なんて天敵を前に反射的に召喚した僕らには、それを睨みつけることしかできなかった。
「あの二人の名前を聞いた途端に召喚するなんて……」
「でも、それもしょうがないと思います……」
「明久は高橋女史にそうとう扱かれとったからの……」
「……船越先生は先週から男子を数学準備室に連れ込んでるって噂になっている」
「ウチのクラスもだけど、男子たちが名前を聞くだけで震えあがるって相当だよね~」
思い出すのは合宿の時に味わった鋭い痛み。うう……物理干渉が少し軽減されてるにしたって、あれは痛すぎるよ……。高橋先生の相手は二度としたくない。
船越先生に関しては噂を聞いてから十分警戒していたけど、すでにFクラスで被害者が出てたりする。この前の授業で間違えが多かった近藤君が十分休み後に戻ってきたときには、まるで異世界の化け物にでもあってきたかのような恐怖を顔に張り付けて服はボロボロにして戻ってきたからね。あんな姿を見て今の船越先生に会う度胸は僕にない。
「でもまあ、これでようやくデータが取れるってもんさ」
気のせいか楽しそうに聞こえるババアの声に更に怒りの炎を強めるけど、一度召喚してしちゃった以上抵抗しても無駄だ。
しょうがない……。ここはババア長に姉さん特性の(何故か鼻を刺す酸味と目が痛くなる刺激臭が共存する)見た目は普通のおにぎり三個セットを食べてもらうことで諦め――
「あれ?」
どうにか心を静める方法を決めたと思ったところでおかしな状況に気づく。それは僕だけじゃなく、雄二やムッツリーニ、それに眺めていた姫路さんたちやババア長たちも一緒だった。
「…………召喚獣が出てこない?」
「おかしいね……召喚陣は出てるのに」
「はい……。それに、学園長の召喚した召喚獣はちゃんと出てきましたし……」
「……雄二たちの召喚獣に問題がある?」
「ちょっとアキ、また暴走とかじゃないわよね?」
「それは僕に言われても……」
目の前にはいつもの召喚陣があるのに僕らの召喚獣は一向に現れない。それを見て美波から文句を言われるけど、そもそもシステムをいじってるのはババア長なんだから僕に言われても困るよ。
「ふむ……これはどういうことじゃ?」
「学園長、これは一体どういうことですか?」
「そんなのアタシが聞きたいよ。ハァ……なんでアンタらが絡むと毎回問題が起きるんだい」
「「人のせいにするな!!」」
管理してるのはあんたなんだからどうにかしてよ!
深々とため息をついたババア長は持ってきていたタブレット睨みつけていじり始めた。ブツブツと何かをつぶやきながら操作をしているみたいだけど、一向に召喚獣が現れる様子はなく目の前には陣が浮かんだまま変わった様子はない。
そうしてしばらく操作をしていたババア長に、いい加減耐え切れなくなった雄二が苛立ちを隠さずに問いかけた。
「おい、ババア。これは一体どういう――」
その時
―― カッ!!――
「うわっ!!?」
突然召喚陣から発せられた強い光に腕で目をかばう。
そこを境に、僕の意識は途絶えた。
薄暗い脇道まで伝わる喧噪。それは戸惑いと畏怖に染まったものであり、個人に向けられたものではない。
ひっそりと商う占い師は嗤う。
見上げたそこに生じる現象は、誰もが予想していなかった出来事であった。
―― おい……なんだあれ……? ――
―― おお……なんてことだ ――
―― コワイヨォォオオ!!? ――
【星降り】―― 後にそう語られる光景に道行く人々は
多くはその光景にこの世の終わり、滅亡を予感して恐怖していた。
「まさか……これが天の怒りだとでも?」
「あらら、お姉さんも吃驚」
「わぁ! 二人とも見て、見て! 凄いよ!」
天を見上げる者の中には恐怖に竦む者だけではなかった。
在る者は勇ましき不敵な貫録を
在る者は思慮深くも剣呑で獰猛な眼差しを
在る者は希望に満ちた暖かき微笑みを
胸に宿す野望とともに、空を割り落ちてくる星にぶつけて天を仰ぐ。
星は舞い降りた
迎えるは戦乱
鎮めんとするは八竜
占い師は嗤う。
喧騒が鎮まるころには占い師の姿はなくなっていた。
詳細は活動報告にて
修正と執筆が終わり次第順次投稿していきます
お付き合いいただけたら嬉しいです