INNOCENT Brave Heart   作:零円

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00-01 カズヤ・アイカワ

四年前――

 

「フンフンフフ~ン♪」

 

 当時小学6年生だった藍川カズヤが、鼻歌混じりに作文用紙に向かっていた。

 時刻は既に深夜二時を回っているにもかかわらず、それでも尚カズヤが書いているこの作文は、小学校に提出する用のものである。

 というのも、カズヤが通う私立天央小学校には、あるルールがある。

 基本的にエレベーター制のこの学校だが、各学校の卒業時に卒業論文ならぬ卒業作文を書かねばならないのだ。

 内容は自由。好きな事について調べて纏めてもいいし、将来の夢などの題材で作文を書いてもいい。最低原稿用紙5枚からという緩い縛り程度しかない自由度が高い宿題で、ここぞとばかりにカズヤが書いたのは、自分が研究していたとあるプログラミングについての作文であった。

 かなり乗っているらしく、鼻歌も鉛筆を動かす手も止まらない。そんな中、ガチャリというドアノブの回る音が部屋に響いた。

 

「なんだ、カズヤ。まだ起きてたのか?」

「はい。作文書き上がっていないので」

「……作文?」

 

 息子の言葉を受け、ガイウス・G・藍川が書き損じや空になった鉛筆の箱が散乱する床から、息子の向かう机の方へ目をやった。傍らには出来上がっている作文用紙の束。書き損じではないことは、ぐしゃぐしゃに丸められて床に捨てられている作文用紙からも明らかだ。

 

「何枚書いたんだ?」

「現在は500強といったところでしょうか。進行状況的には40%くらいです」

「……因みに題材は?」

「仮想空間シミュレーターにおけるより円滑な三次元の立体起動を可能とする為の演算プログラムについての考察と効率的な運用について。最も仮想空間シミュレーター自体、そんなにオーソドックスな物じゃないので、そこから始まってしまったせいで、長くなってしまいました。もっと削ろうかとも考えたのですが、これでもかなり削った方なので、これ以上削るとうまく纏められなくなってしまいます。困りました」

「……そうか」

 

 とりあえず息子が齢12にして、自分とは違う世界の住人になってしまったことだけは、ガイウスでも理解出来た。

 どうにも脳筋気味な面のあるアイカワ家に妙な息子が産まれてしまったと、そう思わずにはいられない。

 

「とりあえず早く寝ろよ。明日も早いんだから」

「分かりました。あと百枚書いたら、今日は休みます」

「……」

 

 まだ書く気かと思いながら、ガイウスはあれを読むハメになってしまったカズヤの担任教師の冥福を祈りつつ、カズヤの邪魔にならないよう、静かに戸を閉めた。

 部屋の前で、一人静かに溜息を漏らす。

 

(中島家と遊ぶようになって、少しは改善されたと思ってたんだけどな)

 

 静かに戸を閉めたガイウスは、相変わらず子どもらしくない息子と、海外で知り合った親友の娘達を思い出し、小さく溜息を漏らした。

 手がかからない事は親としても問題視したくはないのだが、それでもやはり気になってしまう。専門分野に関しての圧倒的な知性と、何でも一人で行おうとするカズヤの性質もあっての、周囲の致命的なズレ。その周囲の中に、自分達家族も含まれているのだから、目も当てられない。ガイウスの中には、自分達はいずれ家族で居られなくなってしまうのではないかという恐れがあった。

 

「何かあるといいんだが」

 

 カズヤと世界を共有出来るもの。それさえあれば、彼のズレを矯正出来る。そして、自分達はまだ親子でいられるのだがと、ガイウスはそんなことを思う。

 

 この数年後、この時ガイウスの求めた特別な物を、カズヤがとある研究所の仲間と共に完成させるのだが、それはまだ先の話である。

 

 

***

 

 

 絶賛大不評であった卒業作文の発表会から半年程が経ち、カズヤは中学生になっていた。

 ネクタイを緩めてワイシャツの第一ボタンを外したラフなスタイルで制服を着こなすカズヤは、いつものように終業後すぐに一人校門を抜ける。さて今日は何をして遊ぼうかと考えながら帰路を歩いていると、少女が二人、立ちはだかった。

 それぞれ、長い赤とピンクの髪がとても目を引く中、赤い髪の少女の着る制服と、ピンクの髪の少女が背負うランドセル。そして二人の顔立ちから、カズヤは大凡二人の関係は読むことができた。

 

「すいません、待ち伏せさせていただきました。カズヤ・アイカワさんに用事があるのですが、貴方で間違いないでしょうか?」

 

 礼儀正しく、赤い髪の少女がカズヤに声をかける。凛としたその声にカズヤが少し困りながら、少女達を観察する。一先ず赤い髪の少女の全体をざっと観察してから、カズヤはピンク色の髪の少女の胸元に目を向けた。そこには多少の懐かしさを覚えるようになった名札がついている。書かれた名前には『キリエ・フローリアン』と書かれていた。

 「あっ」っと、カズヤが声を上げる。少女達には覚えがなかったが、フローリアンという苗字には覚えがあった。

 

「もしかして、グランツ・フローリアン博士の関係者の方?」

「な、何故お父さんのことを!?」

 

 カズヤの指摘が図星だったらしく、赤い髪の少女が分かりやすく取り乱す。その後ろで、ピンク色の髪の少女――キリエが溜息を漏らしながら、赤い髪の少女の服の裾を引くと、バッっと赤い髪の少女はキリエの方を向いた。

 

「どうしましょう、キリエ! あの人、只者じゃないですよ!」

「落ち着いてよ、アミタ。さっき、私の名札見てたわ。それにあの論文を書いたくらいだから、お父さんのこと、知っててもおかしくないでしょ」

「……な、成程」

 

 キリエの口から出た『作文』という単語に、カズヤはビクリと肩を震わせた。

 

(やっぱ、その話かぁ)

 

 半年前にカズヤが書いた卒業作文は元々とある科学誌に載っていたグランツ・フローリアンという科学者の論文を読んだ事に起因する。それを読み、ふと思った事があったカズヤが、独学で勉強を始めたのが小学3年の頃だ。そして、卒業作文という、小学生としてはかなり正式な場を借りて、その三年間の途中経過のような形で作文にしてしまったのだが、やはり似た題材というのはまずかったのかとカズヤは考えた。

 内容こそオリジナルだが、題材を無断で真似したのだから、怒られてしかるべき。最終的にごめんなさいで許してもらえればいいなと、そんな期待を抱きながらカズヤがアミタかキリエの言葉を待っていると、落ち着いたらしいアミタがカズヤの方へ振り返った。

 

「藍川カズヤさん。お父さんが貴方に話があると。少しで構いませんから、お時間を頂けませんか? 勿論、強制はしません。お父さんも、カズヤさんが嫌だと言ったら、諦めると言っていました」

「……あれ? 作文のことだよな?」

「ええ」

「怒るつもりか出るとこ出るつもりだったら、強制じゃないのか?」

「……はい?」

 

 どうにも噛み合っていない気がした。少し困って、カズヤは、アミタよりしっかりしている印象を受けてキリエの方を見る。目が合い、察したのだろう。「アミタ、説明変わって」と言ったキリエが、アミタの代わりに前へ出た。

 

「とりあえず、お父さんは別に怒ってる訳じゃないわよ。寧ろ逆」

「逆?」

「ある切っ掛けで作文を読む機会があってね。小学生であれだけ書いてみせたアイカワさんに興味と提案があって、是非会いたいって言ってるの。本当は本人が迎えに来るつもりだったらしいけど、大の大人が待ち伏せなんかして、通報されでもしたら目も当てられないから、代わりに私達が来たってわけ」

「ほう」

「さっき言った通り来るも来ないも貴方の自由だけど、お父さんも首を長くして待ってるから、来てくれると嬉しいかしら。同じ題材で作文を書いたっていう罪悪感があるなら、それくらいしてくれてもいいでしょ?」

 

 キリエの言葉に、カズヤは思わず苦笑を漏らした。

 

「それ言われると弱いな。わかった、付き合わせてもらうよ。俺もフローリアン博士とは一度会ってみたかったし」

D(どうも)A(ありがとう)G(ございます)!カズヤさん!」

「……なにそれ?」

 

 

***

 

 

 30分ほど歩き、バスにも乗って、カズヤ、キリエ、アミタの三人はグランツ研究所に着いた。

 立派な研究所だ。「おぉ」と感心した様子で声を漏らすカズヤを置いて、キリエとアミタはさっさと研究所へ入っていく。慌ててその背を追い、二人について歩いたカズヤは、やがてある部屋へとやって来た。

自動ドアらしく勝手に開く扉。「ただいまー」や「ただいま戻りました」など、口々に帰宅の挨拶をするキリエとアミタを見て、カズヤは一応「お邪魔します」と言いながら部屋へと入り、唖然とした。

 

(部屋、きったねー)

 

 壁一面を覆う電子機器より、資料やら着替えやらが酷く散らかった床の方が目を引く部屋だ。自分のことを棚に上げてドン引きする中、慣れた様子でずんずん部屋を進んでいったキリエとアミタは、部屋の一角に置かれたソファーに向かった。その上で白衣の男が寝息を立てている。結構憧れを抱いているだけに、どうかあの人がグランツさんじゃありませんようにと声にも態度にも出さず、しかし内心で本気で願うカズヤ。ただまあ、現実は非常だった。

 

「お父さん。藍川さんを連れてきましたよ。早く起きてください」

 

 アミタがそう言いながら、ソファーの上の男――グランツ・フローリアンの体を揺する。ですよねー、とカズヤが諦めの境地に至る中、もぞもぞと動いたグランツがゆっくりと体を起こした。寝ぼけ眼でアミタを見、キリエを見、そして部屋の入り口で立ちすくむカズヤの方を見た。

目が合って、いつもの癖でカズヤはグランツを観察する。よれた白衣に寝癖がひどい頭。口元にはよだれが垂れた跡もあるが、確かに以前科学誌に載った写真で見た憧れのグランツ・フローリアンその人だった。泣きたくなるのを、カズヤは何とか堪えた。

 

「いやぁ、すまない、すまない。昨日遅くてね。待っている間に、ついうたた寝をしてしまったよ」

「……」

 

 うたた寝どころか、完全に寝入っていた事はどう見ても明らかだったが、態々指摘するほどの事でもないので、口をつぐむ。

 

「初めまして、藍川カズヤ君。私がグランツ・フローリア。この研究所の所長だよ」

「お会い出来て光栄です。フローリア博士」

 

 

***

 

 

「はい、そこまで」

 

 カズヤがバッと手帳サイズのノートを取り上げれば、それに釣られた少女三人が顔を上げる。開かれていたノートを閉じて、とりあえずそのノートで三人の頭を一度ずつ叩いた。

 

「痛っ」

 

 叩かれ、青い髪の少女――レヴィ・ラッセルが声を上げる。残りの二人、茶色の髪の少女――シュテル・スタークスとグレーの髪の少女――ディアーチェ・K・クローディアは、何も言わずとも恨めしげな視線を向けていた。

 そんな彼女達を前に、カズヤは「ったく」とぼやく。

 

「人の日記を勝手に見るのは、全世界共通でマナー違反だろ。それにこれを部屋の外に持ち出した記憶はないんだが?」

「レヴィが持ち出してきました。日記を読むことは失礼だとは思ったのですが、カズヤは昔の事を余り話さないので、好奇心が優ってしまいました。申し訳ありません」

「すまなかった」

「……レヴィは?」

「勝手に部屋から日記持ってきて、読んでごめんなさい」

「良し、許す。でもま、今度俺の部屋から何か持ってくる時は、一言許可を取ってからにしてくれな。後日記を読むのは無し」

「はーい」

「いい返事だ。さて、そろそろテアトリウムシステムとデュエルシミュレーターのラストテストの時間だ。博士もユーリも待ちくたびれてるぞ?」

「そうだったな。早く終わらせねば、我特製マフィンが冷めてしまうからな。急ぐぞ」

「おー!」

「はい」

 

 パタパタと走っていく留学生三人娘の背中をしばらく見て、カズヤは手元の日記帳に目を落とした。

 

「もう、三年か……早いもんだな」

 

 フローリアン家の人達と知り合って、もう三年。資料段階ではまだ夢物語の域を抜け出せていなかったテアトリウムシステムとデュエルシミュレーター。しかしそれはすでに完成し、お披露目がいよいよ今日。おまけに日本全土で一斉にというのだ。

 

「いよいよなんだなぁ」

 

 夢が、叶う。

 

「カズヤ! 早うせんか!」

「ああ、王様。今行く」

 

 日記帳を白衣のポケットにしまって、三人の背を追い、カズヤも床を蹴った。

 

 

***

 

 

「ブレイブデュエル?」

「ああ。カズヤ君が読んだ私の論文の集大成。デュエルシミュレーターを使って行われるデュエルさ」

「へぇ……」

 

 グランツから渡された資料を、カズヤは読み進めていく。一応、人並みにはゲームに興味があったカズヤはものの見事にブレイブデュエルにのめり込んでいった。

 

「凄いですね、これ」

「そう言って貰えると嬉しい。さて、カズヤ君。君に提案があるんだが」

「はい?」

「私と一緒に作らないか? テアトリウムシステム。デュエルシミュレーター」

「……え? ええ!?」

「いやぁ、それだけ驚いてもらえると、こっちも提案した甲斐があったというものだ」

 

 クククと喉を鳴らして笑うグランツを前にカズヤはポカンとしたまま。やがて漸く理解が追いつくと、「あの……」と恐る恐る声を上げた。

 

「俺、まだ中学生ですよ? そんなの全然……」

「あの論文からは強い熱意と未来の光が感じられた。きちんと読んだ私が言うのだから間違いない」

 

 私はね、とグランツが優しい表情になる。

 

「あの論文を読んで、君とならブレイブデュエルをより素晴らしい物に出来るとそう感じたんだ。だからこそ、君に手伝って欲しい」

「あ……えっと……」

 

 カズヤは、グランツの表情から、本気の色を感じ取った。本気で、自分と一緒ならこの素晴らしい計画をより素晴らしい物に出来るのだと信じているのだと。ああ、本当に。嬉しくない訳が無い。

 憧れのこの人に、ここまで言って貰えることが、嬉しくない訳が無い。

 

「俺、あの……や、やらせてください! ブレイブデュエル、俺も手伝いたいです!」

「そうか!」

 

 パッとグランツの表情が明るくなり、グランツはカズヤの両手を取った。そのまま、勢い良く振られ、カズヤの体が大きく揺れる。

 

(酔う……)

 

 車酔いをするタイプではないのだが、そういうことは関係ないらしい。力無くグランツにぶんぶん揺らされ、グワングワンとカズヤの脳内が憧憬をかき鳴らしているのがわかった。ただ、それでも、カズヤは今の状態を止める気にはなれなかった。

 

「ありがとう! 本当にありがとう!」

 

 ここまで喜んでくれているこの人に、こんな状況でも、このプロジェクトに関われる喜びに。余計な水を差したくなかった。

 

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