眼下。数分前に叩き折ってしまった巻藁を、少年――高坂浩樹は無気力な視線で見下ろす。別にダウナーという訳ではない。どちらかといえばその逆で、浩樹は基本的に熱血タイプだ。強きに憧れ、己を鍛え、血潮を燃やす。そして強い相手と心のゆくまま戦いたい。典型的なバトルマニアと言えばその通りで、実際無気力感に苛まれるのは決まって練習を終えた後であった。
浩樹は――強い。大人よりも一回りも二回りも小さい拳は巻藁を叩き折れるだけのスペックはあるし、足は並みの大人どころか、並みの武人ですら捉えられるかも怪しい程の速度を出せる。まず間違いなく同年代であれば敵になりそうな相手は一人しか居ない。それどころか、大の大人ですら敵う者など、殆どいない。
勿論、浩樹自身が、自分が逆立ちしても敵わないだろう相手がいることは当人も自覚している。師匠である自分の祖父。剣術道場をしている隣家の家主やその息子に長女。他にも沢山だ。
だがそうした者達に共通して言える事がある。全員が浩樹と戦わないことだ。
当然といえば当然だ。まだ子供である浩樹と、本気で戦おうと思う人間はいない。それが自分の力を明確に理解している者であれば尚更だ。手加減を失敗し、少年の未来を奪ってしまう可能性。それを考えて、大人は浩樹と向き合わなかった。それがどれだけ浩樹を苦しめているのかも理解せず。
(つまんね)
明確な信念無く、強くなりたいから修行を続けてきた浩樹にとって、現状はまさに不服だ。強さの先がどの位遠いのかも分からない。それが分からなければ、目指すべき場所も分からず、果たしてこの鍛錬に意味があるのかとまで思える。その結果が、習慣と惰性で辞めるに辞められない鍛錬と虚無感だ。
折れた巻藁をそのままに、浩樹は家へと戻る。起きたのは早朝3時で、やることをやってから鍛錬を始めたから動き出したのは早朝4時半。そして今は6時半。実に2時間ほど、ぶっ続けで動き続けていたのだが、全くと言っていいほど食欲がわいていなかった。
だから今日も朝食は抜いて。昼食は適当にレタスなどを挟んだサンドイッチを数個持っていくことにして。少年は家に戻ってシャワーを浴びると、早々に学校へ向かう準備を終えて家を出た。
***
時間は昼休み。
作ってきたサンドイッチは早々に食べ終えてしまい、浩樹はざわつく教室内で1人携帯を弄っていた。開かれているのはメールフォーム。メールの相手は隣町の本屋。八神堂の店主、八神はやてだ。
浩樹と同い年であるはずなのに、店主とはどういうことなのかと、浩樹がカウントしている『八神堂七不思議』その1に相変わらず内心で首を傾げながら、届いたメールを開く。件名には『今日の予定』と完結に書かれていた。
『From:はやて
Sub:今日の予定
Text:
ひろき君、ちゃんと約束
おぼえてる~?
ちゃんと来なあかんよ? 』
『To:はやて
Sub:Re:今日の予定
Text:
分かってるよ。放課後、
学校終わったら直ぐって
やつだろ。
どうせ暇だ。学校終わっ
たら、三十分位で行ける。』
『From:はやて
Sub:Re2:今日の予定
Text:
うん。それならええんや。
最近元気がないひろき君
に、ええもの見せてあげ
るよ(*´∀`*) 』
「そりゃどうも」
最後のメールには返信せず、浩樹は二つ折の携帯を畳んでポケットへしまった。
どうやら、色々気にかけて貰っているらしいと分かり、浩樹の胸中にそこはかとない罪悪感が生まれる。だが、その罪悪感も気落ちしている浩樹のやる気を取り戻させる程ではなく。残りの昼休みをどうやって時間を潰そうかと思っていると、再び携帯が震えた。
ポケットから携帯を取り出せば、今度はヴィータと送信者の名前が書かれていた。溜息を漏らし、再びメールフォームを開く。
『From:ヴィータ
Sub:ぜってー来いよな!
Text:
ぜってーだぞ!ヽ(`Д´)ノ 』
「怒るなっての」
分かりやすいからいいけどと呟き、浩樹は今度こそ携帯をポケットにしまう。完全に手持ち無沙汰になってしまった浩樹は、窓の外から聞こえてくる声に釣られ、窓の外に目を向けた。
浩樹の席は、窓際最後尾である。見上げればどこまでも続く青空を見る事が出来るし、見下ろせば昼休みを有意義に過ごそうと校庭を走り回る生徒達が見受けられた。ドッチボールやら鉄棒やら。目一杯遊ぶ姿を、浩樹は練習が終わった時と同じ無気力な目で暫し見つめる。
「……寝よ」
ぼそりと言って、浩樹は自分の腕を枕にして、机の上へ突っ伏した。
その後、誰も起こしてくれなかったらしく、浩樹が目を覚ました時には5時間目も終わりに近づいていた。幸いなのか、授業は国語。読書量だけならクラス内トップの浩樹にとっては特に問題無い授業で、どうせ普段からノートも取っていないから、気にすることなく窓の外を眺めながら時間を潰す。
やがてチャイムが響くと、授業をしていた担任はそのまま帰りの会を始めた。特に重要な要件はないらしく、幾つか連絡事項を済ませると、さよならの挨拶と共に放課後へと突入する。
掃除の為にさっさと机を運んで、浩樹は教室を飛び出す。隣町へのバスは今から十分後。一番近くのバス停まで走って八分程だから、正直少しギリギリだ。
(まあ、大丈夫だろ)
どうせ元々は一本遅いバスに乗るつもりだったのだ。早く行くに越したことは無いだろうから急ぐが、無理なら無理でそれでも問題ない。
後ろから声が聞こえた気がしたが、気のせいと言う事にして浩樹は足を動かした。
***
八神堂は市内でも名の知らぬ者はいない本屋である。新旧問わず、様々なジャンルを有する他、依頼すれば必ず取り寄せてくれる徹底振り。また八神家自体が女系家族であり、その全員が綺麗どころというのも、集客に一役買っている。
だが、正直今日みたいな事は初めてだった。
「うへぇ……」
バスを降りて八神堂に向かえば、何故か店の前に列が出来ていた。何か大人気な書籍の発売日かと頭を捻ってみたが、マイナー所をメインに読むという一寸捻くれた読書癖を持つ浩樹では思い出せるはずもなく、少し悩んでから浩樹は(良し帰ろう)と結論づけて、回れ右。すると、遠方から走ってくる八神家最年少――八神ヴィータの姿を確認出来た。
「お、浩樹!はえぇじゃねぇか」
「学校終わって直ぐに出たからな。ヴィータこそ、何でそんなに走ってんだ?」
「今日は大事な日だからな。とりあえず行くぞ!」
ガッと腕を捕まれ、そのまま引っ張られる。瞬間、八神堂の前に出来ていた列の一部からギロリと睨めつけられた。ムカついたので、睨んできた方に当たりを付けて殺意込みで睨み返してみる。途端睨まれる気配が消えたので、満足しながら浩樹はヴィータに引かれるまま、八神堂の中へと入った。
ヴィータは店内に入ると店に鍵をかける。店のレジには、八神家の年長組――八神シグナムに八神シャマルが居たが、基本的に年中無休の八神堂が開店していないという事実に漸く気がつき、浩樹は首を傾げた。
「何で店やってないんだ? てか、はやては?」
「ん? おお、ちょっと準備中だ。あと30分もすれば、大忙しだけどな」
「どういうことだ?」
「いいから黙ってついてこいって」
そう言うと、ヴィータは浩樹の背を押して適当な場所に立たせる。訳が分からず、キョトンと首を傾げると、ヴィータが何やらシグナムへ合図を送る。
「シグナム! やってくれ!」
「ああ。浩樹、30分フライングだが、友人特権だ。楽しんでくれ」
「は? 何の話だ?」
「行けばわかる」
そう言うと、シグナムはレジの奥にいつの間にか増設したらしいレバーを思いっきり倒した。すると、ガタンと浩樹とヴィータが立っていた辺りの床が揺れ、その直後――落ち始める。
「は? はぁあああ!?」
「浩樹うるせぇよ!」
「いや、だって……はぁあああ!?」
どうやらエレベーターらしいことは分かったが、だがそれだけである。なんでわざわざ店のど真ん中にこんな馬鹿げた物を増設しているのか、その理由が思いつかない。
「何!? とうとうはやてもトチ狂ったの!?」
「ちげぇよ! これ作ったのはグランツ博士だよ!」
「誰だよ! 新キャラ出すなよ!」
「新キャラじゃねぇ! 1話に出ただろ!」
そんなアホなやり取りをしている間に、エレベーターが一番下に到着した。ヴィータが降り、その後を追って浩樹も下に降りる。少し進んだ先に、無駄にでかい扉があった。浩樹がいくら頑張っても上まで届きそうにない位大きな扉だ。こんなもの、地下に作ってどうしようというのか。
「音声認証! 八神ヴィータ!」
ヴィータがそう言うと、重い音を上げながら、ゆっくりと扉が開いていく。やはりはやてか、件のグランツ博士とやらがトチ狂っているとしか浩樹には思えず、溜息を付きながらヴィータの後を追い中には入り、若干薄暗いその室内を前に、目を見張った。
彷彿とさせたのは、コロシアムだ。周囲を階段状に並べられた座席が囲んでおり、中央には何やら巨大な装置が設置されている。左右に5本ずつ筒のようなものが有り、中央のあれはリングだろうかと、浩樹は考えた。
「おーい、浩樹。さっさとしろよ」
「……ヴィータ。此処で何するんだ?」
「何って、決まってんだろ。ブレイブデュエルだよ」
***
「おー、ヴィータ。お帰り~。浩樹くんの案内、お疲れ様や」
「うん。ただいま、はやて」
「浩樹くん、よう来たね。待っとったよー」
「ヴィータに会わなきゃ帰ろうかと思ったわ。なんだよ、八神堂の前の行列。それに――」
ヴィータに連れられ浩樹が来た場所は、スタッフルームのような場所だった。だった、というのは部屋の戸には確かにスタッフオンリーの文字が書かれていたのだが、内部は大凡浩樹の中にあったスタッフルームのイメージとはかけ離れているのだ。
その突筆すべき物は、巨大な端末であった。浩樹が少し前に見た戦隊物の秘密基地にあるような、巨大な物。それに加え、先程も見た筒のような物が3つありそれらは全て端末と繋がっていた。
「そのデカイ機械はなんだ。もしかして、それが俺に見せたかったっていういい物じゃないだろうな?」
「もしかしなくても、これが浩樹くんに見せたかったええものや」
「……帰っていいか」
「帰る前に一回経験してからにしよ? というわけで、はいこれ」
そう言ってはやてが浩樹に差し出したのは、豪華な装飾をされたメモリースティックと薄いケースだった。名刺入れかと、浩樹が戸惑っていると、にこりと笑ったはやてが、手渡したものの説明を始めた。といっても、内容は簡潔なものである。こと機械類に関しては残念スペックを誇る浩樹にとってはありたいことこの上なかった。
「大きいほうがブレイブホルダー。まあ、カードをしまっておくとこやね。で、小さい方がデータカートリッジ。プレイヤーデータを保存しておくところ。大切なものだから、どっちも無くしたらあかんよ?」
「りょーかい」
「ええお返事や。ほな、時間もないし、次行こか。リィン、ヴィータ。最後のテスト、よろしくな?」
「おう!」
「お任せ下さい、我が主」
はやてが浩樹の手を取って走り出す。蹈鞴を踏むように浩樹も走り出して、二人揃ってスタッフルームを飛び出す。
そのまま向かった先は店の一角。公衆電話大の端末が3つ程置かれていた。
「これはカードローダー。浩樹くん。そこの穴にデータカートリッジ入れて、自分の情報入れてくれる?」
「あん? えっと、此処でいいのか?」
「そこでええよ~」
言われるまま、データカートリッジを挿した浩樹は、身長と体重、それに性別と簡潔な情報をカードローダーに入れる。すると、カードローダーの上部から何やら光が発射され、浩樹の体を舐めるように動いた。
「スキャン中~。ちょっと待ってね?」
「先に言っといてくれ」
やがて光が収まると、下部からカードが一枚出てくる。抜き放ったそこには、自分の通う学校の制服に身を包み、両腕に黒の手甲を装着した自分の姿。左下にはN+の文字がある。精度が高く、カードの出来に思わず感心する浩樹を他所に、はやては「次行くで」と浩樹の手を取り、引っ張った。
そのまま案内された先は、先程の筒の一つ。その中に入るように言われ、浩樹はその中に入る。
「それじゃあそこの部分にブレイブホルダーを翳して、『リライズアップ!』って叫んでみ?」
「叫ばないとダメなのか?」
「そっちのほうが雰囲気出るやろ?」
「……ふむ」
まあ、なんとなく言いたいことはわかった気がして、浩樹はブレイブホルダーを一度空中へと放る。静かに目を閉じ、開けたところで、落下してきたブレイブホルダーを正拳突きの要領で手を突き出し、キャッチした。
「リライズアップ」
『Avatar Scanning Start』