早朝の自室。少しだけ開けたカーテンの隙間から下を見ると、産まれる前から一緒にいる半身が、折れた巻藁を見下ろしていた。その顔を見なくても、その目が何も見ていない事は何となく思いつく。
最近ずっとそうだ。元気がない。熱心に行っていた鍛錬も心此処にあらずの様子で行っていて、何をしても面白くないと、そういった心理状況なのだろう。双子なのだから、それくらい分かる。
「私がちゃんと相手出来ればいいんだけどね……」
双子であるにも拘らず、浩樹と佳奈の間にある武術の才能は酷く大きい物だった。別にそれについて、どうと言うつもりはなかった。佳奈自身、別に武術が嫌いとか鍛錬が嫌だ等とは思ったことはないし、実際浩樹同様に鍛錬を欠かしたことだってない。だが、それではダメなのだ。
同じく鍛錬を欠かしたことがないのなら、やった量が多い方が強いに決まっている。そこに才能という形での明確な差があるのであれば尚更だ。だからこそ、佳奈が気づいた時には、どう足掻いても覆せない位の差が開いていた。共に肩を並べて切磋琢磨といったことは出来うる筈もなく。
佳奈は、武術から一歩、退いた。その結果が兄の不調に繋がっている。
「カッコ悪いなぁ、私」
ぼそりと呟き、布団へ戻る。そうして時間が経つのを待って、兄が登校したのを見計らって、制服から着替えて部屋を出る。両親は共に居らず、祖父と自分達兄妹だけの家族。祖父は放浪癖でもあるのか、しょっちゅう旅に出ていて滅多に家にいないし、浩樹に至っては食事そのものに関心を無くしてしまったのか、夕飯を取らないこともざらである。育ち盛りなのだからそれがいいはずも無いが、負い目のある佳奈は浩樹に対して強く出れず、兄を避けるようにして過ごす毎日。保護者代理である隣家の高町家に助けを求めてもいいが、こっちに関しては浩樹の方が高町家を避けているから、恐らく言っても無駄だろうことは、考えずともすぐにわかった。学校も同じ。というか、最近イライラしている浩樹は、生徒どころか教師からも恐れられて浮き気味なのだ。
「なんか、浩樹がハマれる物があればいいんだけど。武術以外で」
そしてそれは、自分が浩樹と互角以上に戦えるものならより良い。
そんな夢物語を想い、佳奈は溜息を漏らした。
***
時間は経って放課後。
さっさと帰っていった兄を見送った佳奈は、一人、教室でぼんやりとしていた。既に掃除も終わって、僅かに残ったクラスメイト達の声のみが佳奈の耳に届く。
「……暇だなぁ」
とは言え、特別何かをやろうとも思えないのだ。帰宅する気にもならなければ、寄り道をする気にもなれない。誰か何か誘ってくれないかなと、他人任せの自己解決を望んでいると、願いが届いたかのように佳奈の元へと声が届いた。
「佳奈!」
「……んあ?」
のっそりと上を向いていた体を戻す。そのままちょっと視線を動かした先に、勝気な瞳の金髪の少女が居た。その後ろには紫色の髪の大人しそうな少女と、人懐っこい笑顔を浮かべた茶髪のツインテールの少女。全員纏めて佳奈の友人で、距離こそ開いてしまったが浩樹の友人でもある。それぞれ名前を、アリサ・バニングス、月村すずか、高町なのは。なのはに関しては、隣家の高町家の末っ子で、小学校入学前から一緒に遊んでいたし、格闘技の訓練も一緒にした仲だ。実力的にはほぼ五分か、幾らか時間をつぎ込んだ分、自分の方が少し上くらいと佳奈は自負している。
三人とも、三年までは一緒だったのに、四年になってからは別のクラスになってしまい、こうして放課後、お誘いを受けるのは久しぶりのことだった。
「何? アリサちゃん」
「佳奈はこの後、暇よね?」
「うん。暇だよ」
「この後、私達おもちゃ屋さんに行くんだけど、佳奈も行くわよね?」
「……」
確定事項なんだと口に出さずに思いながら、佳奈としては三人と遊ぶのはとても好きなので、素直に頷き鞄を手に取る。
「よし! それじゃあ行くわよ!」
「……アリサちゃん。浩樹は誘わないの?」
尋ねた佳奈に対し、アリサは僅かに唇を尖らせる。
「声かけたけど、無視して帰られたわ」
「あー……、昼休みにメールしてたし、多分約束でもあったんじゃないかな?」
「そう。まあ、今回はしょうがないわね」
少し残念そうなアリサ。疎遠になってしまった縁をここで挽回できないかと考えていたのだろう。相変わらず、アリサちゃんは優しいなぁとそんな事を思うと、思わず嬉しくなって佳奈はアリサの右腕に飛びついた。
「ちょっ! 何してんの!」
「いいからいいから」
「良くないから!」
「あっ、いいなぁ、佳奈ちゃん。じゃあ私はこっちの腕ね」
「すずかまで!」
笑いながら、すずかがアリサの左腕にしがみつく。なんだかんだで、校内の女生徒の中で1位,2位を誇る身体能力の持ち主であるすずかと佳奈にしがみつかれては、いくらアリサが抵抗したところで、糠に釘。暖簾に腕押しであった。
「え、えっと……じゃあ私はアリサちゃんの背中に――」
「なのはは来なくていい!」
「酷いっ!」
とは言え、自分がくっつけそうな場所はもう無かったため、泣く泣くなのはは、先を行くアリサ、すずか、佳奈の三人を追って歩く。
その後、校外に出れば腕を絡ませる事もなくなったが、四人は仲良く目的地である『ホビーショップT&H』へとやってきた。五階建てでガラス張りと見た目こそ当たり障りの無い建物だが、この一棟が全てホビーショップというのだから恐れ入る。
普通に感心して、その建物を見上げていた四人であったが、ふと佳奈は気になる単語を見つけて首を傾げた。
(ブレイブデュエル?)
試遊台入荷という、大きな幟が目を引いた。開店セール中をいう旨を伝える幟と同サイズなのだから、恐らくはメインを張っているのだろうことは想像に易かった。
「早速噂のすんごいゲームを見に行くわよ!」
アリサが意気揚々とT&Hを指差しながら告げた。
***
それから、お店の子らしいアリシア・テスタロッサに話しかけられた四人は、彼女の案内で体感型シミュレーションゲーム「BRAVE DUEL」の元までやって来た。
ゲームの説明を聞き、データカートリッジとブレイブホルダーを受け取った四人は、カードを手に入れ、ゲームを始める為にシミュレーターの中へと入った。シミュレーターのスイッチをアリシアがいれると、シミュレーター内は無重力のような空間へと変化する。
「えっと、『四人プレイ』、『フリートレーニング』、『雲海上空』でいいんだっけ?」
「そうだよっ」
事前に言われたことの確認を終えて、佳奈達四人はそれぞれで設定を終える。
そんな中、最後の項目についての説明を受けていなかったなのは達は、良く分からないままに、その選択肢をOKにした。
「それじゃあ、ブレイブホルダーを胸の前に掲げてコールしてみてっ♪」
「これを」
「胸の前に掲げてっと」
「「「「ブレイブデュエル、スタンバイ!!」」」」
『プレイヤースキャン 開始します』
コールをした直後、四人の体を光が舐めるように動く。続いて響いた機械音声はアバターの作成とランダム配置。
そしてセンスのダイブが続き――
『フルタスク コンプリート』
ゲームの世界が始まった。
「はーい、それじゃあみんなー、目を開けてー」
耳元に聞こえたアリシアの声に従い、四人は目を開ける。
そして視界に飛び込んできたのは、真っ青な空と白い雲。視線を少し下げれば、空と同じ色の海が見える。
飛んでいることは一目瞭然だった。
「な、なにこれー!?」
誰が叫んだかも知れぬその声は、しかし四人の共通だった。
「どどどどどうなってんの!? コレ、雲の上じゃない!」
「わわ私達、う浮いてるよ!? アリサちゃん!」
「ぽけー」
「すずかちゃーん!? 帰ってきてー!?」
完全にパニックになった四人に、「新鮮な反応、ありがとー」と喜色の混じったアリシアの声が届く。
「これが当店目玉体感シミュレーションの最新鋭にして最高峰!『BRAVE DUEL』!」
「なのはちゃんたちの視点・感覚は今、シミュレーター中央の「アリーナ」にいる「アバター」と完全にリンクしてるんだよ!」
ババーンと、何やら決めポーズとドヤ顔と共にアリシアと、ブレイブデュエルの説明としてアリシアが連れてきたエイミィ。ポカンとしたもののしかし落ち着いて、四人は妙な感覚こそ抜けないものの、風の感触を楽しむ程度の余裕は出てきた。
「ここまでくれば、あとは遊ぶだけだよっ」
「って言われても~」
何をどうすればいいのかは相変わらずわからないのだ。あっけからんというアリシアに戸惑う四人だったが、そんな四人に新たな声がかけられる。
『ご心配には及びません』
声に釣られなのはが視線を落とす。そこには、手に入れたカード内の自分が握っていたものと同じ、ピンクが主体の杖がひと振り。
『初めまして、ナノハ。ブレイブデュエルの世界へようこそ』
「は、はじめまして」
『私は貴方の武器たる「デバイス」RH-01です。操作説明を行いますか?』
「う、うん。お願いします」
そんな会話を始めたのを佳奈が見て、それからアリサ、すずかの方へも視線を移すと、それぞれ自身のデバイスと会話をしているようだった。操作説明なのだろう。暫くすると、なのはが飛び回り始め、アリサがなのはへ向けて攻撃を開始した。なんだかんだ、楽しそうな三人に早く参加しようと、佳奈も視線を落とす。
殆ど制服を変わらぬ格好。履いている靴はミリタリーシューズのようにゴツく、両手も指ぬきグローブに覆われているが、一番の違いはその手に持った銃である。白がメインの八発装填出来るリボルバータイプの大型で無骨な銃。大口径ながら佳奈の手にぴったりと合ったサイズであり、少し長めのグリップの下からは、刃渡り三十センチはありそうな直刀が伸びていた。
「君が私のデバイス?」
『はい。CJ-01といいます。お見知りおきを、カナ』
「宜しく。……えっと、凄く色々聞きたいことがあるわけじゃないんだけど、二つだけ」
『なんでしょう?』
「弾と射程が聞きたいんだけど」
『……分かりました。弾についてですが、カナが望んだだけ出せますが、装填式です』
若干引かれたような気がしながら、佳奈は空っぽの右手を見下ろし、言われた通りに弾よ出ろと念じる。
すると、光の粒が現れ、収束し、一発の弾丸を形成した。金色のよくある弾丸だ。初めて持つにもかかわらず、不思議なくらいにしっくりと手に馴染んだそれを、CJ-01の指示のもと装填する。
「射程は?」
『300は行きます』
「……センチ?」
『メートルです。ただ、あくまで飛ばすだけなら、ですが。また射るタイミングで魔力を通せば、加速と射程、それにある程度の誘導は利きますよ』
「ふむ……。使う魔力ってどれくらい?」
『幾らでも。入れたら入れただけ、比例して上昇します』
「……」
ヒレイってなんだろうとそんな事を思いながら、自身の体へ意識を向ける。身体操作の応用だ。本来存在しないはずの魔力を探し――あっけなく見つけた。今度はそれが、矢へと流れるイメージ。これも滞りなく、魔力は弾丸へと流れていく。
「もう一つ聞いてもいい? この弾丸って貫通するの?」
『アバターの場合は当たった時点で消滅します。与えるのは衝撃のみですね。それ以外、障害物等には貴方が通した魔力やスキルカードによって判定が起こり、貫通したり、残留したり、一定空間を破壊したりなどの変化はあります』
「ふむ。とりあえず、アバターを貫通する事がないならいいかな」
右手だけで持ったCJ-01を構え、狙うはすずかに攻撃をしているアリサ。きっちり防いでこそいるすずかだが、攻め手は無いらしいから。
「横槍……じゃなくて横弾?」
言うが早いか、佳奈が発泡する。通した魔力を通じ、佳奈が曲がるように考えると、徐々にカーブを始める弾丸。ある程度の誘導とはその通りらしい。期待しない方がいいかなと、そんな風に考えながら射線を戻す。
未だ接近に気がつかぬアリサ。すずかが気がつき、声をあげようとするも既に遅く。直後。
「ぎゃふっ」
アリサのがら空きの脇腹へ佳奈の弾丸が当たった。AT-03の言った通り、当たった直後に弾丸は光の粒子となって消滅したが衝撃は通ったらしく、「ぐぉおおお……」と唸りながら、脇腹に手を当てていた。
『見事です、カナ』
「そう? ありがとう、ジェミニ」
『ジェミニ?』
「貴方の名前。CJで、銃と刀の双子武器だからジェミニ。本当はキュートジェミニって言うんだよ。だって可愛いもん。いいかな?」
『勿論。ありがとうございます、カナ。CJ-01改めキュートジェミニ。貴女と共に戦いましょう』
「何すんのよー!」
「きゃっ」
不意打ちを食らったアリサが怒り、攻撃を仕掛ける。大きく振られた刃から飛ぶ炎の斬撃。進行速度自体は大したことはなく、矢に魔力を通した時と同じ要領で、移動をイメージすると、体が動いた。右へ行って、斬撃を躱す。
「避けるなー!」
「当たったら痛いかもしれないし」
二撃、三撃と続く斬撃も避けていく。なのはほど器用ではないが、それでも十分過ぎるほどに。
『やはり器用です。これで動きながら撃つ事が出来れば、及第点ですね』
「厳しいなぁ、ジェミニは」
「えーい、ちょこまかと!」
再びトリガーを引きながらの炎の斬撃。きっちり避けながら、銃を構える。
「アリサちゃん覚悟!」
「その前に叩き切るわ!」
足を止めた佳奈へ、アリサが肉迫しようと加速する。
その速さに恐れ入りながらも、冷静に。佳奈は弾丸を放ち、それに合わせるようにアリサは自身のデバイスを振るう。
斬撃と弾丸。二つが今まさに空中でかち合おうとした途端――。
赤いゴシック服の少女と佳奈達四人と似た白服の少年が、四人の居るエリアへと姿を現した。