「……どういう状況?」
「私に聞かないでよ」
浩樹撃墜から五分ほど経ち、絶好調とまではいかずとも幾らか回復した浩樹が目を覚ますと、何故かなのはと見覚えのない金髪の少女が、不思議なくらいイチャイチャしていた。
自分同様にアリサとすずかも戸惑っている様子なのを察し、事の真相を知っていそうな佳奈を浩樹は探し始める。
「アリサ。佳奈はどうした?」
「……ここよ」
ちょいちょいと下を指差すアリサ。釣られて視線を下げ、思わず「うわぁ」と声に出して唸る。
自分を撃墜した時と同じ装いの佳奈が、アリサの腹部へと顔を埋めていた。「うぉぉぉぉ、ぐぉぉぉぉぉ」と野太い声を上げてマジ泣きしながら。
「なんで?」
「知らないわよ」
「あれじゃない? アリサちゃんがヴィータちゃんに攻撃された時に守れなかったから」
「……ああ、そうかもな」
浩樹は発症のきっかけを詳しく知らないが、佳奈のアリサ大好き病は、生活習慣に支障をきたす、きたさないというギリギリの所まで来ている。そんな佳奈にしてみれば、アリサをみすみす撃墜させられてしまったことは、大いなる失態なのだろう。恐らく自分への過剰過ぎる攻撃も、アリサ防衛の邪魔をしたからだと察し、浩樹は溜息を漏らした。
「別に気にしなくていいってのに。ほら、佳奈。いい加減離れなさい」
ぐいぐいとアリサが佳奈を押すが、流石にリライズアップ後の佳奈の腕力には叶わず、全く引き剥がせる様子がない。
もうこのままでいいんじゃないかなとそんなことを考えながら、浩樹はメニュー画面を出して、空域からの離脱を選択した。
「じゃあ、俺は元の場所に戻るから。佳奈のことよろしくな」
「引き取りなさいよ!」
「無茶言うな。じゃあな」
シュンッっと音を立て、浩樹が姿を消す。「あーっ!」とアリサが怒鳴るが、この場にいない浩樹にその声が届くことはない。
「えっと、私達もそろそろ落ちようか、アリサちゃん、佳奈ちゃん。そろそろ時間のはずだし」
「……そうね」
「う゛ぉぉぉぉ……ごめ゛ん゛ね゛ぇぇぇぇぇぇぇ」
「えーい、うるさい!」
****
それから数時間。場所は変わってグランツ研究所。
ホビーステーションT&H、八神堂、グランツ研究所、その他諸々の場所はブレイブデュエル稼働初日という事で、現在はシステムチェックを兼ねた休憩中。そのあたりのシステムチェックは、一括してグランツ研究所で行われていて、更に言うならカズヤへと一任されていた。
現行で起動している数は五。その五つのプログラムが並列して流れていくのを確認していき、時折チェック項目へチェックを入れていた。同じ部屋の中に開発者であるグランツ博士や、ユーリなどもいたが、彼らは手伝う様子がない。その方が効率的だと、知っているからだ。
「カズヤ。よかったら、お茶をどうぞ」
「うん、ありがとう、ユーリ。もうちょっとで終わるから、それが終わったらいただくな」
「分かりました」
再び視線を画面へ。スクロースしていくプログラムを脳内で処理していきながら、思い出したように時折手が動く。
その様子に、見慣れた筈のレヴィが感心した様子で声を上げた。
「しかし、カズヤの特技は凄いねー」
「そうですね。かの聖徳太子は十人の声を同時に聞き分けたと言いますが、彼は十の景色を同時に処理出来ますからね」
同時に十冊の本を読んだりするのに便利なんだよーと、以前カズヤが言っていた事を思い出すシュテル。本くらい、一冊ずつ読めばいい気もするが、以前アミタに「浩樹が本を複数同時に読むようになったのは皆が来てからなんですよ」と留学生達四人の前で言っていた為、特に何か言おうとも思わない。時間を作ってくれているのだと、レヴィを除く三人は察し、レヴィにしてみれば遊ぶ時間がちゃんとあるからそれでいい。
研究に、勉強に。そこに食事の用意などの家事も加われば、それだけで時間など潰れてしまうだろうに、その上で団欒の時間を用意してくれている。精神的にいくら成熟していても、まだ子どもである自分達に気を使われている感じがして申し訳なさはあったが、それでも有り難すぎる程に有難く、シュテルは邪魔にならない程度で素直に甘えていたし、他の三人にとっても恐らくは同じなのだと、シュテルは考えていた。
(頑張りすぎてフラフラになってしまう事がたまに瑕ですけどね)
その無理さえなくなれば、もう少しくらいは甘えていいと思う。
「――うっし、終わったー」
そんな言葉がカズヤの方から聞こえ、その場にいた一同が視線を向ける。既に席から立ち上がり、グーッと背伸びをしているカズヤ。確認していた筈のプログラムの表示された画面は全て消えていて、各々が各店舗へと転送済みなのだと悟った。
カズヤが端末のもとから全員の座るテーブルへと移動してくる。ユーリが大慌てで新たな紅茶を淹れて、カズヤの元へと持っていった。
「はい、カズヤ。どうぞ」
「ありがと、ユーリ」
数回ユーリの頭を撫でてから、カズヤはユーリから紅茶を受け取り、一口飲む。暫し味わってから、うん、と頷いた。
「美味しいよ」
「ありがとうございます、カズヤ」
嬉しそうに笑いながらぺこりと勢いよく頭を下げたユーリは、座っていた自分の席へと戻ろうとして――直後に端末から電子音が響いた。テレビ電話の着信音声。その音声が、「そいやっさ!」で始まる某有名アニメ映画のOPであることから、どこからの通信かは直ぐにわかった。
「八神堂から?」
「あ、私が出ます」
唯一席を立っていたユーリが、そのまま端末へと向かう。自然と全員の体が端末の方を向く中、端末の椅子へと座ったユーリが、エンターキーを押した。
パッと画面に、八神堂の店主である八神はやてと、そんな彼女を主と呼んで慕う八神リィンフォース、そしてグランツ研究所勢の誰もが見たことのない、一人の少年―浩樹なわけだが―が現れた。はやてに関しては、どこか芝居がかった様子で物憂げにしており、リィンフォースは『あるじ♥MEMO』と書かれたメモ帳に顔を落としている。浩樹は熱心に手元のカードに視線を落としていた。どうやらデュエリストらしいと、現在画面を向いている者たちが悟る。
「ヴィータがやられたみたいやな……」
そうして始まった寸劇。芝居がかった口調のはやてに、フレーム外から「やられてねーって!」とヴィータのツッコミが聞こえてきた。
「八神堂の小学生め」
次は浩樹。カードの方に意識が集中しているのか、演技する様子もない、お座なり過ぎる棒読みだった。「訳分かんねーよ!」とヴィータのツッコミが届いているのかも怪しい。
「えーと……『まあいい。我らヤガミドーの中でも最年少』」
今度はリィンフォース。彼女は、セリフを暗記していないせいか、浩樹ほどでなくとも酷く棒読みだ。それでも、主の為に出来る限りの演技をしようという姿が、何か哀愁を誘った。そんなことお構いなしに、「そりゃそーだろ!」と漸くフレームインしたヴィータからツッコミを入る。顔は真っ赤で、怒っているというより拗ねているようだった。
「……まあ、冗談は置いといて、お願いされてた定時連絡と更新プログラム無事に届いたよーってお知らせや」
「分かりました。アップデートに時間がかかりますから、その間は動かさないようにしてくださいね」
「りょ~かいや」
すっかり拗ねてしまったヴィータを、宥める様にはやてが撫でる。ただ、それくらいで機嫌は直さないとばかりに、そっぽを向くヴィータ。慌てた様子ではやてがヴィータに構いに行くのをカズヤは見届けて、手元のカップへ視線を戻した。
「お店の方はどうでしたか?」
居なくなってしまったはやての代わりにリィンフォースへ、ユーリが尋ねる。結構人見知りをするユーリだったが、何故かリィンフォースとは馬があうらしく、かなり仲良しだった。ユーリと出会ってひと月程、まともに会話も出来なかったカズヤはその事実に思わず嫉妬してしまったものだが、その事を知らぬはユーリだけである。
「おかげさまで、大繁盛だったよ。これが今後も続いてくれると嬉しいね」
「本屋さんの方はいいんですか?」
「シグナムとシャマルがいるさ。それにザフィーラもね。今はアップデートに合わせて休憩中。そっちも休憩中かい?」
「はい。稼動直後から、ダークマテリアルズはてんてこ舞いでしたから。初心者講習とか、チャレンジャー相手とか」
初心者講習に関しては、主にカズヤとシュテルが。チャレンジャー撃退は、主にレヴィとディアーチェが担当しており、チーム戦の多対多の時だけ、DMCと時々ユーリも参戦してのフルメンバー。圧倒的な力を見せつけ、ギャラリーを魅了した。
「それよりもさ」
ふと、気になったことがあったのか、レヴィが会話に割り込んだ。スタタと端末に近づき、ユーリの座る椅子の背もたれへと寄りかかる。
「ヴィーたん、やられちゃったって本当?」
「だからやられてねぇって!」
笑いながら尋ねるレヴィに、ヴィータが噛み付く。ガードをブチ抜かれて、一撃喰らわされただけなのだ。断じてやられたわけではない。
「でも、ええ感じの子やったみたいや。それに、ヴィータと戦った子以外に、もう一人おるんや。なー、浩樹君?」
「うっせ」
茶化すようなはやての言葉に、きちんと反応した浩樹が口を開く。ここで漸く、グランツ研究所の全員が浩樹の名前を知ることになった。
「ふーん……。じゃあさ、その二人の名前、教えてよ」
「なんでだよ。てか、誰だよお前」
「いいからいいから」
「……高町なのはと高坂佳奈」
「てぃーあんどえいちの高町なにょはと高坂かにゃだね」
ぬっふっふと笑い始めるレヴィに、呆れた様子のダークマテリアルズ一同。
「あー、アレは」
「ええ。新しいおもちゃを見つけた時の顔ですね」
「……なにょはとかにゃじゃなくて、なのはとかなじゃないか?」
「……まあ、レヴィだからな」
「レヴィですからね」
「便利だな、その言い回し」
***
翌日。私立天王中学校門前。
「レヴィ!」
「ん? あ、カズヤ!」
学校帰りのレヴィの元へ、カズヤが来ていた。白衣は流石に脱いでいて、『技術屋魂』と書かれた白いTシャツと、全身を覆うタイプの枯葉色のつなぎの上半身部分を脱いで、袖を副部のあたりで巻いていた。どこかの工場から抜け出してきたような装いに、学校帰りの生徒達がざわついていて、そんな彼が留学生でかなりの有名人であるレヴィ・ラッセルに親しげに話しかけたもんだから、そのざわめきは更に増しており、一部生徒がカズヤを不審者と勘違いし、レヴィの保護者とも言えるシュテルやディアーチェの元へと走り出している始末。
だが、そんなこととは露知らず。カズヤは近づいてきたレヴィからカバンを受け取ると、それを肩にかけた。
「お帰り。お疲れ様」
「ただいま! それより、どーしたの?」
「今からT&Hに行くんだろ? 俺も行くから、良かったら一緒に行かないか?」
「ホント!? 行こう行こう! すぐ行こう!」
ヴィータを倒したとか言う、期待の新人たちも楽しみだし、カズヤとチーム戦では滅多に出来ないペアが組んで戦えるかもしれない。そう考えると嬉しくて、テンションのまま、パッとカズヤの手を取り、レヴィが走り出す。慌ててその後を追い、カズヤも走り出した。
「ほら、早く早く!」
「だー、おい! 落ち着け! T&Hは逃げないし、高町ちゃんやら高坂ちゃんも逃げないと思うから!」
カズヤの言葉を置き去りに、レヴィは駆ける。向かうはT&Hだ。
同じ頃。私立海聖小学校。
昨日の晩から久しぶりにまともな食事をとって、機嫌も良かった浩樹は、いざブレイブデュエルと八神堂を目指そうとしていた。昨日はやてに説明を受けた時、カードリローダーからは一日一枚、無料でカードが手に入ると聞いていたから、まずはそれ。
なんとか、N+のパーソナルカードを手に入れたい。ブレイブデュエルは体感型シミュレーションであるからプレイヤースキルは間違いなく必須だが、カードのレアリティ、アバターのスペックなどの要因が、プレイヤースキルだけでは補いきれない部分があると、浩樹は昨日の時点で学んでいた。だからこそ、まずは一ランク、リライズアップをしてアバターのスペックを上げたい所であった。
(もし手に入らなかったら、対人戦でポイント稼ぐしかないな)
カードローダーからカードを手に入れるには、一日一枚の無料ガチャ他、対人戦で集めたポイントを利用したり、普通に現金で引いたりと幾つかの手段がある。現金が一番手っ取り早いと言えば手っ取り早いのだが、祖父と両親が不在である以上、家計を守るのは買い物などを行う浩樹の仕事。こういうところで使うにはもったいない。現金以外の手段でローダーを回せるのであれば、そちらの方法を優先すべき、というのが浩樹の考えである。
それに実戦経験を積むのは悪いことではないのだ。まだまだ仮想空間において、十全の動きが出来ている訳ではない。研究と修練と。やる事はまだまだ多い。
「さって、そんじゃ早速――」
「どーん」
「――ギャフッ!?」
立ち上がり際のがら空きだった脇腹に衝撃を受け、浩樹は思わず脇腹を抑える。痛さもあるが、くすぐったさとか、色々な感覚が同時に襲ってきた形容し難い衝撃に悶絶しながら、浩樹はじとりと、攻撃してきた声の主である佳奈へと視線を向けた。
「な、何しやがる……」
「帰ろうとしたから実力行使」
「普通に声かければいいだろ! なんでわざわざ脇腹狙った!」
「弁慶の泣き所ならぬ浩樹の泣き所だからね」
「ぐっ」
図星を突かれて、浩樹が黙る。ニコリと、佳奈が嬉しそうに笑った。
「アリサちゃん達が逃がすなーって言ってたからね。今日は皆でT&Hに行こ?」
「だから普通に誘えっての。……ちょっと待ってろ」
浩樹が携帯を取り出す。メール画面を開き、はやてへのメールを打ち始める。
『To:はやて
Sub:行けなくなった
Text:
佳奈に捕まった。
T&Hに行くことに
なったから今日は
八神堂には行けん。
すまん。 』
短くそれだけ打って、送信する。暫く経って、了解の旨を伝えるメールを貰い、浩樹は携帯をポケットへとしまった。
「んで? なのアリすずはどうしたんだ?」
「もうすぐ来るんじゃない? 多分、フェイトちゃんに学校案内してるんだと思う。今日は帰りの会、長引いてたみたいだから」
「フェイトって誰?」
「フェイト・テスタロッサ。T&Hのショップファイターで、昨日なのはちゃんとラブコメやってた子。今日転校してきたんだよ」
「ああ、あのカッコイイ系の金髪か」
昨日、いつの間に現れたのか、他の全員を置き去りにしながらなのはとイチャイチャしていた黒マントの金髪少女の姿を思いだし、浩樹はひとりで納得する。そんな浩樹の前で、本当に転校生の存在に気がついていなかったのかと、佳奈は思わず苦笑した。他のクラスとは言え、転校生が来たとなればそれなりに話題にはなっているはずなのに、である。あのダウナーだった兄が、たった一回のブレイブデュエルですっかり元の天然系に戻っていた。
(ブレイブデュエル様々だねぇ。ちょっと嫉妬しちゃうけど)
「てか、先に行ってても良くないか? 寧ろ先に行こう。すぐ行こう」
「いや、ちょっと位待とうよ。ブレイブデュエルもT&Hも逃げな「佳奈ー? 置いてくぞー?」もういないし! あー、もう! ちょっと待ってよ!」
見事に足止めを失敗した兄を追い、佳奈は慌てて移動を開始した。
自分と佳奈の分とカバン二つを手に持って、浩樹が少し速めに廊下を走る。その少し後ろを、佳奈。両手を振り、それなりの速度を出して、浩樹を追走するが、どうにもこうにも、追いつけない。
(う、運動不足が……)
いきなり走り始めたことも起因して、地味に痛み始めた脇腹を意識してしまい、佳奈の表情が僅かに曇る。それでも、置いていかれまいと、佳奈は足に力を込めた。漸く隣に並べそうなのだ。幼い頃のように、数年前までのように。その為だったら、これくらいの痛みなど、どうということはない。
昇降口に至り、靴を履き替える。脇腹を抑え、息を整えて。急ぎ走り出そうとしたところで
「悪い」
ふとそう声がかけられ、トンッと俯きながら走っていた佳奈の体が何かにぶつかった。視線を上げると、少し暗い昇降口のバックに、浩樹の姿が目に映る。申し訳なさそうに苦笑気味に笑った浩樹が、慣れた様子で佳奈の手を取った。
「のんびり行くか。逃げないもんな」
「……えっと、うん」
兄と手を握って歩くというのは少し恥ずかしかったが、誰もいなかったし、振り払う気にはならなかった。じんわりとした、浩樹の少し低めの体温が心地いい。段々夏に近づき、暖かくなってきたから尚更だ。暑がりだから余計にだ。
去年の夏、浩樹と疎遠だっただけに地獄を見たから、夏が来る前に仲直り出来て良かったなーと心底思いながら、佳奈はギュッと浩樹と握り合う手に力を込めた。