劇場版からの新しいガルパンおじさんです。
役人に光あれ
幸福の総量は一定である、と言われる。
即ち勝利の美酒には敗北の苦渋があり、歓喜と共に慚愧がある。
大洗の奇跡は、「空前絶後の幸運」で、「前代未聞の大勝利」だった。
つまり
同量の逆がもたらされ、その解決もまた必要になった。
これは奇跡に見合う労苦を課せられた、ある男のお話しだ。
学園艦教育局は文科省内における学園艦運用を管轄する部署である。先日、大洗への通達により当該校の生徒会が来ることになっている。部屋に戻ると予定より少し早かった。ここに戻るたびに私は所信表明ともいえる駄文にて自戒することにしているが、今日はその時間がとれそうだ。
「・・・学園艦の歴史は古いが、今日の大型艦船の形態に至る過程には戦車道と関係するある技術が関係する。
『搭乗員特殊保護被膜』通称「カーボン加工」である。
1920年代に於いて第一次世界大戦に登場した戦車というカテゴリーが『戦車道』を確立した基幹技術は大戦末期に突如として現れた。どこの国が開発したかも定かではなく、戦場の霧の中で生まれたと冗談交じりに語られるそれは現在の構造に欠かせないものになっている。
この弾性に富み、軽量で人体に影響の無いこの技術は瞬く間に広まり、その応用は多岐に渡り恩恵をもたらしたが、それとほぼ同量の徒花もある。
研究の成果として、『密室空間に於ける搭乗員生存性を著しく高める』ことが確認されたが『衝撃を無力化はしない』ことも確認された。一部位への負荷を全体に分散させて装甲の意義を全うさせるのであり、内部は結果的に保全されるというメカニズムであった。
陸軍においては機甲部隊の充実起爆剤となり、海軍においては艦船の大型化に拍車を掛けた。
大型機械が戦いの守護神となる場を戦場と定めた二軍は技術的飛躍を遂げる。
陸海の分野には寄与したが、それに対して空の分野には人的打撃になった。
「空で墜ちればお陀仏」
機銃弾でパイロットは死なないが、機材は破損し墜落する。
此の時、カーボン加工により機体は多くの場合保全されるが、パイロットはその限りではない。
高度何百メートルからの落下衝撃は人体を機能停止に追い込むのに十分以上であった。
航空分野は世論の煽りを受けて縮小され、結果的に陸海の大規模消耗戦が更に拡大する。
しかし機材の消費とは裏腹に戦闘による人的資源の消費は被膜の効果により極少数に留まった。
擱座した車両にて生存した兵士の私刑問題が戦争被害として特筆されるほどに人は生き延び、珍しくもない生還を果たした兵士たちは戦闘ではなく私刑に倒れた戦友の仇を討つために戦場に舞い戻る。
「仇は敵軍且つ一般的な兵士だった」
近代化された軍は兵士の外見を均質化し復讐は無差別殺戮に終始するかに見えた。だが、女性兵士がこの復讐の止め具になった。一般的な兵士は基本的に男であった為、女性は復讐の対象外となったのである。
復讐できる優秀な兵士はまともに戦えなかった女性兵士を見逃し、戦場に消えてゆき女性兵士の帰還率は常に高い数値を記録し続ける。そして戦後において生と死の狭間の戦車兵において女性の多くは別の印象を持つに至る。
ここにパラダイム転換が出現した。
『ノブリスオブリージュの再生』である。
騎士の時代から世界大戦にて「美しい闘争」の夢から覚めるまで、戦争は貴族の義務であり特権だった。
本来ならば無差別な戦場の鉄槌が目覚ましになったのだが、カーボン加工はこの夢を正夢とした。戦場に残ったフェミニズムという騎士道精神は無邪気に生還を信じる女性戦車兵に継承された。
死ににくい戦場は新たなる道を戦場に花開かせたのである。
「いい戦いぶりであった」
「敵ながらあっぱれ」
「昨日はお前の場に私がいた」
促成の多数ではなく、洗練された少数が戦場にて勝ち、敗者は帰還できる。特に女性の扱いは貴族が戦場にいた最後の時代であったこともあって丁重なものとなり、戦車はサロンの様相を呈するように変化した。男たちの相克の螺旋の中心にありながら女性の華やかな闘争は其の立ち位置が示す如く台風の目となり新主流となる。
男性戦車兵よりも女性戦車兵の方が安全であり、男は戦場から離れさせるため戦車を捨させられた。なまじ使い捨ての感さえある男よりも教育費用分の回収が帰還率に保証された女の方が費用対効果は良いと政府は判断し、試算を行う。
結果、軍事費の拡大想定は男中心の大量消費大量生産のそれより穏やかであるとされ、各政府はこの傾向を良しとし戦車兵の在り方はここに確定した。
戦後ワイマール体制は制限された戦争形体を確立し、男は装甲を脱がざるを得なくなった。
次の第二次大戦は「制限された枠」の変更を求める戦争であった、とも語られる。装甲を失った男は戦場の後ろにあり女に守られることになったが、此の形は肥大した自意識が看過出来るものではない。
「なにか我々の道を見出さなくては面子が立たない」
彼らは自身のプライドを守り、奪われた名誉の戦場を探求し始めたのである。そして保護被膜の恩恵を受けられず、忘れ去られつつあった危険な航空機を見出した。上を向けば、そこにフロンティアがあった。
第二次大戦において特筆するべきは各国の陸海軍における航空関係と歩兵の死亡率である。銃後の守りこそ女の役目と信じるもの達にとって前線に女があり、自分が銃後であることはあってはならないことである。必定、彼らは前のめりに飛び出していった。守るべきもののために命を張り、無用に女を傷つけず、男同士で鎬を削る。それは失われたはずの夢の続きであった。
統計上、陸では歩兵が死にやすく、海では沈没に際しての溺死が多い。これを男女比の観点から再分類すると女性の戦死は偶発的であるのに対して男はどの場所でも戦死している。そしてパイロットの死亡数はその和よりも多かったのである。
二つの大戦の戦間期において、人的資源を失った空は、二つの大戦の後に人望を失ったかに見えた。
しかし死に隣接した故に、男に因る再起が行われる。「危険な場所は任せておけ」と彼らは嘯く。死が恐ろしくないはずは無い、しかし臆病者であり無為な生を続けるならば命を懸けた方がマシと判断したのである。
航空分野はその危険性ゆえに男性軍人の受け皿になった。
軍内部の変化から離れて別の視点から再検討すると、戦間期において自己防衛の新しい武道として『戦車道』が各国で産声を上げた。弱い立場にあった女性は、一つのチームを組み装甲を纏うことにより政治主体であった男性に対して抗議したのである。戦場を経験し強くなった女達は唯々諾々と従う存在ではなくなっていた。男による反論はあったが平和な時代はイメージが物を言う。「装甲に籠もる屈強な男」と「装甲に籠もる柔肌の女性」の対立・・・世論は後者を良しとし、前者を廃した。
「男は離陸するしかなかった」
第二次大戦時において生存率は低いと知りながらも、多くの志願男性パイロットがいたのはこの世界背景があったからである。「安全な場所から戦いをするは男に非ず」「なれど女に蹂躙はされたくない」このような声が主流となった結果、「危険な場所でも誠実にあり続ける強さ」が男に求められるようになった。
「大地の地母神と大空の守護神」
二つの大戦の後、性差が自由を限定したのである。
・・・学園艦は戦後のこのような思想と発展した技術の下に恐竜的進化の道を選ぶ。
女性の道である戦車と男の道である危険性、その両立を目指すため超々大規模甲板を持つ大型艦を建造することになる。各部位をブロック構造とすることで独立被膜部を形成しダメージコントロールに優れさせ、大重量ブロックの有機的結合により架空の竜骨を出現させることで強度をさらに高める。「女のために地上を、男はそれを支える」という『我儘』を含みながらも空と大地と海の連合は各地で求められた。
結果として海上に町を浮かべたのである。
戦後日本の学園艦乱立はこれに由来し、老朽化への対処と維持費は財政の重しになっている・・・」
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そう、学園艦は多すぎるのだ。
かつて、教育の独立を掲げ新時代の幕開けと歴史の担い手たる白鯨であった学園艦は巨大建造物であり莫大消費地であり膨大な票田である学園艦ゆえに、ヒュドラになり果てた。
昨日には思い出があり、今には努力があり、明日に夢見、何時でも誰かが暮らしている学園艦は、あまりにも多すぎるのである。まだ対処できるうちに再編成しなくてはならないのだ。学園艦で男も女も育つ。性差が自由を束縛する昨今において唯一男女が共に学びに向かう青春を、維持してゆくためにヒュドラの首は討たねばならない。
よって学園艦教育局が掲げる大目標はただ一つ、「有るべき教育のための整理」である。
・・・昔の論文を読み返し、青臭さにため息が出る。しかし情熱は内に籠もりかえって圧力を増した。
其の為に私は局長になったのだと、自覚を新たにする。
「コン、コン」「どうぞ」
ノックの相手に許可を出し、扉が開く。
静かに足音が響き、止まる。そこには不安を押し殺した目をした少女たちがいた。
「学園長殿には既に伝えていますが、所謂実務者協議ということでお呼びしました。大洗の廃校、及び各学生の転校希望の収集をお願いしたい」
一瞬の空白
「廃校!?」
モノクルの少女が叫ぶ。
「学園艦は維持費も運営費も掛かりますので、全体数を見直し統廃合する事が決定しています。特に成果の無い学校から廃止します」
まぁ、自主的に統廃合された場合はこちらは手出ししにくいのだ。誰が主導権を握ったかはその後の運営に於いての主導権を決定する筆頭要因だ。
「つまり、私たちの学校が無くなるということですか!?」
「納得できない!」
子供らしい感情の発露・・・にしては声の数が合わない
「今納得できなかったとしても今年度中に納得して頂ければこちらとしては結構です」
この勧告役だけは民間企業人事部の鉄面皮に任せたいものだ。
「じゃあ。来年度には・・・」
「はい」
生徒募集停止、在校生の転校・・・大型学園艦の受け入れ用意はできている。元より少子化で空きが増えつつあるのだ。そして、統廃合は今に始まったことではない。
「大洗学園は近年生徒数も減少していますし、目立った活動もありません。昔は戦車道が盛んだったようですが・・・」
単なる定型句、スポーツ振興への義理立てと諦める理由の提供だ。
「ほぁ・・・じゃあ、戦車道やろっか」
「えぇっ!?」「戦車道をですか!?」
「まさか、優勝校を廃校にはしないよねぇ?」
目の前の赤毛の子が陽気な声で、しかし微かに手を震わせながら問いかける。
茨城県立学園艦「大洗」の生徒会長を務める角谷杏、手元の紙に目を落とし確認する。
廃校ではなく廃艦なのだ。陸と連結され一体化されては目的は果たせない、と伝える必要はない。
内地の放棄区画を整理したいという旧内務省閥からの要請もある、がここで語る事ではない。
「検討する価値は生まれますね」機械的な反復、いつもの読み上げだ。
ふと視線を向けると彼女の目はこの部屋においてやけにはっきりと見えた。
困惑と決意をないまぜにした瞳の色で彼女たちは退出した。戦車道大会優勝の言葉が彼女の目に火を灯したのだろう。「道は残っている」と。
入室時とは異なり、しっかりとした足取りだった。
「優勝・・・ねぇ」
容易いものではないし、そもそも教育局長の一存で廃艦は撤回できない。
教育再生の為に掲げ続けた目標は、その切っ掛けはどうあれ、関係各省庁内にて共有されている。迅速な解体、再利用資材への動きは日本らしく秒刻みのプロセスだ。動き出したら止まらない。が、先送りは官僚の呼吸方法のようなものだ。動き出させず、現状の工程を遅延させる。これも、想定済み。
現場経験は無いが、教育者の端くれの自負はある。何より大人に抗うは青春の醍醐味でもある。命短し戦え乙女、と言うではないか。
同時にその大人な自分が私を嘲笑う。
「不可能だな。戦車は多くを売却して二十年、ノウハウはなく奇跡頼みしかない」
事実、此の話しの下りは一度や二度の事ではない。
スポーツ振興を文科省が掲げ、その大黒柱が戦車道である以上そこに一縷の望みはある。多くの『彼女』が母校の窮地を救う為に一旗かかげ、挫折した。戦車道で勝つとは単純な勝利を示さず、積み上げた経験が活きやすい場所だ。
この点を多くの『彼女たち』が間違え、艦を降りることになった。
勝つだけなら単純だ。殲滅戦だろうがフラッグ戦だろうが資金にものを言わせて強い車両をそろえれば良い。搭乗員は金で他校の生徒を転校させれば良い。倫理上良くはないが、不可能ではないのだ。学園艦間の生徒移動は我々教育局が保証しているのだから。
しかし経済戦争は武道では無いことを生徒たちは理解しているのだろうか。
所詮、いつもの泣き言であり、一年の風物詩の一つでしかなかったのである。
印象には残った、それだけだった。
後日、連盟から戦車道認可学校リスト更新の通知が来るまでは。
「戦車道復活」それは許可制ではなく認可制であるから容易ではない。
ただ戦車をそろえるだけではいけない。ただ免許を持つからでもいけない。
道たる「なにか」を最低限の条件とするのである。
大洗の近況を取り寄せれば連盟認可印のある戦車道講師招集願が提出されていた。
戦車道管轄において男が直上の管理者である場合、連盟からの女性出向員からなる戦車道事務課の所轄は多角的となり、規定以上の権限を持つことが多い。今の連盟会長は戦車道に友好的な旧官僚の中から消去法的に選ばれたに過ぎないのだ。よって割と頼りにならないが、我々が主導権を握りたい現状では最適の人事と言える。
彼女に出させた書類には、蝶野亜美の派遣が記されている。
現役のエリートが何故教官として大洗に行ったのか。疑問は突然の訪問者により説明されることになった。
「局長、高校戦車道連盟の西住しほ様がいらっしゃっています」
空気が重い、しかも彼女は噂に聞くリクルートスタイルだ。
かつて「何時だろうと再出発してやる」と叫んだという逸話を持つ彼女の一張羅。しかも驚くことなかれ、戦車道連盟公認のパンツァ―ジャケットと同じ素材にして例の保護被膜の応用技術の逸品だ。そのまま戦車に乗れる代物で目の前の彼女自身の手でコンバットプルーフ済みである。
ちなみに戦車道において服装のレギュレーションはただ一つ、「被膜効果のある服装で前身の八割以上を覆う事」である。当初は野戦服同様の厚手であったが技術の進歩は目覚ましく、目の前の彼女が戦車道に邁進していたころには一般的な布に被膜効果を付与できるようになっていた。現在ではストッキングレベルの薄さにも対応している。生足に見えてもしっかり安全なのである。ファッショナブルに組み合わせ自由自在、女性の美を追求する心は不可能を可能にしたのである。
「局長」
意識を思考から視線に傾ける。
「突然の訪問、何の御用でしょうか」
「大洗についてです」
「・・・熊本のあなたが、茨城の学園艦に、ですか」
「娘の転校先ですので」
「御息女の・・・失礼ですが黒森峰にいらっしゃるのではないのですか」
「あれは上の子です。下の子を大洗に転校させました」
・・・!
「・・・大洗の廃校を撤回することは難しいのですが」
「いえ、そのような要件ではありません」
・・・よくよく考えてみると現時点での廃校の是非は西住氏にとって利益につながらない。むしろ廃校になり無理にでも娘が帰ることができる環境が作り出されるなら廃校を黙認した方がよいのではないだろうか。
待て、転校『させた』?
「昨年度、黒森峰学園に少々問題が発生しました」
「『問題』があって『転校させた』・・・で、私はそれを聞いてどうすればいいのですか?」
「なにもしないでいただきたい」
「失礼ながら『教育問題』を看過しては教育局の自己否定なのですが」
「これは『家庭問題』です。西住の醜聞となれば戦車道批判につながりかねません。一家庭の問題を戦車道全般の問題に拡大されてはそちらも大変でしょう」
ですので、釘を刺しに来ました。
「それはそれは、ご丁寧に」
・・・成程、器用な方だ。しかし点が線になった。
「我々もプロリーグ設立に向けて努力する側ですので」
大洗の戦車道認可はその『下の子』が理由。西住流の宗家筋、指導力は折り紙付きだ。
「しかし昨年の黒森峰といいますと大会は残念でしたね」
大会参加も可能だ。そして参加すれば西住が大洗にある理由は探られる。
「あれは必然でした」
敗北要因の転校・・・事実、別の形で聞いていれば彼女の危惧は現実のものだっただろう。
「あの試合はよく覚えていますが、偶然の要素が多かったのでは」
突然の雨、プラウダの分裂、車両沈没の速さ・・・運に見放されたと見えた。
「機材選択・人材選択に問題がありました。あれは予期しえたことです」
目に険しさが見える。敗北ではないところに確執があるのか。
「戦車道とは奥が深いものですね。いや、勉強させていただきました」
・
・
・
「では、失礼しました」「いえ、またいつでもどうぞ」
扉を閉める。
いくつか思考を整理すると大洗にエリートが行ったのも頷けた。あそこには西住がいるのだ。
「廃校手続き・・・順番変えましょうかね」
無残に初戦敗退ならまだしも、大会出場して善戦した時点でスポーツ政策に考慮しなくてはいけない。学園艦の解体は国家事業である以上、国家事業により掣肘を受ける。西住流ならば『勇将の下に弱卒無し』ぐらいはやる。だが大筋は変わらない。
「まぁ・・・別に私だけで完遂する必要もありませんし」
自分に言い聞かせる。
春の日差しは後の暑さを知らしめるが如く、眩しかった。
苦労性の役人がいてもいいじゃない。
流行れ、男たちのガルパンスピンオフ
なお、我がフロム脳は空白の歴史を語りだしています。