「なによもう! 見えないじゃない!」
昼下がりの浦賀に陽炎型の艦娘が3人。
塀の前で憤然とした声を上げているのはネームシップの陽炎だった。
「背伸びやれば、見えなくもないで?」
黒潮は塀の中を覗こうと爪先立ちをしてみたり、ぴょんぴょんと跳ねてみたりしている。
ただひとり、不知火は少し表情を曇らせつつ溜息を吐き出した。
作戦の都合で横須賀鎮守府に派遣されている陽炎たちは、二番艦不知火が実艦として建造された造船所が近くにあると知り、半舷上陸を利用して見物にやってきたのだった。
その造船所、住友重工浦賀工場(浦賀ドック)は2003年の護衛艦建造を持って閉鎖されており、今は特別な時にしか公開されていないのだという。
鎮守府で聞いた話では、塀越しに煉瓦積みのドックが見ることが出来るとのことだった。それでもいいかと来てみたものの、ちょうど視線を隠すような高さの塀に阻まれて陽炎たちでは中を伺い見ることが出来ない。
「だからそんなに面白いものでもないと言ったでしょう」
無表情にそう言い放つ不知火に、陽炎は口を尖がらせる。
「わかてないなあ。不知火は」
「何をです?」
やれやれと両手を広げる黒潮に、少し機嫌を損ねた声で答える。
「慣れない場所での任務やろ? ちょうでも知てるとこに来れば、不知火の気持ちが落ちつくんとちがうって考えてるんやで、ウチらの姉ちゃんは」
「……」
「まあ、私たちって横須賀にはあんまり縁がないじゃない。私は舞鶴だし、黒潮は…」
「ウチは大阪でんな」
「霞も浦賀生まれです」
不知火は同じ第十八駆逐隊に所属する朝潮型駆逐艦の名前を出す。彼女もまたここで建造されている。
「誘ったわよ。でも、いいんだって。いつか見に帰ろうとは思っているけど、それは今じゃないんだってさ」
第十八駆の司令駆逐艦として他人のみならず、自らをも厳しく律している霞らしい考えだ。『いつか』と表しているところに追懐の情はあるのだろう。しかしそれを断ち切ることで彼女は強くあろうとしている。
自分は…と不知火は思う。
かつては浦賀船渠と呼ばれたこの場所は、確かに駆逐艦不知火にとって生まれ故郷になるのかもしれない。しかし艦娘の不知火は呉の第十八駆に所属して任務に励む日々の中で意識したことは特に無い。
艦娘としての不知火は呉鎮守府で生まれた。それ以前、艦娘になる前も横須賀へ来たことが無く、艦娘不知火にとって横須賀や浦賀は知っているだけの場所にすぎなかった。
艦娘はかつての艦艇の魂を受け継いでいるからこそ艦娘足りえる。
駆逐艦不知火の魂は生まれ故郷を一目見たいと思わなかったのか。
「…見たかったのかもしれませんね」
「え? なに?」
キョトンとした表情の陽炎。不知火はフッと口元を緩ませる。
「いえ。ありがとうございます陽炎。見られないのは残念ですが、不知火はこの場所に来られて良かったと思います」
「そう? まあ残念ではあるけど、私は不知火の笑顔が見れたから良しとしようかな」
陽炎は頭の後ろで腕を組んでいたずらっぽく笑う。
「なあなあ、おふたりはん」
黒潮の声に陽炎と不知火が振り返ると、彼女は少し進んだ先の道を挟んだ向こうにある少し高くなっている場所を指さしていた。
「あそこに上がれば見えるんちゃう?」
自動車の往来を確認しながら道路を渡り、設えられた階段を上がった。
「少し進んだら塀が切れて金網になってたわね」
「それでもドックを見るには少し距離がありますから」
「まあなんとかそれらしいのんが見えるなあ」
浦賀ドックは明治期に建造された煉瓦積みのドックとしては国内でも最古の部類にはいる。もはやその役目を終えてはいるが、長い年月を経たものが持つ存在感は三人の艦娘たちの会話を忘れさせるには充分なほどだった。
「陽炎、黒潮、ありがとう。感謝します」
ドックから視線を外さず不知火がいう。
「それほどでもないけど。どういたしまして」
「せや。気にせんといてえな」
照れくさそうに笑う陽炎と黒潮。
不知火はふたりの方へ向いて一言。
「ただ…あのドックは修理用ですから、不知火が建造されたのはあそこではありません」
「「え?」」
三人の艦娘の半舷上陸はこうして幕を閉じた。