寄木細工   作:moon

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ambivalent

はじめて見初めた瞬間から、絶対に欲しいと思った。

私は渇望という言葉の意味を、身をもって知った。乾いて渇いて、どうしようもない。渇きを潤してくれる存在を心の底から切望した。

 

 

テーブルに広げた資料を読んでいる最中、レザードは顔を上げてふと窓の外を見る。今宵の空は真っ暗に塗りつぶされて星ひとつ無い。レザードは既視感を覚えると同時に何ヶ月か前の夜の事を思い出していた。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※

 

課題をこなすために一日中部屋に引きこもっていたレザードは、学園で食いっぱぐれた為に遅い食事を外の店て摂った。食事を終え、さっさと課題を仕上げてしまおうと思いながら自分の部屋へ帰る途中のレザードはフレンスブルグの街を一人歩いていた。女神を目にしたのはその時で、本当に偶然だった。

浅葱色の鎧を身に纏い、人気の無い石畳を音も立てずに歩く存在の背には、夜空に瞬く一等星の光のようなプラチナブロンドが揺れていた。

離れていたレザードが闇の中でじっと目を凝らす。視線の先の彼の人は、横顔しか見えない。強い意志と神々しい美貌に彩られた横顔は真っ直ぐに前を見つめ、静かな瞳は深い青をしていた。

此方の存在を気取られぬ様に闇の中から息を潜めて相手の一挙手一投足を窺う。

女神の姿が完全に見えなくなって、感極まったような細い息を慎重に吐いた。彼の女は書物でしか会ったことがない、伝承の中でしか存在しない女神ヴァルキュリアだ、とレザードは確信した。と同時にマグマのような欲求が溢れ出す。

 

 

「欲しい、ですね」

 

 

声を出して言葉にする、と同時にレザードは己の願望を理解した。

欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい。

レザードの心中で同居するもの。頑是ない子供のように純粋な欲求と狡猾かつ不純物まみれな欲望。

「成程、おキレイな感情だけではない。当たり前ですが」

純粋に欲しいと思う感情と、全てを奪いたい劣情がそこにあった。

書物に記された、或るいは伝承が伝えるとおりに、今しがた目にした女神ヴァルキュリアは、戦乙女は、人間の魂を選定、召喚してエインフェリアとするのだろう。

運命の女神とも呼ばれる戦乙女は三姉妹だと言われている。三姉妹は色の違う鎧を身につけているのだが、髪の色も鎧と同じくそれぞれに違う。上は夜の黒、真ん中は星の銀、末は太陽の金に例えられていたのを、ついこの間読んだ神話関係の本に記してあったなとレザードは思い出した。

「レナス・ヴァルキュリア…」

あゝ、人間では到底手の届かない女神がどうしようもなく欲しい。と同時に女神を人間の器に堕とせないものかと思案する。

まっさらな女神がいいのに、汚されて堕落した女神が欲しい。

女神よろしくちっぽけな人間からの感情など拒絶して欲しい反面、気持ちを受け取ってもらいたい。自分を受け入れて欲しい。

気持を受け取められた喜びで満ち溢れると同時に、自分を受け入れた事に対して絶望するだろう。女神を全身全霊で愛おしみ、大切にして、見下してこれでもかと蔑むのだ。

レナスをこの手にした時、焦がれた存在を手にした歓喜と気高き存在が人間の手に落ちたという事実に対する憎悪が視界を染めることだろう。

女神を汚す狂気と汚される女神への狂喜。

複雑に歪んでしかも醜悪で怪奇な模様が描かれたステンドグラスが、神聖なる教会で光を浴びながらキラキラと光り輝くような、同時に存在する相反する感情。

 

欲望を現実とすべく脳内で忙しくかつ冷静に算段を始めた思考によって、先程溢れたマグマの熱は冷やされ粘着なものへと変化した。レザードの心中をこれ見よがしにドロリと流れる。

レザードは俯いて体をくの字に曲げる。前髪が隠しきれなかった口元がニィ、と歪んだ。

くっくっく…

フレンスブルグの石畳にぽとり、ぽとりと落ちた嗤いが毛虫の様に石の上を蠢いて這まわる。

 

 

ひとしきり嗤ったあと、気がすんだレザードはゆっくりと顔を上げ眼鏡のブリッジを中指でくい、と持ち上げる。レンズが夜空の月の光に反射してレザードの表情とその下で蠢く感情を覆い隠した。

 

さっきの女神がどうなのかは知らない。だが大抵の神とやらは―――――

「人間を卑小なものと認識していますからね。色んな意味で神と人間は対峙してはいない」

だからこそ、警戒の網を掻い潜って神々を出し抜くことも可能になるのだ。

大胆なことだ、とどこか突き放した風に自己判断をする同時に、相手に気取られない様に慎重に事を運ばなければとレザードは思う。

 

「こんな感情が私にあったとは。まったく…」

何かを誰かを、ここまで求める気持ちがあったとはね。小さく呟く。

レザードは驚いた自分と、そんな状況を客観的に見て楽しむ自分もまたいるのだと自覚した。

冷静でありながら、沸々と湧き上がるもの。

こんな感情を、こんな自分を知ってよかったのか、知りたくはなかったのか。ついさっき浮上した感情に対する答えは、レザード自身もまだ見出してはいない。

だが、何に引き換えても絶対に手にしたい存在を知った。それだけは間違いない。

 

 

だからレザードは慎重でありながらも大胆な一歩を踏み出した。望みを現実のものとするために。

彼にとって夢は見るものではなく、手にするものなのだから。

 

 

秘密主義のフレンスブルグの住人達。寝たふりをして同業他者を欺きながら、今宵も研究に真理の探究に余念がない。未だ誰も眠らないフレンスブルグの街の石畳の上を這いまわる毛虫。寛大なる御心にて容赦なく、それでいて確認するかのように一歩一歩ご丁寧に踏みにじりながらレザードは迷いなく進む。

ひっそりとした夜の中、石畳はフレンスブルグ住民よろしく狸寝入りを決め込んだ。

息を殺した足音は誰にも知られることなく闇と同化する。

 

 

レザードはほくそ笑みながら、自身をするりと闇に紛れ込ませた。

 

 

 

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