寄木細工   作:moon

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最果ての迷子

空から降ってくる、乳白色の欠片。ひんやりとしたそれは、後から後から、途切れることなく落ちてくる。

雪雲から落下する小さな羽根の様な雪を金色の眼差しが捕える。真白な雪が金色をした視界の全てを奪った。

「まるで人間の魂のようだ」

戦乙女の瞳に映るそれは、羽根ではなく人間の魂に見えたらしい。

漆黒の鎧をまとったアーリィの声は雪と混ざり、落ちて、白い地面の一部となった。その上に覆いかぶさるように雪が尚も積もりゆく。

 

 

 

「確かに、常春のヴァルハラには無縁の景色だな」

眼前に広がる白い世界。アーリィの透明な息と共にでた低い声に感嘆が滲んでいたのを誰が知るだろうか。

当代の戦乙女は手のひらを空に向けると前に差し出した。

「儚いものだ」

思いがけずに出た言葉は、雪が解けていく様を静かに見守っていたアーリィの耳へ無遠慮に入り込んだ。

雪と呼ばれる只の白いカタマリが、実は複雑で美しい模様を描いた結晶であると知っている人間がミッドガルドにどれだけいるのだろうか。

「人間の一生と同じだ。我々から見れば、単なる白い塊に過ぎぬ」

 

寒さを得意とする白い毛に覆われた野生動物も、巣穴に籠っているのであろうか今日は一匹も姿を見せずにいる。

神族である戦乙女は、自分がいる場所の気温が低いということは理解していてもそれが苦痛になる訳ではない。ただ白い世界に身を置いているだけで。雪さえも従うような戦乙女の神々しさを目にする者も何人たりともここには存在しない。

音一つ気配一つない、白い色しかない場所で、それを否定するかのような漆黒があった。

 

右も左も、上も下も、方角さえも判らなくなる乳白色の世界にぽつんと一人でいるアーリィは、まるで置いてきぼりにされた幼子のよう。

彼女は時間をかけてゆっくりと辺りを見回した。瞳に映るのは、途切れることなく降り積もる白い景色。最果てとは、このような場所をいうのだろうか。そんな思いが不安や寂しさと一緒にアーリィの心を慌ただしく駆け抜ける。

「まるで迷子のようだな」

少し眉を下げて自嘲気味に呟く。

普段の私なら、こんな弱音など絶対に吐かない。今日はどうかしている。そう思いながら、アーリィは両手で頭部を守る兜を脱いだ。自分の一部を、無防備に晒す。

 

ひゅうううーーー。

 

無音の世界に突如現れた小さな泣き声は風となり、雪と共に漆黒の髪を巻き上げた。アーリィの眼前に広がる白い世界を彼女自身が持つ美しい黒髪が引き裂いた。

白い世界にそぐわない、黒い存在。それに名前を付けるのなら。

「異物、か…」

何の感情も含まれないが故に哀しい声が、刹那黒い髪と共に空を踊る。

 

アーリィは顔を雪雲が覆う空へと向けた。雪はそんな彼女の顔に触れ、そして消滅する。

鎧の上を黒髪がさらりと揺れる、と同時に鎧の色とは真逆の白い羽が背中から雪を跳ね除けるかのようにばさりと広がった。アーリィの翼の羽根が、白い世界にあって尚鮮やかに舞い散る。

 

アーリィは暫くの間空を見つめていた。艶やかな黒髪が動き視線が彼女が手にしてる兜へと移る。兜の黒い羽根飾りが金色の眼を刺した。

「私の羽も同じ色だったら、よかったのに」

言い終えると再び空を見上げた。何かを堪えるように、耐えるようにぐっと上だけを見つめる。だが、絶対に目蓋は閉じない。その自負がアーリィをアーリィたらしめているものなのだから。

 

 

 

 

止まることを忘れて落ちてくる白いカタマリ、白い羽根、人間の魂。落下してくる只中に屹立する漆黒の戦乙女は、再び兜をかぶった。装着している剣へと伸びた手が、止まる。

手の甲に落ちる雪を見ながら、小手の下にある自分の手が何色をしているのか、嫌という程知っているくせに、確かめた。でも雪は、アーリィの手を白くはしてくれない。

乳白色の最果てに取り残された、戦乙女と静寂。

時が無言で足早に通り過ぎた。

 

アーリィは剣を手にしようとして開いた指をぎりりと握りしめた後、ゆっくりと上に手をかざした。

「私には、やはり此方だ」

言い終えた次の瞬間、アーリィの手には槍が収まっていた。力を籠めるといつも通り手には馴染んだ感触がやってくる。

最果てに立つたった一人の迷子は、道標を手にした。

眇めた金色の眼が前を睨む。

 

「召喚でもなく、選定でもなく」

 

オーディン様の剣であり、妹達の槍であれ。

同じ剣であれば、獲物までの間合いを決めるのは、先陣である私だ。

だが、槍は違う。距離と時間を稼げる。獲物までの間合いはそれぞれが決める事が出来る。自らがどう動くか、どのようにして仕留めるか、妹たちが見極めて自分自身で考えることが可能となる。

だから。

 

前を見据えたまま、当代の戦乙女は挑むように笑みを浮かべた。

 

「狩人を我が主神はお望みだ」

 

鎧の色と羽の色は、これからも私を苛む。そのたびに私は迷子になる。

だが、それは私だけのものだ。誰にも与える事はない。

そして迷うたびに、手にした道標で我が道を再確認する。

血塗られた掌と謀に染まった指先が示された道もまた、同じなのだから。

 

天も地も白い世界で、戦乙女の尚も白い翼が広がる―――――

 

空に舞い落ちる羽根は、雪と手を取りひらひらと踊りながら優しく守る様に漆黒の姿を隠した。

だから、この場所を後にする瞬間にアーリィが浮かべた表情を見たものは、ミッドガルドにもヴァルハラにも居なかった。

 

誰も居なくなった最果てで、雪は今も降り積もる。

 

 

 

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