「らっしゃーせー」
高校に入って半年が経った。
今日も今日とてバイトである。
俺が務めているここ、せんしゃ倶楽部は、押しも押されぬミリタリーショップだ。店長曰くこの店は、ミリタリー好きな野郎どもと、戦車道をひた走る女子校生たちを応援する拠点として立てたのだという。その割には店に来るのは前者ばかりである。
したがって、店の中で大洗高校の女子制服が目立つのは必然だった。
「…………あぅ」
いや、訂正しよう。そいつが目立っていのは、なにも女子の制服を着ているからというだけではない。戦車のプラモコーナーの前でうろちょろ、通りがかる店員に何かを言おうとしては、声を掛けられず落ち込む。そんな、堂の入ったコミュ障ムーブをかれこれ数分も続けていれば、こんな店でなくとも目立つというもの。
ミリタリーショップにいたことを、同じクラスの男子に知られたくはなかろうと、武士の情けで放っておいたが、このままにしておくこと自体がなんだか哀れに思えてきた。そんなわけで、いつも見慣れているもふもふ頭に向かって声をかけることにした。
「何か探してんのか、秋山」
「ぴゃいっ!」
……そんなに驚くなよ、こっちがビックリするだろ。
「えと、あの、その、あうあうあう……」
「いや、落ちつけ、いくらなんでもテンパりすぎだろ」
こいつ、服屋とかに行ったら死ぬんじゃないか……?
そんなクラスメイトの醜態を眺めつつも、俺はあることに気付いた。急にあまり親しくもないクラスメイトに話しかけられたせいか、いまだに右往左往している秋山のその後ろ、戦車のプラモデルの箱が積み上げられているその中に、一部だけ何も置かれていない場所がある。
記憶が確かならそこには、7TPとかいうクッソマイナーな戦車のプラモが置かれていた筈だ。もしかしたらそこにあるべき筈だった物を探しているのかもしれない。しかし、7TPのプラモは、チョイスが渋すぎたのか、あまりにも売れなさ過ぎて撤去したばかりだった。ちなみに空いた場所には、アーチャー対戦車自走砲というこれまた英国面バリバリな戦車のプラモが置かれる予定である。大丈夫かこの店。
「そんなぁ……ネットショップにすら売って無かったのに……」
プラモが無い理由を話すと、秋山は目に見えて落ち込んだ。いつもはもふもふしている頭も、心なしかしんなりしているように見える。それにしても、戦車のプラモを買い求めることといい、この落ち込み様といい、秋山は自分が思っていた以上のミリオタなのだろう。秋山ほどではないとはいえ、自分も戦車はそれなりに好きだし、目的のものが買えなかった時のがっかり感もわかる。なにより、この落ち込み様は気の毒だ。
だからだろうか、普段はしないようなお節介をしようと思ったのは。
「ちょっと待ってろ」
「えっ?」
俺はバックヤードへ向かった。裏の勝手口を開けると倉庫があり、そこには廃棄予定の商品が大量に押し込まれている、どうやら廃棄される前に間に合ったようだ。俺はそこから目的のものを取り、秋山の所に戻り、7TPのプラモを渡した。
「ええっ!? あの、これ……」
「本当は廃棄手続きが終わった商品は売り物にしたら駄目なんだが、まあ、どうせこの後捨てるだけだし、一つ二つ無くなってもわからんだろ」
「ほ、本当にいいんですか!?」
「言った通り捨てる予定だったしな、金はいいから持っていけ。あ、店長には言うなよ?」
「はいっ! ありがとうございます!!」
俺がプラモを押し付けると、秋山は顔を輝かせ、勢いよく頭を下げながら礼を言った。買えないと思っていた分、喜びもひとしおなのだろう、人目も憚らずプラモの箱にその場で頬ずりをしている。毛髪もいつもより、5割増しでもふもふしている。
そんな光景をしばらく眺めていると、秋山は突然何かに気づいたようにもじもじし始めた。プラモの箱に頬ずりするというちょっとアレな光景を見られたことが恥ずかしいのかと思ったが、どうも様子が違う。ひとしきりもじもじした後、意を決した様に口を開いた。
「あのっ! 大変厚かましいお願いであるということを承知で申し上げるのですが……」
「ん? 何だよ?」
「あの、その、宜しければ、もう一つお譲りいただいていいでしょうか!? 勿論、その分代金はお支払いしますので!」
「金はいいって言ったろ、別にかまわねーよ」
そう言って俺はもう一度倉庫へ向かった。しかし二つ目か、タダで貰えるならもう一つ貰っとけ! みたいな雰囲気でもなかったしな、ジオラマでも作るのか?
降って沸いた疑問に取り留めもないことをつらつらと考えながらも、俺は追加のプラモを持って行った。そして、その疑問に対して答えが浮かんだのは、プラモを秋山に手渡した直後だった。
「ああ、なるほど、スクラッチして双砲塔型作るのか」
その言葉を呟いた瞬間、秋山が面白いほどに反応した。頭の上に!マークが浮かび、髪の毛がもふっとしたと思えば、目を輝かせて俺に詰め寄ってきた。お前の髪の毛どうなってんだ。
「ご存じなんですか!?」
「あ、ああ、7TP好きなのか?」
「はいっ! それはもう! もちろんJWも好きなんですけど、DWのこの砲塔が真横に二つ並んでる感じとか、弾倉の出っ張りとかがたまらなくてぇ……」
「なんとなくわかるよ、T-28とかに通ずるものがあるよな」
「わかりますか!? 7TPは八九式や九五式と同じく、世界で最も早くディーゼルエンジンを採用した戦車で―――」
『秋山って、戦車の話になると急に早口になるよな』
などという無慈悲なセリフが心の中に浮かんだが、口に出すことはしなかった。決して言っていけない気がした。
「―――ちなみにぃ、TPのPはポーランド製ってことで、Tはそのまんま重さの単位なんですよ!……あっ、すみません……」
「ん? どうした?」
急に話を止めた秋山は、うつむき加減にこちらをチラチラと伺っている。その様子は。何か悪いことをしてしまった相手の機嫌を伺うというか、親の説教を待つ子供というか、何かを極端に恐れているようだった。
「いえ、あの、私、昔から戦車の事となると周りが見えなくなって、それで、何度も周りの事引かせちゃって……それで、ずっと戦車が友達って感じで……」
「……」
重い! 重いわ!
さっきのセリフを言わなくて本当に良かった。そりゃあまあ、戦車道があるとはいえ、今となっては古臭さが否めないし、興味もない戦車の話を怒涛のように聞かされるのは苦痛だろうなぁ……
でも……
「俺は面白かったけどな、秋山の話」
「えっ?」
たしかにちょっとだけど同情したってのもある、好きなこと、やりたいことが理解されないってのは、中々に辛いもんだ。けど、それだけじゃない。
「俺もそれなりに戦車の事は好きだけど、秋山みたいに歴史に絡んだこととか、コアなことまでは知らなかったし、そういうことを知れるっていうのは楽しいもんだ」
これは俺の偽らざる本心だ。実際、俺の知らないことばかりだったし、秋山の知識量には舌を巻いた。素直にもっと話を聞きたい、もっと話していたいと思えたのだ。
「ほ、本当でありますか!?」
「ああ、また今度色々教えてくれよ」
「勿論です! 私も! いっぱい戦車の事話せて楽しかったです! 初めて戦車友達ができちゃいました……えへへ」
そう言いながら、少し赤らんだ顔をほころばせて、ふにゃりと笑った顔は、とても―――
「あのっ! お名前をお伺いしてもいいですか?」
「えっ」
「えっ」
なにそれこわい、じゃなかった、まさかこいつ……
「なあ、俺が同じクラスだってこと、知ってた?」
「…………っ!」
ああ、こいつ、やっぱりな。
俺、お前の後ろの席なんだけどな。
そうだよな、お前、プリント回す時も、意地でもこっち見ようとしないもんな。
そりゃ、顔と名前一致しないよな。
「後ろの席の奴の事ぐらい、覚えておいてほしかったなぁ……」
「も、もうしわけありませんでしたぁッ!!」
この後めちゃくちゃ自己紹介した。