その時…
「い、いえ…僕はスパイなんかじゃありません」
殺気を帯びた目で追求してくるリアスに、崇仁はレイナーレを抱きしめたまま弁明する。
「じゃあ、どうして私が蘇生能力を持っていて、あの娘を蘇生させられるなんて知っているのよ?」
「そ、それは…」
崇仁は激しく困惑する…
(ど、どうしよう…本当の事を話したって誰も信じてくれるはずはないし…)
その時…
「部長、そいつがスパイなんてあり得ないですよ」
(一誠君…?)
崇仁は思わずその声の主を見つめる。
「どうしてよ?一誠?」
リアスも怪訝そうに彼に尋ねる。
「だって、そいつ馬鹿すぎるでしょ。こんな馬鹿にスパイがつとまるわけないじゃないすか」と一誠は肩をすくめつつやれやれといった感じで言った。
(なっ…馬鹿すぎって…)
「そいつ、その女が何をやったのか全部知っていて、『僕も一緒に殺して下さい』だの『それでも僕は彼女が大好きなんです』なんて平気で言えちゃう奴ですよ。どうしようもない馬鹿でしょ」
「ま、まあ…そうね…」
リアスも毒気を抜かれた様子で同意する。
実際、スパイというのは物事に動じない冷静沈着さと、目的のためならば必要ないものは躊躇無く捨て去る冷徹さが求められる。今、リアスが追い詰めているこのレイナーレは中級の、リアスから言わせれば下っ端の堕天使にすぎない。彼女を殺害したところで堕天使の上層部はたいして問題にもしないだろう。リアスがためらい無く彼女を殺そうとしているのは、大切な下僕である一誠を弄んだ事への怒りがもちろん一番大きいが、上述のような判断もその背景にあった。
もし、本当にこの少年が堕天使上層部から遣わされた有能なスパイであるなら、レイナーレの事などさっさと見捨てるだろう。彼女のために悪魔族の名家グレモリー家と事を構える気など堕天使上層部にはさらさらないからだ。でも、この少年は本気で、自分の身を犠牲にしても愛するレイナーレを救おうとしている…あまりにも愚かしく、そしてあまりにも純粋で一途な彼…
そんな事を考えていたリアスに一誠は言う…
「本当に馬鹿な奴だけど、俺、そいつの事、気に入りました。そいつの言うとおり部長がアーシアを蘇らせることが出来るのなら、お願いです。そいつに免じて今回だけは、その女を見逃してやってくれませんか…」
「………」
「一誠君…」
「今考えてみれば、俺はその女の外面だけしか見てなかった…それを考えりゃ、そいつにあんな風に騙されて、殺されたのは俺にも責任があるんじゃねえかって思えてきてな…それに比べて、お前はそいつがやった事を、そいつがどんな女なのかを知った上で、それでもそいつのためなら命を捨ててもいいと言う…そんなお前にゃ負けたよ…」
そう言ってニヤッと笑う一誠。一誠は自分と崇仁のレイナーレへの想いの深さの違いを感じ、崇仁を馬鹿だと言いつつも、彼の事を認めたのだ…
「一誠君…ありがとう…」
崇仁の目に思わず涙がにじむ…
「………」
まだ黙っているリアスに一誠は再度言った…
「部長、お願いします。アーシアを無事に蘇らせることが出来るなら、この2人を見逃してやって下さい」
「……わかったわ…」
ようやくリアスはうなずいた。
「部長!」
「リアスさん、ありがとうございます!」
共に嬉しそうに顔を輝かせる一誠と崇仁、その2人にリアスは
「ただし…」
と厳しい表情で付け加えた。
「蘇生の儀式は必ずしも成功するわけじゃないわ。相手の資質によってはうまくいかずに失敗することもあるの…もしこの娘を蘇生させる事が出来なかった場合は、この女にはこの娘の命を奪った責任を取らせるべきよね。そうでしょう?一誠?」
リアスの言葉に一誠も
「そ、それは…」
と再び動揺し、
崇仁に抱きついているレイナーレも
「!!…」
目を見開いて体をふるわせた…
しかし、崇仁はそんな彼女をぎゅっと抱きしめ
「大丈夫ですよ。リアスさんは必ず成功しますから」
彼女を安心させるように確信に満ちた顔でそう断言した。
リアスがそんな崇仁を見てつぶやく。
「貴方って本当に変な子ね…私が自分で上手くいくかわからないって言っているのに、貴方は当の本人よりもずっと確信があるって感じね…」
「ええ!僕はリアスさんを信じています」
そうためらいなく答える崇仁にリアスは思わず微笑した…
「うふふっ…じゃあ、始めましょうか…」
そう言ってリアスはビショップのコマを取り出して儀式を始めた…一誠も、崇仁も、レイナーレも、皆が息を呑んでそれを見守る…
………………
「うっ…ううんっ…」
アーシアが目覚める…
「アーシアっ!!」
一誠が目覚めた彼女を強く抱きしめる…
「あ、あれ…イッセーさん…私…死んだんじゃ…」
「リアス部長が蘇らせてくれたんだよっ!!良かったっ!!アーシアっ!!」
歓喜の叫びを上げつつ、アーシアを抱きしめる一誠、皆もホッとした表情を浮かべる。ただ1人、レイナーレを除いては…彼女はただ黙ってうつむいている。
「…………」
やがてアーシアがその彼女の姿を認める…
「あっ!レイナーレ様っ…」
思わず怯えた表情を見せるアーシア。
「大丈夫よ。もうその堕天使は貴女に手出しはしないわ」
「えっ?」
「貴女に酷い事をしたのに怒った一誠がその女を叩きのめしたの。その女が必死で命乞いをしている様子、貴女に見せてあげたかったわ」
「そ、そうなんですか…?」
そしてアーシアの目はレイナーレを抱きしめている少年へと向かう…
「あら…貴方はあの時公園で会った方ですよね…?」
アーシアの問いかけに崇仁は大きくうなずく。
「私も一誠も最初はこの女が許せなくて消滅させてしまうつもりだったのだけど、この子が突然飛び込んできてね…『彼女が何をしていても僕は彼女が大好きだ!』『彼女を殺すのなら自分も殺してくれ!』なんて言うものだから…貴女の蘇生が成功したらという条件で、今回だけは見逃してあげることにしたのよ」
「そう…だったんですね…」
アーシアはかすかにうなずいて、自分の主であったレイナーレに話しかける。
「レイナーレ様…私は貴女がこれまでやってきた事を正直に言えば許せません…でも、この方の優しさに、貴女を愛する気持ちに救われたのなら、今後は心を入れ替えて下さい」
「…………」
レイナーレはアーシアの言葉に反応せず、ただ黙ってうつむいたままだ。アーシアは今度は彼女を抱いている少年に話しかける。
「あの、貴方のお名前は?」
「崇仁、佐藤崇仁です」
「タカヒトさん…イッセーさんとは感じは違うけれど本当に優しそうな人…」
「い、いえ、そんな…」
「タカヒトさん、レイナーレ様の事を本当に愛しているんですね…」
「はい」
「では、レイナーレ様の心を貴方が癒してあげてくださいね。お願いします」
慈愛に満ちた表情でそう言うアーシアに思わず胸がいっぱいになる崇仁。
「アーシアさん…」
「さて、それではこの娘が無事に生き返ったところで…そこの堕天使さん」
リアスの言葉に思わず身をビクン!とふるわせるレイナーレ…もはや彼女の心にはリアスに対する恐怖感が深く刻み込まれているのだろう…
「貴女がこの娘から奪った神器(セイクリッド・ギア)を返してもらえないかしら?泥棒はよくないわよね。ちなみに返すのを拒否したら…わかっているわね?」と凄みのある声でリアスは言った。
「…………!!」
レイナーレは思わず身をふるわせる。
「レイナーレさん、返しましょう…」
と崇仁がささやく…
「…………」
レイナーレは無言のまま、神器を指にはめた手を差し出した…その彼女にシーツをまとったアーシアが近づく…
……………
「では、私たちはこれで引き上げるわ」
リアスはそう言った後、いまだうずくまったままのレイナーレに近づき、ボンテージ姿で露出している彼女の白くなめらかな肌をなでまわした…背中を…腰を…尻を…
「………!」
思わず身をふるわせるレイナーレ…
「ふふっ…すべすべで綺麗なお肌…」
そしてリアスは彼女の顎に手をかけるとぐいっ!と顔を上げさせた。
「!!!」
「でもね、今後私の下僕たちに手を出したら、今度こそ容赦なくこの体を消し去ってあげるからそのつもりでいなさい」
「ひっ!!」
レイナーレの体はガタガタとふるえ、彼女の白い肌から汗があふれだした。
(リアスさん…)
レイナーレを執拗に脅すリアスの姿を見て、崇仁は思った。これは彼女なりの自分たちへの気遣いではないかと…つまり、レイナーレに徹底的に自分への恐怖心を叩き込むことによって、二度とレイナーレがリアス一党に敵対しようなどという気持ちを起こさせないようにしようと考えているのではないかと…
(貴女みたいな下っ端堕天使が大それた野望を抱いて、この私に牙をむいたところで、惨めな破滅が待っているだけよ。そうなりたくないのなら、身の程をわきまえなさい。そして今後は自分を慕ってくれるこの子と平穏な日々を送りなさい…)
崇仁はリアスのレイナーレに対するそのような心の声を聞いた気がした。
それからリアスは今度は崇仁の方を見て
「崇仁って言ったかしら?」
と彼に語りかけた。
「は、はい…」
「貴方って一誠が言ったように信じられない事をするおバカさんだけれど…」
そこでリアスはいったん言葉を切って
「でも、そんな貴方、私嫌いじゃないわよ」
と微笑んだ。
(リアスさん…)
「何であんなにいっぱい私たちの事を知っているのか聞きたいけれど、また今度でいいわ。これから貴方、いろいろと苦労しそうだし…」
そうリアスはレイナーレの方をちらっと見つつ言った。
「崇仁、よろしくな!」
今度は一誠が声をかけてきた。
「さっきも言ったが、俺、お前を気にいっちまってな。友達になろうぜ!」
「一誠君!」
手を差し出してきた一誠に崇仁も手を差し出して、2人は握手をした。
「へぇ~っ…お前の手ってすごく綺麗なんだな…」
一誠が驚いたように声をあげる。
そう…一誠はさほど大柄ではないが、筋肉質の男らしい体つきをしており、差し出された手も骨太でたくましい。それに対して崇仁はなで肩でほっそりとした体つきで、手もまるで女性のように小さく、指は細くてしなやかである。顔も一誠が(スケベな事を考えていなければ)精悍な顔立ちをしているのに対して、崇仁は女性的な綺麗な顔立ちで女装すれば十分に女で通用しそうな感じである。
「まあ、お前も大変だろうが…頑張れよ!」
一誠がやはりレイナーレの方をちらっと見つつ言った。
「うん、ありがとう!」
崇仁は大きくうなずいた。
それから一誠はレイナーレを見つめる…かつて自分を騙して殺した女…大切なアーシアに酷い事をした女…そして…先ほど必死で自分に情けを求めてきたのを冷たく突き放した女…彼女を見つめる彼の心に様々な感情が渦巻く…
一誠は彼女に語りかける。
「夕麻、いや…レイナーレ…今の心境はどうだ?」
「…………」
「散々馬鹿にしていた俺にその綺麗な顔を殴られて負けたのが悔しいか?それとも自分の行いを後悔しているのか?」
「…………」
「正直言って、俺はまだお前のやった事を許せちゃいない…お前だって、さっき命乞いをした時に俺に拒否された事とかにわだかまりがあるだろう…」
「…………」
「まあ、さっきも言った通り、今になってみれば俺がお前に騙されたのは俺にも責任があったんじゃねえかとも思ってる。だからもうそれはいい…だがな…」
「この崇仁、こいつは違うぜ。こいつは本当にお前の事をただひたすら愛している。だから、大切にしな。もしこいつを裏切ったら…お前は完全に『終わり』だぜ」
「一誠君…」
「…………」
「では、さようなら、崇仁」
「崇仁、またな!」
「タカヒトさん、お元気で!」
「はい、皆さんもお元気で!」
リアス率いるグレモリー家の一党は手を振りながら去って行き、暗い礼拝堂には崇仁と、ずっとうずくまったままのレイナーレの2人だけが残された…
「あ、あの…レイナーレさん…」
崇仁がおずおずとずっとうずくまって黙ったままの彼女に声をかける。すると…
「うっ…くくくっ…うううっ…」
レイナーレは突然、身をふるわせて嗚咽を始めた。
「何が…何が『至高の堕天使』よ…私は…私はあの連中が言っていたようにただの無能で惨めな三流堕天使に過ぎなかった…悪魔どもに打ち負かされて…無様に命乞いをして…こうして生き恥をさらしている私はっ!!私はっ!!ああっ!!!ああああーーーっ!!!」
レイナーレは激しく泣き叫びつつ、小さな拳で床を激しく叩いた。
「レイナーレさんっ!!」
彼女の有様を見て、いても立ってもいられなくなった崇仁は、彼女の名を叫びつつ、彼女の体を再び強く抱きしめた。
「離してっ!!どうせ貴方も心の中で私の事を馬鹿にしているんでしょっ!!そうよ…私が愚かなせいで、私の計画に賛同して仕えてくれた大切な仲間たち、ミッテルトもカラワーナも、ドーナシークも皆悪魔どもにむごたらしく殺されてしまったわっ!!そして私はその仇もうてずに連中に侮辱されて脅されて惨めに怯えているだけ…」
「私を馬鹿にしていたあの連中、こんな私の有様を聞いたらさぞかし笑うでしょうね…『所詮あの女は体を売って取り入るだけしか能のない恥知らずの最低の女』『何が至高の堕天使だ。人間から転生したばかりの三流悪魔に無様に負けて命乞いをして、我々堕天使の顔に泥を塗ったくせに』って…くっ…くくくっ…うううっ…」
感情が高ぶってまたむせび泣く彼女…その彼女の姿にたまらなくなった崇仁はついに口を開く…
「どうして…今のままじゃいけないんですか?」
「えっ…?」
「今のままでいいじゃないですか。今のままのレイナーレさんでどうしていけないんです?」
「あ、貴方に私の何がわかるのよっ!!私がどれだけ惨めな思いをしてきたかっ!!私を馬鹿にしたあの連中を見返すために私がどれだけの苦労を重ねてきたか、何も知らないくせにっ!!」
そう泣き叫ぶレイナーレに崇仁も声を張り上げて自分の想いを叫ぶ…不器用に…しかし熱く。
「ええ!!わかりませんよっ!!!何でそんな連中のために僕の大好きなレイナーレさんがそんなに傷ついて、危険な目に遭わなくちゃいけないのか、全然わかりませんよっ!!!」
「あ、貴方一体、何を言って…」
「それに『至高の堕天使』って…そんな酷い連中のためにレイナーレさんは『至高の堕天使』になりたいんですか?僕にとってレイナーレさんは今のままで十分『至高の堕天使』です。お願いです!そんな連中のためじゃなくて、僕のための『至高の堕天使』でいて下さいっ!!」
「あ、貴方って…」
レイナーレは崇仁の言葉を支離滅裂だと思いつつも、その一方で彼の言葉で胸が熱くなる自分を感じていた。
確かに彼の言動はおかしい…どこで聞いたのか自分たちの事情をよく知っているようではあるが、直接会ったのは初めてのはずの自分を「たとえ何があっても大好きです」と言ったり、「彼女を殺すなら僕も一緒に殺して下さい」と叫ぶなど到底尋常とは思えない言動である。
しかし、崇仁が心からそう思って自分を守ろうとしてくれた事は間違いないことであり、事実それによって自分が悪魔たちの報復から救われた事は確かである。もし、彼が現れなかったとしたら、まず間違いなく一誠に命乞いを拒絶されて、リアスによって無残に消滅させられていたはずである。殺意満々であったリアスたちの心を変えたのは明らかに自分を深く愛してくれている崇仁の言葉の力であった。
レイナーレは自分を強く抱きしめている崇仁のぬくもりを感じながら
(この感触…この暖かさは…)
と遠い昔に思いを馳せる…
それはまだ彼女が天界にいて、白い翼を持っていた頃の事…無償の愛に包まれて幸せだった自分…もう決して戻ることは出来ない…それゆえに思い出してもつらいだけだと自ら封印していた記憶…それが彼女の胸に鮮やかによみがえった。
彼女の目に再び涙があふれる…しかしそれはさっきまでの絶望の涙とは違う、暖かな気持ちに満たされたゆえの涙…
「レイナーレさん…」
心配そうに語りかけてくる崇仁にレイナーレは
「ねえ…崇仁…」
と初めて彼の名を呼んだ。
「は、はい…」
緊張した面持ちで答える崇仁に彼女は
「お願い…しばらくこうさせていて…」
と彼の胸に身を任せる…
「はい…」
崇仁が優しい眼差しでレイナーレを見つめ、自分の胸にすがる彼女を優しく抱きしめた。
(次回に続く)