オルコット家が破産して貧乏になったけどどてらを着てセシリアが頑張る話 作:雲色の銀
朝食と言えば、何を想像するだろうか?
パンを食べる人もいれば、ご飯を食べる人もいる。中にはシリアルフレークが好物の人もいるだろう。
学校や会社に遅刻しそうな人ならば、何も食べないという選択を取る人だっている。
「うぅ……お腹がすきましたわ……」
だが、彼女はどの例にも当てはまらなかった。
明るくなるとテント生活がバレてしまうので早急にテントを畳み、敷地内をうろつくセシリア。彼女は、朝食を食べるお金がないので食べられないのだ。
"時は金なり"とはよく言うが、時間はあってもお金がない少女がここにいるとは、昔の人も思っていなかっただろう。
「せめて、パン一つ……いえ! ここを耐えれば来週からは三食食べられる! 我慢ですわ!」
昨晩、帳簿と睨めっこしながら出した計算を思い出し、セシリアは奮起する。
因みに今日は水曜日。来週まであと五日である。
「……あら? そういえば来週別の何かがあったような……まぁ、いいですわ!」
来週はクラス代表決定戦をやるのだが、セシリアにとっては空腹と戦うことの方が重要なのだ。
白いスカートを翻す彼女を見つめるのは、天に輝く朝日のみであった。
◇◆◇
「織斑、お前の専用機だが準備に時間がかかる。クラス代表決定戦までには出来るらしいから待つように」
(ああ、そういえばそんなことがありましたわね)
セシリアが代表決定戦のことを思い出したのは、SHRにて千冬が専用機のことを言った時であった。
(あの織斑い……カビパン? さんにも専用機が渡されるのですわね)
すっかり一夏のことをカビパンで覚えているセシリアであった。
それはさておき、専用機を渡されることはかなりの好待遇である。本来ならば、専用機を持つのは国家代表候補生かISを開発する企業に所属している場合のみである。
何処にも所属していない一夏が専用機を貰えるのも、男性の操縦者という特別な事情からなのだろう、と周囲は噂し出している。
「専用機ってそんなにすごいのか?」
「すごいなんてものではない。貴様、そんなことも分からないのか」
が、何処までもISに無頓着な一夏は幼馴染の篠ノ之箒に話を振って呆れられていた。
ISは世界で467機しかなく、その内の1つを個人が持てること自体が大きなアドバンテージになる。世界的には常識なのである。
「へぇ、じゃあその専用機って売ったらいくらになるんだ?」
(……!? そうですわ、その手があったというのに! ISを売れば、押さえられた家を取り戻せるかもしれません!)
何故今まで思いつかなかったのか。
今、セシリアが耳に付けているISをサクっと売ってしまえば、こんな貧しい生活から脱却出来るじゃないか。
「馬鹿者。ISは国家機密にも等しいのだぞ。条約でも個人的な売買取引は禁止されている」
デスヨネー。
セシリアは青いイヤーカフスからそっと手を離した。
極貧生活から脱するにはISの操縦者を続けるしかないのだ。その為の一歩として、あのカビパンマンに勝たなくては。
「だよなぁ。さて、飯食いに行こうぜ」
「…………」
「オ、オルコットさん?」
「どうしたの? そんな親の仇を見つけたみたいな顔して」
一夏と箒は食堂で昼食を取りながらクラス代表決定戦のことを話しあうらしい。
その一方で、今日もセシリアは昼飯抜きのまま射撃訓練で空腹を紛らわせるのであった。
◇◆◇
そんなこんなで、月曜日。
アリーナでは一足先にセシリアがチャレンジャーである一夏を待っていた。
普段から気品溢れるセシリアだが、現在は蒼いIS"ブルー・ティアーズ"を身にまとっており、落ち着いた色合いや冷たい機械の曲線美によって一層優雅さが増していた。
客席に集まった生徒も、セシリアと専用機の姿に見惚れてしまうほどだ。
「待たせたな」
そこへ、ピットから白い機影が飛んでくる。
ブルー・ティアーズとは対照的に、そのISは無骨なデザインだった。右手に握られたブレードや、その佇まいは日本の鎧武者を連想させる。
"白式"という名のISは、先ほど一夏の元に届けられた専用機だった。
初心者ながら、やる気満々の一夏。
一方、セシリアは――。
(今日は17時から駅前のスーパーでタイムセール……時間をかけてはいられませんわ!)
スーパーマーケットの半額セールを気にしていた。
彼女にとっては重大な戦いだ。この勝敗次第では、夕飯の有無にすら関わるのだから。
一夏との戦いはその前哨戦でしかなかった。
「逃げずに来ただけことは褒めて差し上げますわ」
ぶっちゃけ、逃げて欲しかったのだが。
バトルそのものがなくなれば、スーパーにスタンバることができるのに。
そんなセシリアの密かな願いも一夏には届かない。
「逃げるわけないだろ」
「そう。では、最後のチャンスをあげましょう。ここで降参してくださるのなら、見逃してさしあげてもよくてよ」
逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。
別に責める気もないし、むしろ後で謝るから。
エネルギーの無駄遣いすら嫌うセシリアは表情を微塵も変えることなく訴える。もちろん、普段から鈍感野郎の烙印を押されている一夏には通じるはずもない。
「断る!」
「では、お別れですわ!」
一夏は強く答え、その身を特攻させる。
ここで、セシリアとブルー・ティアーズについて説明しておこう。
"ブルー・ティアーズ"という名は本来、機体ではなく自立機動兵器につけられたものである。それらBT兵器を装備した実戦投入一号機ということで、IS本体にも同じ名前がつけられたのだ。
その自立機動兵器というのが、射撃型のレーザービット4基と弾道型ミサイルビット2基で構成されている。
(通常なら、レーザービットで翻弄しながら削りつつ、隙を見せたところにミサイルビットを撃ち込むのがセオリー)
そう開発側も言っていたことをセシリアは思い出す。
しかし、彼女は実は一度たりともミサイルビットを撃ったことがなかった。
(そんな無駄遣い、わたくしが許すと思って!?)
弾道型とは、打ち込めばそれっきりの武装。次に使う時には新しく補充しなければならない。
が、節約魂を燃やすセシリアはいくら国側が金を出すとはいえ、一発でかなりの金額が吹っ飛ぶミサイルを使う気にはとてもなれなかった。
さらに、一夏を追い詰めるセシリアは手に持ったライフル"スターライトmkⅢ"の引き金も全く引こうとしなかった。
(一対一なら、ビットのエネルギーだけで十分ですわ!)
ビュンビュン飛び回るビットに意識を集中させ、近接装備しか持たない一夏を翻弄する。
こちらに来ようものならレーザーの雨が降り注ぎ、ビットを破壊しようとすれば即座に回避する。
セシリアは極貧生活の中での文字通り死に物狂いの訓練をこなした結果、まるで手足のようにビットを扱えるようになっていた。
「チッ! けど、まだ」
まだやれる。俺は
しかし、そんなことセシリアは知ったこっちゃない。さっさと終わらせて
「フィナーレですわ!」
次の瞬間。
別々の方向を向いていたビットから放たれた、レーザー4本が全て軌道を曲げ、一夏の背中を捕えた。
「な、何が……!?」
ISのセンサーでビットの動きを見ていた一夏は、何が起きたのか分からぬまま曲がって来るレーザーの雨に撃たれ続ける。
実はBT兵器の大きな特徴の一つして、高稼働時に可能な
文字通り、撃ったビームを偏向させて相手を狙撃する高等テクニックなのだが、セシリアはそれすら自分のものにしていたのだ。
(レーザーのエネルギー、その一欠片すら無駄にしないためにも!)
というたくましすぎる雑草魂からではあるが。
偏向射撃により、一夏とパーソナライズすら完了していない白式は成す術もなく撃墜されていった。
『試合終了。勝者――セシリア・オルコット』
◇◆◇
一夏との試合を終えた後で、セシリアは敗者に目もくれず一目散にある場所を目指した。
「半額のお弁当! 今日のディナーですわっ!」
自動ドアの外から入って来るお嬢様に、周囲の主婦達は思わず目を丸くする。
日も暮れ時のスーパー、しかも総菜売り場にツカツカと歩いてくる、金髪ドリルのお嬢様。ミスマッチにもほどがある。
そんな周囲からの奇異の視線すら気にすることなく、セシリアはお弁当コーナーをじっと見つめる。
「あ、ああ……」
しかし、現実はどこまでも残酷。非情。
半額シールの貼られたお弁当はもうどこにもない。定額のはまだあるが、セシリアが見たかった"半額"の文字が書かれたシールはどこにも見当たらなかった。
時計を見れば、半額シールの貼られる時間を10分は過ぎている。
「そんなの、あんまりですわ……」
あまりのショックに、項垂れるセシリア。
ああ、もっと早く織斑一夏を偏向射撃で瞬殺していれば。
試合に勝ったが勝負に負けたセシリアは、今日もむなしくテントで2割引きのあんパンを頬張るのであった。