骨折り損のくたびれもうけ。昨日を言い表すのにはこの一言が適切だ。アクセルから安くない料金でブレンダンまで来て空振りでは、肩すかしもいいところである。メンバーの中には命を落とす者もいる始末。
街の警備ランサンによると、タディオはアクセルにいるらしい。
結果的にはブレンダンまで来る必要はなかったのだから、やるせない。
「ねえ!ブレンダンまで来たんだし、少しだけ市場を見ていきましょう?このまま帰るのも味気ないわ!」
宿屋から出てすぐに、アクアから提案があった。
「ブレンダンは、家の材料が豊富に採れる土地にあり建設業が盛んですが、ついでにパワーストーンでも有名な街ですからね。石の採掘量に比例して、パワーストーンも見つかるようです。かくいう私も、お土産屋さんを覗いてみたいです!」
「それはいいな!ブレンダンに来る馬車とは違い、アクセル行きの馬車は日に何本も出ているのだし。時間はある」
豊富な種類と効果を備えたパワーストーンは、紅魔族の琴線にふれるらしく、めぐみんもアクアに同調した。
ダクネス的には、アルダープの家へ行くのが先延ばしになるのなら何だって構わない。いっそ先延ばしにして、訪問イベントが忘れ去られることを期待する。
『パワーストーンか。物見遊山で来たわけじゃないけれど。ま、アクアちゃんの意見には賛同するよ。記念に何か買っていくのも悪くない』
こうしてパーティはブレンダンの中心街にやって来た。
「こんなに大きな市場があったんですか…。アクセルと違った種類の店が多いです」
大きな通りの左右に沢山のお店が展開する、商店街のような市場。
魚介や精肉などの食材を扱う店はアクセルに劣るが、木材・石材等の資材や工具、家具を扱う店の繁盛ぶりは半端ではない。
この街のみならず、遠方から買い求めに来ている客も多く。家具に関しては【ブレンダン製に間違いなし】というフレーズが世界中に轟いているらしい。お店とお店の隙間に、そう書いた旗が大量に設置されていた。
「アクセルでは、家具屋や工具店が少ないしな。品質にも違いがあって、貴族らもブレンダンで作られた物を取り寄せたりするみたいだ。安価なものでも、他と一線を画するな。案外、ブレンダン製の安い家具を好む貴族も多いぞ」
何故か貴族情報に精通するダクネスさん。皆、そこは突っ込まずに、素直に雑学として頭に入れておく。
「あそこにお目当てのパワーストーン屋さんがあるわ。見に行きましょ!」
アクアの背中を目に、球磨川は思案する。水の女神はやっぱりサファイアが好きなのだろうか。お店では、宝石の類も陳列されている。
水=サファイアなんて等式が頭に過ぎってしまうのは、ゲームをやったことがある人ならしょうがない。しょうがないのだ。
「綺麗なサファイアね!私のイメージカラーにも合ってるし、文句のつけどころがないわ」
ガラスのケースに入ったサファイア。アクアはケースにおデコと両手を付けるくらい、サファイアに夢中だ。
『この世界でもサファイアって採れるものなんだ。それにしてもアクアちゃんは僕の予想を裏切らないよね』
「なにが?予想??」
手はケースにつけたまま、顔だけ球磨川に向けるアクア。
『ううん、こっちの話。』
「ミソギ、こっちのストーン達もかなりの効力がありそうですよ!」
「こちらの石も、結構な一品だな」
女性陣は初めてデパートのおもちゃ売り場に来た子供の如くはしゃぎだしている。各ストーンの入った箱の上には店員が書いた石の説明が貼られており、確かに眺めているだけで楽しい。
『適当に、僕も見回ろう』
まともに観光もしてないし、テンションが上がるのもわかる。せめてこのショッピングが彼女らに安らぎを与えてくれることを願う。
少し経って。
『…おおっ!?』
なんとなくで女子達の買い物に付き合った球磨川が、ある石の説明文に驚き、声をあげた。
【ラピスラズリ】
ー効果ー
・最強の幸運をもたらす。
『すいませーん。これ、ください』
「まいどー!」
店員さんをすぐさま召喚して、ラピスラズリを獲得。
『やったぜ…!』
最強の幸運、なんと素晴らしい響きなのか。自分だけ石の購入を終えた球磨川はベンチに座り、ラピスラズリを見つめ恍惚の表情を浮かべた。
「あーっ、ずるいですよ!一人だけ早々にストーンを買っちゃって…。まあ!いいですけど」
相談も無く、さっさと石を購入した球磨川を言葉だけで咎めるめぐみんだったが、球磨川が無駄に良い表情をしていたので許すことにした。
『ごめーん。だって、最強の幸運だぜ?全世界で僕が最も必要としている自負があるよ』
「私も!球磨川さん、私もこれが欲しいの。頑張るから!カズマさんと一緒に返済頑張るから!」
好みのストーンを決定し、指をさすアクア。ひそかに巻き込まれたカズマさんだが、アクアの保護者なので泣いてもらおう。
『どれにしたの?サファイア?』
「おっしーい!けど、ブッブーよ!サファイアも捨てがたいんだけど、コレ。私はコレに決めたの!」
指でさされたのは、サファイアの隣に並んでいたストーン。
『…アクアマリンか。なるほど、名前が同じだからだね?』
「ピンポーン!大当たり。女神と一緒の名前をつけてもらえるだなんて、この石は有史以来最高に幸運な石だわ!」
アクアマリンを握りしめ、にへらと笑う女神様。代金をカズマと共にちゃんと返済するのならば、買うことに異論はない。
「アクア、たまには私が立て替えてやろう。ここずっと、ミソギばかりがお金を貸しているからな」
「いいの?ありがとうね、ダクネス!」
財布からアクアマリン分の金額を手渡すダクネスは、気遣うように球磨川を見つめた。お金を手にしたアクアが、スキップで店員を呼びに行く。
『…ん。億単位のお金が入ったんだし、石の一個や二個、別に平気だよ』
「甘い!ミソギ、その考えは非常に危険なんだぞ。それと、女がお金を出すと言ったら、出させれば良いんだ」
『そうなの?』
「そうなのっ!…いや、そうなんだ。ともかく、お金は大切にしてくれ。友人間の貸借りであってもだ。散財して快感を得るような人間は、あの人だけで十分だから」
ダクネスが思い浮かべたのは、湯水のようにお金を使っても、どういうわけか破産しない貴族。使えば使うだけ、帳尻を合わせるように資産が増えていく、悪徳領主。球磨川には、彼のようにはなって欲しくない。
『肝に銘じとくよ。それはそうと、ダクネスちゃんも早いとこ石を選んできな。種類豊富で、選ぶのが大変なんだしさ』
「わ、わかった!少しだけ店をまわってくることにしよう」
入店してすぐに買いたい石を決めていたダクネスは、一直線に売り場まで向かい石を手に取る。
『…』
ピッタリと後をついていった球磨川は、背後からダクネスが選んだ石をくすねた。
「なにをする!?」
ついてこられていたことに驚いたダクネスを球磨川は片手で制して、次にめぐみんの元へ行き、同様に石を取り上げる。めぐみんの選んだストーンは、小さな箱に入っており、なんだか高級そうだ。
「わっ!?どうしました?ミソギ、それはパワーストーンの中でも随一の効果を秘めた、至高の品ですよ。返して下さい。手荒に扱っちゃダメですよ」
めぐみんの瞳と同じく、真っ赤に輝く石。二人が選んだ石を持ったまま、球磨川はレジに並んだ。
『この石は僕からのプレゼントってことにさせてよ。こんな僕とパーティを組んでくれてる二人への、ささやかな恩返しさ。おっと、男がお金を出したがった時こそ、黙って奢られるのが一番だよ』
「いま、私から散財するなと言われたばかりじゃないか!お前の心遣いは嬉しいが…」
「なんと太っ腹なんでしょう!お言葉に甘えますよ?遠慮しませんよ?」
球磨川の意図が判明して、二人とも得心がいったようで。各々、感謝されたことに若干照れくさくなる。めぐみん達だってパーティに入れてもらえなかった身だ。彼女達も、球磨川に感謝を告げたいくらいである。
ダクネスが選んだ石は、オニキス(ブレンダンver)。これには悪魔などを寄せ付けない力が備わっており、持ち主の防御力もあげる代物。ここでもダクネスは防御アップを優先した。
めぐみんが選択したのは、ヒヒイロカネ。正確には金属。世界中でもブレンダンでしか購入出来ないほど、貴重なもの。伝説扱いされていて、一説によると魔法の威力を2倍から3倍くらいに上げるとのこと。ヒヒイロカネから魔力を吸い取り使用する。お値段は格安の八桁。因みに、八桁くらい格安な品だと、使い捨てになる。何度でも使用可能なクラスとなると、九桁に届くことも。
『なにかおかしい…!こんなの絶対おかしいよ!』
カウンターで提示された金額は、当たり前のように八桁。凍りつき、冷や汗を流す球磨川。
「やっぱり!良い品には、それだけの価値がつくものですね。こればっかりは、私のお金で買いますよ。いえ、そもそも買うかを迷ってた段階だったんですけどね」
球磨川の肩に手を置いて、諭すめぐみん。
「この【ヒヒイロカネ】は、私が幼い時から抱いていた夢の一つなのです。家が貧乏な為、早々に諦めていましたが」
『…この、クソ高い石が夢だったの?』
箱の中で素敵に輝く石ころを、細い目で観察する球磨川。
「クソ高いことは否定しませんが、随分な言いようですね。ヒヒイロカネがあれば、私の爆裂道は次の段階に進むんですよ!爆裂魔法の威力を倍増させる効果を持つのですから!!」
とびきりの笑顔で言い放つ。
…めぐみんは、紅魔の里で暮らしていた頃に、爆裂魔法について学ぶ中、史実に基づいた一つの物語を読んだがある。ヒヒイロカネで魔法を強化して、大陸を救った大英雄の話を。
かつて世界は、一体の怪物に滅ぼされかけていた。人類最後の手段、爆裂魔法ですら殺せなかった化け物。それを。ある若者が過大強化した爆裂魔法で、一撃のもとに滅ぼしたという。よく聞くおとぎ話のようなもの。
『へえ。凄いじゃないの。でもでも、現状では爆裂魔法ってもう威力を上げなくても良い気がするよ。少なくとも、大金を使うほどではないんじゃないかな』
「すまないが、私もミソギと同じ考えだな。いくらなんでも使い捨てで八桁は高過ぎる」
夢を否定することは心苦しい。ダクネスが申し訳なさそうに、優しく説得した。
パーティ二人からの反対を受けてなお、めぐみんは後ろ髪ひかれる思い。
「ヒヒイロカネを購入すれば、マイホームにも影響しますからね…。ええ、わかってます。わかってますよ。私は分別弁えた大人ですし」
ギリギリ歯を鳴らして、瞳孔を開かせヒヒイロカネを離さないめぐみん。あんまり分別弁えた大人には見えない。
全然諦められそうにないめぐみんに、歳上組が顔を見合わせ、どちらからともなく頷く。
「マイホームは、アクセルならば2億程度で豪邸を建てられる。爆裂ルームは…タディオ氏の手腕に期待しよう。今後、めぐみんの過大強化した爆裂魔法が必要になる場面があるかもしれないしな」
『夢とか理想とか、僕は今ひとつ理解は出来ない。それでも、欲望に忠実で留まることを知らない君の行動は、刹那的でダメ人間ぽくて素敵だし…いいんじゃん?買っちゃえば』
「い、いいんですか?」
『うん。そのかわり、最高の爆裂を見せてくれよ!』
「……やったぁー!!」
拳を天高く上げてガッツポーズする。
めぐみんを甘やかす年長二人が、ダメな人なのは今更説明するまでもない。
羞恥など気にせず、抑えられない喜びから叫んだめぐみんは、普段大人びている分余計に幼い印象を与える。球磨川とダクネスがそんなめぐみんを見て微笑ましい気持ちになるのは必然だろう。
その後。買い物を終え上機嫌で馬車乗り場に現れた一向が、全員満たされたようにニヤニヤしていて不気味だと、警備員ランサンは感じることとなった。
今回で、めぐみんは過大強化爆裂魔法を一回ポッキリ放てることになりました。莫大なお金と引き換えに。
「早速、過大強化された爆裂魔法をお見せしましょう!」とか言って何もない空間に放ったら面白いですね。
使いどころは一応、決めてあります。
裸エプロン先輩の幸運が…!−999から−998に上がった!気がするようなしないような