ーアクセル南門ー
「ふー。こう立て続けの移動は疲れますね。これは1日1爆裂をしに行かないと駄目です。ミソギ、付き合ってくれますか?」
行きと同様、馬車で駆け出しの街へと戻ってきた一行。長旅で凝り固まった身体を、軽く捻ったりしつつほぐすめぐみん。
『めぐみんちゃん的にはタディオさんは二の次なワケね。手がかりを掴むのに、この後はギルドとかで情報を集めたいなー。いきなりアルダープさんの屋敷に行っても、ダクネスちゃんはともかく、僕らは門前払いかもだし』
腐っても大領主。ちょっとした作戦の一つも立てていかねば、タディオまで辿り着ける気がしない。
『あ、爆裂るなら、アクアちゃんはどう?パートナーに』
要するに、爆裂っためぐみんをおんぶして街まで連れ帰れば良いわけで。付き添いは別にアクアでも、ダクネスでも構わないはず。
「私?ごめん、カズマさんが気になるから、私はパーティーから離脱するわね。今度、改めて馬車代とストーンのお金を払いに来るから!」
駆け足で遠ざかっていく女神は、おんぶを避けたようにも思えたが…行きにグレート・チキンの群れに襲われたカズマの安否は球磨川達も気にかけていたので、確認する役目はアクアに任せておく。
『じゃあ、ダクネスちゃんは?』
となると次の候補。ダクネスにも水を向ける。
「うむ。すまんが他をあたってくれ。」
「おや?何か予定でもあるんですか?ダクネスにはあまり爆裂を披露出来てないので、ちょっぴり残念です…」
首を横に振ったダクネスが「大したことではないんだ」と前置きしてから
「今さっき、ミソギ達が馭者に礼を述べている間に知り合いがやってきてな。私の父親が、少しだけ体調を崩しているみたいなんだ」
『なんだってー!そいつは大変だ!』
「や、そこまで大事じゃない。ただ、症状の確認も含めて家に帰ろうかと」
「そうでしたか。それでは、私はミソギと爆裂しに行きます。夜にでもギルドで集まりましょう。お父上の様子もその時に教えてください」
「ああ、了解だ!」
『僕には拒否権ないんだ…』
普段よりも顔を引き締めたダクネスが、父親の容体を知らせに来たらしい女性と共に馬車乗り場を後にした。女性の服装がメイド服だったのが非常に気になる。メイドさんとダクネスはどのような間柄なのか。夜、また聞けば良いと結論づけ、球磨川とめぐみんはこのまま街の外に行って爆裂魔法を撃つことにする。
ーアクセル南西ー
ブレンダンへ続く街道から、やや逸れた辺りに平野がある。爆裂魔法の騒音も街まで届かないくらいの距離を歩いた二人。
さあ、爆裂だ!と球磨川がめぐみんの肩に手を置いて、魔法を促すと…
「ふーむ、なんだかつまりませんね。この何もない平野に爆裂魔法を放ったところで…。何か、こう、燃えないといいますか」
『面倒くさいことを言い出した!?割とどうでもいいし!チョチョイのチョイで撃てばいいじゃん!』
「なっ!面倒くさいとはなんですか!極めて重要なことですよ!爆裂魔法には相当な神経を使うのですから、モチベーションを上げることは大切なんです」
おんぶで連れて帰るだけでも面倒なのに、モチベーションも上げろとは。
めぐみんの爆裂魔法を初見で褒めてしまったが故の貧乏くじ。こうなれば、そこらに生える木でもいいんじゃないか。球磨川が平野を端から見ていくと…
『あら?小屋かな』
端っこに、孤立した小屋を発見。
「ほう!小屋ですか。おや?…あの小屋は!」
『あの小屋がどうかした?もしかして、アレに爆裂魔法を放つなんて言わないよね』
「…ふっふっふ。我が爆裂魔法を使用するにはいささかショボい感が否めませんが…贅沢は言いません。この際我慢しましょう!」
ウキウキで杖を構えて。糸を紡ぐように、丁寧に、詠唱で魔力の制御を行う。
『人がいるとか考えないんだね!』
「大丈夫です」
『なにが!?』
「ほら、ドアに黄色い張り紙がしてありますよね。アレは空き家の証明書。現在、人が住んでいない証です!」
言われてみれば。ドアには四角い黄色の紙が貼ってある。もっとも、売り出し中だからって人がいないとは限らないが。
「さらに、あの小屋はカズマの不動産屋が管理しているのです。一覧で物件情報を見た時に載ってましたから。しかも、老朽化で今週末には取り壊しが決定してるとも」
『す、凄い記憶力だね。うん、まあいいか』
窓際の天才刑事を彷彿とさせるめぐみん。詠唱は、そろそろ佳境。
よしんば人がいても【大嘘憑き】でどうにでもなる、球磨川にしか出来ないスケールの横着だ。…余談だが、爆裂魔法だと人間は木っ端微塵になってしまう。どうやって人が居たのかを判断するつもりなのか。恐らくそこまで考えてはいない。
「【エクスプロージョン】ッ!!」
ベルディアを倒してレベルアップした爆裂魔法が、轟音と共に小屋を粉砕!解体業者を呼ぶ必要が一切無くなった!小屋だけに留まらず、周辺の草木も巻き込み、付近はまさに焼け野原。
前のめりに倒れかけためぐみんを支えてやり、再度小屋のあった地を眺め
『うん、ザ・爆裂!って感じだったね。今日のは一段と凄かったよ!レベルが上がったからかい?』
「そうでしょう、そうでしょう!爆裂ソムリエのミソギお墨付きとは。今日の感覚を覚えて、次に活かします。ささ、おんぶして下さい。他のモンスターが来る前に帰るのです!」
これで、やっとアクセルでの情報収集に取りかかれる。一つため息をしてから、めぐみんをおんぶする球磨川。人一人を街まで運ぶのは重労働で、内心置いていこうか悩んでいると…
「な、なんですってぇえ!?」
酔いしれるように小屋のあった場所を振り返っためぐみんが、突然大声をあげた。
『え!?なに、どうしたの??』
「ひ、人が…いました!」
『どこに?』
「さっき魔法を放った場所です!!」
めぐみんの言葉を疑うつもりはないが、それでもまずは自分の目で確かめなくては。
…世の中、たまに信じられない出来事があるもので。爆裂ですっかり真っ黒になった土地に、確かに、人影があった。
『あらー。マジでいたんだ。てゆーか、なんで無事なんだろ』
人影はゆらりと立ち上がると、球磨川達を真っ直ぐ見据えて、笑った。
不気味に微笑む影は長身で、ガッシリとした体格は男性のもの。顔を仮面で隠しているのが特徴的。
口元だけは隠れていないので、表情はそこからどうにか読み取れる。
黒いタキシードを着こなし、髪をオールバックにしてバッチリ決めた男性が、めぐみんを指差す。
「ふむ。そこの、いつもは頼りなさげだが、こと戦闘となると多少は逞しく見える少年に背負われて、満更でもなさそうな娘よ。先ほどの爆裂魔法、お見事であった!!」
「…!!?」
よく通る声は、かなり距離があっても問題なく聞き取れる。
「なに言ってるんですか!!?デタラメなこと言ってると撃ちますよ!?カッコ良い仮面をしてるからって、調子に乗らないでください!」
めぐみんが球磨川の背中で叫び、思う。おんぶされていて助かった。きっと、今自分は顔が赤くなっているから。顔を赤らめるようなことを言われてはいないのだが、どうしてか赤くなってしまった。球磨川に見られたら変に誤解されてしまう。
それと、男の仮面は紅魔族的にくるものがあるようだ。
仮面の男は、せっかく賞賛したのに怒られ、理不尽さに気を悪くする。…ことはなく。
「ふははははっ!良いっ、中々の悪感情である!我輩、人間の放つそうした感情が大好物なのだ!」
心の底から愉快そうに高笑いする男。笑いつつ、球磨川達の近くまで歩み寄ってきた。
叫ばなくても声の届く距離になり、感じる。仮面の男はどうやら若い。20代から30代くらいか。
『人の悪感情が好き?どゆこと?』
「どゆこともなにも、言葉通り。我輩悪魔であるからして、人間共の悪感情を好むのは道理」
「悪魔!?あなた、悪魔なんですか」
クワッと目を見開くめぐみんの殺気を感じ取って、男が高らかに名乗りを上げた。
「いかにも!我輩は魔王軍幹部にして、悪魔達を率いる地獄の公爵!この世全てを見通す大悪魔、バニルである!」
ここで、球磨川はエリスの言葉を思い出す。呪ったのは、地獄の公爵だと。
『地獄の公爵…!そうか。君が僕を呪い殺してくれたんだねっ!それなりに痛くて苦しかったけど、新鮮だったよ』
「呪い…?」
バニルを知ってる風な球磨川だが、バニルは球磨川を知らないし、心当たりもない。地獄の公爵は「ふむ」と考え込んで、合点がいったのか手を叩く。
「そうか、そういうことか!焦るな、遥か遠い地からやってきた少年よ!貴様は人違いをしている。悪魔違いと言うべきか」
『…なに言ってるのさ。人違い?』
「地獄の公爵は複数存在してな。貴様を呪ったのは我輩とは別の公爵ということだ。つまり、『我輩は悪くない!』」
バニルの説明を聞いた球磨川は半信半疑なまま。背中から、めぐみんの声が聞こえてくる。
「ミソギ!地獄の公爵はマズいですよ。いくらなんでも…。相手に敵意は無いように見えます!退きましょう」
『めぐみんちゃん…』
さっき爆裂魔法を撃ってしまっためぐみんの戦闘力は皆無。実質、球磨川とバニルの一騎打ち。地獄の公爵は神々と終末をかけて戦う程の存在だとエリスは言っていた。…荷が重い。
「初めて一緒に行った旅行で、他の女に少年をとられ嫉妬するものの、その嫉妬の出どころがわからずモヤモヤする娘の言う通り。我輩に敵意は無い。人間は我輩の食料である悪感情をくれる大切な存在なのでな。それを傷つける等ナンセンス!」
大袈裟に、両手を広げるバニル。
「ち、違わいっ!モヤモヤとかしてませんからっ!」
「おっと、これまた美味な悪感情!」
どんなに否定されても、バニルの口元はずっと微笑んだまま。
『それじゃあ聞くけど。君はアクセルで何をしてるんだい?魔王軍とか言ってたけれど』
「…少し、魔王の奴に頼まれてな。なんでも中年騎士ベルディアが倒されたそうではないか。奴を倒した存在を調べにやってきたわけだ。アクセルには我輩の古き友人がいる為、友人と会うついでに調査しにきたのである」
まあまあな機密事項を口にしたことで、バニルのポーズが腕組みに変遷。格好だけで、特に秘密を漏洩したことは気にしてない様子。
「…なるほど。バニルがアクセルに来た理由はわかりました。で、そこの小屋でなにを?」
「持ち主もいない様なので休憩させてもらっていた。うむ。見通す悪魔の我輩も、まさか空き家にいきなり爆裂魔法を撃つ馬鹿者がいるとは予想外だったぞ」
「…くっ!」
なんだか、眼前の仮面悪魔と喋れば喋るほどドツボにハマる錯覚に陥る。
見通す悪魔。まさに、球磨川達をすぐそばで観察していたかのような発言の数々。ここで倒しておいたほうが、有益ではないだろうか。
「おおっと!我輩を倒そうなどと考えるでない。【魔王よりも強いかもしれないバニルさん】と評判の我輩は、貴様達を殺さずに加減して戦うのが困難でな。人間を殺さない主義である以上、戦いはしない。貴様らも大人しく街へ逃げ帰るが吉。…そうか。我輩と目的地が同じなのだから、一緒に仲良く帰るが吉と、訂正させてもらおう」
もう話すことはないと、バニルはアクセルを目指し歩き出す。
バニルと仲良くアクセルに帰れば、ひとまず命の危険はない。
めぐみんが漸く安堵し、緊張を解く。魔王軍幹部が話の通じる者で助かった。
球磨川も命拾いしたことを理解する。地獄の公爵を相手取るにはまだ早い。今回は大人しくしておこうと誓った。
『誓ったけど。やっぱ気が変わった!』
球磨川が右足で地面を踏み込むー
ズズズズズズッ!!!
バニルの無防備な背中を目掛け、地面から突き出した無数の螺子が襲いかかり、貫いた。
「むぅ…!?」
死角からの強烈な攻撃は、いかに魔王軍幹部でも耐えられない。
致命傷を負ったバニルはこの世から消え去りそうに、身体を徐々に溶かしていく。
『結構痛いでしょ?君ではない公爵から受けた呪いの痛み、君にも八つ当たりで返させてもらうぜ。恨むなら、友達を恨んでよ。僕は悪くない』
「ぐ…むう…」
『敵キャラだったのに、いつの間にか味方面してる奴が許せないタイプだからさ、僕』
「…ふっ。よもやこの我輩を倒すとは!駆け出しの街と侮ったこと、謝罪しよう。不意打ちでも、勝ちは勝ち。中々勝てないことを人生の課題としてきた少年よ。誇るが良い、紛れもなく貴様の勝ちだ…!」
全身を穴だらけにしても、バニルは笑顔を絶やさなかった。地獄の公爵が消え去り、地面に残ったのは仮面のみ。
『僕の…勝ち?』
「うう、ドキドキさせないでくださいよ!ミソギがバニルを攻撃した時、終わったかと!」
バシバシ肩を叩きながらの抗議。
『…ごめんね。けど、勝った…!勝ったよ!めぐみん!!』
「…勝ちましたね。おめでとうございます!」
嬉し涙を流してはしゃぐ球磨川。やはりまだ勝利には程遠い彼だからこその喜びよう。めぐみんが続けようとした説教を中断せざるを得ないくらい、屈託のない笑顔。魔王軍幹部を二人も討伐した球磨川の名は、今より広く知れ渡ることだろう。
…………………
……………
…アクセルの南門まで、足に乳酸を溜めながら辿り着くと、バニルが笑顔で出迎えてくれた。
「『やっと勝てた』、とでも思ったか?残念!無傷でした!!…ぬう?これはこれは!果てしない悪感情、大変美味!いやこれは、悪感情にとどまらない。差し詰め負感情であるな!ふははははっ!!人の身にあまりし負を背負った少年よ、貴様かなりのレアであるぞ!!」
『初めてだよ。僕をここまでコケにしてくれたお馬鹿さんは』
南門ではしばらく、螺子を持った過負荷と仮面の悪魔が鬼ごっこを繰り広げたという。
次回!突撃隣のダスティネス家。
バニルも出るよ!(出るとは言ってない)
バニルさん、強いんだなコレが。
てか、某駄女神がいないとマジ平和ですね。
でも、アクセル帰ると絶対顔を合わせちゃうでしょうね。