「ミソギくん!」
『はい。』
現在球磨川とクリスはとある喫茶店にいる。先ほどまで一緒にいたダクネスには、ちょっと込み入った話だからと説明し、二人きりにしてもらった。
「まず一番に聞きたいのは、君がどうやってあたしの正体を見破ったのかってこと。」
『おいおい。髪を短くして胸パッドをとっただけで、僕の目はごまかせないぜ?』
「うん。君はデリカシーって言葉、知ってるかな?」
胸については触れないでほしい。物理的にではなく。物理的にもだが。これは女神も女性である限り当然だ。
無論、エリスの変装は単なる変装ではない。女神としての特性を捨てて、転生に近い形でこの世界に舞い降りている。女神としての力も使えない代わりに、女神特有の、存在しているだけでアンデットを引き寄せるようなことも起きない。まして一般人にその正体を見破られるだなんてことは万が一にもあり得ないのだ。
『でも気にしないで!僕は、髪の長いエリスちゃんも、髪の短いクリスちゃんも、どっちも大好きだから!』
「いや、誰もそんなことは気にしてないよ!?」
クリスは無駄にいいセリフをドヤ顔で言い放った球磨川を、ジト目で睨む。
冒険者ギルドにて、親友であり、信者でもあるダクネスの眼前でいきなり正体をバラされかけたのは、かなりのピンチだったのだ。話の腰を折る球磨川を睨んでしまうのもしょうがないことなんだと、エリスが自分に言い聞かせた。
この世界にいる冒険者が魔王を倒す為には、決して誰にも正体を悟られてはならない。クリスにとって規格外な球磨川は、ある意味で人の深いところしか見ていない。表面上性格を変えたりした程度では意味をなさない。水槽学園時代の須木奈佐木咲が初対面時に猫をかぶって球磨川と接していたが、本性をあらわした後も球磨川は須木奈佐木に対し一切接し方を変えなかった。女神特性を捨てても、球磨川は騙せないようだ。
「はぁ。アクア先輩のいい加減さにはうんざりです…。」
こんなにも厄介な存在を転生させてくるだなんて。この世界をゴミ箱か何かだと勘違いしてはいないだろうか。先輩風を吹かせ雑用を押し付けてくる、憎たらしくも愛すべき女神仲間の顔を思い浮かべていると…
『アクア?誰だいそれ。』
まさかの、球磨川によるアクア知らない発言。
「ええ!?日本から君を転生させた女神だよ!覚えてないの…?」
『さぁ。初めて聞く名だね。』
日本からの転生者は、概ね女神アクアの言葉を信じて魔王討伐を目指す。死後の世界に会う神々しい女神のお言葉を胸に刻んだ冒険者達は、転生後も自己研鑽を積んで己を鍛え上げ、魔王軍と戦い続ける。
通常であれば女神の存在はそれ位影響力がある。…のだが。
(先輩…。もう既に記憶から消えさっちゃってますよ…。)
アクアに聞かせたら、目に涙を浮かべてしまうだろう。先輩思いのエリスは、この事実をそっと自分の胸にしまい込むことにした。
「コホン。もう一つ聞きたいんだけど。」
『転校生活が長かった僕は、質問責めにも慣れてる。だからいいよ、何でも聞いてくれ。』
パァっと笑顔になったクリスは、いよいよ核心に触れた。
「君の、謎に包まれたスキルについて。特に、転生の間から勝手に出て行っちゃったアレ。アレがどんなスキルなのか教えてよ!」
『だが断る。』
「どうしてさっ!!??」
『何でも聞いてとは言ったけれど、答えるとは言ってないからね。僕としては有名なパロディが出来たからまんざらでもない。使い方が違うのも最早様式美だよね!』
会話してて、これほど疲労したのはいつ以来だろう。クリスは目の間を指でもみほぐす。結局、スキルの正体は闇の中。球磨川は謎のスキルを3つも所有しているイレギュラー。そして、転生の間で感じた不快感…。このまま彼を野放しにしておいて大丈夫だろうか?
クリスとして存在している今は、女神だった時に感じた不快感を感じなくなった。それでも、何やらモヤモヤしたものを球磨川は放ってる気がする。
『質問に答えなかっただけじゃないか。そんな不機嫌にならないでくれよ。僕は悪くない。』
「…君という人は。もういいや。人前ではクリスと呼んで。それ以上は望まないよ。」
本当は魔王討伐に協力して欲しいとか、頼みたいことが沢山あった。けれど球磨川と話す内に、もう必要最低限でいいやと心が折れてしまった。
『そんなことより!今!僕は大変な事実に気づいてしまった!』
「そんなこと!?」
自分の頼みをそんなこと呼ばわりされ、クリスが目を潤ませる。この男、次は何を言い始めるのか。
『この世界に、ジャンプある?』
「…?。ジャンプならあるよ。」
これこそ、そんなことか。クリスはホッと胸をなでおろす。でも、どうして球磨川はジャンプの存在なんて気にかけるのか。スキルによって跳躍力をアップさせる、基本的な移動スキル。
「君はまだスキルポイントが無いけど、冒険者ならすぐ覚えられるよ。」
『……わかった。会話が噛み合ってない。スキルのジャンプではなくて。この世界には、漫画雑誌の少年ジャンプはあるかって聞いてるの。」
どれだけジャンプを愛しているのか。括弧が外れかかった球磨川は、転生後、初めて真剣な表情になっている。口調も若干違う。
「ああ。日本の…。ないね。」
『よし、魔王の存在を無かったことにしようかな。』
懐からペットボトルぐらいの大きさをしたネジを取り出し、喫茶店の床に突き刺す。突き刺そうとした。球磨川が腕を振り下ろそうとしたところを、クリスが抱きつく形で止めた。
「ちょ、ちょっと。お店を壊しちゃダメだよ!どこからネジ出したの!」
『離してくれる?僕、わりと本気出そうとしてるんだけど。』
「君があたしの正体隠すのを約束してくれたら、内緒でジャンプ仕入れてあげるから!だからお店は壊さないで!」
あくまでクリスは、球磨川がジャンプが読めない腹いせに、お店を壊そうとしているんだと思ったようだ。魔王を消し去ろうとしていただなんて、誰が予想出来よう。
『人が悪いんだから、クリスちゃん!そういう大事なことは早く言ってくれなくちゃダメじゃない。』
ジャンプが手に入るなら、魔王なんてどうだっていい。球磨川的にはジャンプ>魔王なのだ。魔王討伐よりジャンプをとることは、すなわちジャンプ>世界にも等しいのだが…
エリスが止めなければ世界が救われていたんだよ。と、エリスに教えてあげられるのは安心院さんくらいだろう。球磨川のお店破壊を阻止できて嬉しそうにする、優しい女神様に。