この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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なんか、真田丸を見てたら。
いつ、金融庁検査で疎開資料が見つかるかハラハラしますね!


三十二話 真実の愛

  薄暗い地下に、お呼びでない領主様がやってくる。タダオが口角上げて歓迎した。

 

「領主様じゃないですかー!のこのこと、ようこそお越しくださいました」

「タダオ…!」

 

  アルダープが地下に来た際、既にタダオは檻の外。脱出の経緯は不明でも、ともあれ魔杖モーデュロルだけは渡してはならない。【空間の魔術師】の異名はアルダープも知るところ。

  ただ、時すでに遅く。領主がタダオに取り合わず祭壇を確認するも、モーデュロルは消失していた。

 

「…なにっ!?」

 

  平生のアルダープだったなら、ねじ曲がった鉄格子をヒントに、祭壇を確認せずとも魔杖の在り処を察せたはず。

  どうにも、脳があまり機能してないようだ。螺子で腹を抉られ、精神が疲弊しているからか。

 

『何かお探し?あ!モーデュロルなら僕が元の持ち主に返しておいてあげたんだぜ。落し物を保管しておくだなんて、アルダープちゃんもいいとこあるね!』

「!?」

 

  球磨川の声に、アルダープは心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚え、ようやく思考がクリアになる。

 

  …ぎこちなく振り向くと、神器を取り戻したかつての勇者がそこにいた。

 

「アルダープ。覚悟はいいか?」

「……!!」

 

  タダオの殺気たるや、ダクネスですら興奮するよりも先に逃走したくなるレベル。

 

「ま、待つのだ!」

 

  一人相撲を演じたアルダープは、最早道化師にしか見えず。

 

「アルダープ様、どうやって当家の見張りをかいくぐったんですか?」

 

  ダクネスが球磨川と地下に入る前。地上階を今一度見て回るよう護衛に頼み、内1名はアルダープの監視にあてた。領主が地下に来るには、その監視をどうにかする必要があるわけで。

 

「ワシとて貴族。剣の心得くらいはある!見張りが雑魚一人などと、舐め腐りおって!」

 

  目が薄闇に慣れ、ぼんやり見え始めた領主の右手が、白銀に輝くレイピアを握っていた。…先端には、赤黒い液体。察するに、護衛のそれだろう。

 

「…そうですか。ダスティネス家と敵対する、と」

 

 鬼の形相で、腰の剣に手を伸ばすダクネス。球磨川はそんなダクネスの腕に手を添える。

 

『護衛の人はやられてしまった風だ。けど安心してくれダクネスちゃん。僕が元どおりにしてあげるから』

「ミソギ…」

『アルダープちゃん。僕を生かしては返さないって?』

 

  過負荷の中の過負荷、球磨川君は領主を試しているかのような視線を向けた。

  レイピア片手に自慢気な表情のアルダープが、腹部の螺子を意識しつつ。

 

「ああ。この部屋を見られては、致し方ないのう。せいぜい、自分自身を恨み、死んでいけ」

 

  カッコよくレイピアで球磨川を突き殺そうと、構える。腹部の螺子を回転される前に殺してしまえば問題ない。

  無抵抗で無防備。初撃を避けないことに定評がある球磨川が、両手を広げレイピアを受け入れる。

 

  またか!と、ダクネスは思う。ことにつけ死にたがる仲間に嘆息し、クルセイダーは庇うよう身を投げ出した。爆裂魔法にも耐え得る防御力だ。レイピア如き、鎧で受ければ致命傷にはならない。

 

「ララティーナッ!?」

 

  愛しのララティーナが割って入るのは予想外で、アルダープは反射的に剣を引き戻す。ーだが、引き戻す行為そのものは結果、必要がなかった。いや、必要がなくなったと言うべきか。

 

  アルダープの立ち位置が変わったのだ。目前だったダクネスとの間合いは、今は距離にして50メートル程。

  床が青白くフラッシュしたかと思えば、次の瞬間にはそれだけの距離が開いていた。

 

  ダクネスに剣先が触れることはなく。空を切った剣に、まずはダクネスが無事で安堵する領主。

 

  床ごとアルダープを移動させたのはタダオの仕業だろう。正規の持ち主だけあり、魔杖の能力は反則そのもの。ここは先に、タダオを始末したいところ。モーデュロルを手にした英雄をどう処理すべきか考える。

  地上階へ戻って応援を呼びに行くのが現実的か。幸い金さえ与えれば、ダスティネスに逆らう者も少なくない。

 

  ただ、歴戦の勇者エンドウ・タダオが、アルダープの好き勝手な振る舞いを許す訳なく。

 

「悠長に作戦会議してる余裕は無いぞ、アルダープ」

 

  再びタダオのターン。モーデュロルで床をつつくと、十分に確保された50メートルの間合いが、急激に詰まってゆく。

 

「むおっ!?」

 

  イメージとしては、空港にあるムービング・ウォーク。歩かずとも床が自動でアルダープを運ぶ。バランスを崩したアルダープが四つん這いになっても、移動は終わらない。

  タダオはモーデュロルの先をアルダープの頭が来る位置に調整し、刺さりに来るのを待ち構えるだけで良い。…領主の眼孔に杖が刺さる寸前。

 

 カキンッ!

 

  レイピアでかろうじてモーデュロルを跳ね除けたアルダープ。

 

「…意地を見せたな、クソダープ」

「…ハァッ、…ハァッ…。クソが…!ワシが、こんなクズ共に…!!」

 

 まさに間一髪。命を落とす一歩手前。とてつもない疲労感に、肩で息をし始める。自慢のレイピアは、魔杖に触れただけで砕け散った。

 

『勝負あったね。男と男の戦い…、手に汗握る最高の果し合いだったよ!』

 

  パチパチパチ。

 

  球磨川が二人の健闘に涙し、惜しみない拍手をおくる。

 

「まだ終わりじゃないぞ。終わりがあるとすれば、それはクソダープが死んだ時だ」

『そうなの?』

「お前らが来なければ、クソ領主はオレを殺していた。だったら、オレもクソ領主を殺してよくね?」

 

  タダオがアルダープを見下す。

  未だに四つん這いのままの領主が口にしたのは、命乞いでも謝罪でもなく。

 

「…もう出し惜しみは出来んか。キサマ達、覚悟しろ!」

 

  アルダープが、自身の額に突きつけられていたモーデュロルに触れた。

 

「うわ、また豚の指紋がついた!てゆーか触んじゃねーよ!」

 

  顔面に蹴りを入れて、アルダープを愛杖から引き剥がすタダオ。

 

『…え?』

 

  モーデュロルを握ったりして、何が狙いだったのか。球磨川達がそんな疑問を浮かべるよりも先に。地下室内の壁が一部消え、更なる地下に続く階段が出現した。

 

「ひゃはははっ!キサマらはもう死ぬ!謝っても遅いからな!」

 

  領主は捨台詞と共に、醜い脂肪を揺らしながら階段を下っていく。

 

「…あのブタがオレのモーデュロルを欲しがってたのは、からくり屋敷を作りたかったからなのか?」

 

  隠し階段があるポイントは、タダオが閉じ込められた牢屋の死角。

  監禁中、何度かモーデュロルを手に何処かへ行ってたのは目撃していたが…想像よりもショボい使い道に、いささか拍子抜け。

 

『それだけ、他の人には見られたくないものがあるのかもしれないねえ。気になるし、行ってみよう!』

「タダオ殿。このまま、壁を作り直してはどうだろうか?」

 

  球磨川みたいな事を言い出したダクネスさん。妙案は少しだけ言うタイミングが遅く、耳に届く前に男性陣が駆け下りていってしまったので、実現しなかった。

 

 …………………

 …………

 ……

 

「マクス!マクスはいるか!」

「ヒュー…、ヒュー…。あ、アルダープ!今日も来てくれたんだね、アルダープ!」

 

  エリス様の言によれば、地獄の公爵らしい悪魔、マクスウェル。相も変わらず不気味な呼吸音を轟かせる青年を、まずは領主が蹴り飛ばす。

 

「…痛い!痛いよ…!」

「黙れっ!いいか?非常にマズイことになった。すぐに男二人と女一人がここに来る。マクス、キサマは男を二人を殺すのだ!!」

「…男、二人??」

「そうだ!女は殺すな!いいな!?」

「わかったよ、アルダープ!」

 

  アルダープはマクスウェルを大したことない悪魔だと思い込んでいる。それでも、悪魔。端くれだろうが悪魔なのだから、人間二人程度、どうとでもなるはずだと考える。

 

『こんなところに、また新キャラがいるとは!』

「…なんか汚いヤローだな」

 

  早くも、球磨川達が到着。

 

『もしかして、それが悪魔?』

 

  アルダープに足蹴にされる、タキシードを着た汚らしい青年。

  相対するだけで悪寒がする。

  球磨川禊をもってして、どこか不気味なものを感じ取らせるマクスウェル。

 

「こいつらだ!殺せ!!」

「あれ…君は…?」

 

  アルダープの命令に応じず、マクスウェルは球磨川を凝視して固まる。

 

「なんだか、ずっと昔に殺した気がするよ…?ヒュー…、ヒュー…」

『【ずっと昔】とは、寂しいじゃない。つい最近だろ?君が、僕を呪い殺してくれたのは』

 

  確信した。そこの、みすぼらしい青年こそが、地獄の公爵だと。

 

「ワシの恋路を邪魔する、虫ケラだ。情けはいらんぞ、マクス!!」

 

『…恋、ねえ』

 

「…あ?」

 

  アルダープの発言に、球磨川が食いつく。わざとらしいため息をついて。

 

『アルダープちゃんさぁ、ダクネスちゃんが好きなんだよね?』

「無論だ」

 

  一回、二回。

 球磨川が大袈裟に頷く。領主の言葉を反芻し、口角を上げた。

 

『本当に?君さぁ、本当に恋なんかしてるのかな?』

「ど、どういう意味だ!」

『いやね、ダクネスちゃんって超がつく美人でしょ?ゆえに君は、彼女の外見が好きなんじゃないかと思ってさ。例えば、ダクネスちゃんが不細工でも愛せる?』

「は、馬鹿なことを。ワシの想いがそのように、安っぽいはずあるか。この想いは、揺るがないわ!」

 

  一笑に付す。というより、球磨川の仮定がまずあり得ないので考慮に値しない。

 

『流石だね、素晴らしい!でもでも、心の奥底では、不安なんじゃない?』

「くどい。ワシの気持ちは変わらん!」

 

  アルダープが球磨川の質問に辟易しだした頃、意中の女性が上から降りてきた。マクスが男性陣を処分した暁には、今度こそ手中に収められる。

  ダスティネス邸ではあと一歩で邪魔が入った分、ダクネスが手に入る喜びも増すというもの。

 

『僕もダクネスちゃんが好きなんだよ、実は!』

「「「は?」」」

 

  マクスウェル以外の全員が、唐突な球磨川の告白に声を揃えた。ダクネスはあまりの不意打ちに、目を白黒させつつ、両手を左右にパタパタと動かす。

 

「おかしい!おかしいからっ!ミソギは何を言ってるんだ!こんな、可愛げのない私なんか…」

 

  顔が熱いのか、手で顔を扇ぐダクネス。球磨川はパーソナルスペースなどお構いなく、顔をグイッと近づけ

 

『おかしくなんかないよ。けれど。そうだねえ…この僕の気持ちも又、ダクネスちゃんの外見ありきかもしれないわけだ。だって、こんなにも可愛いんだからっ!』

「〜っ!?」

 

  頭の中は常にピンクなダクネスも、まだ乙女。同年代の異性に迫られて、心拍数が上がる。唇同士が触れそうな距離に異性の顔がある。それだけで、思考回路はショート寸前。

 

  目を潤ませ、ダクネスは球磨川の瞳を見つめ返す。悪徳領主を追い詰めてる場面でいきなり口説き出した真意を聞き出したいが、言葉が出ない。

 

  ダクネスの頬に触れる球磨川。

 

  慌てた領主が、マクスウェルに「はやく殺せ!」と叫ぶ中。

 

『こんなにも可愛いからこそ…。僕はダクネスちゃんの顔面を剥ぎ取ってみたいなぁ!』

 

  ロマンチックな言葉を紡げば、口づけしてもおかしくない雰囲気にも関わらず。球磨川禊はどこまでもマイペースな発言をした。

 

「み、ミソギ…?」

『少し痛いけど我慢してね。これも、僕の愛を確かめる為なんだ!』

 

  ダクネスを押し倒し、螺子で床に固定させた球磨川。

 

「こ、小僧!ララティーナに何をする!?やめろ、やめろ…!顔面を剥ぐなんて、キサマ正気か!?そんなことせずとも、ワシはララティーナを愛してると言っとるだろう!!」

 

  アルダープの悲痛な叫び。

  マクスウェルは依然として行動を起こさず。

 

『わかってないなぁ…全然、わかってないよ。…君の恋なんか、既にどうでもいいのさ。僕は今、自身の愛を確認するべく、行動しているんだ!』

 

  球磨川がダクネスの顔に爪をたて、段々と力を込めて行く。

 

「ほ、本気なのか?ミソギ。私達は仲間だよな…?」

  いかに痛みが好きだろうと、顔面を剥がれるなんて耐えられない。

  螺子で押さえつけられたダクネスは、どうにか言葉で球磨川を止めようとする。

 

  タダオは壁にもたれかかり、傍観。

  球磨川の行動によっては、アルダープ側につく考えだ。日本で生まれ育ったはずの少年がサイコパスじみており、結構な衝撃を受けた。

 

「マクス!小僧を殺せば代価を払ってやる!だから早く殺せぇぇえ!」

「代価!?わかった。わかったよアルダープ!あの子を殺したら、代価をくれるんだね!?」

 

  現金なもので。どうしてか命令しても動かなかったマクスも、【代価を払う】と口にした瞬間、素早く立ち上がった。

 

『…おや?』

 

  ダクネスに跨っていた球磨川。マクスウェルは視認不可能な速さでもって、その首を跳ね飛ばした。

 

  静寂。

 

  球磨川の首は部屋の隅へと転がり、司令部を失った胴体は、力なく倒れた。

 

「ヒュー…、ヒュー…。どうだい?アルダープ!殺したよ、殺したよ!」

 

  いつも無表情のマクスウェルが、にわかに微笑みアルダープを見る。

 

「あ、ああ…。よくやった。後で、代価はやろう」

 

  球磨川が死んだ。こともあろうに、ララティーナの美しい顔を剥ごうとしたのだから、死んで当然。

  領主は肝心の、ダクネスの安否を確認する。だが…

 

「馬鹿な…!?」

 

  アルダープが恋い焦がれた少女。社交界の華、ダスティネス・フォード・ララティーナの顔面は、皮膚と肉を剥がれ、見る影も無い。

 

  隣に転がる球磨川(胴体のみ)の手には、ダクネスの皮膚。マクスウェルに殺される直前、球磨川はダクネスの顔面を剥ぎ取ったようだ。

 

「あ、ああ…!ララティーナが。ワシのララティーナがぁ…!」

 

  フロアの中心には、無残に顔を剥ぎ取られた死体。

 

  ララティーナは、アルダープが長年かけて狙っていた獲物。顔を剥がされては台無しだ。彼女の整った顔立ちと、女性らしさが強調された身体つき、それらを堪能する為に領主は苦労を重ねてきたのだから。

 

「これでは…!これでは無価値じゃないか…!くそ、くそっ!!」

 

  悔しげに床を殴打。拳が痛もうと、砕けようと。ララティーナを失ったショックから立ち直るには足りない。

 

  どれくらい泣いたか。目元を腫らし、眼球から水分が出なくなってきた。ララティーナが死んだのは、マクスがさっさと命令に従わなかったから。今頃になり腹が立ってきた領主が振り向き、マクスを叱ろうとすると…。

 

『うん。こうなっても、ダクネスちゃんは可愛いね!僕の愛は本物だ!』

「!!??」

 

  背後に、殺したばかりの少年が五体満足で立っていた。

 

「…手品か?首ちょんぱだったろ」

 

  置き物状態を貫いていたタダオが、我慢できず聞く。

 

『正解!…こんなのは手品だ。説明する程のもんじゃない。なんにせよ、僕の愛が証明されたのは喜ばしい!』

 

  ダクネスの皮膚を大切そうに扱う球磨川は、落胆する領主を睨む。

 

『…それと、アルダープちゃんの愛は偽物だったってこと。何を嘆く必要があるのか、僕にはさっぱりだ。顔があろうと無かろうと。どっちもダクネスちゃんでしょ?』

「…!」

 

  ーーー狂ってる。

 

  眼前の少年は、人ではないのかもしれない。顔を剥がれた死体を、生前同様愛するなんて。…振り返れば、ギルドでの初対面。アルダープは球磨川の気持ち悪さを感じ取った。そう、まるでマクスウェルと同じような悍ましさを。

 

(ワシは…何に手を出してしまったんだ…?この少年は、一体…)

 

「ヒュー…、ヒュー…!アルダープ。代価を払ってくれるって言ったよね!?嬉しい、嬉しいよ!!」

 

  使えない悪魔の分際で、ちゃっかりと報酬だけはねだってくるマクス。

 

「無能め…!」

 

  苛立たしいが、怒る気力も湧かず。

  残った球磨川とタダオに意識を集中していると。

 

  ボキッ。

 

  アルダープの両腕が、可動域を越えて折れ曲がった。

 

「ぐあああっ!?まくす!!?何をやってる!!」

「ああっ…。いい!最高にいいよ、アルダープの叫び。代価を支払ってくれて、僕は本当に嬉しいんだ!」

 

  辻褄合わせのマクスウェル。好むのは、人間が痛みを感じた際に放つ悪感情。下僕として使ってやってたハズレ悪魔が、主の腕をへし折った。裏切られたアルダープは理解が追いつかない。

 

  足は丁寧に、指の一本一本を順に折るマクスウェル。アルダープが都度最高の感情を放つ。

 

「ヒューッ!ヒューッ!アルダープは最高だよぉ!こんなに凄い感情をはなてるんだからっ!」

 

  夢中でアルダープを痛めつけるマクス。悪魔に代価を払うとは、こういうこと。

 

『いいなー、楽しそうだなー』

 

  球磨川は喜劇を見てる気分になり、一人静かにテンションを上げ、眺める。

  10本全部、足の指を折られた時点で、アルダープは意識を失った。

 

  マクスウェルがアルダープを起こすべく往復ビンタを開始する。中々領主が目覚めずマクスが悲しむと、顔を剥がれたダクネスが、螺子の拘束を解いて立ち上がった。

 

「マクスウェル。後は地獄に帰ってからやればよかろう」

 

  唇も無いのに、問題なく発音するダクネス。

 

『ダクネスちゃん?』

 

  球磨川の問いで、ダクネスは肩を震わせる。表情が無いからわかりづらいけれど、どうも笑っているみたいだ。

 

「フハハハハッ!まだ気がつかないか、人の内面を愛する少年よ」

 

  ダクネス(?)が、見る見る姿を変化させた。身長も高くなり、身体もゴツく、筋肉質に。

 

『こ、この声は』

 

  球磨川の嫌な予感は、変身後の姿で確信となる。

 

  人の悪感情をこよなく愛する仮面の悪魔。全てを見通す地獄の公爵バニルが、ダクネスに化けていた。

 

「少年。我輩の顔面を剥いでまで、我輩への愛を証明するとは。性別の無い悪魔であっても照れるではないか!」

『本当、君だけはいつか過負荷コンボくらわしてあげるよ』

「うむ、うむ。悪感情及び負感情、まことに美味である!」

 

  バニルはいつから、化けていたのか。球磨川が問う。

 

『えっと、どのタイミングですり替わってたんだい?』

「む?地下二階に降りる時からだな。あの、割れた腹筋を気にする鎧娘ならば、牢屋に閉じ込めてやったわ。悪感情どころか、歓喜してたのが我輩的にショックであったが。至高の悪感情を味わうのなら、特等席に限るのでな!」

 

  …気づかなかった。バニルの変身は完璧で、悪魔特有のオーラすら変身で消されていたのだから。

 

「小僧が顔面を剥いだ時に領主が放った悪感情。アレは極上だったぞ。我輩、あのまま死んでも良いくらいに」

 

  悪感情にも良し悪しが存在するようで。長年執着してきたダクネスが、二度と手に入らなくなったアルダープの絶望たるや。仮面の悪魔を満足させるレベルだったそう。

 

『アルダープちゃんの悪感情が、至高のメニューだろうが究極のメニューだろうが、どうでもいいよ。で、バニルっちは彼とお知り合い?そういえば二人とも地獄の公爵だよね。そういう繋がり?』

「左様。久しいな、マクスウェル」

 

  アルダープを器用に跨いで、バニルがマクスウェルのそばに寄る。

 

「あれ?知らないはずなのに、なんだか懐かしい顔だぁ」

 

  汚らしい青年は、キョトンとしてバニルを観察する。

 

「フハハハハ!毎回、初対面の挨拶をしているな。では、今回も初めましてだ、マクスウェル。我輩は、この世全てを見通す悪魔、バニル!人間風情に使役されていたお主を迎えに来たぞ」

 

  マクスの手を掴み、引き寄せるバニル。

 

「バニル?バニル!なんだかとても懐かしいよ!」

 

  マクスウェルも同胞に会えて嬉しそうにする。

 

「と、いうわけだ。我輩はこやつを地獄に連れ戻すが、構わんな?」

 

  バニルが球磨川に確認を取る。球磨川が拒まない事など、既にお見通しのはずだ。

 

『アルダープちゃんも?』

「ああ。この悪徳領主は随分とマクスウェルをこき使ったようでな。恐らく一生かけても代価は払いきれぬであろう」

 

  小さな悪事や大きな悪事。何かにつけて揉消す時は、いつもマクスウェルの能力を頼っていたらしい。

 

「僕はアルダープが大好きなんだ!アルダープは、誘拐した女の子を嬲ってはすぐに捨ててたけど、僕はそんなことしないよ!アルダープが壊れないよう、しっかりするから!ヒュー!ヒュー!」

『ラブラブじゃないの!アルダープちゃんも、隅に置けないなぁ』

 

  心底、幸せそうなマクスウェル。

  呪われる、なんて貴重な体験もさせてくれたことだし、軽いお礼でもと。

  球磨川は気絶したアルダープに手をかざし。

 

『【大嘘憑き】。アルダープちゃんの寿命をなかったことにした!これで、一生かけても払えない代価とやらも払えるんじゃないかな?』

「ほお!よかったではないか、マクスウェル!アルダープは、何時までもお前と共にあるぞ!」

 

  裸エプロン先輩の粋な計らいにより、アルダープは未来永劫、マクスウェルにご奉仕出来るようになった。

 

「ヒューッ、ヒューッ。ありがとう、ありがとう!僕は君を殺したのに、なんて優しいんだ!」

『そんな、感謝されるだなんてこそばゆいよ!』

 

  照れ隠しに、後頭部を掻く球磨川。

 

「因みに、マクスが地獄に帰れば、辻褄合わせの能力も消える。…つまり、アルダープの不祥事は公になる。喜べ少年。不正なアルダープの金はダスティネス家や国に返還される。せいぜい、立派なマイホームを建てることだ。おっと、喧しい水の女神が居候を頼み込んできたら、追い返すが吉。では、また会おう!」

 

  空中に展開された、黒いゲート。悪魔とアルダープが潜ると、一瞬で消え去った。

 

「やべぇー、展開についていけねー。まあ、生き残ったからいっか」

 

  タダオがしゃがみ込み、頭を掻き毟る。まあ、無理もない。

 

  地獄へ帰る前に、バニルが有益なアドバイスを残してくれた。アクアについては、アドバイスに従う方向で。

  人の助言に従うのが蛇蝎の如く嫌いな球磨川も、見通す悪魔に言われればやぶさかではない。

 

『いやー、どっと疲れたね。疲れついでにタダオちゃん。ギルドで一杯どうだい?僕のパーティーメンバーが、マイホームで是非とも欲しい施設があるらしいんだ!』

「へえ?オーナーの要望は極力叶えてやりたいし、構わないぜ。ブレンダンには、手紙で連絡しときゃいいだろ」

 

  球磨川は今日だけで何回死にかけたことか。アルダープは消え、タダオにも会えた。これでやっと家づくりを始められる。さしあたって、牢屋に放置されたまま興奮してるであろう金髪娘を解放する為、タダオと一緒に階段を上り始めた。

 

 




アルダープフォーエバー!

アルダープ、書いてても不快でしたねぇ。ダクネス以外にも、いろんな女の子を嬲ったりしてるのがもう。

ボラーレ・ヴィーア!

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