この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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うーん…。高校に入学したと思ったら、無人島に閉じ込められました。しかも、同級生と殺し合いをさせられるなんて。

白髪の同級生が、球磨川くんに見えて仕方ないのです


三十五話 消えた主人公 中編

「カズマと偶然会ったと?それは昨日の夜で間違いないのですか?」

 

  登場するや、球磨川達のゴール地点であるカズマの行方をネタバレしたララティーナさん。

  しかし、めぐみんが問うたように、ダクネスがカズマと会った時間が昨日の夜であるなら、それ以降の行方がポイントだ。

 

「昨日の夜だな、間違いなく」

 

  マイホームの話し合いを終えてからの帰宅途中に遭遇した記憶が、ダクネスにはしっかりと残っている。

 

『おかしいよね?それだとさ。あ!僕が言いたいのはダクネスちゃんの記憶の信憑性ではなくて、夜から今朝までのカズマちゃんの行動ね』

「ふむ…謎ですね。カズマとダクネスが昨夜会っているのなら、どうしてカズマは馬小屋へ帰っていないのでしょう?ダクネスと会うすなわち、アクアの帰宅を意味するというのに。連絡の一つも取るのが普通かと」

 

  球磨川とめぐみんが揃って首を傾げた。今の今までカズマと出くわしたことを気にもしていなかったダクネスは、再度じっくりと昨夜の記憶を遡ってみることに。

 

「よくよく思い出すと…あの時の奴は、いつもとはどこか様子が違ったような…」

『様子が?具体的には?』

「う、うむ…なんだか慌てているような。私を見て焦ったような感じに見えたな」

『慌てている、ねえ。…それで、カズマちゃんと遭遇したのはどの辺だったんだい?』

 

  球磨川はポケットから一枚の紙切れを取り出し、テーブルに広げる。それはギルドで無料配布される、アクセルの地図だった。

 

  ダクネスとめぐみんは各々地図を覗き込み。

 

「ギルドからの帰り道で、しばらく歩いたくらいだったからな…。大体この辺だったと思うが」

 

  ダクネスが示したのは、ギルドとダスティネス邸の途中。

 

「ここは宿屋前ではありませんか。料金が激安、サービスも値段相応の」

 

  前に利用したことがあるのか、めぐみんが若干眉毛をつりあげた。その宿屋に、良い印象を持っていなさそうな態度。

 

『宿屋前か。…にしても変だよ。ここ、ギルドから馬小屋へ行くのとは真逆だ!カズマちゃん、何がしたかったのかな』

「さあ…。挨拶もそこそこに、カズマから会話を切り上げてしまったんだ。私も、ゆうべはカズマが行方不明になるなんてわからなかったから、あんまり気にしなかったしな」

 

  ダクネスが唸り、沈黙へ移行した。持っている情報は言い終えた意思表示だろうか。

 

「じゃあ、そこの宿屋に行ってみましょうか?案外、アクアのいない隙に、馬小屋よりは快適な宿屋を満喫していただけかもしれないですから」

『だね。足で稼ぐ。捜査の基本だぜ』

 

  現段階で有力な手がかりはなく、ダメ元で球磨川達は宿屋に聞き込みに向かった。

 

 …このように、カズマ探しをちょっとしたゲーム気分で行う彼らを、衝撃という名の稲妻が貫いたのは、宿屋の一室についてからのこと。

 

  宿屋では、まず受付が球磨川を引き止めてきた。

 

「いらっしゃいませー!3名様ですか?ご宿泊の日数と、部屋数はいかがなさいますか?」

 

  手もみし、貼り付けたような笑顔のオバさん。頭にはバンダナ、腰にはエプロン。元気の良さとふくよかな体型は、昭和の下町でみんなのお母さんを自称していそう。

 

  ニコニコとしたオバさんの視線の先にはダクネスが。アクセルで商売をする中で、ダクネスの素性を知ったのか、オバさんの態度は超お得意様用のそれだ。

  かのダスティネス・フォード・ララティーナが利用したとなれば、宣伝にもなる。ただ一つオバさんの誤算は、ダクネスが客として来たわけではないこと。

 

『待ってよ。僕たちは泊まりに来たんじゃないんだ』

「泊まりに来たのではないんですか?それじゃあ…ご休憩でしょうか?」

「「なっ!?」」

 

  とんでもないことを口にするオバさんに、ダクネスとめぐみんが息のあった異議を唱えようとすると…

 

『そう言えなくもないかな!』

 

  どうしようもなく見栄を張りたくなった球磨川さんが肯定してしまった。

  ダクネスが、顔面崩壊するほどの鋭い目つきで、球磨川を後方にぶん投げた。

 

『ぐえっ!…ジョークだよジョーク。ミソギジョークだってば!』

「お前に任せた私が愚かだった…!」

 

  宿屋では閑古鳥が鳴いていた為、投げられた球磨川が他の客にぶつかることもなく。もっとも、そこはダクネスも確認済みだ。

 

「失礼。我々は現在、人探しの最中なのですが…」

「あらまぁ、そうでしたか!人探しまでするなんて、ダスティネス家のご令嬢も大変ですねぇ」

 

  カズマ探しにダスティネスはまるで関係ないが、オバさんの勘違いはあえてそのままに。そのほうが、何かと都合が良さそうだからだ。

 

「昨夜から、サトウ カズマという男性が宿泊しておりませんか?」

「あらあら…弱りましたねぇ。お客様の個人情報ですので、いくらダスティネス家の方でも…」

 

  安い宿屋にも、安い宿屋なりのプライドがある。オバさんのプロ意識に、球磨川は感心した。だからといって引き下がるわけにもいかず。

 

『おばさん…いや!お姉さん。僕は、王都から極秘に派遣された調査員なんだ。ここだけの話、サトウ カズマには誘拐の容疑がかけられているのさ』

「あらまぁっ!?大変だわ!」

『そう、それも…年端もいかない少女を狙った悪質なものなんだ』

「それは一大事だわ!」

 

  パッと両手で口を隠したオバさん。球磨川の学ランは、オバさんには王都の密偵が着る制服に見えたようで。

 

「…王都の密偵。だから、ダスティネス家のご令嬢と、アークウィザードと行動してるのね!」

 

  勝手に一人で納得してくれた。

 

『貴方が個人情報を漏らしても、我々だけの秘密だよ!ま、ご立派なプロ意識で口を閉ざすのなら、それも良いでしょう…』

「………」

 

  王都の密偵からの調査協力。普通だったら、力になるのが市民の務め。けれど、求められているのはお客様の個人情報。オバさんが迷うのも当然だ。煮え切らない態度に、球磨川が追い詰めるように付け足す。

 

『ただし!黙秘した時点で、君は凶悪犯を匿ったことになる可能性が出てくるのをお忘れなく!』

「……!」

 

  凶悪犯を匿った宿屋。オバさんの脳裏に浮かんだのは、サトウ カズマが犯罪者だったパターンの未来。宿屋として正しい対応をしても、正義を語りたがる大衆はお構いなく口撃してくるはずだ…。

 

『迷うことないよ。調査協力なんだし、正義は我にあり!でしょ?』

 

  頭のバンダナを外し、覚悟を決めた目で球磨川を見据えるオバさん。

 

「……サトウ カズマって人なら、昨夜から宿泊しているわ。2階の3号室にね」

『3号室だね!わかったよ』

 

  長い宿屋人生で一番緊張したオバさんだったが、正直拍子抜け。情報を漏らした瞬間、客を売った宿屋として裁かれる可能性も考慮していからだ。しかし現実では、答えを聞いた途端に球磨川(密偵?)は階段を昇っていってしまった。

 

「3号室は角部屋か。それにしても、カズマに罪をきせるのはどうなんだ?」

「アレで、カズマはもうこの宿屋を使用出来なくなりましたね…」

 

  部屋の前についたはいいが、入室前に、女子二人によるお咎めが。

 

『心配ないって!客の情報を漏らした時点で、あのオバさんは仁義無き宿屋に成り下がったワケだし。客を選ぶなんて偉そうな真似が許される立場じゃなくなったんだから、犯罪者だろうと容疑者だろうと、泊まらせてくれるよ』

「成り下がったのは、ミソギの嘘が原因ですけどね…」

『僕は悪くないよ?何故なら、僕は悪くないからね』

 

  球磨川は、自分の非を認めるとか認めないとか、そんな次元じゃない。悪いことをした自覚がないのだ。善悪の区別をつけられるなら、彼は【過負荷】になどなってはいない。

 

『カズマちゃん捜しも、割とあっさり終わったなぁ…。ゲームをやっても、ラスボス前で飽きる僕には丁度良い長さだったかもだけど…』

 

『ね!』

 

  球磨川は3号室のドアノブに手をかけ、勢いよく扉を開け放った。

  薄い木製のドアが軋み音をあげると、部屋の全貌が明らかに。

 

「…カズマ!?」

『おやおや』

 

  少しだけ埃っぽい、手狭な一人用の部屋。カズマの姿は窓辺にあった。

  ただし、元気な姿なんかではなく、気を失った状態で。それも、ターバンで顔を隠した、細身の人物に【抱きかかえられて】。

 

  めぐみんが第一声をあげ、球磨川も目を丸くして口を尖らせる。

 

  抱きかかえられたカズマはぐったりとし、不自然に白い顔は、まるで死体のよう。

 

「誰だお前は?カズマに何をしている…?」

 

  最後尾にいたダクネスだが、剣の柄を握りつつ部屋の中央まで進み、ターバンの人物に誰何する。

 

「…!」

 

  ターバンの人物からの返答はなく。ターバンの人は蹴りで窓を開けるや否や、カズマごと窓から飛び降りた。

  あまりにも唐突に、球磨川達の眼前で誘拐が行われてしまった。

 

『逃すと思う?』

 

  窓に駆け寄り、飛び降りた誘拐犯に螺子を投擲しようと試みた球磨川。

  だが…

 

『…!』

 

  本来、地面に着地でもするはずだった誘拐犯は、あろうことか背中に羽を生やして飛び去った。

 

「カズマが!カズマが誘拐されましたよ!どうしましょう!?」

 

  オロオロとするめぐみん。てっきりカズマ捜しが解決したと油断していた分、衝撃が大きかった。

 

「あの羽…。あれは【サキュバス】のものだと思う」

「見たことあるんですか?ダクネス」

「昔、うちの書庫で資料を読んだんだ」

 

  ダクネスは剣から手を離し、両手を腰にあてる。

 

『サキュバス…?ふーん。で、なんだってカズマちゃんが攫われるのさ』

「それはわからない…。ただ、サキュバスは男性の精気を食べて生きると聞く。運悪く、カズマが餌にされたのかもしれん…」

『…はぁ。これでゲームクリアだと思ったのに』

 

  ラスボスを倒したと思ったら、第二形態に移行したり、実は更に裏ボスがいたり。球磨川は今まさにそんなゲームをやらされている気分だった。

 

  テトリスで例えるならば、テトリスバーで一気に断片を消すことに心を奪われるらしい球磨川くん。

  また、カズマの行方がわからなくなったことでやる気が減少したのも事実。

 

「も、もしややめるとか言いませんよね?…ね?」

 

  まだオドオドしたままのめぐみん。それでも、カズマ捜しをやめるつもりは微塵もない。

 

『…手がかりもなくなったし、アレだね。サキュバスとは悪魔繋がりの、彼に聞き込みしに行ってみようか。あそこに行けば会えるかもしれないし』

 

  また調査パートに戻った一向が向かった先は、使えない魔道具ばかりが売られているお店に決まった。


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