『ホントにカズマちゃんのお墓が出来てる!そういえばエリスちゃんが、カズマちゃんは火葬されたとか言ってたっけ。にしても、中々いいお墓じゃないの!これは、【大嘘憑き】で生き返らせるのが勿体無いよ。お墓職人の仕事を無駄にするだなんて、僕には出来そうもないや』
自分だけ生き返って少々。球磨川は自身がバニルの手によって埋葬されかかっていた周辺に、カズマの墓を発見した。大きな黒い石を削って作られた墓石は、職人の技なのか魔法なのか、周囲の景色が映る程に研磨されている。
サキュバスのサービスを一人だけ受けられたカズマを多少なりとも羨ましく思った球磨川は、すぐに復活させるのも面白くないと感じた。
『よくよく考えたら、カズマちゃんは僕が一生受けられないようなサービスを受けられたんだし、この世に未練なんてないよね!…腹いせに、もうちょいエリスちゃんのとこにいてもらおっか』
ひとまずギルドにでも行ってアクア達に事情を説明しておこうとした矢先、【偶然】出くわしたクリスからカズマの蘇生を急かされてしまった。
「ちょっとちょっと!!」
『あれぇ?クリスちゃんだ。さっきぶり!』
「ミソギくーん?君はアレかな、自分だけ生き返れば良いとか思ってる?」
『クリスちゃん、よほどカズマちゃんとあの空間で二人きりなのが嫌なんだね!こんなにも早くせっつきにくるだなんて』
顎に手をあて、上の空の球磨川。大事な仲間の蘇生を後回しにしておきながら、惚けた態度までとる。
ふざけた態度の球磨川を前にしたクリスの顔に血管が浮かび上がり…
「選ばせてあげるよ。お墓まで、自分の足で戻るか。それとも…」
懐からロープを取り出したクリスは、球磨川に向けてロープを突き出す。初のグレート・チキン討伐の朝、寝ぼけ眼の球磨川をギルドまで引きずった時と同じ手法を使おうということか。
『選択肢を与えてくれるだなんて、流石は女神様だ。でもね、どの道お墓まで戻るのは確定なら、君の選択肢は【いいえ】を選んでも先に進まない、某ロープレのそれとなんら変わらないんじゃないかい?君は僕に選択権を与えているようで、与えていないのさ。半強制ってやつだね』
「いやいや、人の意思を尊重するのがあたしのモットーでね。今、お墓までUターンする羽目になったのは、君が【カズマ君を生き返らせない】って選択肢を選んだ結果なのさ。過去の君が、現在の君の選択肢を減らしたんだよ」
『何を言っているのかわかりづらいし、そもそもカズマちゃんの蘇生を前提にしてる君とは、話し合いにならないね…』
「え?」
『まあ、いいよ。火葬されたカズマちゃんを呼び戻せるのは世界で僕一人だけなんだし。気が晴れたらどうせ生き返らせるつもりだったから』
「…ほんと?」
『ほんとだとも。女の子が困っていれば、命をかけて救ってみせるよ』
思い返せば、出会いから胡散臭さ全開だった球磨川。良い台詞を吐くも、どこか信用出来ない。…とはいえカズマの件では球磨川が最後の砦。気が変わらない内にスキルを使用してもらわなければ。最悪、カズマを再度転生させなくてはならなくなってしまう。
『どうせなら、アクアちゃん達も誘っていい?せっかくギルドのそばまで帰ってきたし。みんな心配してると思うんだ』
「いいけど…君がいやらしいサービスに夢中にならなければ、皆余計な心配せずに済んでたんだけどね。そもそもね」
『ほら。そうやって、すぐ僕のせいにするんだから。小学校の頃、
「…給食費はともかく、安心院さんの上靴が無くなったのは、普通に君が怪しいのだけれど」
呆れ顔のクリス。
『で、クリスちゃんも一緒にいく?』
「そうだ。女神の間にカズマくんを放置しっぱなしだから、あたしは帰るね!必ずカズマくんを生き返らせておくれよ!」
……………………
………………
…………
街中まで戻ってきていたこともあり、ついでにアクアらを引き連れてお墓にUターンしようと、ギルドへ。 挨拶の一つも交わす前に、昨日球磨川の帰りを待ち続けていためぐみんからお説教をくらった。
「…ふっふっふ。ミソギときたら、よくもノコノコと顔を出せましたね!昨日私達がどれだけ不安だったか、わかっているのですか!?連絡もしないで!」
目を紅蓮に光らせるめぐみん。球磨川に駆け寄りながら怒鳴るあたり、かなり鬱憤が溜まっていそうだ。
『怒ると美容によくないよ?』
「だったら、怒らせないで下さい!」
めぐみんの頭越しに、凍てつく視線をおくっていたダクネスも口を開く。
「お前は毎回毎回、どうしてそうなるんだ。そんなに私達が頼りないか?手柄の横取りなんてしないから、次は絶対一緒についていくからなっ!」
ビシッ!
黒色の手ぶくろで保護された人差し指を、球磨川の鼻頭へ突き刺す。
思わずダクネスの指を見つめた球磨川が、やや寄り目になりながら
『めんごめんご!やっぱし報告、連絡、相談は大事だよねっ!失念していたよ。にしても、流石は異世界。連絡については不便極まりないよね、今時LI○Eも使えないんだから』
携帯電話を全機種持つ男としては、どうしたって不満があるようで。
この世界にも、もしかすると連絡出来たり意思疎通を図れる道具やスキルが存在しているのかもしれないが、いずれも使用出来ない球磨川からすれば無いに等しい。
「なんですか、【らいん】って。わけのわからない単語を並べれば許されるとか思っちゃっていないでしょうね?いいですか!ミソギは暫くの間、クエストでの荷物持ちとなってもらいますよ」
「それは名案だな。我々に与えた心労を考慮すれば、そのぐらいの罰は罰にならない」
めぐみんが球磨川への処罰を決め、ダクネスが賛同。
『ん?荷物持ちで許してくれるの?』
誰かに荷物を押し付けられるのは、過負荷であれば極々当たり前。罰ゲームにすらならない荷物持ちで溜飲を下げてくれるとは、なんて度量が大きいのかと、球磨川は女性二人に感服した。
「球磨川さん」
おずおずと、水の女神がダクネスの肩付近から顔をのぞかせる。
『アクアちゃんもいたんだ。馬小屋まで呼びに行く手間が省けたよ』
アクアはパチクリと瞬きして、自分の顔を指差す。
「…私に用事だったの?私としては、昨日の成果を早く教えて欲しいんですけど」
『慌てないで。僕の用事はまさしくそれなんだから。そう!カズマちゃんのことさっ!』
「カズマはどうなったの!?」
めぐみんとダクネスが最後に見たのは、宿屋からサキュバスに連れ去られたカズマ。それが昨日のこと。男の精力を食料とするサキュバスに攫われて一晩。賢い個体であれば、食料源が死なないように調整することもあるが、若いサキュバスだと勢いあまって殺してしまうケースもある。
『ま、百聞は一見に如かずだし、ちょっとついてきてもらえる?』
一番気になるところは語らずに、球磨川はギルドから出て行こうとする。
アクア達としては後を追わざるを得ない。
カズマの場合、人に散々心配させておいて、ヘラヘラと笑って出迎えてくれるのではないか。などと楽観的な考えを捨てきれない面々。現実が予想通りになるなんて、そうはない。
プロの技が光る墓石が、一同を出迎えてくれた。
…………………
……………
………
「すまなかったな、カズマ。あの宿屋でお前を取り戻せていれば、こんなことにはなっていなかった」
「ええ。サキュバスに狙われたのは運がなかったにせよ、私達にはカズマを救うチャンスがあったわけですからね」
「カズマさん、ほんっと世話がかかるんだから。やっぱりこの私が傍にいないと駄目ねっ!」
カズマの墓前で手をあわせる女性陣。常識はずれな球磨川君と行動するうちに、段々と死を軽く考えてしまうようになってきためぐみんとダクネス。死んだ事実はそこそこの悲しみをもたらすけれど、絶望には至らず。
「さあ、ミソギ。状況は本人からゆっくり聞くとしよう。カズマを生き返らせてやってくれ」
気軽に気楽に、【死者の蘇生】をちょっとした雑用みたいに頼むダクネス。
『しょーがないなぁ…』
「【リザレクション】!さぁ、とっとと起きなさいカズマ!」
球磨川に先んじて、お墓に向かって蘇生魔法を発動させたアクアは、カズマが土から這い出てくるのを待ち構える。
しかし、待てど暮らせどカズマが土から出てくることはなく。なんなら、土の中で生き返った気配もない。
「嘘!?…私のリザレクションで反応が無いってことは、死体の損傷が激しいのね」
『よしんばリザレクションで蘇生可能だとしても、普通は土から掘り起こしてから蘇生させない?』
生き返っても土の中では、又死にかねない。
「待って。リザレクションで生き返せないなら…カズマさんは…!」
二度と戻らない。
死体に著しい損傷があれば、再び魂を呼び戻すなど不可能だ。
「う、うぅ…!カズマさんが!嫌、嫌よそんなの!」
二人きりで異世界暮らしをスタートしたアクアとカズマは一蓮托生。信頼できるパートナーにまで関係を深めていた。その相方が死んだことで、アクアは足に力を入れられなくなる。
尻もちをつく形で座り込んでしまった。
「大丈夫です、アクア。ミソギがいますから」
「…球磨川さん?」
「ええ。ほら、やっちゃってください」
アクアを落ち着かせるように、後ろからそっと抱きしめるめぐみん。
肩にまわされためぐみんの腕に鼻水を垂らし、不思議そうに球磨川の顔を見るアクア。
『やっちゃって、か。僕が僧侶ポジションになってるのは今更って感じなのかな。いいけどね。でも、その内「でぇじょうぶだ!大嘘憑きで生き返れる」なんて言いださないでよ?』
いつもの、スキル使用時にする球磨川のポーズ。対象に右手を突き出すような、一種の格好つけ。それから、球磨川は自身の代名詞でもあるスキル名を言い放った。
『【大嘘憑き】』
『サトウ カズマの死をなかったことにした!』
死を無かったことにする。すなわち埋葬も無かったことに。次の瞬間には五体満足のカズマが現れる。
はずだった。
『…!?』
結果として、カズマが生き返ることはなかった。
「どうした?カズマは生き返ったのか?」
ダクネスが聞いた。球磨川は右手を突き出したポーズのまま。
「いま、スキルを発動しましたよね?なら、カズマは??」
『…どういうことだ?生き返らないだと?今は【劣化大嘘憑き】ではないのだけれど』
「球磨川さん、とてつもなく怖い顔をしてるわよ?女神である私でさえ生き返らせることが出来なかったから、誰も怒ったりしないわ!」
『…』
球磨川は依然として険しい表情のまま。異世界では初の、感情を剥き出しにした状態。
アクアは別として、そこそこの付き合いになってきたダクネスとめぐみんすら見たことが無い顔。
どうにも、カズマの蘇生は失敗したらしい。語らずとも、球磨川の表情から察するのは容易だった。
「ミソギ、アクアの言う通りですよ。カズマを蘇生出来なくても、誰も貴方を責めたりはしません。だから、いつもの笑顔が似合う貴方に戻って下さい」
ミスを気にする部下を窘める上司のように、めぐみんが球磨川を慰めた。彼女にだってカズマ蘇生など出来ないのだから、球磨川に腹をたてる道理もない。
『同郷のよしみも救えない僕を、許してくれるんだね。僕にしてはあり得ないレベルでパーティーに恵まれているよ』
アクアには気の毒だが、これ以上はどうしようもない。一向はお墓を清めた後に合掌してから、帰路に着いた。
……………………
……………
………
「なあ、みんな。街のほうが騒がしくないか?」
道半ばで、街の異変を察知したダクネスは歩みを止める。それに習い、他のメンバーも一度停止した。
人の声や馬車の走る音が郊外まで聞こえてくる。どうにも、ただごとではなさそうだ。
「確かに、何やら賑やかですね」
「なになに?お祭りかしら?残念だけど、今日の私はとても盛り上がれる気分じゃないの。カズマさんの一周忌が終わったくらいが良いわね」
人間、ついてない時はとことんついてない。偶然か必然か。はたまた神の悪戯か。一同を絶望のどん底へ突き落とす事態が、続けざまに起こってしまった。
「お祭り…そうした騒ぎではなさそうだが」
『うん。そんなお気楽なもんじゃなさそうだね。事件かな』
喧騒の正体を見極めようとするメンバーの耳に、答え合わせの如くアナウンスが聞こえてきた。
《デストロイヤー警報、デストロイヤー警報!機動要塞デストロイヤーがこの街に接近中です!冒険者各位、装備を揃えて至急ギルドまでお集まり下さい!!》
『今さらと言えば今さらだけれど』
「なんだ唐突に」
『ダクネスちゃんの声がさぁ、もがなの声にソックリなんだよね!』
「…誰だそれは?そのような名前には心当たりがないぞ」
『そう?僕の知り合いなんだけれど、とりあえず、僕のことを「禊ちゃん」って呼んでみてくれる?』
「な、何故だ。いきなり恥ずかしいじゃないか!」
『恥ずかしい?なんだ、ダクネスちゃんにはご褒美じゃないか』
「た、確かに」
『納得した!?』
「では。…い、いくぞ?」
『ばっちこい!』
「み、禊ちゃん…?」
『…………』
「どうだ…?」
『うん。満足しました。今後とも禊ちゃんと呼んでくれ!』
「な、なんという羞恥プレイだそれは!」