この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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なんか、「アクア」って入力を試みると、間違えて「芥(あくた)」になることがしばしばあります。ええ。すみませんアクア様。


三十八話 バックアタック

  ギルドのある方角から、アクセル全域に轟いたアナウンス。ギルドの建物に設置された、巨大なスピーカーが発信源か。

  【デストロイヤー警報】と繰り返された以上は、デストロイヤーなるものに対しての注意喚起なのだろう。

 

『機動要塞デストロイヤー?物騒に物騒を足して物騒で割ったような名前だね』

 

  カズマの死で、マリアナ海溝よりも深い傷を心に負った球磨川。だが気持ちの切り替えは既に終えたらしく、デストロイヤー警報に興味を示した。

 

  球磨川の言は、悲しいことに誰も取り合ってくれず。アナウンスが流れた途端にオロオロし始めたアクアが怒鳴る。

 

「球磨川さん、おふざけ言ってる場合じゃないの!デストロイヤーよ?…どうしよう皆。私、どうしたらいいっ!?」

 

「なんということでしょう。アクセルはもうおしまいですね。デストロイヤーの通り道になるだなんて、全く運が無いとしか」

 

  一行はアクセルに向かって歩いていたが、警報を聞き終えためぐみんは、自然な足取りで180度方向転換した。

  カズマの墓へ戻るつもりなのか。

 

『めぐみんちゃん、一体どうしたのさ。そっちは今来た道だよ?』

「ふっ。そうでしたね。ミソギは遠い地からやって来たので知らないのでしょう。…デストロイヤーについて」

 

  トレース紙よりも薄い薄ら笑いのめぐみんが、やれやれと首を振った。

  一見舐めた態度にとれなくもないが、彼女の額から伝う大量の汗が球磨川の目に止まる。

 

『汗びしょびしょだね』

「そんな些事はどうでもいいのです!今は早く逃げるに限ります。半信半疑でしたが、ミソギはほんとにデストロイヤーを知らないんですね」

 

  些事と言ってはみても、めぐみんとて女の子。服の袖で軽く汗を拭き取った。

 

『不知火の里にいる、不可逆のデストロイヤーを思い出すよ。冒険者をギルドに呼び出すくらいだし、緊急事態なんだろうけれど。…よもや言彦その人じゃないよね?』

「【不可逆のデストロイヤー】とやらが何かは存じませんが、少なくともそれでないことは間違いありません。機動要塞デストロイヤーはその名の通り、動く要塞です。暴走状態にあり、通りかかった街をことごとく壊滅させる最悪の兵器」

『暴走した兵器か。厄介そうだ』

「…まあ、天災に近いものと考えて下さい」

『おっけー!』

 

  ザックリとした説明。今は1分1秒も無駄に出来ない状況。事細かに、懇切丁寧に説明している間にタイムオーバーでは目も当てられない。幸い球磨川の理解も早く、めぐみんには僥倖だ。

 

「デストロイヤーのヤバさは伝わりましたね?アクセルはもう駄目です。それでは逃げましょう。張り切って逃げましょうっ!」

『なんで?』

「…はい?」

 

  暴走状態の機動要塞。これだけでも関わりたくない上に、街を幾つも更地にしてきた実績もある。冒険者…それも、駆け出しの街のひよっこ達が束になっても止められないのはやる前からわかる。

  逃げない理由がない。

  だというのに、学ランの少年はかけらも逃げようとせず。

 

「球磨川さん!めぐみんの言う通り、ここは逃げるが勝ちよ!女神の私が言うんだから間違いないわっ」

 

  こちらも三十六計逃げるに如かずな女神様が、根を生やしたような球磨川に逃走を促す。

 

『冒険者はギルドに集合って言われたでしょ?言われたことは守らなきゃ』

「さんざん自分勝手だったミソギが、急に真面目に!?…ですが、それだけは承諾できませんね。デストロイヤーには、我が爆裂魔法をもってしても敵いません。噂では、人知を超えた対魔法結界が張られているとか。いたずらに命を落とすだけです」

『結界…』

「はい。なので、もう逃げる他道はありません」

 

  球磨川はギルドに行きたがってる風だが、めぐみん達が逃げれば後を追ってくるだろう。そう考え、めぐみんが構わず逃走を再開。

 

『うーん。それって変だよね?』

「へん…とは、どうしてでしょう」

 

『よーく考えてみて。死ぬのが怖い、だから逃げるの?逃げた先にもデストロイヤーが来たら?ここでデストロイヤーを倒しておかなきゃ、一生影に怯える生活だよ?そうなると、今死ぬか後で死ぬかの違いしかないわけじゃん』

「それは…」

 

  意図せず、球磨川の言葉で足が止まる。その通り。ここで逃げても、その先でもまた逃走の繰り返しかもしれない。機動要塞がいつ来るかもわからない恐怖が、常に付き纏う。これから先、心から安らげるとすれば。それは、ここでデストロイヤーを破壊するしかない。言うは易しだが。

 

『それにさ。逃げたくても逃げられない人だっているんだぜ』

「…え」

 

  球磨川の視線が、ここまでだんまりだったダクネスに向けられた。

  ずっと、球磨川ら三人のやり取りを聞く中で閉じていた目を、ゆっくり見ひらく。

 

「我が名は、ダスティネス・フォード・ララティーナ。ダスティネス家に名を連ねる者として、ミソギの言う通り、逃げる訳にはいかん。例え、街に残るのが私一人になったとしてもな」

 

  それが領主の務め。それこそが、領主の責任。父は絶対に逃げ出さない。であれば、娘としても逃げることはできない。

  いつもの残念さは彼方へと消え。目の前にいるのは、清澄な闘気のみを纏った高潔な女騎士。これまで、自分の身を犠牲にしながら仲間を庇ってきたダクネスは、此度も同様に街を守り抜こうとするはずだ。

 

  たった一本剣を持ち、鎧を身につけただけの身体一つで。

 

  目には一切の迷いが無く。

  球磨川達がなんと言おうと、デストロイヤーに立ち向かうことをやめたりはするまい。

 

「ダクネス…」

 

  我先にと逃げ出しためぐみんだが、仲間の勇敢さを見せつけられては、それ以上の逃走を躊躇するというもの。

  また、ダクネスを置き去りにしてまで逃げ果せようなどといった考えは、そもそも持ち合わせていない。彼女が逃げないと言うのなら…

 

「…デストロイヤーと戦うとなれば、遊びじゃすみませんよ?そんじょそこらのクエストとは違います。私達含めたアクセルの冒険者全員で戦っても、勝ち目は薄いかと」

『ティッシュよりもね!』

 

  ダクネスの決意は変わらないと理解しながらも、めぐみんが事の困難さを再確認する。これは説得ではない。めぐみんが自らにも語りかけている。自分よりも年下の女の子が、言葉を紡ぎながら覚悟を決めようとする姿に、ダクネスは口元を緩ませて

 

「お前達を巻き込むつもりはない。逃げるのは悪いことじゃないぞ。仮にデストロイヤーの破壊を阻止出来なかったとしても、この世界にお前達が生きてさえいてくれれば、私は安心出来る。心置き無く戦えるよ」

 

  めぐみん達が生き残っているという希望を胸に、逝けるのだ。絶望の中死ぬよりも遥かに上等。球磨川達にはむしろ一緒に戦ってもらうよりも、ここで逃げてもらったほうが良い。

  ダクネスが逃走を促すための言葉を選んでいると。

 

「そんなセリフは聞きたくありません。私達が生きていれば?ふざけないでくださいっ!!」

「なっ!?」

 

  悟ったようなダクネスの胸ぐらを、めぐみんは鬼の形相で締め上げた。

  予想外のことで目をパチクリさせたのは、めぐみん以外の全員だ。

 

「ダクネスがいない世界で、私達だけのうのうと生きろと言うんですか?馬鹿にしないでもらいたい。そんな生に魅力なんかありませんよ。仲間の犠牲の上に得た安息なんか、こっちからお断りです。くそくらえです」

 

  ダクネスを締め上げていた手が緩む。帽子のつばで隠れためぐみんの顔は、今どんな感情に支配されているのだろう。

 

「めぐみん。頭の良いお前ならわかるだろう?あまり私を困らせないでくれ」

「…私達も残ります」

「何を言って…!」

 

  紅魔族随一の魔法の使い手は、帽子をとって、爽やかな笑顔で宣言した。

 

「我が爆裂魔法で、チープなガラクタごとき吹き飛ばしてさしあげましょう!パーティーを組んだその日から、我々は運命共同体となったのです」

「…まったく。困った奴だな」

 

  微笑を堪えきれないダクネス。

 

「ふっふっふ。デストロイヤー討伐の名誉は、私がもらいますよ!」

「戦うとなった途端、強気じゃないか」

 

  一緒に戦ってくれるのは、ダクネスだって嬉しくないわけがない。もう、言葉はいらず。ダクネスとめぐみんは見つめ合い、ただ一度、首を縦に振った。

 

『さっきは爆裂魔法じゃ倒せないって言ってたのに。結界があるとか言ってたのに。おっかしーな』

「球磨川さん、しーっ!ダメよそんなこと言っちゃ。せっかくめぐみんが覚悟を決めたんだから!」

 

『そうだね。それと僕も、決意したよ。例えどれだけの戦力差だろうと、勝ち目がなかろうと、負けイベントでも。それでも、ヘラヘラ笑いながら闘うのが【過負荷(ぼく)】だし』

 

「はぁ….。いまさら、逃げられる雰囲気じゃないわね」

 

  アクアは右手を頬にあてて、憂鬱そうにため息をひとつ。

 

「思ったんだけど、神聖な私を追い詰めるなんて。たかだかからくり仕掛け風情が、生意気なのよねー。しょーがないから、お灸をすえてあげようじゃない!」

 

  自然に巻き込まれた球磨川とアクア。しかし文句を述べることなく、ダクネスらに続く形でギルドへ向かった。球磨川とアクアに確認をとることなく、先に歩き出した少女二人。球磨川達なら言うまでもなく、必ずついてきてくれると信じているからか。

 

『全くもって、度し難い。僕のようなゴミクズ以下の存在を信頼するとは。命取りもいいところだよ』

 

  風にかき消され、誰の耳にも届かなかった言の葉。人より劣り、人生に価値を見出せなかった自分が、まさか信頼される日が来るだなんて。過負荷な学ラン少年も、案外戸惑っているのかもしれない。信頼されたくらいで暴走兵器と戦おうとは、箱庭学園転入直後の彼だったならば、思わなかったはずだ。

 

 …………………

 ……………

 ……

 

  方針…というか、展開としては。

 

  これからギルドに行き、集まった面々と作戦を練り、一致団結してデストロイヤーを迎え撃つ。というのが理想だったのだが。

 

【『相手が強くなるのを、敵が黙って見過ごす筈が無い』】

 

  某生徒会選挙で、球磨川がめだかちゃん達に行った非道。

  意志のない兵器が、狙ったとは思い難いけれど。現実として、機動要塞デストロイヤーは、球磨川と同じことを実行した。

 

「ねえ!アレって…!」

 

  最初に感づいたのは、意外にもアクア。そこから、ダクネス、めぐみんと続けて気づく。

 

『なになに?どうしたの?』

 

  険しい顔の女性陣に、一人おいてけぼりの球磨川が尋ねる。

 

  ダクネスはやおら抜刀し、切っ先で球磨川の視線を誘導した。

 

『ワオッ。…警報、遅すぎないかな。とても逃げるのなんて間に合わないよ』

 

  通りがかった街を、悉く地図から消してきた兵器。

  機動要塞デストロイヤーが、球磨川達の背後からやってきていた。蜘蛛を想起させる外見。超がつく巨大なボディで山の一角を削りながら、馬を超える速度でアクセル方向へと進んでくる。

 

『作戦会議もさせてくれないなんて、なんて卑劣な…!僕が一番許せないタイプだ!』

 

  バックアタック。球磨川達は戦闘準備もままならない状態で、迎撃を余儀なくされた。

 




やっぱりルチアは可愛いなぁ。

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