ーウィズ魔導具店ー
棚に商品を陳列しながら、社交界から飛び出してきたような、タキシードの男が声を出す。
「どこへいく?性懲りも無く、売れる見込みの無い、商品とは名ばかりの産廃を仕入れに向かうのではあるまいな?」
怪しい仮面がトレードマークの公爵バニルは、店の勝手口から飛び出して行かんばかりの店主に問う。
「仕入れって…バニルさんてば!今の放送を聞いていなかったんですか?機動要塞デストロイヤーが、ついにこの街までやってきてしまいました!」
バニルは手にしていた商品入りの箱を、優しく床に置いて。
「の、ようであるな」
「じゃあどうして落ち着いていられるんですかっ!」
反論するウィズの顔は赤く。
「今日この時、デストロイヤー警報があることは既知だったからな。我輩を誰だと思っている?」
見通す悪魔。
ウィズは冒険者時代に、バニルの奇怪な能力によって数え切れない辛酸を舐めさせられた。デストロイヤーの接近程度、その気があれば予知するのも容易いだろう。問題があるならば
「だとしたら、なんでデストロイヤーが来ることを周知しなかったんですか!バニルさんが情報を広めていれば、今頃街の人達は避難済みだったかもしれないのに」
「たわけっ!」
ピシッ!
バニルの華麗なデコピンが炸裂。
「いたっ!?…な、なんで私がデコピンされなくちゃいけないんです??」
小豆サイズの赤い痕を額に作ったウィズが、手で患部をさすりながらバニルを睨んだ。
「今から、デストロイヤーに恐怖しながら愚民共が逃げ惑う。その際には、我輩の大好物であるところの【アレ】が大量発生すること間違いなしではないか」
アレ。すなわち悪感情。自身の欲求を満たす為ならば、住人全員を危険に晒すことも辞さない。バニルとは、そういう奴なのだ。
「バニルさん、相変わらずですね。欲望に忠実といいますか…」
「わかりきったことを。そしてウィズ、貴様もな。大方ギルドへ出向き、デストロイヤー討伐に一役買う腹なのだろう?せいぜい、気張るが良い」
ウィズは呆気にとられた顔をし、数秒おいて吹き出した。
「ふふっ」
「何がおかしい?」
「いえ、私がデストロイヤー討伐に行くのを止めないあたり、バニルさんもなんだかんだお人好しですよね」
クスクスと、ウィズが眼を細める。
「ぬかせ。貴様がデストロイヤーを討伐すれば、謝礼金なりが受け取れる可能性があるではないか」
「結局お金ですかっ!?もうっ」
「我輩は茶でも啜りながら、吉報を待つとしよう」
「…わかってました。手伝ってくれないのは、わかってました…」
プリプリと怒りをあらわにしつつ、ポンコツ店主はギルドへと旅立った。
「我輩がマイダンジョンを持つには、とにかく金である。商売人としてのウィズは今ひとつだが、冒険者としては光るものがある。期待しているぞ」
店内では、嫌味な見通す悪魔のみが椅子に腰掛けくつろいでいる。避難勧告に従って逃げ惑う、まさに阿鼻叫喚といった人間達から、桁外れな悪感情を得ながら。
「ふむ。デストロイヤー、か。これ程の悪感情が生産可能だとは、存外利用価値があるくず鉄である。ただ、我輩の食料庫に土足で侵入とはいただけない。魔王のやつは捨て置けと言っておったが、このまま街を破壊されるのもつまらん」
淹れたばかりの紅茶は湯気をたたせ、バニルは貴族顔負けの洗練された仕草でそれを口に運ぶ。一口、二口。ほどよく均整のとれた苦味と甘みは、喉を潤すには可も無く不可も無く。
「不良債権店主はギルドへ行ったが、その前に一波乱ありそうだ。負感情少年と愉快な仲間たちが、どれだけ持ち堪えるか見ものである」
バニルには、球磨川らがデストロイヤーに急接近された場面が見えた。
油断していた所へ強襲。
球磨川のスキルならば全滅しないとは思うが…。
野球観戦に来た客よろしくドッシリと構えて遠視していたバニルだが、意味ありげな微笑は、既に結果がわかっているかのよう。
………………………
………………
…………
言うまでもないことだが、球磨川達の中でデストロイヤーを目撃した過去を持つ者はいない。つまり今が初対面。
「で、でで、でかぁー!冗談じゃない、冗談じゃないわ!あんなに大きいなんて聞いてないんですけど!勝てるわけないんですけどっ!!」
アワアワと、女神様が両手を空に掲げて降参した。ちゃっかりと球磨川の背中に隠れながら。
元は要塞なのだから、デカいのは当然だ。
めぐみんも、そしてダクネスも。実際にデストロイヤーと対峙すれば悟るしかない。
人間が敵う道理はない。
威勢の良さは、眼前に迫った【死】への恐怖で消し飛んだ。長時間正座した後のように両足は震え、氷点下に晒されたように口が痙攣。抑えようとしても止まらない。身体が言うことをきかないことで、更に不安が増す。
元々要塞だった建造物が、8本の脚を持ち、馬より速く迫ってくる恐怖。
「わ、私はダクティネスララティーナ!デストロイヤーよ、いざ尋常に勝負っ!」
ダクネスの剣が、釣りたての魚かと思うくらい躍動する。正確には、剣を持つ彼女の手が揺れている。呼応するように、彼女の身を包む鎧も、金属音でリズムを刻む。ダクネスだけ地震に見舞われていると錯覚してしまうほど。
『落ち着いて、ほら深呼吸、深呼吸。自分の名前も言えないくらい動揺してたら、勝てるものも勝てないよ』
そんな二人を見かねて、球磨川が肩に手を置いた。
「ミソギ…」
球磨川を振り返る二人は、今にも泣き出してしまいそうな目をしていた。
二人を安心させようと、球磨川は柔らかな笑顔で語りかける。
『負けたっていいんだから。誰も君達を責めたりしないし、僕がさせない。僕が偉そうにアドバイス出来ることなんて、そう多くはない。でもこれだけは確信してる。命をかけて戦った奴は、それだけで【勝ち馬】さ。仮に死んでしまっても、未来の人々は君達を勇敢な冒険者として語り継ぐだろうってね』
「「結局死んでる!?」」
球磨川の励ましは、予想とはかなり違う方向性だった。命を落とすことに恐怖した二人には、死後の名誉なんて心底どうだっていい。デストロイヤー戦の作戦でも伝えてくれた方が嬉しかった。だのに。
「ふふ、ミソギはこんな時でもミソギなんだな」
「…ええ、いつもいつも斜め上なんですから、この人は」
不思議と、身体の震えは治まった。
刻一刻と迫るデストロイヤー。
『緊張はとけた?んじゃ、そろそろ作戦タイムといこっか!といっても、決定打の候補は決まってるけどね』
「そうだな。私達がデストロイヤーにダメージを通せる可能性は、めぐみんだけだ」
爆裂魔法。時にネタ扱いすらされるキワモノでも、威力に関してはぶっちぎりのナンバー1。要塞を破壊する手段はこれしかない。
「私にも、手がないことはないけど。やっぱり頼れるのはめぐみんね。私、今日ほどめぐみんが居てくれて良かったと思った日は無いわ!ちゃちゃっと爆裂魔法で破壊しちゃいましょう!」
『と、行きたいところだけど。…ことは、そう簡単じゃない。アレには、対魔法結界が張ってあるって話だったよね?』
チラリと、ダクネスを見る。
「そうだ。当然、デストロイヤーに魔法を当てた経験が無いから推測の域を出ないがな。それが爆裂魔法に耐えうる代物なのかもわからない。だが、結界が弱まっていると楽観するよりは、ある前提で挑むべきだ」
「結界?まためんどいものが張ってるわね」
最悪のパターンを想定しておけば、土壇場で慌てることも少ない。
『さ、めぐみん。爆裂魔法をより効果的に使うにはどうしたら良い?』
「…こんなにも早く、使う日が来るとは思いませんでした」
めぐみんは胸元から、一つの宝石を取り出した。
「あら?それって…」
アクアの呟き。宝石には、見覚えがあった。
ヒヒイロカネ。
職人が集う街、ブレンダンで大金を払い購入したもの。使用すれば、爆裂魔法の威力を向上させられる。
『これがあれば、何とかなるんじゃない?』
「そう…ですね。ですが、いくらなんでも結界の上から破壊するには不安が残ります」
一同、思考の海へと潜る。なんにせよ、結界をどうにかしなくては活路も生まれない。
「ミソギのスキルならばどうだ?」
未だ解明されていない球磨川の能力。
ダクネスは過去、実際に死をなかったことにしてもらったり、負傷や鎧の傷を治してもらったりしている。
神のような力だとさえ思う。
『えっとぉ、残念賞ってとこかな』
なんとも無邪気に笑う。
『僕のスキルはね、僕自身が対象を認識出来ないと発動しないんだ。デストロイヤーまではそれなりの距離が依然あるし、肝心の結界、それが張られているのか否か、僕には判断がつかないんだ。どういった形状で、どういった仕組みか。これがわからないとちょっとね。期待に添えなくて歯痒いよ』
「そうか…。アクアはどうだ?何か打開策を思いついたりは」
「私?そうね。爆裂魔法が難しいのなら、ゴッドブローでもしてみようかしら。張られているのは【対魔法】だから、物理攻撃なら効くかもしれないでしょう?」
準備運動のつもりか、アクアは右腕をぐるぐると回転させる。
名前は強そうだが、イマイチ効果がわからない。
『ゴッドブローって強いの?』
「強いわよ!当たれば即死なんだからっ!…まあ、カエルには効かないけどね」
「カエルとは、ジャイアントトードのことでしょうか?確かにあのカエルは物理耐性を持っていると聞いたことがありますが…それを差し引いても、ジャイアントトードに防がれた攻撃がデストロイヤーを破壊し得るとはとても…」
めぐみんでなくとも、客観的に考えれば無理だとわかる。
「な、なによ三人とも!信じられないって顔ね!いいわ。すぐに考えを改めさせてあげるんだから!!」
「待て、アクア!無謀すぎる!!」
「止めても無駄よ。数分後、アンタ達は私を崇め奉ることになるんだから!」
オンユアマーク。制止を振り切ったアクアはクラウチングスタートを決め、デストロイヤーとの距離をあっという間に詰めていく。
『速い…!アクアちゃん、相当にステータスが高いみたいだね』
「感心してどうするんですか!アクアが死んじゃいますよ!?」
『といってもね。アクアちゃんがデストロイヤーの近くにいっちゃったら、爆裂魔法も撃てないし。かといって僕じゃあ追いつけないからさ』
いかに爆裂魔法を撃ち込むかといった話し合いだったのに。謎の自信があったアクアは暴走してしまった。
諦めモードの球磨川に、ダクネスが懇願する。
「頼むミソギ!アクアを助けてやってくれ。最悪でも、アクアをすぐに生き返らせるようにしないと…!」
ダクネスもめぐみんも、仲間想いが過ぎる。そして彼も。箱庭学園を訪れてから、時々感じてしまう。自身の【性質】が変わり始めていることを。
『やれやれ、せっかちな女神様だ。何か良い事でもあったのかな?』
気怠げに後頭部を掻いていた球磨川が、次の瞬間、姿を消す。
スキルを使って、アクアに追いつくまでにかかる「時間」を、なかったことにした。
『先走りは死亡フラグだぜ、アクアちゃん』
「球磨川さん…!」
前触れなく眼前に現れた球磨川。
アクアは靴底を減らしながらブレーキをかけ、ギリギリで止まる。
全力疾走からの停止は、足にかなりの負担をかけた。
『っ!…アクアちゃん!!』
「きゃっ!?」
唐突に。「急に現れたら危ないでしょ」みたいな事を球磨川に注意しかけたアクアを、球磨川は押し倒した。
本屋でいやらしい本を買う際、好きな人に「ご一緒しませんか?」と誘うくらいだから、球磨川も一般的な男子高校生。たまにはそうした気分にもなる。とはいえTPOは弁えるべきだし、今は微塵もそのようなことをする状況ではない。
アクアは球磨川に真意を聞き、事と次第で彼にゴッドブローを放とうと決めた。
「く、球磨川さん。とりあえず降りて頂戴!」
丁度アクアの腹部に球磨川の頭がある。アクアは両手で球磨川の肩を優しく掴み、上体を起こしてやる。
「球磨川さん、案外体重軽いのね」
ムードもヘッタクレもない球磨川の押し倒し。何故このようなことを?アクアが聞き出す前に。
「…て、球磨川さん!?どうしたのよこれ!!」
体重が軽いのは当然。球磨川の身体が、元の半分になったのだから。
アクアの上にあったのは、上半身のみ。
彼の腰から下が抉り取られていたことで、アクアはようやく理解する。
機動要塞デストロイヤーが足でアクアをなぎ払おうとし、咄嗟に球磨川が庇ってくれたことを。
「そんな…」
『気にするなよアクアちゃん!』
「!?」
閉ざされた球磨川の瞳が、パチッと開く。腰から下がない状態で、何事もないように明るい声をかけてきた球磨川。
これにはアクアも取り乱しかけた。
「大丈夫なの!?」
『あはは、面白い冗談だ。女神ジョークってヤツ?大丈夫なワケがないだろう。君を守るのと引き換えに、身体半分が吹き飛んだんだから』
そう。大丈夫なワケがない。それでも、軽快な口調で話されては危機を感じにくくなるのが道理。
アクアが言葉を見つけられずにいると。
『結界のせいかは定かじゃないけれど、デストロイヤーには僕のスキルが効きにくいみたいなんだ。でも、直に肌で触れてれば別みたいでね』
「なに言ってるの…?」
球磨川は口から大量に血を吹き出しつつも、笑顔でデストロイヤーを指差す。
「あ…」
デストロイヤーは、8本の内一本。球磨川を抉った際に使用した足を失っている。足をなくされ、いささかバランスを取りづらそうに佇む。
『機動要塞デストロイヤーの足を、なかったことにした!さ。反撃開始だよアクアちゃん!』
ニュルンと下半身を生やした球磨川(…これも無論スキルを使用してる)は、アクアを担ぎ、行きと同じ方法で、ダクネス達の元まで戦線を下げた。
アクア様を押し倒すなんて。役得も良いところですねクマーは。まあ、下半身無くすだけでアクア様に触れられるなら安いものですね。…ですね。