この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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ダクネスのドM発言って、改めて変態だと感じました。


四話 ふりだし

 翌日。クリスの発案で、球磨川に冒険者のいろはを学んでもらう機会が設けられる。まずは冒険者の基本、クエストを受けてお金を稼ぐ。覚えるには、体験するのが一番。実際に任務を受けてみようと、クリスが球磨川宅まで迎えに来ていた。

 

  無一文の球磨川が宿屋なんかに泊まれるはずはなく、クリスに雀の涙ほどお金を借り、馬小屋で疲れを癒していた。

「ミソギくーん!朝だよー!」

『…なに?』

  安眠を妨害され、不機嫌な球磨川。

「なにって、昨日話してたじゃない。ギルドでクエストを受けてみようって。」

『そう。頑張ってね。クリスちゃんの冒険に、女神エリスの加護があらんことを。』

  まるで他人事な球磨川の態度。ひょっとして朝に弱い?ともかく、彼があらゆる点で一筋縄でいかないことは、クリスも承知しはじめている。

 

「【バインド】!!」

 

  盗賊用スキル。縄が相手を拘束する、捕獲に使える技。

  前置きもなく、スキルによる実力行使。

『うわっ!?』

  藁の上で寝転んでいた球磨川は、抵抗虚しく拘束されてしまった。

「誰のことを思って、あたしが行動してるかわかってる?」

『わーお。近頃の神様は手荒だぜ。』

  Tシャツの襟をつかまれ、ズルズルとひきづられて、球磨川はギルドに到着した。言葉による説得を早々に無駄と判断したエリスは、やはり有能なのかもしれない。

 

『自分が勉強しようとした時に、親に勉強しろって言われたことある?クリスちゃん。』

  寝癖全開で気だるそうな球磨川は、ギルドの中でようやく拘束を解いてもらえた。

「また訳のわからないこと言って。今日は君にとっても重要な、クエストの受け方を教えてあげようって日なんだからね?少しは感謝してくれても良いぐらいなんだから。」

『神は人の言うことがわからない。』

「む!ミソギくん!悪い子にはジャンプ貰ってきてあげないよ?」

 

  バサッ!

 どこからか取り出した学ランを羽織り、櫛で寝癖を整えはじめた球磨川に、クリスは当分ジャンプをエサにしようと思った。

 

「おはよう、クリス、ミソギ。良い朝だな。」

  二人がクエストの貼ってある掲示板前へ行くと、既にダクネスが待機していた。

「おっはよー!今日は手伝ってくれてありがとう、ダクネス!」

「ふふ、構わんさ。ミソギは冒険者に成り立てで、今日が初クエストなのだろう?一緒にクエストを受けるくらい礼には及ばない。」

  先輩冒険者が新米冒険者を助ける。駆け出し冒険者が集まるアクセルでは、なにも珍しいことではない。友人のクリスから頼まれては、ダクネスが断る理由もなく。

『心強いね、クルセイダーって上級職なんでしょ?盗賊よりは余程頼りになる。』

  盗賊のクリスをサラリとバカにしつつ、球磨川はダクネスに礼を述べた。皮肉を言わなければ、素直なところもあるのだが…(クリスの感想です)

「ふーんだ。盗賊にだっていいところはあるんだよ。冒険者にしかなれなかったミソギくんに言われても悔しくないからね!」

「ま、まあまあ。二人とも落ち着いてくれ。今日は小手調べに、簡単な討伐クエストでもどうだろうか?」

  険悪な二人をなだめつつ、ダクネスは一枚の依頼書を差し出す。

 

 〈グレート・チキン討伐〉

  この季節に山から下りてくるグレート・チキン。繁殖期でエサが足りなくなると、人里へ赴き被害を出す。討伐数は特に指定が無く、討伐数に応じて報酬が出る。

 

『チキンか。任せてよ。クリスマスとかには、よく討伐したものさ!』

「…ダクネス。君はホントにもう。」

  球磨川のボケをスルーして、クリスがダクネスの手から依頼書を奪い取った。

「ああっ!?何をするクリス。」

「グレート・チキンの強さ、知ってるよね?」

  グレート・チキン。名前に反し、非常に好戦的なモンスター。常に数匹で群れを作り、獲物の退路を断って袋叩きにすることで有名。鋭く硬いクチバシは、半端な鎧であれば軽々つき破る。大きさは軽自動車程度。デカイ。

  ダクネスが壁役になっても、火力不足なクリスと球磨川では仕留められない。

「私が必ず二人を守るから!一度、大量のグレート・チキンに袋叩きにされてみたいと思っていたんだ。鋭いクチバシに、鎧はどんどん傷つき、蓄積されてゆくダメージに焦り、逃げようとするも退路は断たれているだなんて…。やっぱり受けよう!すぐ受けよう!」

 

  自分がやられる場面を妄想して顔を赤らめるクルセイダー。クリスはなんとか反論したかったが、幸せそうなダクネスに何も言えない。

 

『類は友を呼ぶ。僕の国のことわざだけど、知ってる?』

  チラリ。球磨川がクリスに視線をやる。

「あたしは違うからっ!!ダクネスがちょっとアレなだけだからぁ!!」

 ………………

 ……

 

  アクセルから遠く離れた、広大な平野。三人はグレート・チキンの目撃情報があったポイントまで到達した。

 

「うむ。この周辺にはいないようだな。」

「気をつけてね、ダクネス。」

  壁役のダクネスが先導し、クリスらが後ろを歩く。グレート・チキンは山の方向から来るはずだ。幸い平野で視界は良い。

  あんまりにもダクネスがごねたものだから、クリスが根負けしてしまった。結局グレート・チキン討伐を受けはしたが、クリスが撤退と言ったらちゃんと従う条件付き。

 

『ねえ、まだ敵はいないの?』

「いや!お出ましだ…!」

 

  球磨川がダクネスに問いかけたとほぼ同時。砂埃をあげながら、グレート・チキン達が一直線に近づいてくる。その数4羽。

 

  ダクネス達との距離が100メートルくらいになり、チキンらがバラバラに動く。2羽がまっすぐ突っ込み、残り2羽が左右から挟み込むつもりらしい。エサが確保出来ず、気が立っている様子。

 

「マズイね。想像より俊敏だ。」

「いや、私がスキルで敵を全て引き受ける!」

 

  ダクネスがスキルを発動すると、左右に散った2羽もルート変更し、ダクネスに襲いかかる!

 

「ぐああぁぁああっ!」

  4羽のチキンに突かれまくり、ダクネスの鎧がズタボロになっていく。何故か顔を赤らめているのはこの際どうでもいい。

「くっ!これでどうだ!!」

  クリスがナイフを投擲しても、チキンは怯みもしない。

「やっぱり無理か…!!」

『…ねえ!どうしてダクネスちゃんは自分で反撃しないの?』

 

  観察していると、ダクネスは無抵抗でされるがまま。手に持った剣は、一切振るわない。

「それは…。ダクネスは攻撃を当てることが出来ないからだよ。」

『そうなんだ。確かに、多勢に無勢。アレでは防御で手いっぱいだ。』

「いや、ダクネスは静止した標的にさえ攻撃を当てられないんだ。」

『……わけがわからないよ。』

 

  バキッ!ベキッ!!

 

  グレート・チキン達の容赦ない攻撃は続いている。ダクネスが無抵抗で、一身に受け止め続け…

 

「ミソギくん!なんか手段はない?」

 

  クリスは内心撤退を決意したものの、その前に聞くだけ聞いてみる。

  攻撃を受け続けているダクネスは、徐々に苦悶の表情を浮かべ出した。

  苦悶の中にふと覗かせる興奮がなければ素晴らしいのだが。

 

『一応、僕の為に頑張ってくれてる訳だしね。クリスちゃん。僕のスキルを一つ見せてあげるよ。』

「えっ!」

 

  スッ…

 

  右手を突き出し、ボソッと呟く。

 

『【大嘘憑き(オールフィクション)】』

 

  音も無く。ダクネスを囲んでいたチキン達が、まるで最初から存在しなかったかのように消え去った。

 

「え…?なにが、おこったの…」

  残ったのは静寂だけ。攻撃の嵐から解放されたダクネスも、事態が飲み込めていない。

 

『グレート・チキンを無かったことにした。』

「なかったことに…?」

『そう。全てを無かったことにする。それが僕のスキル、【大嘘憑き(オールフィクション)】。名前だけでも覚えて帰ってね。』

 

  全てを無かったことにするスキルなんて、エリスは知らない。が、事実グレート・チキンは姿を消した。チキン達が存在したことを証明出来るのは、ダクネスの鎧に刻まれた傷だけだ。

 

  まさか。

「転生の間から居なくなったのも?」

『そう。僕の死を無かったことにした。』

 

  めちゃくちゃ過ぎる。そんな規格外の能力、存在してはならない。自分の死を捻じ曲げられる人間なんて、いていいはずがないのだ。

『随分な言い草だね。でも、クリスちゃんは勘違いしている。』

  青ざめた顔のクリスに、球磨川が微笑みかけた。

『僕のスキルが、そんな良いものの訳が無いじゃない。』

「えっ…それは、どういうこと?」

『……そうだ。このスキルは人に内緒にしといてよ。ジャンプは仕入れなくてもいいからさ、僕が君の正体を明かさない条件として。』

「……え。」

 

  言い残し、今度はダクネスの元へと駆け寄る球磨川。彼が傷だらけの鎧に触れると、たちまち傷が消えて無くなる。

「おお…!ありがとう、ミソギ。これはお前のスキルなのか?」

『まあね。ダクネスちゃんこそ、今回はありがとうね!』

 

  遠巻きに二人のやり取りを眺めるクリスは、球磨川の存在が更に不気味に思えて仕方が無かった。

 

 ………………

 ………

 

  ともあれ。グレート・チキンを討伐し、無事クエストはクリア。球磨川の冒険者カードには、知らぬ間にグレート・チキン討伐数4と記入された。

 

『へぇ。こいつは便利だね。』

「それを受け付けに見せると、報酬が貰えるんだ。」ダクネスに連れられ、報酬を受け取る。三人で山分けにし、早速みんなで食事に使う。

 

「初陣にしては落ち着いていたな、ミソギ。」

『ダクネスちゃんこそ、囮役してくれて助かったよ。僕だけだったらあっという間に死んでたし。』

「それは気にしなくてもいいだろう。単独でクエストに挑める冒険者はそうはいない。」

「…………」

 

  一人、うつむいたままのクリス。

 球磨川はともかく、ダクネスは不思議そうにクリスを見ている。

「クリス。気分でも優れないのか?」

 

  ダクネスに気遣われ、クリスは自分の態度がおかしかったことに気づく。

「あ、ううん!大丈夫!ちょっと考え事しちゃってた!」

「そうか。いや、クリスも疲れただろう。ほら、料理がおいしいぞ。」

 

  ダクネスの手前、どうにか平静を装ってはいるが、思考の大半は球磨川のことで占められている。悩んでいても解決しない。クリスは食事を終えたら一度天界へ帰り、情報を集めることに。

 

「ではな、クリス、ミソギ。またクエストを受けるときは呼んでくれ!」

 

  満腹になったダクネスは、クエストクリアが嬉しかったのだろう。上機嫌でギルドを後にした。

 

『クリスちゃん、そんなに僕が気になるの?モテる男はつらいぜ。』

「確かに君のことを考えてはいたけどさ!絶対、あたしがどうして悩んでるかわかってるよね!?」

『わかるわけないじゃないか!人の思考を読めていたら、僕はとっくにハーレム主人公になってるよ。』

「その例えはどうなのさ。と、ともかく。あたしはしばらく街を離れるとするよ。」

  クリスは自分の支払い分をテーブルに置いて、立ち去ろうとした。

『うん、今日はありがとね!また一緒にクエスト受けよう。』

「………もちろん!」

  自分の杞憂かもしれない。球磨川を危険視するなんて。言動のところどころに不穏なものは感じるが、モンスターを退治したり、ダクネスを癒したり。実際はいい人なのかも。エリスは天界へ帰るのを中断しかけた。

『ちなみに、天界とやらでも僕のスキルは内緒ね。バラしたら君はもうダクネスちゃんと友達じゃいられなくなっちゃうかもね。』

 

  …前言撤回。危険度の評価は保留だが、人としては最悪だ。

 

 ……………

 ………

 

『やれやれ。また一人になっちゃった。』

  残された球磨川が余った料理でお腹を膨らませていると…

 

「そ、そこの人。料理を注文し過ぎてしまったのでしたら、私に分けてはもらえませんか…?もう何日もご飯を食べていないのです…。」

  マントを羽織り、赤い瞳をした女の子が、お腹を鳴らして頼み込んできた。




紅魔族随一の魔法使い参上!

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