「ミソギ、アクア!無事かっ?」
ダクネスとめぐみんの前に、アクアを抱えた球磨川が【大嘘憑き】の使用によって出現した。
デストロイヤーが、アクアのいた地点を薙ぎ払ったように見えたものの、一目怪我も無さそうでダクネス達は安堵した。
それだけではない。デストロイヤーの足が、一本消え去ったのは非常に喜ばしい。難攻不落と評される機動要塞に、僅かな突破口が開けたのだ。
「素晴らしいです。アクアのゴッドブローが炸裂したのですか?デストロイヤーの足を破壊するなんて凄すぎますよっ!」
正直なめてましたと、めぐみんが頭を垂れる。球磨川の成果ゆえ、アクアが威張れた事ではない。ないが、かといって否定するほど、元来プライドの高い女神様が謙虚になれるはずもなく。破壊したというよりかは、元よりなかったことにしたのだが。
「おほほ…。どっちかと言えば、私のおかげと言えないこともないかしらね。…うん。細かいことはいいのよ。大事なのはね?デストロイヤーにダメージを通したってところなの!」
『下半身を消し飛ばされてまでアクアちゃんを助けた、命の恩人の手柄をも横取るなんて。君ならきっと、裏切りだらけの乱世も生き延びられるだろうぜ』
手柄を取られるなんて、球磨川からすれば極自然なこと。目くじらをたてて怒ったりはせず、ただアクアの図太さを称賛した。球磨川は現状、デストロイヤーに吹き飛ばされたはずの下半身を取り戻している。アクアは再確認するように球磨川の足をペタペタ触りつつ
「ていうか、冗談抜きで球磨川さんの下半身が戻ってる…」
数秒、じっくりと観察してみても、元の下半身と毛ほども変わらない。
このような奇跡が起こって良いものだろうか。女神は、世界のルールをも覆しかねない球磨川の能力を真剣に考察する。
「再生といえば、ブレンダンの時もそう。私がリザレクションをかける前に生き返ったわよね」
過去に、球磨川はマクスウェルの呪いによって命を落としたことがある。同室だったアクアが蘇生させようとした直後に、球磨川は自力で復活してみせたのだ。
デストロイヤーに薙ぎ払われた際、アクアは球磨川の上体を起こそうとして、異様な軽さに驚いた記憶があるので、消し飛ばされた光景は幻の類ではないだろう。
何かしらの回復スキルを使ったと見るべきか。自然治癒という線は無理がある。下半身が生えるとしたら、それはもうナメック星の出身になってしまう。
『僕を案じての発言なら、涙でもすべきかもしれない。…けどそうじゃなさそうだ。露骨に話題を変えられたようにも感じるし、オマケに、君は僕の安否よりもスキルにお熱のようだ』
いつまでも足を触られているのは耐えられないようで、球磨川はそっとアクアの手を掴んで剥がした。
手を離しても、まだアクアの感触が足に残っているような錯覚。
「す、スキルについてはそりゃ知りたくないと言ったら嘘になっちゃうけど、球磨川さんを心配しなかったわけではないの!」
取り繕う女神様。
『そこまで知りたいものかね。説明する程のもんじゃないんだけれど。もっとも、もったいぶる程のもんでもない。しかし…』
この世界にきて、既に幾度か【大嘘憑き】について説明したこともあり、もう一回くらい説明するのは苦痛ではない。が、今日この時に限って言えば、そんな猶予はなかった。
『見てごらん、やっこさんを。説明してるだけの時間はくれないようだ』
球磨川に脚を1本減らされても、速度はそこまで落ちてはおらず。機動要塞は順調に迫ってきていた。
いたるところから蒸気を排出しながら接近してくる光景は、ゲームや映画に登場する近未来兵器そのものである。
「どうしましょうか。そもそも、結界はあったんですか?」
球磨川によって緊張から解放されためぐみんは、杖の先をデストロイヤーに向けつつ判断を仰ぐ。采配を委ねられた球磨川はこともなげに
『物は試しだ。めぐみんちゃん!爆裂魔法を放ってみてよ!結界があるかないか、それで判明するし。あ!ヒヒイロカネは温存しておいてね』
爆裂魔法のGOサインを出した。
「え?撃って良いのですか??それは、撃つのは構いませんが。むしろばっちこいなのですが…でも」
『デモもストもあるもんか。後顧の憂い無く、存分にやっちゃって!』
爆裂魔法を放てば、めぐみんは魔力を使いきり、自立すら不可能になる。球磨川はヒヒイロカネを温存するようにと指示したものの、一発撃ってしまえば、最早使う機会は訪れまい。
「ちょ、球磨川さん!」
そばで成り行きを見守っていたアクアが、ガッシリと球磨川の肩を鷲掴む。
『なんだいなんだいアクアちゃん。僕の決定に文句があるのなら、後日文書でだね…』
「いいのかしら?めぐみんは切り札なのよ?き・り・ふ・だ!使いどころはよーく考えないと駄目なんだからっ」
『何を言い出すかと思えば、決まりきったことを。めぐみんちゃんの爆裂魔法が重要なのは重々承知しているよ。ただ、結界が万が一張られていなければ、それで完了じゃん?張られていたら、プランBに移行するだけだし』
「ぷ、プランB?…うーん」
何か策がありそうだと判断したのか、アクアは言葉を紡ぎかけた口にチャック。しかし、目だけは球磨川を胡散臭そうに捉えたまま。
「アクア。この男は人の話を聞くつもりがないんだ。言いたいことはあるだろうが、好きにやらせてみようじゃないか」
「みたいね。最近の若者は人の言うことを聞かないって、アレ本当だったのねー。困ったものだわ」
『…うん。君たちの罵りは、僕にとってはそよ風のように心地良いよ』
ダクネスは球磨川の後押しをしているようで、たんに罵っているだけのような手助け(?)をした。不承不承、水の女神が納得した。
「爆裂魔法って中々見る機会ないのよねー。めぐみん!綺麗なのをお願いね!」
花火大会か何かだと勘違いしているアクア様に、めぐみんは応答しない。
もう彼女は、ちょっとやそっとでは意識を「外」に向けない。
誰の耳にも入らないことを確認してから、球磨川は楽しげに呟く。
『本当は、デストロイヤーそのものを【なかったこと】にしたはずなんだけれど…』
球磨川がデストロイヤーに下半身を持って行かれた際、球磨川もまた、デストロイヤーを消し去るべくスキルを行使した。が、なかったことに出来たのは足一本のみ。どうにもスキルの使用感が変化しつつある。長年共に過ごした、自身の代名詞ともされる【過負荷】。その効果が、弱まりつつある。
『ま、なんとかなるっしょ!』
チートと評されるスキルが使えなくなるかもしれない一大事に、なんの危機感も持たない球磨川。のほほんとお気楽な台詞で締めると、めぐみんの詠唱が始まった。
ー紅き黒炎、万界の王。天地の法を敷衍すれど、我は万象ショウウンの理。崩壊破壊の別名なり。ー
爆裂魔法を唱えればもう、ある種スイッチが入ったように集中力が増す。脳から大量のアドレナリンが分泌されるのがわかる。爆裂魔法は高難易度で知られ、繊細な魔力のコントロールが要求される。めぐみんでさえ油断は出来ない。
ー永劫の鉄槌は我がもとに下れ!ー
詠唱が進むごとに、周囲の空間は捻れていく。デストロイヤーの姿が、蜃気楼のように歪んで見える。
最後の一節を唱え終えれば、後は高々と技名を叫ぶのみ。
人類に許された、最強の攻撃魔法の名を。
「【エクスプロージョン】!!」
めぐみんの眼前に、規則性のある紋様、魔方陣と呼ばれるものが出現し、その中心からは業火が放出された。
周囲の温度は瞬く間に上昇し、球磨川達も油断すれば皮膚が焼かれそうな程。
デストロイヤーまで接近した業火は、しかし直前で届かず。目に見えない斥力に弾き返されるように焔は停滞。
「やはり無理ですか…!」
苦虫を噛み潰したような表情で、人生を捧げた己が魔法がはじかれる様子を見つめるめぐみん。ありったけの魔力は投じた。
「あれが結界か。くっ!あと少しだというのに…!」
ダクネスが、掌から血が滲むくらい強く、強く剣を握りしめる。対魔法結界を前に何も出来ない自分に憤りを隠せない。
めぐみんの爆裂魔法はヒヒイロカネを未使用だとはいえ、過去最高の威力を感じさせる。
これでも無理なら、魔法を放つタイミングが早すぎたのだ。
『いいや、これでいいんだよ。作戦通り、プランBといきますか!』
爆裂魔法を受けても健在なデストロイヤーの姿。
誰しもが爆裂魔法の使用を後悔する中、球磨川だけは作戦通りといった顔でデストロイヤーに走り寄る。
焔のはじかれ方は実に特徴的。デストロイヤーを透明なドームが覆っているように焔を遠ざけている。
『アンコントローラブルな【大嘘憑き】でも、これだけ結界の姿を捉えられれば関係無いぜ…!』
「球磨川さん!アンタ何をやっているのよ!それ以上近づいたら、爆裂魔法に巻き込まれるわよ!?」
アクアの忠告は風にかき消され、球磨川の耳には届かない。学ランの少年は躊躇なく爆炎の中に飛び込んだ。
「馬鹿者!戻ってくるんだ!!」
球磨川の奇行にギョッとしたダクネスも呼びかけるが、遅かった。
デストロイヤーにたどり着くまで、本気で豪炎の中を走り抜ける球磨川。
『ぐぅ…っ』
まず、最初にやられたのは喉だった。爆炎の中での呼吸で、喉と鼻が焼かれる。続いて眼球の水分が蒸発し、えもいわれぬ痛みが全身を駆け巡る。激痛の中、気がつけば皮膚は破れており、焔は骨ごと肉を焼き尽くす。
常人ならば、とっくにショック死している。
『…』
安心院さんに「不死身」の称号を頂いた球磨川禊であっても、所詮は人間だ。水に潜れば死ぬし、首と胴体が切り離されても死ぬ。何なら、絵の具を塗られただけでも死ぬ。無論、このような爆炎に巻き込まれて平気なはずがない。それでも、彼の口元には微笑が浮かんでいた。
目は溶け、何も見えない。ただただ、暗闇だけが無限に広がっている。肺が焼かれ、ろくに酸素も取り入れない。
耳はまだ存在するのだろうか?先ほどから、球磨川は一切の音が聞こえなくなった。
それでも。前に進めば、デストロイヤーはいる。
ただれた右腕を突き出し、親愛なるパーティーメンバーが作り出してくれたチャンスをモノにするべく「力場」を探る。
『…みつけた』
声は出ていないかもしれないが、彼は気にしない。ここが目的地だ。
ある地点で、右腕が爆炎から逃れたのを感じる。右腕の先は既に、魔法を通さない「聖域」へ到達したらしい。
ならば、いま球磨川の肩が触れているあたりが「対魔法結界」そのものだ。不可視の結界をようやく捉えられた。
『…自己犠牲って、いまいち理解出来てないけれど。爆発寸前のセルと一緒に瞬間移動した孫悟空は、きっとこんな気持ちだったのかな?』
どこまでもジャンプを愛する球磨川は、死の瀬戸際でも漫画のキャラと自分を重ねる。いくらなんでも、身体が燃え尽きてしまえばスキルも使えなくなる。
魔法と結界がせめぎ合う辺りに手を添え、準備は完了。異世界に来てからもお世話になりっぱなしなスキルを、いつものように使用する。
『【大嘘憑き】。対魔法結界を、なかったことにした』
どうやら無事に発動したらしいスキル。確かな手応えを感じた。
結界で守られていたデストロイヤー本体にまで爆裂魔法が到達し、球磨川は微かに残っていた骨まで焼き尽くされる。結界で防がれていた時間が長く、一発の爆裂魔法ではデストロイヤーを破壊しきれなさそうだ。
あと一回だけでいいから、死後に【大嘘憑き】が発動してくれる可能性を信じて。しぶとさに定評のある球磨川は、ようやく息絶えた。
………………
…………
……
グスコーブドリか、君は。自己犠牲なんて汗臭いものは、僕たちからは酷く程遠い存在の筈だと思っていたけれど。いや、僕にそんな事を言う権利も君を責める権利もありはしないんだがね。「ここは任せて先に行け」を現実にやってしまった僕もまた、グスコーブドリって訳だね。
しかしだ。それはそれとして。由々しき事態と言えるんじゃないかな?うん。君が一番良くわかっているだろう?
ほら、スキルだよスキル。
転生するにあたって、僕が大サービスでくれてやった【大嘘憑き】を、君は失いかけているわけだ。
本来なら自然に生き返るのに、今回の君はこの教室から出て行くことができない。デストロイヤーの足を消したとき、こうなることは予想していたんだよね?それでも、みんなの為に対魔法結界を捨て身で突破した君を…誰が【過負荷】だと言い切れよう。
まあ、気にする必要はあまりないさ。あの黒神めだかでさえ…他のスキルホルダーにしても、20歳を目処にスキルが使えなくなるのだから。いつまでも君だけが使えるのもおかしな話だろう?
なんとかも、ハタチ過ぎればただの人。
こうしてエリスちゃんより先にきみを呼び出したのはそれが理由だよ。今、スキルが不安定な君は、エリスちゃんの転生に抗えないからね。
で、どうする?
まだあの世界に未練があるのかな?
生き返りたいのかな?
当然、僕たちの世界に帰すことだって、僕には出来るけれど。え?1話と言ってる事が違う?はは。安心院さんに出来ないことがあると、心の底から思ったのかい?だとしたら愉快極まりないぜ。そんなことも出来ないヤツが、【出来ないこと探し】なんかやるわけがないだろう。
…これは僕の個人的意見だから、聞き流してくれ。
【大嘘憑き】を失った君が、あの世界で生きていけるとは到底思えないね。微塵も、欠片も、一片たりとも思えないよ。
…うん。答えは聞くまでもなかったね。まさに愚問だ。
生き返らせてあげるとしよう。
特別に。親心、いや、姉心で。悪平等も今日だけはお休みだ。
ただ、次死んだらもう終わりだよ。これだけは言っておく。
君にはこれから残機0で冒険してもらうからね。最後のコンティニューだ。
それが嫌なら、とっとと【大嘘憑き】の為に【失う】ことだ。何を、とは言わないけれど。いや、いっそ【得る】のも良いかもしれないね。まあそこはお任せするさ。なにせ君の人生なんだから。
自分の命を湯水の如く使って敵を攻略してきた君の、これからの戦い。興味深く見させてもらうよ。
あー、そうそう。愚かなグスコーブドリくんの為に、最後の助言だ。デストロイヤーなんだけれど、君程度が命をかけずとも、結界くらい実は楽に壊せたとだけ教えておいてあげよう。
お?目の色が変わったね。
そう。僕たちみたいな人間には不可能なことでも、神なら可能にしてしまうこともある。
もっとも、「結界を壊せる」とアクアちゃんから言い出さなかった時点で君に同情するけどね。あの娘のことだから、単に気づいてなかったのかもしれないが。
長話が過ぎたようだ。
さしあたって、デストロイヤーの完全破壊を頑張ってくれ。
グッドラックだよ球磨川くん!
最近、君の名は。を見てきました。新海誠さんの作品は秒速と言の葉と雲のむこうしか見ていませんが。
ラストが秒速と同じだったらとヒヤヒヤしました。