この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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四十二話 冤罪体質

  デストロイヤーを移動不可能にした一行は、その日は解散する運びとなった。

  ただでさえ大変な1日だったので、皆疲労困憊。ギルドで打ち上げを開くこともなく、各々寝床へ帰って行った。

 

  球磨川とアクアは同じ馬小屋で生活しているので、道中二人きりとなる。

  馬小屋までの寂れた小道、肩を並べて歩いていると。

 

「あー疲れたー。球磨川さん、私疲れちゃったわー」

 

  自分の肩を拳骨でリズムよく叩きながら、何かしらの意図がこもった視線を球磨川に送る女神。口角をあげた、「ほら、わかるでしょ?」みたいな表情は正直頭に来る。俗に言うドヤ顔という奴かと球磨川は思った。

 

『さっきも言ったけど、明日は完全フリーだからね。僕はもう寝るよ。おやすみ!』

「ちょっ、この美しい女神さまが肩を揉ませてあげてもよくってよ?と言ってるんですけど!思春期の男の子なら、もっと喜びに打ち震えなさいよ!そして涙ながら私の肩こりを改善するべきなの」

 

  アクアの、腕を露出させた衣装は、確かにそれなりに目線が行きがちかもしれない。アクアの内面を知らない男子高校生なら二つ返事で引き受けていただろう。が。

 

『肩こり、ねぇ。アクアちゃん、もう若くないんだから無理は禁物だぜ?』

 

  球磨川としては、後期高齢者が肩を揉むよう進言してきたと感じたらしく。

 

  若くないと評されたアクア様は、たっぷり5秒間球磨川の言葉を反芻して

 

「はぁぁ!?若いから!若いわよ!?そりゃ、あんたら人間よりは長く存在しているけれど、若いの!」

『【若い】って…なんなんだろう。うん、とりあえず帰るね!』

 

  そっけない球磨川は、本当に肩を揉むことなく行ってしまった。

  デストロイヤー戦で気を張りすぎていた球磨川を、僅かでもリフレッシュさせてあげたい一心だった冗談(?)も通じず。

 

  カズマがいなくなって広く感じるようになった馬小屋で、藁を整えながらアクアはひとりごちる。

 

「なんか調子くるうわねー。とっとと顔見せなさいよ、ヒキニート…」

 

  どこかへ消えた相棒を思い、気がつけば夢の世界に旅立っていた。

 

 ………………………

 ……………

 ……

 

  違和感。球磨川は、確信は無いけれど、いつもと違う街の雰囲気を敏感に感じ取る。

 

  デストロイヤー戦翌日。クエストも受けない取り決めをしたので、たまにはショッピングでもと出かけてみたのだが、なんとなく街全体が暗い。

 

『なんだろ…これ。今日はお祭りでもやるのかな?』

 

  路地裏にはすすり泣く老夫婦の姿。お酒を売る屋台の周辺には、朝から泥酔した壮年の姿がチラホラ。

  やんちゃな子供を叱る母親の声も、なんだかヒステリックに聞こえる。

 

  皆が皆、深い悲しみにとらわれているようで。

  どこをどう見れば「お祭り」だと思うのかはさておき。

 

  球磨川がなんとなくいつもと違う街の様子を不思議に思っていると、背後からめぐみんが駆け寄ってきた。

 

「ミソギ!おはようございます」

『おっはー!奇遇だね、こんなところで会うなんて』

「ええ。ミソギもお買い物ですか?」

『まぁね。そろそろ毛布の一つも欲しくなってきてさ』

 

  北風小僧が着実に街まで近づいて来ているのを実感するこの頃。馬小屋の藁だけだと、本格的な冬の寒さは凌げそうにない。又、直接藁に寝転ぶよりも、敷布団を敷いた方が身体にも優しい。

 

「なるほど、なるほど。そういうことでしたら、私がミソギにピッタリの布団を選んであげましょう」

『いいのかい?なんとなく、色は赤になりそうな予感はするけれど…。助かるよ』

「…でも、どうしてまた馬小屋で寝ているんですか?ベルディアの賞金で、宿屋に泊まる…いえ、宿屋を買うことだって出来るのに」

『あー、それ。馬小屋で寝泊まりしていたほうが、タダオさんの作るマイホームへの感動が増すでしょ?』

「そういうことでしたか。いえ、納得しました。…それじゃあ、布団を見に行きましょうか!」

 

  めぐみんは球磨川の手をとって、布団屋に引っ張る。仲の良い兄妹が買い物を満喫するホリデー的な絵面だが、街の人達の目がどことなく冷たいことに、球磨川とめぐみんは気づいた。

 

  だからこそ。布団屋で門前払いを受けた時にも、意外と平常心でいられた。

 

『すいませーん!夏はひんやり、冬はあったかなお布団のお取り扱いはしてますか?あとあと、王様の枕なみにふんわりした枕もあれば文句ないんですけど。無ければそばがら枕も可!』

「この人が早口でまくしたてるのは、もう癖なんですね…。すみません、ご主人。普通に布団を買いに来たのですが…」

 

  古ぼけた建物。軋みをあげる建て具を開け放ち、マシンガントークと共に球磨川は入店した。

 

  布団屋の主人は球磨川の学ランを見た途端、温厚そうな瞳を吊り上げた。

 

「いらっしゃ…。…あんた達は!」

 

  もうすぐ還暦だろうか。顔に刻まれたシワは、長い間生きてきた苦労の証。球磨川達の来店で顔を引きつらせたことで、一層そのシワが深くなる。

 

「あの、なにか…?」

 

  店主の態度を不審に思い、めぐみんが尋ねる。

  店主はいささかばつが悪そうにしてから、深くため息をつき

 

「…あんた達には何も売れん。帰ってくれ」

「え。私達がなにかしましたか?売れないとは、どういうことですか!」

 

  身に覚えがないのに、いきなりの門前払い。めぐみんは店主にくいかかるが、球磨川はニヤニヤと笑っている。

 

『どうやらこの店には、ろくな商品が無いみたいだね。他をあたろう、めぐみんちゃん』

 

  めぐみんの背中をポンと叩いて、店のドアを開く。

  そんな球磨川の態度に、店主は今度こそ腹を立て

 

「なんだと、クソガキ…」

 

  ゆらぁ…と立ち上がった。元々は冒険者なのだろうか?えらくガタイが良い。

 

『だってそうでしょ。布団も枕も売れないのなら、こんな店たたんだほうが良いと思うぜ。布団だけに!』

「…そういう態度なら、オレたちも遠慮しなくていいってもんだ。覚えておけ」

『!…【オレたち】…』

 

  なにやら意味深な捨て台詞を残した店主ではあるが、特に気にもせずに店から出る二人。

  めぐみんはご立腹のようで、頬に空気を含ませる。

 

「なんなんですか!あの店は!」

 

  ダン!ダン!

 

  地団駄を踏み、街路のタイルが音を鳴らす。

 

「曲がりなりにも、我々はお客さんですよ?あんな態度じゃ閑古鳥が鳴きまくります!」

『…曲がりなりにもって。けどまぁ、なんだかこの街の妙な雰囲気と関係がありそうだな』

「やはり!ミソギも気がついてましたか。今朝から街の様子が変なんですよね」

『僕的にはてっきりお祭だと思っていたんだけれど、どうにも違うみたいだね。なんだか居心地悪いし、ギルドにでも行ってみようか?あそこなら、住人の目も無いし』

「…こんなどんよりした空間の、どこにお祭要素があるというのですか…。」

『お祭っぽくないの?』

「ぽくないっ!」

 

  球磨川の斜め上にずれた感性に辟易しながら、やっとの思いで話を戻す。

 

「…オホン。それはさておき、ここでボンヤリしていても仕方ないですし、ギルドに行くのは賛成します。今の状況を知りたいですから」

『まったく。完全な休日だったはずなのになー』

 

  ぶつくさ文句をたれつつも、いつもの場所とでも言うべきギルドへと向かう。お通夜ムードの街は、ここはアクセルではないんじゃないかと思うほど違和感だらけ。

 

  途中、印象的なことも起きた。

  もう少しでギルドの建物が見えてくる付近で、道端で座り込んでいた女の子が球磨川に石を投げつけてきたのだ。

  身に纏う服はほつれが見られ、キューティクルの痛んだ髪は貧困を如実に物語っている。

 

『あいてて…』

「ミソギ!?」

『いや、大丈夫大丈夫』

 

  微笑むだけの余裕を見せた球磨川に、胸をなでおろす。

 

「石なんか投げたら、危ないでしょう!」

 

  安否を確認し終えためぐみんは、石を投げつけてきた少女を睨みつけた。球磨川の頭部に命中した石は、皮膚を切り裂いたようで。頭ということもあり、ダメージに合わないくらい多くの血を流す。

 

  周囲の住人達はこんな様子を見ても、止めに入ったりしない。中にはクスクスと笑っている者もいる。

 

  めぐみんに睨まれ怯んだ少女。まだ物心をついたばかりくらいに幼い。同じくらいの年齢の、故郷の妹を思い出しためぐみんは、一瞬戸惑いの色もみせたが、悪いことは悪いと教えなければと、義務感も感じる。

  少女は自分が行ったことの善悪すらわかっていなさそうで。ズボンを握りしめ、瞳を潤ませながら言いたいことだけを叫ぶ。

 

「おにいちゃんをかえせ!どろぼー!」

 

  叫びながら、もう一個石を掴んで投擲してくる。石を投げれば【お兄ちゃん】とやらが帰ってくるものだと信じて疑わず。

  当然、球磨川達にはなにがなにやら。この少女には兄がいて、どこかに行ったらしいということだけしかわからない。自分達に非がないのは断言できるが。

 

  少女の第二撃はめぐみんに当たる軌道。仲間を傷つけられることだけは許容しがたい球磨川がめぐみんの前に立ち、代わりに攻撃を受ける。

 

「…!」

 

  自分を庇った球磨川への申し訳なさ。思考停止して石を投げ続ける少女への憤り。複雑な感情に支配されながら、やはり今日の街が異常であるとめぐみんは確信した。

 

『ふっ…。少女に罵られながら石をぶつけてもらえるだなんて。僕にしては珍しくラッキーだ』

「しまった。街だけじゃなく、パーティーメンバーも異常でした!」

『異常?過負荷の間違いじゃない?』

 

  球磨川らの言葉の大半を理解出来なかった少女からすれば、憎き仇が楽しげに談笑し始めたように見え。

 

「むしするな!」

 

  少女はパッと目につく中で一番大きな石を見繕い、掴む。もちろん、二人に投げつけるつもりで。

  ただ、いい加減面倒臭くなってきた球磨川は少女の腕を握って阻止した。

 

『いくらお人好しで名高い僕でも、子供の癇癪に付き合う趣味はない。このへんでカーテンコールといこう』

 

  球磨川はキメ顔でそう言った。

 

「さっきは嬉しそうにラッキーとか言ってたくせに!?」

『言ったっけ?そんなこと。どうでもいいけど』

 

  球磨川に握られたままの腕をブンブンと振り回す少女。

 

「はなしてっ!はなしてっ!」

『ねえ。どうして僕たちに石を投げるの?』

 

  小さい子への喋り方を心得て、ゆっくりと喋りかける。流石はロリに弱い球磨川さん。

 

「おにいちゃんをとった!」

『お兄ちゃんをとったのかー。そっかそっか。で?それは、誰が言ってたんだい?』

「…おかーさん!」

 

  女の子は指をさした。指先を追ってみると、若い主婦達の井戸端会議が行われている。先ほど血を流す球磨川を見て笑っていた人達。彼女らのどれかが母親なのだろう。

 

  球磨川と目があった集団は揃って目を背け、母親らしき人物が手招きして少女を呼び戻した。

 

  親のやることに素直に従い、少女は母親の元へ戻っていった。

  疑うことも知らない少女の背中に、球磨川は少し声を張って伝える。

 

『なにがあったかは知らないけれど。君のお兄ちゃんね、君が良い子にしてたらそのうち戻ってくるよ』

 

 …………………………

 ………………

 ………

 

 ーギルド前ー

 

  見慣れた建物までようやく辿り着いた。

  信じがたい光景というものがあるが。そういったものは大抵「信じたくない」ものでもある。

 

「これは…これはなんですか?」

 

  ほぼ毎日通ったギルド。しかし、決定的に違う部分がある。

 

『知らないのかい?めぐみんちゃん。どっからどう見てもお葬式じゃないか!』

 

  入り口前に並べたテーブルに、ズラッと置かれた遺影の数々。一緒に花束や菓子折りも供えられている。

 

  地味な服を着て、遺影の前で涙してるのは家族達か。

 

「お葬式は知ってます!私が言いたいのは、どうしてこれだけ大規模なお葬式が行われているかってことです!」

『わからないね。ちっともわからない』

 

  知る限り、昨日までこんなイベントは行われていなかった。だとするならば、この葬式が行われた原因は昨日ないし今日にある。

  まず最初に考えられるのは、起動要塞デストロイヤーによる被害。

 

『けど妙だ。デストロイヤーの被害者と呼べるのは僕たちだけだし。こんな大人数が亡くなってるなんて…むしろ、なんで死んでんの?って感じ』

「失礼ですよ、死者に対して」

 

  ともかく、誰かに事情でも聞こうと近寄ってみると。

 

「お前ら!よくも…よくも顔を見せられたもんだな!この、テロリストどもが!!」

 

  遺影の前でしんみりしていた中年の男が、額に血管を浮かばせて怒鳴ってきたのだった。




アクア様に肩揉めって言われたら、お礼を言っちゃいそうですね

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