この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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あー…アイリスかわえ、かわえ


四十四話 ダスティネス邸にて

  アレクセイ・バーネス・バルター。ギルド前広場にて邂逅した謎の優男。アクセルの街で情報操作をし、球磨川達に罪を被せた憎たらしい男の正体は、紛れもなくあの脂ギッシュな元領主、アルダープの息子。

 

「悔しい、悔しいのです!どうしてデストロイヤーを倒した私たちが、コソコソと逃げなければいけなかったのですかっ!」

 

  怒りに身を任せた紅魔の娘めぐみんが、一目で高級品とわかるクッションを杖で殴りつけていた。

  現在、球磨川とめぐみんはアクセルでも随一のお屋敷、ダスティネス邸を訪れている。残るパーティーメンバーのダクネスを案じ、ギルド前から真っ直ぐやって来たのだ。心配は杞憂。元気なダクネスの姿を拝むことが出来た。一旦ダクネスの部屋まで案内して貰ったところで、唐突にめぐみんが奇行に走ったのだ。

 

「やめろめぐみん!それは限定カラーで人気のあるクッションなんだ。私が3時間行列に並んでようやく手に入れた、究極のフカフカクッションなんだぞ!」

 

  ダクネスはハラハラしてめぐみんを宥める。有数の貴族でもあるダクネスならば、そのクッション以上の品も簡単に手に入る。ただ、絶賛ストレスの捌け口となっているクッションは、家名を使うことなく、ダクネスがお小遣いで苦労して買った思い入れのある品だった。

 

  ビビィッ!

 

 

「あっ…」

『あーあ』

 

  クッションは断末魔をあげ、中身を盛大にぶちまけてしまう。ここまでやるつもりは、めぐみんにもなく。ギギギと、油を切らした機械のようにぎこちなく首を可動させてダクネスに向き直る。物に当たるだなんて、らしくなかったと猛省しながら。すると。

 

「…んんっ!目の前で宝物を壊されるだなんて…!く、屈辱だ」

 

  どうしたことか。そこはかとなく嬉しそうにしているダクネスがいた。償いとして、財布の中身を手渡そうと考えていためぐみんは、無言で財布をポケットに戻すのだった。

 

  …ひとしきりダクネスが身悶えるのを待ってから。球磨川はメイドさんが用意してくれた紅茶を口に含んで、喉を潤し。

 

『…頃合いかな。ダクネスちゃん、僕らは何も休日だから遊びに来た訳じゃないんだ』

 

  真面目なトーンの球磨川に、ダクネスの興奮は瞬時に影を潜める。

 

「わかっている。街での異様な雰囲気について、だろう?」

『おやおや、知ってたの』

「うむ。あの悪徳領主、アルダープは覚えているな?かの領主には息子がいてな。そいつが、昨日から熱心にミソギ達をテロリストだと言いふらしていたのだ」

 

  ダクネスは真剣な面持ちで球磨川の対面にあるソファーへお尻を沈めてから、貴族らしい優雅な仕草にてティーカップを持ち上げる。

  友人の大切なクッションを壊しためぐみんは、結構大きなショックを受けたものの、どうにかダクネスの隣に腰を落ち着かせた。

 

「ええっと…。確か、バルターでしたか?その傍迷惑な息子の名前は」

 

  めぐみんにとって、バルターの名前を聞いたのはついさっきの出来事。忘れるにはまだ早い。

 

「お前達…どこでそれを?」

 

『なーに。本人が名乗ってくれたのさ。ギルド前の広場で、得意げにね』

 

  今度はダクネスが驚く番。ダスティネスの密偵が今し方掴んだ情報を、一般人の球磨川達がほぼ同時に得ているなんて、と。

  しかし、本人と面識があるならそれも納得。おおかた、街の異変に気がついた二人は情報収集にギルドを訪れ、バルターと出くわしたのだろう。

 

  ダクネスが睨んだ通りの報告が、球磨川からもされる。

 

『んで?どうしてダクネスちゃんは容疑者に含まれていないのさ』

 

  ダクネスが球磨川のパーティーメンバーに属しているのは、アクセル住民なら誰しも知るところ。ならば、今回のテロ騒動の中心人物とされてもおかしくはない。だが、バルターによってもたらされた情報に、ダクネスの悪報は含まれておらず。球磨川はそれが引っかかっていた。

 

「なんでも、噂の中での私は、ダスティネス家に名を連ねる者として、テロを企てたお前達を止めようと試みたようだ。その甲斐無く、お前達は犯行に及んだと。まぁ、そういう筋書きってことだな」

 

『バルターさんも、ダスティネス家と事を構える勇気は無かったようだね。アルダープの一件も、ダクネスちゃんは何もしていないし、恨みも薄いのかな』

 

「それともう一つ。バルター殿は誤報を広める際、情報の出所をダスティネス家にしていた。忌々しいが、我が家のお墨付きということで、人々はバルター殿の偽情報を簡単に信じ込んでしまっている」

 

  聞けば、バルターはダスティネスの名前を騙り、民衆へ偽りの情報を流していたとのこと。大貴族の名を出せば、嘘も容易に信じ込ませることが可能。ダクネスが球磨川らを制止したとすれば、更に信憑性も増すというもの。バルターがダクネスを容疑者にしなかったのは、それも理由の一つなのだろう。球磨川が主犯で、めぐみんは爆裂魔法でデストロイヤーの動きを操った実行犯。実行犯にされていると聞いためぐみんは、心臓を握りつぶされているような痛みを感じた。

 

「冗談じゃありません!私は、私は断じてそんなつもりじゃ…」

 

  めぐみんがギリリと歯を鳴らした。

  死に物狂いでデストロイヤーと相対したのに、こんな理不尽な目にあわされるなどと。バルターとやらを、到底許す訳にはいくまい。

 

『めぐみんちゃんは完全にとばっちりみたいだな。それでも、僕が主犯ってあたりにバルターさんの最後の良心を感じるよ』

 

  球磨川は卓上の鳩型クッキーをおもむろに手に取る。朝ごはんを食べていないので、小腹でも空いたのかと女性陣が考えていると。紅茶のソーサーにそれを載せたかと思えば、スプーンで一息に粉砕した。

 

「「なっ!?」」

 

  愛らしい鳩さんは食される事無く、首のあたりを貫かれてしまった。

 

『許せない、許せないよね。めぐみんちゃんの怒りは当然さ。何を隠そう。僕はね、ああいう卑怯な輩が大嫌いなのさ。…吐き気がするほど!』

 

 ガッ!…ガッ!

 

  粉々になった鳩型クッキーを、更に笑顔でザクザクと抉る。

 

『不運にも家族を失った犠牲者遺族達は、怒りの矛先を探したんだろうね。本来恨むべきデストロイヤーは自爆してしまっていたから、代わりが必要だったんだ』

 

  狂気に満ちた球磨川に、おそるおそるダクネスが聞く。

 

「その代わりが、ミソギとめぐみんってことか」

 

『うん。バルターさんによる誘導も手伝って、住民のヘイトは見事僕らに集まったんだと思う』

 

  満遍なくサブレを砕き終え、球磨川はそのままソーサーに口をつけ、ザラザラと流し込んだ。

 

「…バルターの目的を、ミソギへの恨みと決めつけて良いのでしょうか。そこまで躍起になる程、アルダープは父親として素晴らしかったのですか?」

 

『さぁね。アルダープちゃんは少なくとも、人間としては過負荷()と同類だったようだけれど。案外、僕たちを排除して、ダクネスちゃんを籠絡する腹だったり?ホラ。血は争えないって言うじゃん』

 

  アルダープ同様、バルターもダクネスを手中に収めたいと思っていて、そうするには球磨川達が邪魔だった。となると、デストロイヤーを用いたテロの主謀者にしてしまうのは良いシナリオだ。

 

  ただ、ダクネスの表情は僅かに暗い。

 

「バルターという男は、元々そんな悪どい性格ではないんだ。アルダープとは違って、正義感があり、剣の腕も良く、頭も器量も顔も良い。絵に描いたような完璧な男。とてもじゃないが、今回みたいな非道な手を使うとは思えない。ましてや、私が目的なんてこともな」

 

  貴族と貴族。昔から交流もあったのだろう。ダクネスの語るバルター像は、非の打ち所がない。

  球磨川を恨んだとしても、もっと正々堂々と向かってくるはずで、搦め手になんか頼る事はない。と、ダクネスは付け加えた。

 

『ふーん。だから?』

「…え?だから、とは?」

 

  球磨川の反応に虚をつかれ、ダクネスは鸚鵡返しが精一杯。球磨川は『ダクネスちゃんは素直なんだから』と、若干呆れたように前置きしてから。

 

『だから、今までのバルターさんが全部偽りだった可能性もあるってことだよ。性悪でも、ダクネスちゃんの前で素の自分を出すはずないでしょ?案外、親が死んで本性を剥き出しにしただけかもしれないぜ?』

 

「なんだと…。これが奴の本性だということか?」

 

  球磨川の言うことも、完全に否定は出来ない。ならば、バルターはこれまでの十数年、ずっとダクネス達を騙していたことになる。ゾクっと、ダクネスは背中に寒気を感じた。

 

『さもなくば!病気の妹でも人質にとられて、泣く泣く僕とめぐみんちゃんを罪人にしなきゃいけなかったとか!うん。これは中々に萌えるストーリーだ。もうテロリストでいいや、って気分になるぜ』

 

  一人で頷く球磨川。

  そんな能天気な過負荷を見つめ、めぐみんがついに痺れを切らした。

 

「あーーっもうっ!なんで私がこんな目にあうのですっ!」

 

  バリバリバリ!

 

  めぐみんは金田一ばりに頭を掻きむしるやいなや、勢いよくソファから立ち上がった。

 

「ダクネスっ!」

「な、なんだ…?」

「バルターが勝手にダスティネス家の威光を利用したのなら、今からでも訂正は出来ませんか?」

 

  バルターの情報操作に、ダスティネスは関与していない。勝手に名前だけ使われたとダクネスが主張すれば、アクセル住民に誤報だと認識させられる。

 

「いや…そう簡単な話ではないな」

 

  が、ダクネスからはあまりよくない返答。

 

『どうして?』

「アルダープがいなくなった後、子息であるバルターがアレクセイ家の正式な跡継ぎとなったんだが…。そのまま父親の罪滅ぼしとして、ダスティネス家の下で元々のアレクセイ領の管理を手伝ってくれていたんだ」

 

  器量も良いバルターは、ダスティネスにとっても貴重な人材だったようだ。予想以上の手腕に、ダクネスパパが家に仕えてほしいと考えることもあったらしい。

 

『…自然な流れかもね。にしても、アルダープちゃんがアレだけの悪事をしたのに、バルターさんは罪に問われなかったんだ』

 

「それは…バルター殿がアルダープの悪事に関与していた証拠もなかったからな」

 

『ふうん?まぁいいや。続けて?』

 

「ああ。仕事を手伝ってもらう中、どうしてもダスティネス家の署名が必要な場面が多々出てきてな。本来、重要なものは当然、認可に関しては全て私か父上に話を通す決まりなんだが…。バルター殿には、簡易的な書類や取り決めについてはダスティネスの名を使用できる許可が下りてしまっているんだよ。娘である私と、同程度の権限を持っていたことになるな」

 

  名前を使用する許可が下りるなど、通常はあり得ない。いくらそれが簡単な取り決めのみに限定されていても、だ。つまり相当、バルターはダスティネス家の信頼を得ていたという証明になる。

 

『…なんてことを。それはアレかい?バルターさんは、ある程度ならダスティネス家の名前を語れるってこと?』

 

「そうだ。あくまで、後ろ盾としてだが。そして今回、ダスティネス家の名の下に、ミソギ達をテロリストの容疑者だとふれ回ってしまった。家名を使う許可を出している以上、やや厄介でな。父が現在準備中ではあるものの、撤回するにはもう少し時間が必要だろう。でも、残念ながらその前に…」

 

  ダクネスが言葉に詰まる。

  なんだか嫌な予感がした。これ以上、悪い話はいらない。

 

『ちょ、待っ…』

 

  右手を伸ばし、ダクネスを止めようとした球磨川。

 

「二人には、裁判所から召集がかかってしまうかもしれない」

『…わーお。言っちゃったよ』

 

  聞きたくなかった。だからこそ、球磨川はダクネスの言葉を遮ろうと試みたのだが、僅かに遅かった。

 

  裁判所。この世界にも司法制度があるのだなと、球磨川は他人事のようにボンヤリ考えて。

 

  バルターの、「出るとこに出て話そう」という言葉の意味を理解した。

 

「バルターは裁判でミソギ達を徹底的に潰すつもりでいる。今、ウチの兵士が救助に向かってるアクアも含めてな」

 

  この場にはいないけれど、言われてみればアクアだってデストロイヤー戦に加わっていた。球磨川達と同じく、酷い扱いを受けていてもおかしくない。

 

『裁判、ねぇ。とにもかくにも、今のままじゃ分が悪い。バルターさんの身辺調査でもさせて貰わないとね』

 

「待て!今屋敷を出るのは得策ではないぞ。ウチの兵士や密偵にやらせればいいじゃないか」

 

『でも、バルターさんがダスティネスの名前を語った以上、ダクネスちゃんも表立って僕らを擁護出来ないんじゃないかい?』

 

「…それは」

 

  ダクネス的には球磨川達を全力で助けたい。しかし、バルターは時間制限こそつくが、未だダスティネス家の協力者。おおっぴらに従属する貴族を切り捨てると、他の貴族達に悪印象を与えてしまう。

 

『だから、僕が自分でいくよ。これは、バルターさんが僕に売った喧嘩だ。なーに、逆◯裁判を全部プレイ済みの僕に、隙はないよ!』

 

  弁護士を雇うことは考えず。

 ぬるくなった紅茶を一息に飲み干すと、球磨川はダスティネス邸を飛び出していった。

 

「…めぐみん。逆転◯判ってなんなんだ?」

「いや、私にもわかりません。ミソギの言動を理解出来ないのは、いつものことですよ…」




『卑怯な奴が嫌い』って…。クマーさん…

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