この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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めぐみんのお話は下の方にあるので、他は読み飛ばしても大丈夫です。

大丈夫です。


四十八話 寝逃げでリセット

  ダスティネス家に、約10年仕える三十路兵士。名はジャンという。彼は、ダクネスの命令でめぐみんを見守っていた。アクアを探す最中に、住民からの理不尽な暴行などがあった際には、間に入って仲裁する役割だったのだが。よもや警察や王国検察官が登場するとは夢にも思っていなかった。目の前で警察署に連行されてゆくめぐみんを、ただ指を咥えて見ていることしか出来ず。なんなら、めぐみんと共に連れて行かれた水色髪の少女は、捜索対象のアクアではないかとも思う。護衛対象と捜索対象をダブルで守れなかったのはとんだ大失態だ。

 

「やっべぇ……。こりゃ、ララティーナ様に急いで知らせないと」

 

  あまりの事態に、ジャンは一人ごちる。

 

  のこのこ自分が出しゃばりダスティネス家の名前を語ったところで、説得力は無く。王国検察官を退かせることは叶うまい。それを望むなら、最低でもダクネス本人がこの場にいなくては。

 

  ジャンは止まらない冷や汗を拭い、ひとまず屋敷に帰ろうと来た道を戻る。こうなった以上、速やかに情報を持ち帰るのがダスティネス家衛兵の鉄則。まぁ、報告後ダクネスに叱責されるかと思うとかなり憂鬱だが。減給か、最悪解雇まであり得る。靴に鉛でも仕込まれているかのように、足が重い。

 

  めぐみんの仲間を思いやる気持ちが仇となったとか言えば、ダクネスも納得するだろうか。或いは、ダスティネス家としての介入を踏みとどまった事の正当性を主張すべきか。

  そんな具合に脳内で言い訳をシミュレートしていたものだから、背後に知った顔がいることにも気がつかなかったのだろう。

 

  屋敷への帰路を数歩進んだ辺りで、視界の隅に見覚えのある学ランがあったように感じた。ジャンが慌てて振り返ると。

 

「あなたは……」

 

  すぐそこには球磨川が佇んでいた。

 

『こんにちはっ!確か、ダクネスちゃんとこの兵士さんだよね?こんな所で会うなんて、奇遇だね。ダスティネスのお屋敷で顔をあわせただけだし、僕って昔から影が薄いじゃない?気づかれないかもってヒヤヒヤしたぜ』

 

  影が薄いのは、自業自得でもある。球磨川は、ダクネスがアルダープにつけ狙われた一件で、自分の気配をなかったことにしているのだから。

 

「クマガワさん…でしたか。お人が悪い。声をかけてくだされば良かったのに」

 

  球磨川は、此度の護衛対象のめぐみん、そして、ダスティネス家次期当主のダクネスとパーティーを組んでいる重要人物。急いでいるものの、ここでぞんざいに扱える訳がなかった。ジャンは内心で面倒だなとは思いつつ、一切表には出さず。

 

  球磨川は腕を組み、数秒だけ考えたフリをしてから

 

『それは……ホラ。僕としても、君が本当にダスティネスの兵士に相違ないのか半信半疑だったわけだから。あ!ここで誤解をして欲しくないんだけれど、断じて、めぐみんちゃんの護衛だったであろう君の任務が失敗したのを楽しく拝見していたわけではないんだよ?』

 

「……はあ。そうですか」

 

  あ、この人とは親しくなれないな。

 

  球磨川とはこれが初の会話であるが、過負荷性溢るる発言は、ジャンにそう悟らせるには充分過ぎた。

 

『それはそうと、一部始終を見てて気になったんだけれど。君、めぐみんちゃんが捕まった時に、微塵も助けようとしなかったよね?……なんでかな?』

 

「……それは」

 

  違う。……と否定しかけたものの、結果だけ見ればその通りだ。救うべきか迷いはしたが、結局は踏み切れなかった。

  後ろめたさもあり、口を噤むしかないジャン。球磨川はそんな彼の肩に手を置いて

 

『……でも大丈夫。責めたりなんかしないから!護衛対象が捕らえられて尚微動だにせず、そそくさと屋敷に帰ろうとした君を誰が責められよう!何せ相手は王国検察官だ。ダクネスちゃんちから貰ってる給料以上の働きはしたくないという、君の熱意がひしひしと伝わってきたよ。動かざること山の如しって感じな態度に、僕はむしろ感服したぐらいなんだ!』

 

  絶対に楽しんで見ていたに違いない。ニヤニヤと口を歪ませている少年を、腰に携えた剣で真っ二つに出来たらどれだけ爽快な事か。無意識に剣の柄に伸びかけていた手を、意図的に戻す。

 

  斬られかけていたなんてつゆ知らず。球磨川は能天気な顔のまま提案してくる。

 

『それで?これから、ダクネスちゃんに顛末を報告しに行くんだろ?不安だろうから、僕もついて行ってあげるよ』

 

「え。それはどういう……」

 

  意味でしょうか。と、ジャンが続けるよりも早く。球磨川によって補足がなされる。

 

『何かと、ダクネスちゃんのパーティーメンバーでもある僕がいた方が良いんじゃない?』

 

  言われてみれば、確かに球磨川がいた方がフォローしてくれるかもしれない。藁にもすがる思いで、ジャンは球磨川を連れて屋敷に帰ることに。

 

「そういうことでしたら、助かります」

『いいっていいって!僕は弱い者の味方なんだ。君が如何に働き者か、ダクネスちゃんにしっかり事細かく説明してあげるからさ』

 

  とびきり良い笑顔を見せる球磨川に、何故だろう。

 

(本当に大丈夫か?コイツ……)

 

  ジャンは胸の奥で一抹の不安を感じてしまった。

 

 ………………………

 ………………

 …………

 

 ーダスティネス邸ー

 

  重要な報告と前置きしたからか、屋敷について落ち着く間も無く。

  ダクネスの前で、ジャンと球磨川が並んで事情を説明する場が設けられた。めぐみんを置いてジャンだけが戻って来た時点で、ダクネスは何やら嫌な予感を感じていたのだが。

 

『……てなわけで、この兵士さんはウジウジと何もせず、めぐみんちゃん達が署に消えていくのを黙って見守っていたのでしたっ!』

「クマガワさんっ!?」

 

  フォローどころか、ダクネスに猛烈な悪印象を与えてくれた球磨川さん。ジャンは微かでも球磨川に期待した数分前の自分を、八つ裂きにしてしまいたい衝動に駆られる。結果的に、球磨川を屋敷に連れてきたのは大失敗だったと言えよう。

 

「……そうか」

 

  ダクネスが重く息を吐いたのを見て、球磨川が焦ったように付け加えた。

 

『あぁっと!別に彼を悪く言うつもりじゃ、全然無いよ?長い物には巻かれろっていうし。自分で判断を下せる逸材だって事を伝えたかったんだ。そこらへん、誤解しないでね?』

 

  もう、生きた心地がしなかった。これ以上ダクネスに悪印象を与えられる前に、いっそ球磨川を力ずくで黙らせてしまおうかと考えるまでに、ジャンが追い詰められたところで。頭痛に顔を顰めたダクネスが、ゆっくり口を動かした。

 

「ミソギ……お前はつくづく報告に向かん奴だな」

 

『心外だなぁ。僕の説明の、何処に問題があったんだろう』

 

  球磨川は首をかしげ、自分の説明におかしな点が無かったかを振り返る。だが。球磨川としては、完璧な説明だったとしか思えなかった。

  ダクネスは構わず続ける。

 

「今回は、突如検察が登場したと言ってたな?そういう場合ダスティネス家の兵士ならば、下手に動かず情報の伝達を第一にするべきなんだ。ゆえに、ジャン殿のとった行動は正しい」

 

  ダクネスは言い終え、優しい瞳で兵士を労った。それだけで、ジャンは力が抜けてへたり込んでしまう。球磨川の偏った説明で、随分とまあ不安を煽られたものだ。処分だとか解雇だとか、そんなものはハナから杞憂だったというのに。

 

『そうなの?ていうか、ダスティネス家のマニュアルなんかには興味ないんだけれど……。しかし、めぐみんちゃんを敵に渡すという大失態を犯したのに、どうあれダクネスちゃんは怒ってないようだ!これもひとえに、僕の弁護のお陰だね』

 

  片目でパチっとウインクして、右手の親指をグッと立てる球磨川。ダクネスがジャンを叱らなかったのは、自分が弁護したからだと本気で思っているのだろうか……。この発言で、とうとうジャンの堪忍袋の尾は切れた。

 

「クマガワさん。アンタはたんに邪魔しただけじゃないですか!言っときますけど、何一つ弁護になってませんでしたからね!」

 

  クワッと目を見開き、球磨川に怒鳴り散らす。ダクネスから何かしらの処分を受けるかもと覚悟していた男の気迫は、中々の物だ。

 

『…なん…だと!?』

 

  球磨川をして、気圧されるくらいに。

 

「アンタなんか、裁判で負けてしまえっ!……ララティーナ様、私はこれにて失礼します!」

 

  最後の最後で、ついに球磨川への罵倒を抑えきれなくなったジャン。彼の捨て台詞と取れなくもない言葉が、球磨川のか弱い心に甚大なダメージを与える。礼儀としてダクネスに頭を下げるのを忘れずに、部屋から出て行った。

 

  二人きりとなった球磨川とダクネス。居心地が悪い、険悪なムードを作って退室したジャンを恨めしく思いながらも、ダクネスはどうにか球磨川に話しかけた。

 

「どうしてお前はいつもいつも、やらない方が良いような行動をしてしまうのか。彼があんな大声を出したことは、今迄一度もないぞ。……私とて、わかってはいる。お前が良かれと思いやっているのだということは。ただな、もうちょっとどうにかならないか?」

 

  振り返れば、球磨川とダクネスもそこそこの付き合いになってきた。この辺りで球磨川がまっとうな人間性を身につけてくれないと、ダクネスは早晩円形脱毛症になってしまう。

 

  既にお馴染みになってきた球磨川への説教も、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるな精神で繰り返してみる。今回こそ、球磨川に届けと淡い期待を込めて。

 

『それはさて置いて』

「さて置くのかっ!?」

 

  銃口から発射される事すら許されないダクネスの思いが届く日は、果たして来るのだろうか。……否。恐らく、未来永劫来ない。

 

『えー、閑話休題。めぐみんちゃんとアクアちゃんが捕まったのは説明した通りなんだぜ』

 

「……ああ。非常にマズい事態だ。めぐみんの外出をやめさせておけば、今しばらくはかくまえていたものを」

 

  シレッと本題に戻った球磨川先輩。ダクネスはあえてつっこまず、乗ることに。これ以上話がそれ続けるのは勘弁願いたかった。

 

『過ぎたことを言っても仕方ないよ。で、実は僕にも出頭命令が出ててさ。とりあえずは警察署に赴こうかなって考えてるんだ。……呼び出しには応じておかないと、裁判所のヤツらに付け入る隙を与えてしまうからね。あえて隙を見せて罠を仕掛けるのも面白いけれど』

 

「うむ。面白いとかではなく、応じないと自動的に有罪になってしまうのだが」

 

  何やら裁判所と駆け引きしてるつもりになっている裸エプロン先輩。頭脳戦漫画の主人公を真似てシリアスぶってみたが、ダクネスが即座にツッコミを入れて台無しにしてしまう。紅魔族が名乗りを邪魔された際の気持ちを、球磨川は今理解出来たような気がした。

 

『有罪になるんだ……。いや、知らなかったよ。だって僕、犯罪を犯した事なんて今迄一度もない訳だしね。てか、むしろダクネスちゃんは何でそんな事まで知ってるんだい?もしかして、もしかしなくても犯罪歴があったりする?』

 

「や、これくらいは常識だ」

 

『あ、そう……』

 

  ようやく、予てからの憧れでもあった頭脳バトルを楽しめるかと期待したのに。デスノートやら、プラチナエンドやら。【計画通り】なんかは、球磨川でなくともジャンプ読者なら一度は口にしてみたのではないだろうか。球磨川はムスッと頬を膨らませ、卓上のお茶を手に取った。

 

『それならしょーがない。僕は大人しく裁判に出るよ。その間、ダクネスちゃんには引き続き、バルターさんが情報操作を行った証拠を探して欲しい』

 

「……わかった。タイムリミットは結審前までだな。現状、バルター殿相手に無罪を勝ち取るのは厳しいだろう。奴は依然、貴族としてのアドバンテージを有したままだからな。何とか、無罪が認められるだけの材料を集めよう」

 

『うん。頼んだよダクネスちゃん!』

 

  改めてダクネスに調査を依頼した球磨川は、紅茶で喉を潤してから大きく背を伸ばす。

 

『んー。じゃあそろそろ、気乗りしないけど行くとするかな。セナちゃんに会いに!』

 

「なんというか、自分からこれ以上面倒を背負い込むのはやめるんだぞ。いいな?」

 

  ダクネスさんはちゃっかりフラグを立てつつ、部屋から出て行く球磨川を見送ったのだった。

 

 ………………………

 …………………

 …………

 

  場所は再び、アクセル中央区の警察署。球磨川は【招待状】を片手に意気揚々とやって来た。

  手紙の送り主、セナに会いに。

 

『やっほー。セナちゃんいるー?』

 

  警察署の入り口に配置された署員は、球磨川を見た途端警戒の色を見せる。何故ならば。ふざけた態度からは想像出来ない武勇伝を、球磨川は持っているからだ。

 

  魔王軍幹部ベルディアの討伐。

  悪徳領主アルダープの成敗。

 

  加えて、これは一警察官に過ぎない男がしてはいけない想像だが。恐らく、起動要塞デストロイヤーも……

 

  自然、球磨川に対する態度が硬化してしまう。

 

「セナ検察官に用か。ついて来い」

 

  署員が球磨川を連れて行った先には、一つの牢屋が。仲良く体育座りをしているめぐみんとアクアの姿もそこにある。

 

「ミソギ!?……貴方も捕まったのですか」

 

  球磨川の姿に気がついためぐみんは、嬉しそうな顔も束の間。明らかにテンションを下げた。きっと、助けを期待したに違いない。

 

『捕まったって言うと語弊があるけど』

「……いいから、さっさと牢に入りなさい!」

 

  署員が牢屋の扉を開け、球磨川を中に押し込んだ。ダイヤル式の錠をしっかりとかけて、低い声で告げる。

 

「明日、セナ検察官による取り調べが行われる。それまでは、ここで大人しくしているのだな」

 

  そっけない口調で坦々と告げ、署員は背を向ける。

 

『おやおや。女の子達と同じ部屋で一晩かい?警察がこんなことしていいのかよ』

 

  球磨川の軽口にも、署員は取り合わない。裁判を前に犯罪者だと決めつけているのか、或いは。下手に刺激して、ベルディアを討伐する程の戦闘力で刃向われるのを恐れたか。

 

  結局、署員はそのまま階段を上がっていってしまった。

 

『つれないねー』

 

  牢屋の中には、使い古されたような毛布が数枚。とはいえ球磨川からすれば毛布がある時点で恵まれすぎている。

  早速一枚見繕い、身体に巻いて横になった。

 

「いきなりくつろぎ始めた!?」

 

  てっきり、球磨川が牢屋に連れてこられるまでの経緯を説明してくれるものだと思っていためぐみん。

  我が家同然にリラックスする球磨川を、両手で揺さぶる。

 

「何を呑気に寝てるんですか!我々、このままでは裁判で負けちゃいますよ!?せめて、明日の聴取で口裏を合わせるとか、やれる事はあるでしょう!」

 

『えー?でもでも、アクアちゃんだって寝てるじゃないか』

 

「……なっ!?」

 

  球磨川が指さした先では、女神様が涎を垂らして夢の世界に旅立っていた。それも、器用に体育座りしながら。余りにもアクアらしい。めぐみんは自分一人焦っていることが恥ずかしく思えたものの、間違ってるのは絶対球磨川達だ。

 

「とにかく!無罪の為にも、出来ることはやるべきです」

 

『ま、僕らに出来るとしたら、裁判を長引かせることくらいだろうね。ダクネスちゃんが、バルターさんの工作を証明する証拠を見つけてくれるまでの辛抱だ』

 

「なるほど、そういうことでしたか。外部にダクネスがいるのは心強いですね。……わかりました、何としても時間を稼ぎましょう。私達の無実が証明できる事を信じて」

 

『うん。そして、バルターさんの家でも貴重な材料を手に入れられたしね。裁判でも、あっけなく負けてあげるつもりはないんだぜ。……とりあえず今日は休もうよ。で、明日の取り調べでは、つまらない言葉尻を取られないようにしよう!』

 

「……はい!」

 

  球磨川は牢屋に来る前、ダクネスと打ち合わせをして来たのだ。それから、アレクセイ家での情報収集も上手くいったらしい。やはり、やる時はやる男。めぐみんは球磨川の評価を斜め上に修正し、明日に備えて眠る事にした。

 

 ………………………

 ………………

 …………

 

 その夜。

 

  太陽が完全に沈み、牢屋には月明かりが届く程度。僅かな光源を頼りに、めぐみんは起き上がる。

 

(うう……どうしてこの街の警察署には、牢屋が一つなのでしょう?)

 

  アクアと同じ牢屋なのは、まだいい。同性なのだから。問題は、後からやって来た球磨川だ。どうして彼とも同じ牢なのか。

 

  めぐみんは今、強烈な尿意に襲われていた。睡眠すら妨害するレベルの物に。これを解消出来るのは、牢屋内に一つある小さいトイレのみ。歩いて数秒の距離なので、間に合わないなんてことは考えられない。

 

(しかし!問題はそこじゃないのです)

 

  そう。問題視すべきは、もう一つの事項。すなわち、【音】だ。防音もクソも無いトイレでは、どうしたって音が丸聞こえ。球磨川は寝ているが、もしも途中で目を覚ましでもしたら……めぐみんは自分を中心に爆裂るしかない。

 

(こんなことなら、アクアと二人だった時に恥ずかしがらずトイレに行くべきでしたね……)

 

  めぐみんは鉄格子に近いところで寝ていた為、球磨川とアクアを避けつつトイレを目指さねばならず。切迫した状態だと、これが中々面倒だ。

 

  一歩、また一歩と踏み出す度に、膀胱が刺激されるようだ。都度、タイムリミットまでもが、縮んでいる。

 

『………………』

 

  球磨川を跨ぐ際に、ちゃんと寝ているかを確かめてから、トイレに急ぐ。

 

(くっ。このくらいでは、まだ大丈夫……!まだいけます……!!)

 

  めぐみんは執念でトイレまで到着。どうにか間に合った。球磨川がいるだけで、無駄にスリリングなトイレになってしまったものだ。めぐみんはダクネスに対して、牢屋を増やすよう提案することを決意しながら、花を摘もうとした。

 

  尿意を我慢する為に強張らせていた身体から、力を抜いた瞬間。

 

『んん……ムニャムニャ……』

 

  よりにもよって。唯一の男性である球磨川が、寝言を言い出すイレギュラーが発生。

 

(まさか!?起きた……!?)

 

  めぐみんが用を足すのに、既に牢屋には水音が鳴り響いている。

  このまま続けては、完全に起きてしまう。

 

  渾身の力を込めて。めぐみんは尿意に打ち勝ち、一度中断することに成功した。しかし、この中断は長くは保たない。

 

  球磨川が眠っているかだけを確認して、後は速攻で出し終えるしかない。そう結論付けて、めぐみんは再びすり足で球磨川の様子をうかがいに戻る。

 

(さすがに、起きてはいませんよね?)

 

  牢屋に入れられたり、住民に石を投げられたり。めぐみんにとって、今日はまぎれもないアンラッキーデー。

 

  この日最後の不幸が、今この瞬間降りかかってしまうとは。こればかりは、めぐみんに同情せざるを得ない。

 

  球磨川のところへ行くのに、まずはアクアを跨ぐ必要がある。

  めぐみんが跨ごうと足を上げた途端、アクアの寝相が火を吹いた!

 

 ガシッ!

 

(えっ…!?)

「ようやく…見つけたわよ…かずゅま……ムニャ」

 

  アクアはめぐみんの軸足を掴んだ。

 本来、踏み出さなければいけない筈の足が、掴まれてしまった。

 

  後はもう。精々が両手で受け身を取るくらいしか出来ないめぐみん。

 

  ドシンッ!!

 

「あぅっ!」

 

  めぐみんは重力によって、床に倒れ込んだ。今の彼女にとって、転倒の衝撃はまさしく致命的。

 

「ぅ…、うぅぁ……」

 

  生暖かい液体が、ズボンに浸透していくのがわかる。単なる布に吸水性など望めるはずもなく。ズボンに吸い取られなかった液体は、そのままめぐみんの下半身付近にいたアクア様へ垂れ流されていく。

 

  恥ずかしさと、気持ち悪さと、申し訳無さ。様々な感情がめぐみんの中でせめぎ合う。ただ、逆にここまでくれば開き直れるというもの。

 

  プツリと、思考が停止する。

  睡魔によって、元々覚醒しきっていなかった脳は限界を迎えた。

 

(もう、いいや……)

 

  晴れやかな顔をしためぐみんは、濡れたズボンを脱ぎ払い、代わりに余った毛布を巻いて、再び深い深い眠りに逃げてしまうことに。

 

  眠りに落ちる直前。彼女は、今日の出来事を墓場まで持っていく決意を固めたのだった。

 

 ー未明ー

 

  球磨川は、鉄格子から入り込む朝日で目を覚ます。見慣れない天井で、そういえば牢屋で寝たのだと思い出した。ただ、昨日とは明らかに違う点がチラホラ。

 

『アレは……』

 

  牢屋の隅には何やら脱ぎ散らかっためぐみんのズボン。そして、「真水」で湿りながらも爆睡するアクアの姿が。

 

『これはどうしたことだ。めぐみんちゃんはお尻丸出しで、アクアちゃんは何故か湿っている……』

 

  ひょっとすると、重大な事件かもしれない……。うら若き乙女が、異性のいる状況でお尻丸出しになるなんてあり得るだろうか?

 

『イマイチ、理解が追いつかないけれど……床に捨ててあるということは、もうあのパンツはめぐみんちゃんの所有物では無くなったってことで良いんだよね?』

 

  一番異彩を放っている、めぐみんのズボンとパンツ。調べるとすれば、まずはそれらから。スキルによって気配を悟らせなくなっている球磨川は、スルスルとパンツの元へ。

  ここは冷静に、ズボンに埋まるパンツをゆっくりと取り出した。

 

『黒い……こんないやらしくも美しいパンツを、めぐみんちゃんが身につけていたとはね。見破れなかった僕の洞察眼は、向上の余地ありと見た』

 

  紅魔族だから黒を好むだとか、単にめぐみんが黒好きだとか。真実はどうだって構わない。めぐみんがこれを身につけていた事実だけは、誰にも変えられないのだから。

 

『それにしても。このパンツ、なんだか湿っているような気がするのだけれど』

 

  パンツだけにとどまらず、ズボンまで湿り気を帯びていた。

  ここに至り、一つの仮説が彼の中で持ち上がる。

 

『まさか、めぐみんちゃん……』

 

  14歳になってまで、お漏らししたのでは。そう考えると、この状況にも納得がいく。

 

  球磨川は30分だけ、めぐみんのパンツやらを脳裏に焼き付けると。

 

『しょーがないなぁ……。パンツを見せてもらえたことだし、少しくらいは庇ってあげるとしよう』

 

  パンツは身につけられてこそ、光り輝くもの。裸エプロン先輩は、このパンツを再びめぐみんが使用してくれる為の手助けをしてあげた。具体的に言うなら、彼のスキルでなかったことにしたのだ。

 

『めぐみんちゃんにも困ったもんだぜ。変な時間に起きちゃった僕に、ここまでサービスしてくれるだなんて。おかげで、朝までゆっくり寝られるよ』

 

  やれるだけのことはやった。

  球磨川は自分の毛布まで戻ると、大人しく眠りにつく。

 

  まだ起床には早すぎる時刻。ここで二度寝すると決めた球磨川の判断は、珍しく正解だったと言える。特に、めぐみんより早く目覚めていた事実が彼女に知れれば……この狭い牢屋が、爆裂魔法によって建物ごと消失していたのは言うまでもない。

 




めぐみんのおしっこは浄化されたのか…
それとも、元々真水だったのか。

難しいです

球磨川さんが丸出しのめぐみんに興味を抱かなかったのは、寝起きだったのもあるし、パンツをはいてなかったからだと思います。

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