この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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失礼致しました。


五十三話 『僕とのディナー』

  裁判長からの依頼は至ってシンプル。王都へ赴きギルド長を捜す。それだけだ。

 

  アクセルのギルド長を務める男が、容疑者として王都に姿を眩ました。裁判後に取り調べが行われ、バルターの証言により今回の騒動でギルド長が一枚噛んでいた事実が判明。悪事に気づかず身柄を逃してしまったのは、ギルドとしても警察としても不本意であり、またその捜索を王都の冒険者たちに手伝って貰うなど恥の上塗りも良いところ。

  ならばせめてと、アクセルの冒険者である球磨川達を向かわせておけば、何もしないよりは体裁を保てるというもの。魔王軍幹部を討伐し、アルダープの悪事を暴き、デストロイヤーから街を救った英雄。たった三人だけのパーティーはやや頼りない感もあるが、人手の不足したアクセルでは贅沢も望めない。

 

「もう!ミソギはまったくもうっ!裁判長の頼みを二つ返事で引き受けるだなんて。早計だったのでは?」

 

 夕方。裁判で心身疲れきった球磨川達は、バルターから支払われるであろう大金を考慮して、少し高級な料亭で食事を摂っていた。

  たった何食かだが、拘置所にいる間のメシはどれもパサパサとして味気なく、とてもお腹一杯に食べたいとは思えない代物だった。基本的に、栄養を十分に与えて容疑者を元気にするのはリスクも高い。不味く少ない食事で疲弊させたほうが安全なのは、人権的な考えを排除すれば合理的なのだ。冒険者を捕まえるだけあって、ちゃんと脱獄対策なんかも練られてはいるみたいだ。それゆえに、裁判中も空腹と戦っていた一同。裁判で勝訴をもぎ取って気分も向上していた為、たまの贅沢をするに至ったのだ。

 

『そうかい?うん。仮に百歩譲って早計だったとしたら、頼まれれば断れない、僕の素晴らしい人柄が原因だな。こればかりは、僕を真面目キャラに躾けた親に文句を言ってくれよ。とはいえめぐみんちゃん。チキンを咀嚼しながら喋るのは、レディーにあるまじきマナー違反じゃないかな?』

「……だってこんなに美味しいお肉、食べたことありませんし」

 

  球磨川が熟考せずに依頼を受けてしまったことを糾弾しながらも、ホカホカのフライドチキンを貪るめぐみん。

  ジューシーで上質な脂が溢れ出る鳥を両手に装備した紅魔の娘は、いつもの、お馴染みの赤い衣装に戻っている。裁判が終了し容疑が晴れたことで、もう石を投げつけられる心配もなくなったのである。

  住民たちのあんまりといえばあんまりな手のひら返しに、憤りを覚えなかったといえば嘘になるが。それも時間が経てば許せる日がやって来るはずだ。住民たちもバルターに騙された被害者と言えなくもないと、どうにか自分に言い聞かせるのは中々骨だけれど。

 

『ま、僕は石を投げてきた奴らの顔はしっかりと覚えているし、死んでも許さないけどね!第二、第三のデストロイヤーが来ようが、そいつらだけはもう二度と、未来永劫助けない事を誓うぜ!』

「…うん。ミソギは少しブレな過ぎじゃないか?街の人も、身近な人の死で精神を病んでいたのだろう。ほどほどに許してやったらどうだ?」

『許さないよ?許すものか。例えダクネスちゃんのお願いでもそれはムリだ。今すぐ殺さないだけ、僕も甘くなったくらいだよ。カルピスの原液並みに甘いぜ』

「そ、そうか」

 

  ひまわりが咲いたような笑顔。石をぶつけてきた住人へ復讐……はしないまでも、何かしらの危機に瀕したとしても、見殺しにする決意をした球磨川さん。ダクネスが優しく、正しい方へ導こうとしてみたが、普通に通じなかった。まあ、通じるわけがない。

 

「なんとなくですが、今のアクセルは居心地が悪いです。裁判長、ひょっとして気を使ってくれたんですかね?」

 

  めぐみんは、チキンの骨にこびりついた肉を前歯でこそぎ落とす作業に移行している。

 

  『あの裁判長がそんな事まで考慮しているとは思えないけど、時間をおくのは僕らにとって悪い事じゃないかもだな』

 

  悲しみに囚われた雰囲気も、王都から帰る頃には改善しているだろうか。

 

「もぐもぐ……そぇで、おふとへはいふいふのかひら?……もぐもぐ」

 

  アクアはシャワシャワと泡だつ液体で、豪快に焼き鳥を流し込む。濃いめのタレが自慢の焼き鳥と、少しほろ苦く、コクのあるお酒。それらを飲み込んだ後の口に残る余韻。あとを引く美味さとはまさにこの事。休む事無くアクアが次々と焼き鳥を手に取るのも納得な味。

  高めの料金設定は正しく、ギルドに併設された食事処とは一線を画している。余談だが、ここの焼き鳥は一本一本丁寧に炭火で焼かれており、串の先端と根元では味付けの濃さも違う。時間の経過による温度の変化と味覚の変化を計算した、紛う方なき職人技。球磨川が皆でシェアして食べられるようにと、肉を串から抜こうとした際の店主の目は、ちょっとした威嚇スキルに匹敵する程、鋭かった。

 

「ちょ、アクア落ち着いてください。焼き鳥を頬張り過ぎて、言葉になっていませんから!飲み込んでから喋ってください」

 

  めぐみんが軽くアクアの持つジョッキを引っ張るも、微塵も動かない。どころか、アクアはめぐみんが握ったままのジョッキを腕力で強引に口元までもっていく。

 

「ぷわっはー!!この為に生きてるわぁ!!……で、王都へはいつ行くのって聞いてるんですけど!予定とか空けなきゃだし、早めに教えてくれないと困るんですけど!」

 

  唇に泡をつけながらも、アクアはビシッと球磨川に指をさした。

 

『アクアちゃん、いつの間に僕らの仲間ヅラしているのさ。ベジータじゃないんだから。君は君でカズマちゃんを捜したり見つけたり、忙しいんじゃないのかな?』

 

「ぐっ……!それは、そうだけど!」

 

  これでも、神の端くれなアクア様。冗談でもカズマの存在を忘れるなどあり得ない。

 …あり得ないので、今の発言は決して球磨川達と一緒に行動すれば独り身にならずに済むとか打算したわけではない。

 

「だからこそよ!王都にカズマ捜しも兼ねて同行したいのよ。球磨川さん達にとっても悪くはない提案でしょ?凄腕のアークプリーストが一緒なのよ!」

 

  よくもまあ自分を【凄腕】などと言えるものだと、球磨川はある意味感心する。今のアクアがあまりにも必死なので、自画自賛を指摘しようとしていためぐみんは出かかった声を飲み込んだ。ただ、自画自賛云々については、めぐみんもアクアを悪く言えたものではないが。

 

『カズマちゃん……か。そろそろ、本腰を入れて捜すのも悪くないかもだ。

 安心院さんが彼にあげたスキルも気になるとこだし』

 

  ここのところ、ずっと先延ばしにしていたカズマさん行方不明事件。これに終止符を打つ時がやってきたのかもしれない。

  デストロイヤーと接敵する要因にもなったこの問題、解決はそう簡単でもなさそうだが。

 

「一応確認しておくが、行き先は王都でいいんだな?この、ベルゼルグの」

『ベルゼルグ?ダクネスちゃんってば、なぁに突然マンガの話なんかしちゃってるわけ?やぁーだぁ』

「……え?いや、待つんだ。私はただ、国名を言っただけなんだが」

『国名だったんだ!てっきり僕は、デカい剣を持ったおじさんの話かと思っちゃったぜ。』

「お前との会話が進まな過ぎて、新手のプレイかと最近は思うようになってきたぞ。というか、ミソギはこの国の名前も知らなかったんだな」

 

  ダクネスは会話が進まない苛立ちよりも、なんだか焦らされていることで得られる快感に支配されだしていた。球磨川と率先して会話したがる手合いなどそうはいないが、ドMはその限りではなさそうだ。

  ほのかに汗ばんだことで、前髪をおでこに張り付かせるダクネスさん。

  吐息も妙に色っぽくなりだしたところで、これは駄目だとめぐみんが判断した。

 

「で!王都へはいつ旅立つんですか?言っておきますが、ブレンダンよりは遠い位置にあります。道中、モンスターに襲われる危険も多いかと」

「そうよ。今ってアクセルの冒険者がいないわけだから、護衛したいって輩も少ないんじゃないかしら。」

 

  自分の身は自分で守れということだ。こんな時には空路が選べない文明に嫌気がさす。飛行船くらいはあってもいいんじゃないかと。

 

『あーあ。J◯LやAN◯があればなぁ』

 

  ここで愚痴るのみで、やっぱり王都へ行くのはやめようとか言いださないあたり、球磨川さんも前進していると言えなくもない。進む速度はかたつむりに匹敵するレベルだが。

 

『それで、日程だったよね。無論、明日だぜ!』

 

「「「明日!?」」」

 

  女性陣の声が綺麗にハモる。

  毎度毎度、思い切りだけはいい裸エプロン先輩。裁判の疲れを癒す間もなく、王都への出発日を翌日に決定。

 

『準備ったって、これといってないし。ここら辺はほら、さくさく進んだ方がテンポがいいでしょ?』

 

  各々料理に舌鼓をうって満足した後。球磨川は慈悲か同情か、はたまた優しさなのか。アクアの分も含めた王都行きの馬車を予約しに向かったのだった。

 

 ……………………

 ………………

 …………

 

「ミソギくん、ようやく王都へ行ってくれるんだね!」

『ん?』

 

  チケットを買い求め、その帰り道。若い女の、親しげで透き通るような声が耳へ届く。顔を見るまでもなく声の主に思い当たったが、それでも球磨川は一応相手に視線を移した。なんとなく月夜にばかり会う気がする女性は、短髪軽装の女盗賊。

 

『クリスちゃん。君はいつも僕を待ち伏せているね。さては好きなの?この僕が』

「あはっ!そんなわけないでしょ。キミがやっとアドバイスに従ってくれそうで安心しただけだよ」

『そうかい。別に今回の王都行きは、クリスちゃんのアドバイスに従ったわけでもないけれど。なんなら、アドバイスされた事実を今思い出したくらいだし』

 

  以前。魔王討伐に繋がる手助けとして、クリスがヒントをくれた。

  ただ「行くといいよ」だけの、中身が何もないアドバイスだったけれど、結構な時間を経てやっと聞き入れる形になった。裁判長に依頼されたから行くだけで、魔王討伐を意識してはいないものの

 

『ま。ついでにクリスちゃんイベントを消化しておくとしよう!』

「ついで!?あたし、そんな扱い!?」




クエスト一覧には、ずっと【クリスのヒント】みたいに残っていたのでしょうかね。
私は期限が無いイベントは後回しにしちゃうタイプです。
メメントスも後回しです。

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