球磨川とアクアが王城に向かう際、腰砕けたダクネスのお守りを強いられておいてけぼりにされためぐみん。
二人は、いまだ商店街付近のベンチで休息を取っている。
アクセルとは段違いの活気に囲まれて戸惑いもあるが、デストロイヤーの自爆で沈み込んだ始まりの街の雰囲気と比べれば、まだ心地よい。人々が活発に行き交う光景は、温かみも感じさせるほど。
「はふぅ……。ミソギとのパーティーはコレだからやめられない。なぁ?めぐみんもそうは思わないか?」
色っぽい……とは、また少し違った吐息を漏らす娘は、これでも、紛れもなく貴族としての教育を受けたレディーだ。レディーなのである。彼女ほど、喋らなければ絵になる人物はそうそういない。
「はぁ。申し訳ないのですが、私にはダクネスのような趣味はありませんよ。肉体にダメージを負ったり、言葉責めされて悦ぶとか」
「そうか。まあ、めぐみんも後3年ほど歳を重ねればわかるだろう。苦痛が快感に変わるのがっ!」
大人になれば、ビールが美味しく感じるようになる。みたいなノリで言われても、容認は出来ず。乙女としては、そこは認めてはいけない感じがした。
「わかりたくもありません……」
「つれないな。だが、そんな素っ気ない態度すら快楽となるっ!どうだ?これ(Mっ気)は、人類が進歩して獲得すべき性質なのではないだろうか」
「……へへっ」
ついには、マゾを人類進化の形だとさえ言い始めたララティーナさん。
例え精神的に消耗しなくなろうが、腰を抜かし、このように動けなくなるのでは進化とも呼べない。
これには、めぐみんを持ってして愛想笑いするしかなく。
暫時ダクネスが身悶え終わるのを待つのだった。
容姿端麗なダクネスが、艶めかしく自身の身体を抱き抱えている様に、通りかかる男性達が気まずそうに目線を逸らす。彼女もしくは奥さん連れの男性達は真に気の毒で、ちょっとでもダクネスに視線をやれば、愛する人から無言の肘鉄を喰らうのだ。
全くもって、罪なクルセイダーである。
「あ、あの。お嬢ちゃん。良かったらオレっちとお茶しねーかい?」
通行する男性が多い以上、中にはチャレンジャーもいるもので。茶髪の軽そうなギャル男が話しかけてきた。
「む?すまんが、他をあたってくれ。あいにく、私は誰にでもホイホイついて行く安い女ではないんだ」
ダクネスは今まで赤らめていた顔を瞬時に冷まし、男を拒否する。
「そうかぃ。お茶の後は……もちろん、お礼にたっぷり遊んであげたのにな」
しかし、ここで引いてはナンパ失格というように。チャラ男は、自分の服を少しだけ捲る。すると、そこには
「そ、そのムチは……!」
チラリと。男は懐からムチを覗かせる。このムチは、決してそのようないやらしい用途に合わせて作られた訳ではなく。普通に対モンスター用の装備なのだが。それも、独特の編み方で知られる、ムチ作りのプロが手がけた一級品のレア装備。
が、ダクネスくらい高レベルなクルセイダーともなると、それがまた丁度いい塩梅(ダメージ)となる。
お茶だけならばとキッパリ断りを入れたが、ムチ云々を考慮すれば話は変わってくる。
冷ましたばかりの頭は、またもや沸騰してしまったようだ。
「よし、何杯でも飲んでやろう!!」
「ちょ!ダクネス!?」
イジメてくれるなら誰でも良いのだ。ここはキャラ設定的に譲れないポイントなのか。危うくついて行きかけるダクネスを、ギュッとめぐみんが掴み、引き寄せる。
「止めるなめぐみん!案ずるな、ただお茶を飲むだけだ」
「ならせめて、ヨダレを垂らすのだけはやめてください!」
軽薄そうな男はそんなめぐみんを視界に捉えるや。
「お?そっちのお嬢ちゃんも可愛いじゃんか。どうだい、一緒に。」
こちらも、外見だけならば平均以上に整っためぐみんさん。男のメガネに叶うのは当然の結果で、あわよくばとめぐみんにも声をかけてくる。
「……王都にいる男は、こんなチャラチャラした連中ばかりなんですか?」
球磨川がいない今、めぐみんがしっかりしなくては。チャラ男を何処かへ逃走させるべく、地面に寝かせていた杖を手に。いつもの、爆裂魔法の口上でビビらせてやろうとして。
めぐみんは、予想外のピンチに陥る。
シュバッ!と。
目にも留まらぬ速さで、男の手が杖に伸びてきて。
「えっ……?」
「ひゅーっ!君、ウィザードなの?かっくいいねぇ。でも残念。」
チャラ男が、杖を取り上げてしまった。
「なぁっ!?」
ナンパ男を撃退するだけ。この油断がよろしくなかった。形だけ杖を構えようとしたものだから、ロクに握力も加えておらず。あっさりと武器は敵の手中に収まった。
「これがなきゃ、魔力操作に支障をきたすだろ?」
以前。空飛ぶキャベツを狩ることで手に入れた、マナタイトの杖。
あれから今まで苦楽を共にしてきた、まさに相棒と呼べるくらいに愛着ある杖を、あろう事かこんなチャラ男に取られるとは。
「ぐぬぬ……!」
めぐみんは何とも情けない感情に飲み込まれていた。
ただのナンパ男に向けていた敵意は、殺意に移行しつつある。
「ほぉーら。オレっちとお茶しばいてくれたら、この杖ちゃんも返すからさぁ。行こうってばぁ」
沸々と怒りが湧いてくるが、チャラ男は中々の高級装備に身を包んでいる。迂闊には飛びかかれない。
だからと言って、お茶に付き合うなど真っ平御免。
杖なしで、どう行動すべきか。めぐみんが脳内でシュミレートしていると。
「おい、杖を盗るのは頂けないな。いくらドMな私でも、犯罪者のムチなんか興味は無いぞ。めぐみんに、返して貰おうか」
いつ復活したのか。
またもやキリッとモードに切り替わったダクネスが、ベンチから立ち上がっていた。
「あ、ああ。ゴメンゴメン。悪気は無かったんだよぉ」
すっかり貴族の威厳を取り戻したダクネスに圧倒されたチャラ男。
はにかみながら、めぐみんに杖を差し出す。
ナンパするにしても、女の子の機嫌を損ねては、上手くいくものもいかない。
めぐみんは相棒がすんなり戻り、安堵する。
「ほんと、悪気は無かったんっすよぉ。お詫びに、ご飯くらいは奢らせてくれ!」
顔の前で合掌したチャラ男からは、さっきまでの軟派なオーラも消えていた。
杖を取られてヒヤヒヤしたのは事実だし、何より、ご飯を奢ってくれるときた。
これを断る理由がどこにあろう。
学生時代、ゆんゆんのご飯をあらゆる手段で横取りしてきためぐみん。
むしろ、お茶では無く、最初から食べ物でつられていれば、ナンパに引っかかっていたかもしれない。
「仕方ありませんね。ご飯なら、いいでしょう。奢られてあげます。ただし、貴方が料金だけ置いて帰るなら、ですけど」
「おっ!?マジぃ?それでいいよ。許してもらえるなんて、ラッキーラッキー!」
堅物そうに見えためぐみんの許しを得られたチャラ男は、どうやらテンションが上昇した様子。
「ここからちょっと歩いたくらいに、美味しいをシチューを食わせるレストランがあるんだよっ。行こうぜ!」
「シチューですか。受けて立ちましょう!」
シチューと聞き、あっさり胃袋を支配されためぐみん。他人の金で食うシチューほど美味しものは無いので、仕方ない。
「いやー。オレっち、ガチ反省してっから。その気持ちよ」
「ああ。今度からは、ナンパする為でも窃盗は控えてくれ」
「うぃーっす……」
真面目なキャラに変貌したダクネスの、再三にわたる注意。委員長とかが苦手そうなチャラ男は、もうすっかり懲りたようだった。
……………………
……………
………
「球磨川さん、少し歩くのが早く無いかしら?」
王城への道すがら。急にペースを上げた球磨川に、アクア様が苦言を呈した。
講義も虚しく、球磨川は歩く速度を緩めず。逆にアクアへ質問してきた。
『……アクアちゃん、感じないかい?王城に近づくほど、どうやら僕たちを監視してるであろう視線が増えていることを』
「ええっ!?」
王都の警備は、基本的に騎士団が行っている。王城周辺となればまさに鉄壁の守り。魔王軍の動向も把握しなくてはならないため、街の住人に紛れた兵士も大勢存在する。諜報員を含めれば、数え切れないほど。家族にすら自分が諜報員だと知られては行けない決まりまであったりする。
「私たちが監視されてるの?」
『いや……監視対象が僕達に限られているのかはわからないけれど、見られている事自体は確かだね。』
「なんなのよ、一体。言われてみれば、なんか空気がピリピリしてる気がするわ!」
魔王軍と交戦していれば、兵士達が警備を強めるのも無理からぬこと。
『だけど、見るからに魔王軍とは関わりの無い僕らに、こうも多くの視線が集まるのはどうしてだろうね。』
「私が知るわけ無いじゃない。あー、なんかそういう話聞いちゃったら、疲れてきたんですけど!少しだけ、休んでもいいかしら?」
『んー……』
「はーい、きゅーけー!」
いいか、悪いか。
球磨川が答えるのも待たず。アクアはしゃがみ込んだ。球磨川よりも遥かに体力がある筈の女神様が先に根をあげるとは。球磨川としては、奇妙な視線から早く解放されたかったけれど、仕方がない。
『もう、5分だけだぜ?』
「うん!球磨川さん、話がわかって助かるわぁ」
ニコニコと、嬉しそうに笑うアクアを見れば、もう抗議をする気持ちも失せてしまう。
王城もだいぶ近くなってきた。視線の主がスリや強盗の類であっても、こんな白昼堂々襲ってきたりはしないはずだ。球磨川はそう結論付けて。一旦、多くの視線は意識の外へと追いやることにした。
……………………
……………
………
めぐみんとダクネス。美少女二人を一応は先導するチャラ男に、周りの男達から羨望と嫉妬の眼差しが降り注ぐ。チャラ男も、自分の手柄では無いが鼻が高い。
「お二人さん、もうちょいで着く系なんで!」
美味しいシチューのお店を目指して、中々入り組んだ路地に差し掛かった。
「ふむ、結構複雑な道になってきたな。隠れ家的名店というやつか?」
前を歩くチャラ男に、ダクネスが問いかける。
「そっす!王都はレストランの数も桁違いなんすけど、表通りの目立つところは観光客向けの店が多いんすよ。けど、超絶うまい店は、こういった裏路地に多いんす!」
「そこまで美味しいのですか。ちなみに、タッパーでシチューを持ち帰る事は出来るのでしょうか?」
「いやぁ……そりゃ、ちょっち恥ずい系かもっすねぇ」
めぐみんの貧乏性な発言を受け流しつつ、チャラ男は一つの店の前で止まる。
レストラン《トゥーガ》
店先の地面はタイル張りになっており、扉の横の、木でできた看板に手書きでトゥーガと書いてある。
開店して、数十年は経過しているだろうか。外壁には自然な汚れがあるものの、一つの味わいと化している。
「ここか!シチューは。」
「むぅ、確かにタッパーは恥ずかしいかもしれませんね」
一見さんをお断るレベルには到達していないが、そこそこ高級そうなレストラン。敷居も高そうで。少なくとも、めぐみん一人での利用は気圧されてしまいそうな。
そこに、チャラ男は我が家のように足を踏み入れて行った。
「チィーッス!来ましたよ、トゥーガさん!」
軽い挨拶に、カウンターの店主が手を挙げて返す。
「おぅ、レオルか。今日もチャラいな。」
レストランは、初老の男性がどうやら一人で切り盛りしている様子。
店内は、カウンターが4席と、2人用のテーブル席が2つ。
古さはあるが、アンティーク感を醸し出すオシャレな店内となっていた。
「そっすかぁ?これでも、まだ純情系でコーデってるんすけどね」
チャラ男とマスターは気心が知れているのか、気兼ねなく世間話を始めた。そのお陰で、堅苦しい雰囲気よりかは、ダクネス達も入りやすくなった。
「んで、そっちのかわい子ちゃん達はなんだあ?まさか、二股じゃねーだろうな?」
マスターはダクネス達を順番に見て、チャラ男ことレオルの肩を掴んだ。
「違いますよぉ。この二人には、マスターのシチューをおごる約束をしたんす。2人が両方オレっちの恋人であれば、最高なんすけどね」
「…あ?そうなのか。まぁいいや、シチューな。お嬢さん方、好きな席に座って待っててくれや!」
マスターは手際よくシチューを盛り付ける準備をしながら、ダクネスらに着席を促す。
「では、失礼します!もう、匂いが美味しそうですね」
「ああ。めぐみん、考え方によっては、ラッキーだったかもしれんぞ。こういったお店を知る機会は、現地民じゃないとあまり無いからな」
「はい。次はミソギとアクアも連れて来ましょう!」
隠れ家的名店のシチューを目前に。二人はエプロンを付けて、準備を整えた。
「現地民じゃないとって、……お嬢さん達、どっから来たんだい?観光?」
シチューを温め終えたマスターは、元々温めてあったお皿にシチューを盛り付けていく。
「私たちは、アクセルから来ました。王都に来たのは、別に観光とかでは無いのですが……」
注がれるシチューに目を奪わるめぐみん。大きめに切られた肉と、ゴロッとしたまま煮込まれた野菜。
さっきまで空腹を感じていなかったが、この店に入った途端腹の虫が鳴り出した。
「アクセルだって?例の、デストロイヤーの??」
「はい。ですから、ある意味では傷心旅行でもありますね」
「そうかい……それは、辛かったね」
店主は優しい心の持ち主なのだろう。大勢の人が亡くなったニュースは、既に王都でも回っている。
「お肉、少し多めに入れておくよ」
仕上げに優しさがトッピングされたシチューは、それはもう絶品だった。
家では宮廷料理もかくやという料理ばかりを食べてきたダクネスも、思わず舌鼓をうってしまう。
「この肉……歯がなくても噛み切れる。お酒で、かなり長時間煮込まれているな……!」
興奮気味に語るダクネスに、マスターはカウンターから身を乗り出した。
「おっ!わかるかい?おかわりもたっぷりあるから、ジャンジャン食ってくれ!おかわり分は、代金もサービスだ!」
「おかわり!」
マスターの言葉と、めぐみんが空のお皿を指しだしたのは、ほとんど同時だった。
……………………
……………
………
「よう。遅かったな」
店の前。それも、少し曲がった暗い路地で、カウンターに2人分の代金だけ置いて出てきたチャラ男ことレオルは、黒いローブに身を包んだ男と会話をしていた。
「お前の言う通りにしたぞ。ダクネス、めぐみんはトゥーガの中でシチューを食べている。これでいいんだな?」
チャラい口調はなりを潜め。
レオルはローブの男に状況を報告する。ナンパしていた男とは別人としか思えないくらい、表情には真剣さを帯びていた。
「……あぁ。アクセルのギルド長は、間違いなく口封じに来るだろう。ここなら見つかりにくいし、お前が護衛してくれるなら盤石だ。レオル、非番の日にすまないな。お陰で助かった」
ローブにはフードも付いており、顔までしっかり隠れている。が、ローブの男は声色から笑っている事がわかる。
「いいって事よ。で?お前がここまで来ちまって、クマガワとアクアって奴らは大丈夫なのか」
「大丈夫だ。あの2人なら、王城の付近まで到達したからな。夜ならともかく、今はギルド長も手出しは出来ない。ダクネスのせいで別行動していなければ、俺一人でも良かったんだが」
「ふんっ、お前には色々助けられたからな。これぐらい安いもんだ。……けど。ダクネスって、あのララティーナ様だろ?本当に変態だったんだな……お前から情報を得た時は、嘘かと思ったぜ」
「……ああ。けど、そのお陰で接触し易かっただろ?」
「まぁな。」
チラッとムチを見せただけで目を血走らせたダクネスを思い出し、レオルは少しだけ口角を上げた。
自分の暗殺道具をSMプレイに使うように見せかけたのは、若干くるものがあったが。
「ともかく、レオルには引き続きトゥーガでめぐみん達を護衛しててくれ。俺はまた球磨川達の所へ戻る」
「わかった。やっぱ、正体は明かせないのか?」
「……俺は、この世界にはいない筈の人間だ。」
「……そうか」
レオルは、ローブの男の深い部分に踏み込んでしまった自責の念から、暫し沈黙して。
「気を抜くなよ」
見送りの言葉をかけた。
「ああ、わかっている」
レオルの言葉に短く返答だけすると。
カズマは路地の闇へと帰って行った。
久々に現れた!と思えば、なんか厨二っぽい!
カズマさん、XIII機関だったのか