この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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ニコニコでハルヒの一挙放送見ましたけど、やはり良い。まあ、DVD全部持ってるんですけどね。これは、新巻のフラグと見た(過去十度目)


六十四話 極光

  日の光が届かず、薄暗い地下道。下水道とも何処かで連結されているのか、少しばかり悪臭が漂って来るような不衛生な空間。めぐみんとダクネスの鼻は、最初こそ不快な臭いにひしゃげそうになったが、何分間か通路を歩く内に慣れてしまったようだ。ヒタヒタとした、何か粘り気のような感触を靴底に覚えつつも、漆黒の魔手から逃れるように不確かな方角を頼りつつ出口へと向かう。

 

「どれくらい進んだのか、こう暗いと判断もつきにくいな」

 

  めぐみんの数歩前を歩くダクネスの声は、声量こそ抑えてはいるものの、地下通路の構造上けっこう遠くまで響いた。

 

「体感時間的には、まだ5分か10分といったくらいでしょうか。」

 

  追っ手から逃げている状況は、二人の肉体をいつもより早く疲労させる。普段なら気にもしない移動距離が、今はやけに長く、辛く感じてしまう。

 

「……なあ、めぐみん。さっきは私が押し切ってしまったが……私たちはこのまま逃げても良いのだろうか?」

 

  このタイミングで自分たちを襲う輩は、かなりの高確率でギルド長が差し向けた殺し屋だと考えられる。レオルが事前にめぐみん達を守るようトゥーガに依頼していたとはいえ、彼女たちはそれを知らない。現状、優しいお店の主人が無償で時間を稼いでくれているという認識だ。心の優しい二人が、誰かを犠牲に自分たちだけ助かろうなどと、本来は思うはずが無い。

  めぐみんは、事実残って戦おうと言った。その案を却下したダクネスが今度は迷いを見せるなど、めぐみんからすれば「だから言ったんだ」としか思えない。加えて、先ほどと今では状況が全くと言っていいほど違う。あの場でトゥーガと共闘していれば、まだ幾らか行動に選択肢があった。真正面から戦って敵を倒すにしても、3人が助かるために逃走するにしても、今から戻るよりは、遥かに成功する可能性が高かった。これから再度店に向かってトゥーガと共闘して刺客を打ち倒せるビジョンが、めぐみんには浮かばない。なんならば、トゥーガが無事でいてくれるかさえも。

 

「はぁ…。ダクネス、ここであなたがそれを言いますか?逃げるにあたって、私がどれだけ苦悩したかはわかるでしょう」

「それは……そうだが」

「いいですか?あのトゥーガさんの身のこなしを思い出してみてください。一目で、雲の上にいる実力者だとわかりましたよね。その彼が、襲撃者に勝てるかどうかわからないと言ったんです。あの影の強さは、きっと次元が違う。彼我の実力差と、貴女の説得があればこそ、私はここにいるのです」

 

  魔法使いの少女が紡ぐ言葉は、ダクネスの心を真正面から抉るような正論だ。ぐうの音も出ない。

 

  ダクネスはただ、許しが欲しかったのだ。トゥーガを見捨ててしまった自分への贖罪が欲しい故に、いらぬ発言を生んだ。めぐみんの憤りももっとも。何があっても、「店に戻る」行為を示唆する内容は、この場で発するべきではなかった。なぜならば。

 

「ですがダクネスが戻りたいのであれば止める気はありません。むしろ私も付き合おうじゃありませんか。時間が無いので、それではとっとと引き返すとしましょう!」

 

  唇を噛み締めてやっとの思いで逃走を決断しためぐみんならば、例え危険に晒されようとも、即座に戻る決断をしてしまうのだから。なんなら、いつダクネスが迷いを口にするかを待っていた可能性も否定できない。

 

「ぅぐ…」

 

  踵を返しためぐみんに対して、ダクネスは呻くのがやっと。ズンズンときた道を遡るめぐみんを、どうして引き止められようか。

 

「ほら、ダクネス。行きますよ?」

 

  小さな背中は、ここで引き返す以外の選択肢が選ばれる筈がないと確信していた。振り返りもせず、ダクネスの返事など聞くまでもないといった風に。

 

「はぁ……。年上なのに、私は随分と情けない姿を晒しているな」

 

  繰り返しになるが、ダクネスは逃走も誤りでは無かったと思っている。大切なパーティーメンバーの命を守れるのなら、誇りを捨てる事も厭わない。もしも球磨川の預かり知らないところでめぐみんが命を落としたならば、彼に合わせる顔もない。

 

  人として。倫理的に。

  正しい行いをしたいなんて考えは、めぐみんの脳内にはカケラもありはしない。もしかすると、ダクネスの選択に従っていれば、万事上手くいっていたのかもしれない。良い方向へ事態が傾けば、地下通路を抜けて球磨川と合流したその後、影を打ち倒したトゥーガと再会することだってあるだろう。

 

  ならば。これは、彼女がしたいからそうしているのだ。

 

「めぐみん。トゥーガさんをどうやって逃走させる算段だ?私が盾となれば、数秒は稼げるが」

 

  まともな斬り合いで、ダクネスが影に勝る可能性は皆無だ。せめてトゥーガが地下通路の入り口まで到達するだけの時間を得られれば大金星。瞬きすれば過ぎ去ってしまうような時間の中では、ワープでもしない限り難しいが。

 

「先に戦況を確かめましょう。言いたくはありませんが、万が一トゥーガさんが無事でなければ、そもそも戦闘する必要すらありませんし」

 

  めぐみんはいたってクレバーに返す。

 

「それもそうだな。……しかし」

「しかし?」

「……いや、なんでもない」

 

  ダクネスは幾つか、戦いのパターンを想定してシミュレーションしてみた。が、いかんせん女性二人の性能的にバランスが悪い。屋内戦となると尚のこと。めぐみんの爆裂魔法は屋外でなら無類の決定力を持つが。やっぱりもう一人。潤滑油のような働きが出来る遊撃役が欲しい。球磨川がいれば文句なしだが、今はいない。戦えそうなら、ここはトゥーガにその役割をこなして貰いたいところ。

 

  【しかし、私たち二人では難しいな】

 

  言いかけたダクネスは、今度は発する前に飲み込んだ。不安を煽るのはもうやめだ。ポジティブに、トゥーガが健在なことを信じて。今はただひたすら、歩くことにした。

 

  自分達の背後から、気配をスキルで【なかったことにした】何者かが接近していることも知らずに。

 

 ………………………………

 ………………………

 ……………

 

  揺らめく双剣。左右から、波のように襲い来る切っ先。それらをどうにか防ぐ。全力で打ち払っているのに、ステータスの筋力差は残酷で。影が振るうナイフは、トゥーガの皮膚を少しずつ切り刻んでいく。

  汗が吹き出る。冷たい、嫌な汗だ。自分はあと何度か剣を結んだ後、致命傷を負う。わかりきった未来が、肉体を徐々にこわばらせ、反応も鈍くする。

 

  めぐみんとダクネスは逃した。あとはどれだけ影を足止めできるのかが鍵だ。防戦に徹していれば、まだ持ちこたえられる。

 

  次の一撃に感覚を研ぎ澄ませていると。ピタリと、影は動きを止めた。トゥーガは目線のみで不審な行動の裏を探る。必殺の一撃を繰り出す前の予備動作か何かかと。

  だが、特にこれといった意味はなく。影は口を開いた。

 

「老体にムチをうって、貴様にメリットはあるのか」

 

  ことの外粘る壮年の男に、影は僅かばかりだが感嘆した。戦士としてはとっくに全盛期を過ぎているにもかかわらず、ここまで凌ぐとは。眼前の男が数十年若ければ、狩られていたのはあるいは影のほうだったかもしれない。

  王宮騎士団。戦士である以上は、影もかつては夢見た栄光の軍団。トゥーガの剣筋、使用する武器。これらの材料が、彼が王宮騎士団に所属していた過去を物語っている。

  剣を交えるトゥーガに、かつての冒険者仲間でもあるディスターブの姿が被って見えた。

 

「メリット、デメリットは私の内には無い。返しきれない恩を返せる、願っても無い機会だというだけのことさ」

 

  トゥーガを突き動かすのは、ダスティネス卿への恩返しのみ。つまり、ダクネスの無事。損得勘定や善悪ではない。

  毎日、起伏のない隠居生活を送り、老衰を待つのみだったトゥーガ。好きな料理を仕事に出来て満足のいく余生を過ごしていたのだが、唯一の心残りが、借りを返していなかった点だ。

  レオルからの頼みは、正直ありがたくもあった。こんな状況でもないと、完璧超人なダスティネス卿には、手助けが必要な場面など無いのだから。わかりやすいピンチとしては、最近になって病気で寝込んだという情報もあったけれど、すぐに完治してしまったのだし。

 

「レストランの店主も悪くはない。だが、どうしてだろうか。……最期は、やはり剣を持って死にたいと思うのは」

 

  しみじみと、銀色に輝く剣を見つめる。王国に住まう数えきれない命を救う為に、同じだけの命を摘み取ってきた相棒。満足に戦闘をこなさなくなって数年。それでも、数分振るえばかつての自分が、剣士としての勘が戻ってきた。最近は毎日握っていた包丁よりも、やはり剣の方が手に馴染む。

  影ははっきり言って、落胆した。命乞いでもしてくれれば、トゥーガを殺さずに済んだのだから。

 

「せめて、痛みも無く葬ってやろう」

 

  ナイフの投擲。眉間、喉、心臓。急所3箇所にそれぞれ投げられた三本のナイフは猛毒が塗ってあり、どれか一つでも当たれば命を狩るには十分。1秒以下のラグで肉体に到達するナイフを弾くのは難易度が高いが…

 

「……ふっ!!」

 

  剣を振りかぶって下ろし、トゥーガは三本全てのナイフを弾き落とした。一息、肉体が安息を求めて緩んだ瞬間。影の接近を許してしまった。頭では反応出来たが、身体がついてこない。上半身を捻って、間一髪でナイフを避けたトゥーガ。影の脇腹に隙を見つけ、即座に蹴りを叩き込む。細身の肉体はテーブルや椅子に突っ込みながらも、受け身をとって瞬時に体勢を整えた。

 

「かすったか……」

 

  自分の頬から、生暖かい液体が漏れるのを感じ取ったトゥーガ。避けたつもりが、切っ先に触れていたらしい。痛みこそ皆無だが、これにも毒が塗られていればアウトだ。

  クリーンヒットしたキックも、衝撃を受け流されたのかそれ程手応えを感じなかった。刻一刻と毒が身体を蝕むとすれば、猶予はない。早くも、胃の奥から酸がこみ上げてきた。視界も、わずかにブレ始める。

 

「苦しいか?クーロンズヒュドラ用に開発した毒を、人間用に調合しなおした自信作だ。どのような抗体も無意味……。道を譲るなら、解毒剤をくれてやるが、どうかな」

 

  この期に及んでの甘言。トゥーガは舐められたものだと舌打ちする。例え腕をもがれようと、目をくり抜かれようと。自分の意思でこの先へ通すつもりは微塵もない。上がりきらなくなった腕に喝を入れ、どうにか下段の構えをとった。足は動かず、焦点も定まらない。今なら、グレート・チキン一匹も倒せないだろう。しかし、だからなんだというのか。老化で騎士団を退団した時点で、この王国での役目を果たしたのだ。弁慶の立ち往生ではないが、死してなお伏さない覚悟が、トゥーガにはある。おぼろげに影が揺らめくのをシルエットだけで認識したところで、毒によって意識を手放した。

 

  フラッと、よろめく体躯を受け止めたのは、金髪が似合う長身の女騎士だった。前触れもなくこの場にあらわれたことに、影は警戒を強める。予備動作が一切なく、次の瞬間にはトゥーガを支えていた。

  その人物は、影がターゲットにしていた貴族。ダスティネス・フォード・ララティーナだった。

 

「……なんだと!?」

 

  逃げた筈では?と、脳に余計な思考が走る。トゥーガがどれだけ身体をはって時間を稼いだのか、小娘は理解していないようだ。1人の戦士が命がけで戦った尊厳を無下にされたようで、怒りさえこみ上げる。戦闘が始まってから数分は経過している。逃げていれば、人目につく場所まで到達出来ていた筈だ。

 

「愚かな。店主の顔に泥を塗ったとわからんか」

 

ダクネスは何も語らない。ただ、何かを待っているような態度だ。

 

(カウンターでも狙っているのか?ディスターブ卿によれば、ダスティネス・フォード・ララティーナは、防御以外警戒する必要はないとのことだが……)

 

  なんにせよ、ここまで戻ってきたなら好都合というもの。トゥーガに解毒を施せないのは惜しいが、優先順位が高いダクネスを始末すべきだ。時間をかけなければ、トゥーガを救うことは可能。皮肉なことに、ダクネスが戻ってきたことで、トゥーガは死に近づいている。担がれながらも、どんどん顔面を白くそめてゆく。

 

  影はジリジリと間合いをはかって、一息に飛びかかった。ダクネスは右腕でトゥーガを支えているので、当然狙うのは右サイドから。剣さえ抜かさず、毒塗りのナイフで切り刻む。

 

  直前までいた場所にダクネスが立っていれば、首筋を突き破られていただろう。

 

(消えた……!?)

 

  さながら、ワープしたようにダクネスとトゥーガは消えた。正確には、移動時間を操ったに過ぎない似非ワープ。それでも、タネを知らなければ変わりはない。渾身の踏み込みが空振り、影は思考停止に陥ってしまう。

 

  ナイフは虚しく空を切り、最後に覚えた感情は【理解不能】のまま。

 

  影の暗殺者は、奇しくも雇い主が扱う爆発魔法に似た光に包み込まれた。

 

(ディスターブ卿!?……いや、この規模はもしや……)

 

  眩い光は、ゆうに爆発魔法の領域を超えている。一般人では、習得までに一度きりの人生全てを捧げなくてはならない魔法。この世で最も高威力な、まさに【頂き】。攻撃魔法の極地。10代前半で、本当に習得していようとは。紅魔族は天才の集まりだと聞き及んでいたが、偽りはなかったようだ。

 

  勝勢から一転。敗北どころか、命すら落としてしまった影の男。不幸な暗殺者はその名の通り、店ごと雲散霧消してしまったのだった。
















説明がなくとも何が起きたかわかりますねぇ。わからない人は正常。わかってしまう人は、もう過負荷でしかない。

しかし、アレですね。私の書くダクネスは甘いわね、甘い。

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