この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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スカートつまみ回。
話しはすすみませぬ。なのに1万字超えてる……だと……!?
スカートつまみに興味ない人は、冒頭の二千字くらい読めばいいと思います。


クマーも熱くなりすぎて、松岡○造さんみたいになっちゃいます。


六十八話 スカートつまみ先輩

  謎の襲撃者二人組が立ち去ると、建物が爆発しようが我関せずだった通行人達が、一斉に事態を飲み込んだように騒ぎ出した。球磨川も一人の親切な住民に身体を起こされ、ベアトリーチェのスキルから立ち直るに至り、爆発魔法によって傷ついたメンバーは【大嘘憑き(オールフィクション)】で無事に回復する。

  人払いの一環として。住人達の認識さえもゴスロリな幼女が操っていたとしたら、かなり厄介だ。球磨川がギルド長を捕捉出来なかったのも、或いは。

 

  隠れ家もなくなり、一同はひとまず王城の方角へ歩きながら、先の一件を振り返ることに。レオルはシチューを食べに来ただけなので、球磨川達とは逆の方向へ歩いて行った。「なんでメシ食いに来ただけなのに死にかけなきゃいけないんすか!?」とか、ブツクサ言いながら。

  カズマとの約束を果たせなかった己を恥じ、血が滲むほど拳を握っていなければ、ただ巻き込まれただけの一般人を完璧に演じられていただろう。向かう先も、めぐみんが連れ去られた場所の手がかりが残っていそうな場所を目指していた。商店街の喧騒を風の如く走り抜けて行った男の背中を目にしても、球磨川は、よっぽどシチューが食べられなくてご立腹だったのだと受け取っただけだが。

 

  トゥーガも、球磨川達についてくる必要は無いと思われたものの、住む家が無くなった手続きを踏む為に登城したいとのこと。王城に、役所が付属しているらしい。とはいえ手続きは口実に他ならず、実際は、別行動したレオルに代わっての護衛がメインだ。

 

「……めぐみんが連れ去られただと!?敵の企みはなんなんだ。人質が欲しいのなら、貴族でもある私にするべきだろうに!そうしたほうが、交渉の材料も増えるはずだ」

 

  球磨川からめぐみん誘拐の報告を受けたダクネスが憤慨する。

 

『爆裂魔法を使っためぐみんちゃんほど、連れ去り易い人間もそういないよ。男の方は顔を仮面で隠していたけれど、あの人こそがアクセルのギルド長なのかもしれないな』

 

  舞踏会仮面。彼の戦闘はかなり特徴的だった。めぐみんの得意魔法と同系統の【エクスプロード】による制圧。息もつかせぬ連続爆撃に、球磨川達はなすすべなくやられてしまった。圧倒的な決定力に、連打性。戦闘においては、扱いに難ありな【エクスプロージョン】よりも役立つ。

 

『あの、爆発魔法?っていうのは、かなり魔力を消費する代物なんでしょ?』

 

  ダクネスが寝ている間、球磨川はトゥーガから爆発魔法の特徴をひとしきり聞いていた。爆裂魔法よりもエコな魔力消費量だとはいえ、連続で放つには相当高レベルのアークウィザードでなければ不可能だそうだ。

 

「はい。クマガワさんにはさっきもお伝えしたのですが、爆発魔法を自在に操る人物はこの国全体でも数人しかいません。その数人の中には、アクセルのギルド長、ディスターブ卿も含まれています。襲撃者がギルド長の手下だとすると、爆発魔法の使い手という稀有な存在が、敵サイドに二人も揃っていることになる。それはいくらなんでも、偶然にも程があるかと。であるならば、ここを襲撃してきた人物こそがディスターブ卿だと考えるのが妥当でしょうな」

 

  トゥーガは腕を組み、考えを述べる。ダクネスもそれに賛成だと、頷く。

 

「ならば、襲撃者はここで正体を明かしても良いと考えたのか」

『だね。爆発魔法を使える人間が珍しい状況下では、使用するだけで正体に迫られてしまう。向こうは殆ど、めぐみんちゃんの誘拐で目的を達したのかもしれないね。誘拐したあとは、もう正体なんて隠さなくていいやっ!的な?』

「……ギルド長にとっても、我々を自ら襲うのはリスキーだった筈だ。しかし、めぐみんの誘拐は確かに私とミソギをはじめ特定の人間には効果絶大かもしれないが、ここまで危険を犯すのはどうなんだ?決してめぐみんを悪くいうつもりは無いと前置きするが、彼女一人と引き換えに、この国がテロリストであるディスターブ卿を見逃すとは考えにくい」

 

  あまりパーティーメンバーを卑下しているような発言は慎みたいダクネス。が、言ってる内容は誰もが共感出来るものだった。【めぐみんの命が惜しくば、他国に入るまで襲ってくるな】と交渉するには、この国は……というよりも、この世界は不向きだ。人質は、日本のように国民一人一人の命を尊ぶ国家でこそ威力を発揮する交渉術であって、なんなら球磨川が元いた世界であっても、すっかり支配者気取りな国なんかでは、人質諸共鎮圧される恐れさえある。心の優しいアイリスなら、めぐみん奪還を存分に迷うことはあっても、国家反逆罪クラスの容疑者を捕らえるメリットと秤にかければ、泣く泣くギルド長の身柄拘束を優先させてもおかしくない。

 

  人質としての価値があるかないか。ギルド長が噂に違わぬ聡明さなら、織り込み済みだろう。だとすると。

 

『んー。めぐみんちゃんが交渉の材料として使えないのなら、そこ以外に魅力があったんじゃない?』

 

  敵が欲しがる、めぐみんの魅力。

 

「……爆裂魔法、ですかな?」

 

  顎に手を当てたトゥーガの命も救った、トンデモ威力のネタ魔法。めぐみんの代名詞とも言えるスキルは、攻撃力のみなら随一。もしもモンスターと戦う上で爆裂魔法が欲しいか欲しくないかと聞かれれば、多数の人間は欲しいと答えるに違いない。後々のデメリットを考慮しても、だ。語るまでもなく、モンスターに有効ならば、人にとっても脅威だ。テロリストにとって、爆裂魔法は手札としての魅力が存分にある。

 

『ようするに、めぐみんちゃんを攫った、すなわち大きな爆弾を手に入れたようなものだってわけか』

 

  古今東西、交渉のテーブルにおいて立派な武器となるのが武力だ。人類の歴史を紐解いてみても、武力が絡まない営みなどからっきしである。行使するかしないかは関係なく、ただ手札にあるだけで発言力や説得力に拍車をかけられる貴重な材料。襲撃者共の狙いは、或いは武力なのかもしれない。【正義は論議の種になるが、力は非常にはっきりしていて、議論無用である】とはパスカルの言葉だが、力こそが正義というのが、長い歴史を積み重ねた人類が出した結論なのだ。立場によって変化する正義に意味なんかない。力こそがパワー。

 

「だが、めぐみんは例え百億エリスを支払われようが、国民に害を及ぼす場での爆裂魔法は使用しないだろう」

『だよね、そこは僕も同意するよ。』

「ああ。私たちは、めぐみんの性格をよく知っている」

 

  せっかくめぐみんに的を絞って身柄を拘束しても、その実爆裂魔法は使用不可能だと、ダクネスは考える。

  自分達のパーティーメンバーへの全幅の信頼。いかに頭がおかしいとは言っても、甘言でテロに加担するほど愚かなめぐみんでは無い。

  つまり、彼らは残弾の無い拳銃を手にしただけなのとそう変わらないのだ。威嚇射撃も実行出来ない拳銃が怖いかというと、そうでもない。

 

 ……しかしだ。いくら拳銃に安全装置がかけられていても、ロックを外され、弾さえ込められれば使用できてしまうのも又事実。

 

『ちょっとやそっとの甘い言葉で爆裂魔法を放つほどめぐみんちゃんは愚かではない。ただ、ディスターブさんがあの手この手でめぐみんちゃんを屈服させられたのならその限りではないのが、悩ましいよ。』

「……だな。どんなに鋼の意思を持っていたとしても、肉体や精神に拷問を受けては如何にめぐみんでも忍耐に限度がある。いっそ、精神が壊されそうな拷問をされるくらいなら、爆裂魔法を使用しても私は責めないがな」

『うん。爆裂魔法で王都の一部が地図から消えようと、僕だって彼女を怒ったりはしないさ。だとしても、早いところ助けに向かうに越した事はないんだぜ。ギルド長はともかく、ベアトリーチェちゃんは何をしてもおかしくない』

 

  ギルド長とて人の子。同じくロリに弱い球磨川はめぐみんに拷問するほどの残虐性をディスターブからは感じられなかった。が、その相棒。日本人風の乙女、ベアトリーチェについては安全とは断言出来ない。

 

「む。ギルド長が連れていたという女の子か?聞けば、アイリス様よりも幼そうな外見だったのだろう。そこまで危険視する必要があるのか?」

『年齢はさて置き、ベアトリーチェちゃんの在り方自体が……僕の頭に警鐘を鳴らすのさ』

「在り方……?」

 

  【過負荷(マイナス)】。それも、球磨川が気を失うクラスのスキルを所持しているレベルの。【荒廃した腐花(ラフラフレシア)】で顔が腐っても真顔で後輩を慰めるような球磨川を気絶させた、とんでもない代物だ。

 

『あぁ、ベアトリーチェちゃん。せいぜい、めぐみんちゃんを宜しくね』

 

  シンパシーを感じ、運命も感じる過負荷との邂逅。いつになく心が高鳴る球磨川先輩は、僅かばかり歩く速度を上げたのだった。この世に生まれ落ちた時点から過負荷という絆で結ばれた、黒髪のツインテールに大切な冒険者仲間を託して。

 

 ………………………

 ………………

 ………

 

  -王城・謁見の間-

 

「球磨川さんっ、遅いわよ!ちゃんとダクネスを連れてこられたのね。……て、めぐみんはどうしたのよ。トイレかしら?」

「お、おかえりなさいませ」

 

  光輝く大理石に敷かれたレッドカーペット。の、玉座のど真ん前に、アクアは寝っ転がっていた。球磨川達が兵に通されて姿を見せると、寝ながら手だけを振ってきた。口には、なにかクッキーらしきものまで咥えて。アイリスは玉座の上で、お上品にクッキーを食しているところだったようだ。球磨川を見るや、モフモフとクッキーを口に押し込み、やや澄ました笑顔を向けた。

 

「ミソギが本気で王城の、それも謁見の間に入ってしまっている……。更に、アイリス様と対面したのも嘘じゃなかったとか。今日こそは、心の底から信じられん。なんなんだ、私のパーティーメンバーは。アクアに至っては、友達のおうちじゃないんだぞ……!」

 

  ダクネスは心ここにあらず。放心に近い状態で、立ち尽くす。

 

「ララティーナ、久方ぶりですね。再会できて嬉しいですわ」

「!! ……アイリス様、ご無沙汰しております。こちらこそ、再び拝顔の栄に浴せたこと、幸甚の至りです。仮着まで用意して頂き、誠にありがとうございます」

 

  一国の姫に再会を祝されては、いかに脳の処理限界に達していようが返事をせずにはいられない。

  ダクネスは貴族の娘として、恥ずかしくない礼をした。流石に鎧姿のままで謁見するのは、ダスティネス家に名を連ねる身には許されない。今の彼女は、城のメイドが用意してくれたドレスでめかし込んでいる。

 

「ふふっ。クマガワ殿の後だと、ララティーナの畏まった態度がなんだか面白いです」

 

  口元を手で隠し、笑いを漏らすアイリス。

 

「もしや……!私のパーティーメンバーが、無礼を働いたのですかっ!?」

 

  ダクネスは凄い勢いで球磨川を見る。

  働いてないほうがおかしい、というか、アクアが進行形で無礼真っ盛りだ。

 

『ダクネスちゃん、僕とアイリスちゃんは気の置けない間柄なんだよ。』

「……おい、王女殿下にその発言は不敬だぞミソギ」

『それよりもアクアちゃん、君が無事で良かった。アイリスちゃん、僕との約束は果たしてくれたんだねっ!』

「はい。約束通り、アクア様をお守りしましたわ」

 

  アイリスは何もせず、ただ一緒に駄弁りクッキーを食べていただけだが、アクアが無事なのに変わりはない。余談だが、球磨川外出後は周囲の騎士達の視線で居心地の悪さを感じていたアクア。このままでは寛げないと感じ、お得意の宴会芸を披露した事で、取り敢えず兵士たちのご機嫌は取れたみたいだ。最終的に、アイリスの前で寝転ぶ愚行にガチギレしたのはプライドの高いクレアだけとなり、しばしガミガミと乱暴な言葉をかけてきたが、アイリスが最も宴会芸に興味を示していたことから、怒る気も失せたようで。アクアにとってここはそれなりに緊張をほぐせる空間に変化したらしい。

 

「無事でって。それは、謁見の間で危険な目にあうほうが難しいと思うわよ。外に出ていた球磨川さん達のほうがむしろ危なかったんじゃないの?……ていうか姿が見えないけど、まさか、めぐみんに何かあったのかしら?」

 

『僕としたことが、不覚をとったぜ。』

 

「えっ、不覚をとったの!?じゃあ本当に、めぐみんの身に何かあったってこと…?」

 

『まさかこの世界にも、過負荷(仲間)がいるなんて思わなかったから油断していたよ。おかげで今となっては、例えどんなに離れたところでも、過負荷は等しく存在するものだって思い出したけどさっ』

 

「ちょっと、回答になってないんですけどっ。なにがあったのよ!詳しく話して、私をはぶらないで説明してっ!」

 

『うん。といっても、数分で説明できちゃうんだけれど』

 

  球磨川は語る。めぐみんとダクネスを迎えに行き、ここに来るまでを。出だしから、怪しいローブの男にめぐみん達の居場所を聞いたという謎満載の報告ではあったものの……めぐみんが連れ去られた事実が、誰にもツッコミを入れさせなかった。

 

 ◇◇◇

 

「めぐみんは大丈夫なのっ!?球磨川さん、ノンビリここまで戻ってきてていいのかしらっ?」

 

  いくらアクアでも、顔見知りの女の子が誘拐されたとなれば、姿勢を正さずにはいられない。むしろ杖を取り出して、今すぐにでもめぐみん捜索に踏み出しそうな勢いだ。行く宛もないというのに。

 

「申し訳ありません、我が国の兵士がお迎えに行っておきながら、そのような事態を招いてしまったとは」

 

  事態を重く受け止めた王女様も、申し訳なさそうに目線を下にやった。球磨川の報告では安否がわからなかったものの、迎えの兵士が依然として帰還しないのは、きっとギルド長の手のものに遅れをとったからだろう。この場にレオルがいたなら、新米兵の無残な最期を詳細に説明出来たのだが。

 

『全くだよっ、兵士さんがしっかりしてくれていたら、めぐみんちゃんが誘拐されずに済んだのに!税金泥棒反対!』

 

  ザワッ……!

 

  球磨川の失言に、穏やかな態度を保っていた騎士が一斉に殺気を放った。

  結果論だが、新米騎士は球磨川達の為に命を落とした。実力が無いが故の死だとしても、死者を愚弄する言葉を、よりにもよってこの場で口にしたのは無礼なんてレベルではない。温厚そうなアイリスですら、今の発言に顔を強張らせた。

 

『ん?僕、なんか変なこと言った??』

 

  賢人の孫みたいな、キョトンとした表情で殺気立つおじさん達を見回す裸エプロン先輩。

 

「お、おお……、お前、お前は……!お前というやつは……っ!!おま、」

 

  無礼メーターがカンストしている球磨川に、ダクネスはお馴染みのオーバーヒートに陥った。

 

『ダクネスちゃん、謁見の間で突然壊れたラジオみたくならないでくれる?どちらかというと、僕は壊れかけのレィディオよりは、ほめられてのびるラジオの方が好みだし』

 

「お前が余計なことを言わなければ、私がおかしくなる必要も無いんだ!頼む、何でもするから此処では下手な発言をするな!」

 

『……はぁ。アルダープちゃんの家に着いてくるのを許してあげたお礼すら忘れている君が、何でもすると言ったところでねぇ?』

 

「お、覚えていたのか……!」

 

  以前。アルダープ邸へ乗り込んだ一件で、球磨川はダクネスには家で大人しくしているよう告げた。それをダクネスは受け入れられず、スカートつまみを餌に無理やり着いてきたのだが。

 

『未だに、ダクネスちゃんがスカートつまみをしてくれていないのを、僕が忘れるわけがないでしょ。ようするに、君が頼みごとをするのなら、先に過去を清算するべきなんだぜ。ほら、せっかくスカートなんだし、なんなら今すぐ借りを返してくれても僕は一向に構わない』

 

「で、出来るわけないだろう!こんな、人前で……!それも、王女殿下の御前で」

 

  球磨川が以前言っていた内容ならば、ダクネスは風が吹いてもいないのにスカートをつまみ、腰をくの字に折って脚のラインを見せなくてはならない。室内で、それも他人が大勢いる前で。そんな間抜けな姿を晒せるものか。

 

『なーんだ!ダクネスちゃんには羞恥なんかご褒美だと判断した上での発言だったのだけれど。だったら、少し黙っててよ。借りも返さずに命令するほど厚顔無恥ではないよね?』

「くっ……!」

『にしたって、惜しいとは思わない?一国の姫君の前で、羞恥プレイが出来る機会はそうは無い。君は千載一遇のチャンスを逃そうとしている事に気がついてる?』

「それは……」

 

  ダクネスは、無言で球磨川との会話を聞いている周囲の視線を感じて、とっさに右手の人差し指を唇に当てた。落ち着かない様子で、足をモジモジと動かす。

 

「クレア、スカートつまみとは、国民の間では恥ずかしい行いなのですか?」

 

  ヨーロッパの伝統的な挨拶に、【カーテシー】と呼ばれるものがある。これは、女性が両の手でスカートの端を持ち行うものだ。こちらの世界でも転生者が普及させたのか、メイドなどが自然と行う作法の一つとなっている。言い方を変えればスカートつまみと呼べなくも無い行為を、しかしダクネスと球磨川が羞恥心を覚えるようなモノだとして話を進めている。不思議に思ったアイリスは、クレアに聞いたのだった。

 

「アイリス様、どうか彼らの発言はお耳に入れぬようお願い申し上げます。教育によろしくありませんので」

「まぁ!彼らは、教育に悪いような不埒な会話を、この神聖な場で行なっているのですか!?」

「……いえ、私もあまり世間に詳しくはありませんので確証は無いのですが、なんとなく、彼らの言う【スカートつまみ】は健全ではないように感じるのです」

 

  アイリスよりは身分が低いといっても、クレアも大貴族の娘。下々のものの流行には聡くないのだ。女の勘というやつか、クレアの読みはズバリ的中していた。

 

「アクア様、どうなのですか?庶民の間では、スカートつまみなる行為は羞恥を覚えるようなモノなのでしょうか」

 

  アイリスが切り口を変えて、アクアに問う。

 

「ちょ、私に聞かれても困るわよ。なんでダクネスが顔を赤くしてるのかもわからなければ、どうして球磨川さんがそこまで拘るのかも理解できないんだから」

「なんということ……。アクア様でもご存知無いとは」

 

  アクアも知らないのなら、もう実際にダクネスがスカートつまみを披露する他、知識欲を満たせる好機は訪れない。

  ここに集まっているのはいずれも身分が高い人間たちだ。アイリス同様、誰もがスカートつまみの正体に疑問を抱いている。気がつけば、さっきの球磨川の発言は忘れて、皆好奇の目でダクネスを見守っていた。

 

『さあ!ギャラリーも背負ったところで、張り切っていってみよう!』

「くぅう……!どうしてやる前から、こんな辱めを受けなくてはならんのだ。」

 

  目は、恥ずかしいがゆえに涙で潤み。ハリのある白い肌は、面影もないくらいに紅潮していた。

 

「や、やればいいのだろう!?やればっ!」

 

  プルプルと震える右腕で、スカートの端を摘むダクネス。カーテシーのようにサイドは摘ままず、前方に手をやったダクネス。風でスカートが捲れそうな場面を想定した持ち位置だった。

 

「あ、アレが……スカートつまみか。婦女子に羞恥を感じさせながら、スカートを摘ませるとは。なるほど、世の中にはとてつもない変態がいるということか」

 

  ゴクリと、クレアが唾を飲み込む音が謁見の間に静かに広がった。

  アイリスは両手で目を覆いつつも、指の隙間は全開にしている。なんだかよくわからないけれど、見知った仲のダクネスが恥ずかしそうに球磨川に従う姿は、たしかに教育に良くないような気がした。

 

『まだ慌てるような時間じゃないよ、クレアちゃん!真のスカートつまみは、ここからがメインなんだから』

「なっ……!?まさか貴様、ダスティネスの次期当主に何をさせるつもりだっ!?」

 

  クレアは汚物を見る目で球磨川を一瞥し、サッと視線をダクネスに戻す。もはや自分以上に熱心に見つめるクレアに、球磨川は若干呆れつつも。

 

『じゃあダクネスちゃん。次のフェイズに移行してくれるかな?』

「ミソギ……私、もう駄目かも……」

『諦めないで!諦めたら、そこで試合終了だよ!?』

「だ、だが……」

『ダクネスちゃんならやれるよっ!絶対に成し遂げられる!自分を信じて!!』

「ぅ、ううう……!」

 

  唇をかみ、ダクネスはゆっくりと腰をくの字に曲げ始めた。直立姿勢から、段々と重心を低くしていく。スローモーションな動きが、もどかしさを感じさせる。

  腰を曲げ終えたダクネス。たしかに、ただくの字に曲げただけにも関わらず、さっきより数段官能的な印象を見るものに与えさせた。単にダクネスがこのポージングをしただけならば、ここまでいやらしさは感じなかったはずだ。彼女が羞恥心を覚えながら、嫌々従っている事実が。これだけの背徳感に繋がっているのかもしれない。

 

『ブラボー!おお…ブラボー!!ダクネスちゃん!君は凄いよ。風の力で反射的にスカートつまみを行ってしまうよりも遥かに、君は高尚だ!【誰かにやらされたスカートつまみなど邪道】と誰に罵られようと、気にしなくてもいい。スカートつまみ検定1級の僕が、お墨付きをあげるよ!!』

「ならこれで、もう、いいよなっ!?十分満足したよな!!?」

 

  プルプルと小刻みに震えて懇願するダクネスさん。だが、現実は無情。

 

『ま、そうだね。慈悲深い僕は、そろそろ君を許してあげたいかも』

「ほんとうか!じゃあ、もうやめてもいいのか!?」

『でも!ここは心を鬼にして。ダクネスちゃんが、借りた恩をしっかり返さずに、なあなあで終わらせるような不誠実な人間にならない為にも!……続けてもらおうかな』

「お前というやつは……!!!」

 

  天国から地獄。上げて落とされたダクネス。絶望の淵に立たされた彼女に残された課題は、ここからスカートを持ち上げて、脚のラインを見せること。精神が限界に来ているダクネスにとっては、下着まで見せろと言われた方が、いっそ開き直れたかもしれない。

 

「なんで、なんで私がこんな目に……!」

『ダクネスちゃん!もうひと頑張りだ!!君なら出来る!』

 

  スカートつまみも終盤に差し掛かり、球磨川以外の見物人はにわかに焦り始めていた。これ以上となると、最早スカートをめくり上げるしか無いのではないか?と。ダクネスの手にも、なんとなく力がこもってきたように見える。どうやら球磨川に対して、何かしらの借りがあるような話をしていたけれど、貴族の娘がこんな醜態を晒す必要まであるのか。皆、固唾を飲み、動向を見守る。球磨川に従い続けるダクネスの意思を尊重して、クレアはここまで傍観を貫いてきた。だがしかし、同じ女性として、これより先は許しがたいものがある。ダクネスがもしも下着を見せるような動きをしたのなら、球磨川にかける情けはない。気合いで踏み込み、一瞬で葬るべきだ。徒手だとしても、関係ない。剣の恨みもある。クレアは一人脚を前後に開き、飛びかかる準備を整えた。

 

「王女様!ここから先は大人の世界なの。貴女が見るのはまだ早いと思うわ!」

「そんな……!アクア様、お戯れを。私の目から、手を離して下さい」

 

  いつになく気を配れるアクアが、幼いお姫様の目を隠す。アイリスは結構な力で抵抗したが、アクアの手をどかすには至らない。

 

「お、お父様……。どうかお許し下さい……!」

 

  心の準備をして。ダクネスがにわかにスカートを持ち上げる……!

  扇情的な脚のラインが見え始めて、ついに、念願のスカートつまみ(改)の完成が目の前まで迫った!

 

 

 

 

 

 

 

  …………ところで。

 

 

「や、やはり無理だ!!いくらなんでも無理なモノは無理だっ!!」

『なんだってー!?』

 

  パッとスカートから手を離し、直立姿勢に戻るダクネス。

  信じられないとばかりに、球磨川は目を最大まで見開き、口を開け放つ。ゴールは目前だったのに。あと数センチダクネスがスカートを上げれば完成していたというのに。

  生徒会の庶務戦で、ヒートが安心院さんにスキルを貰い、視力を取り戻して蘇った時以上の衝撃を球磨川は受けたのである。

 

『あ、あり得ない……!なんだこれは。新手のスタンド攻撃を受けているとでもいうのか…!?』

「先に謝っておく。悪いなミソギ、私は、厚顔無恥でも構わない。」

『……えっ?』

 

  球磨川は絶望に打ちひしがれつつ、どうにかダクネスの顔に向き直ると。

 

「これでも、くらうがいいっ!!」

『ぐはぁっ!?』

 

  下から迫った何かが、顎を撃ち抜いた。

 

  世界が回った。

 

  否。

 

球磨川が、回った。

 

  ダクネスの渾身のアッパーカットによって、球磨川は縦回転で吹っ飛ばされた。体操選手のような華麗さで、回転しながら後方へ吹っ飛んでいくスカートつまみ先輩が止まったのは、豪奢な装飾が施された、太い柱に叩きつけられてからだった。

 

「ふぅ。今回の羞恥心は、今の一発でチャラにしておいてやろう。これで、お前に対する借りは元に戻ってしまったわけだが……なぁに、人前で無ければサクッと返してやろうじゃないか」

 

  さっきまで泣く一歩手前だったかと思えば、上機嫌で虫の息の球磨川の頭をポンポンと撫でるダクネス。

 

『僕よりズルいなんて、……まったく、ダクネスちゃんには敵わないなぁ……』

 

  顎の骨が砕けかけているも、球磨川は笑顔のダクネスを見たら全てどうでも良くなってきた。

 

『また勝てなかった、とでも言っておこうか』

 

今度、家で個人的にスカートつまみをしてくれると言ってくれたこともあり、さしあたってこの場での返済は保留にしてあげる事にした球磨川だった。

 

どこかホッとしたクレアに、にわかに落胆した騎士おじさん達。それから、事の顛末がわからず、やや不満げなアイリス。

 

球磨川の失言はダクネスのスカートつまみで水に流せたようなので、彼女の頑張りは無駄ではなかっただろう。














最近、ダクネスがいじめられてなかったので、ダクネス回でした。

こいつら、謁見の間で何してるの……??
しかも、めぐみん誘拐されてるんですけどっ!

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