翌日。球磨川は目覚め、めぐみんと待ち合わせたギルドに足を運ぶ。時刻を遅めの朝10時に設定しておいたことで、朝が弱い球磨川も寝坊せず済んだ。
ギルドへの道すがら。街並みや住人を眺めるほど、ここが日本じゃないのだと実感する。
『人並み以上に悲惨な人生を送って来た僕でも、異世界に飛ばされちゃうとは想像もしてなかった。でも、悪くないもんだね。住めば都ってやつ?』
誰に聞かせているわけではない。あるいは、密かに聞いてるかもしれない安心院さんに。ここ異世界で過ごす事で球磨川は愛読書、ジャンプの中へ入り込めた気分になり、彼にしては珍しく純粋に楽しんでいる。
そんな球磨川の待ち合わせ相手、めぐみんについて。今のところは、めぐみんの事を守るべきパーティーメンバーと位置づけしているものの、彼はめぐみんの爆裂魔法が抱える欠点を愛している節がある。今後レベルアップを重ね、彼女が欠点を補った場合。二人の関係性はどうなってしまうのか。さて…
ー冒険者ギルドー
「あ!おはようございます、ミソギ!」
「おっはよー!ミソギくん!」
「おはよう。」
『なんか多くね?』
率直な感想。めぐみんとの待ち合わせに指定したテーブルには、めぐみんはもちろん、ダクネスとクリスも相席している。
『コホン。おはよう。めぐみんちゃん、ダクネスちゃん。今日も今日とて良い朝だね。』
「あれあれー?一人忘れているよ?」
クリスが自分の顔を指差し、引きつった笑みでアピール。
『おっと!めんごめんごクリスちゃん。』
「なんであたしだけ無視したのかな?」
クリスが眉をひくひくさせ、球磨川に詰め寄った。
『もー。出会ってから二日も経ったんだし、もうそろそろ以心伝心してくれてもいい頃合いじゃない?僕は最初から君の存在には気づいていたのだけれど、昨日のクエストでチキンにすらダメージを通せなかったことを気にして落ち込んでいるかと思いそっとしておくという大人な対応をしてあげたんだよ。でも、僕の気遣いを自分から台無しにしてくれるなんて、君は実に庇いがいがないね。もう少し空気を読む練習しておかないと、社会に出たらきっと苦労する羽目になるぜ。』
ペラペラと。めぐみん、ダクネス、クリスの三者が口を挟む隙も無い。
「いきなりのミソギくん節だねー。でも場の空気を一切読まない君にだけは言われたくないかな。」
球磨川に早くも慣れ始めたクリスはあえてムキに反論しない。
『僕はちゃんとチキンにダメージを与えられたけど?ナイフ投げてもダメージが通らず、すぐさま撤退を考えた誰かとは違うんだから。』
「あたしも、ちょっとは反省したんだよ?やっぱり、遠距離攻撃のスキルも鍛えておこうかなぁー…。」
『おっと、別に僕はダメージを通せなかったことを責めてるつもりはないよ。その決定力の無さは、君の立派な個性じゃないか!気にする必要なんてないさ。盗賊は盗賊らしく、別のところで稼げばいいんだよ。』
「うう…。自分で貶しといて自分でフォローするんだね。」
クリスが、言い返す気力もないと降参のジェスチャーをする。
ことの成り行きを複雑そうな顔で見守っていたダクネスが
「ミソギ。クリスをあまりからかわないでやってくれ。彼女は冗談を本気にしてしまうからな。」
『みたいだね。』
あっけらかんとした球磨川。
(絶対冗談じゃありませんでしたよ!!この人はもう!!)
とぼける転生者に心の中でのみ威勢良く反論するエリス様は、早くも球磨川を近くで観察する役目を降りたくなってきた。尚、こうやってクリスになってる間は別の女神がピンチヒッターとして死者を案内してくれている。あまり頼み過ぎると怒られそうなので、可能なら球磨川が問題を起こしそうな時を見計らって現界したいが、この男は常時問題を起こしかねない。
(それでも。私の担当する世界に来てしまったからには、私が彼を見守らないでどうします!)
まだまだ女神エリスの受難はスタートしたばかりだ。
…………
………
「ミソギ、今日は私の爆裂魔法がモンスターを仕留めるとこをお見せしましょう!昨日のは前哨戦に過ぎません!空撃ちでしたし。」
ずずい。上半身ごと球磨川に顔を近づけためぐみんが、必要以上の声量で提案してくる。このへっぽこ魔法使いは爆裂魔法しか頭にないのか?…ないのか。
『爆裂批評家としては是非とも拝見させてもらうけど、その前に。ダクネスちゃんとクリスちゃんがここにいる理由を聞いてもいいかな?』
「それは、だな。…あのー。」
ダクネスは隣のクリスをチラチラ見ながら要領を得ない発言を繰り返し、
「すまない、クリス。私から言うのはちょっと。」
「しょーがないねー、ダクネスは。」
親友の頼みにクリスは任せて!と応える。
「昨日一緒にクエストをやったミソギくんはわかってると思うけど。ダクネスは、どうにも相手に攻撃を当てられなくてね。中々他のパーティーに入れてもらえなくて困ってるのさ。」
『ふむふむ。つまり他のパーティーの人にダクネスちゃんがいかに役立つか、売り込めば良いんでしょ?任せてよ!』
「違うと思いますよ!ミソギ。」
『ぐえっ!』
勝手に一人で結論を出した球磨川が、善は急げと走り出す。学ランの襟首をつかんでめぐみんが椅子に引き戻した。
「つまるところダクネスは、私とミソギのパーティーに入りたいと。そう言いたいのですか?」
「…!その通りだ!!壁役は立派に務める!だから、どうかお願いだ。」
グレート・チキンの討伐に成功したことは、久しくクエストクリアから遠ざかっていたダクネスにやる気とプライドを取り戻させた。駆け出しでパーティーメンバーも集まっていない球磨川なら受け入れてくれるのではと、朝からお願いにきた次第。
『いいよ。』
「タダでとは言わない…。報酬も、二人の取り分を多くしても構わないから…。て、ええっ?今なんて!?」
攻撃を当てられないクルセイダーなど、それだけで価値が下がる。今まで色々なパーティーから断られてきたダクネスは、今回も断られる気がした。なので、条件を提示して食い下がる予定でいたが…
ダクネスが食い下がるよりも早く。球磨川は承諾した。
『だから、いいよって』
「なな!いいのか!?本当にいいのか!?」
『いいって言ってるじゃない。あ!もしかしてアレかな?芸人がよくやってる、【フリ】とかなんとか。実は断り待ちだった的な』
「いや!そうではない。…受け入れてもらえたことがすぐには信じられなくて。」
「ミソギ。一応私のパーティーでもあるんですから、一言くらい相談があってもいいじゃないですか。」
ダクネスをパーティーに入れることに反対する気はさらさら無さそうなめぐみんも、相談すらされないのは寂しかったようだ。
『めぐみんちゃんなら、絶対ダクネスちゃんを受け入れてくれるって信じてたからね。』
「…!」
めぐみんは何も言わず、ハットで顔を隠すように深くかぶり直す。
「つ、次からは相談してくださいよ!」
紅魔族ならではのカッコつけか、はたまた照れ隠しか。
『さてさて!見事に内定が出たことだし、ダクネスちゃん。』
「なんだ?」
『…本音は?』
球磨川は見透かした。ダクネスが、球磨川のパーティーに入りたがる真の理由を!
「くっ…!ミソギに隠し事は出来ないな。」
「本当の理由とは、一体なんなのですか?」
めぐみんは頭上に疑問符を浮かべ、
クリスが一足遅れて球磨川の意図を把握し、溜め息をつく。
『ほーら、ダクネスちゃん。みんなの前で言ってごらん?』
「…んっ…!き、昨日の…。…」
『昨日の??』
三点リーダーを続け、中々声を出さないダクネスに、球磨川は先を促す。
「昨日の、グレート・チキンの袋叩きが気持ちよかったのぉお!!」
超絶ど変態発言!
『そう。で?』
「このパーティーなら、また似たような目にあえると思ったからっ!!!」
…息を乱しほんのり変な汗をかいたダクネスに、めぐみんは口をパクパクさせるのが精一杯。クリスはダメな我が子を見守る親の如く、暖かい無言。
『やっぱパーティーに入れるのやめよっかな。ちょっとキモいし。』
「…賢明な判断かと。」
「んぁあっ!そんなこと言わにゃいでぇええ!!」
攻撃を当てられない【欠点】を持ってるだけで余裕の採用だが、痛みや羞恥を愛する性癖が加わり、ダクネスって過負荷寄りだよなと球磨川を喜ばせた。