この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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自分で読み返しても、球磨川のセリフはほぼ意味不明です。




七十話 参加希望

  王族による歓待。贅の限りが尽くされた、王国に生まれた人間ならば一度は夢見る憧れの場。

  救国の英雄的立場を手に入れた球磨川は、王女殿下から庶民の夢である宴を開いてもらう予定だったのだが、めぐみんが連れ去られたとなっては目出度いモードなど消え失せてしまう。ダクネスを引き連れて王城に戻った時点で大広間には美食の数々が並べられていたが、今日のところは球磨川側から丁重にお断りした。

 

『せっかくのご馳走だけれど、今夜はスタッフのみなさんで美味しく頂いてちょうだい。めぐみんちゃんを無事に救い出せた時に、改めてパーティーを開いてよ』

 

  ポリポリと頬をかきながら、アイリスに謝罪する。これがあまり手のかかっていない料理であれば、球磨川もいつものように『僕は悪くない』とぬかし、宴会延期を悪びれなかっただろう。しっかりと謝罪したのは、大きなテーブルを埋め尽くすほどの高級料理が鎮座していたからだ。料理長が腕によりをかけた珠玉の逸品。七面鳥の丸焼きやフルーツの盛り合わせといった視覚的にもわかりやすいメニューもあれば、ベルーガキャビアのような魚卵はひっそりとパンの横に配置されている。超が付く高級食材が、付け合わせ程度に食卓を彩っているのだから、どれだけの費用なのか想像もつかない。

  いくらなんでも、デュラハン討伐の賞金があれば賄える範囲だろうが。

 

「冒険のお話が聞けないのは残念ですが……私も王女として、めぐみんさんの救出を果たさぬまま冒険譚にうつつを抜かしてはいられません。明日は臨時で元老院議員を招集する手筈ですが、ギルド長の捜索よりも何よりも、めぐみんさん救出を第一に考えるよう統制を図ります。少なくとも、一個中隊は捜索にあてるのでご安心ください」

 

  アイリスは宴を突然キャンセルされても嫌な顔一つしない。というよりも、仮に球磨川が仲間の安否も気にせずパーティーを楽しむ輩であったなら、王城から追い出したくなっていたことだろう。一個中隊と彼女は約束した。一個中隊とは、通常の軍隊に当てはめれば、小隊(約45人)を4個合わせたもの。最大で180名からなる部隊だ。人を捜すには、兎角人員が多いほうが効率も上がる。ベルゼルグの部隊編成は今ひとつ基準がわからない故、実際の人数までは把握出来ないものの、球磨川達だけで王都を右往左往するのに比べれば、幾分楽になる筈だ。出会ったばかりの冒険者に大人数を割いてくれるのは、アイリスが優しいからか、或いは王族然として太っ腹だからか。

 

「パーティーは延期って、そんなぁ!?どれだけ私が酒席を楽しみにしていたと思っているのよ!!そりゃ、めぐみんが囚われたのはアンラッキーと言うしかないけど、なにも宴を断ること無いじゃない。美味しいご飯をたくさん食べて、張り切ってめぐみんを探しに行けばいいんじゃないかしら」

 

  球磨川がパーティーの不参加を告げた途端、アクアが高速で球磨川の足にすがりつく。アイリスは予想外なアクアの行動にポーカーフェイスを維持しつつ、球磨川を見た。視線を受け取った裸エプロン先輩は、この場でアイリスの怒りを買い、支援して貰えなくなる危険性を憂慮して。

 

『あのさ、アクアちゃん。もしも攫われためぐみんちゃんが、満足に食事を与えられていない状況下だとしても、君は同じ事が言えるのかい?』

「……それは……言えないけど。でも、ご飯を食べれてないってのは、球磨川さんの想像に過ぎないのよね?あくまでも、最悪の可能性ってだけで」

『だね。もっとも、食事どころか飲み物すら口にできていない恐れだってある。もしそうなら、なんてかわいそうなめぐみんちゃんなんだ……!僕の、ガラス細工なみに繊細なハートは、今にも壊れそうだよ!』

 

  球磨川はオーバーなアクションでめぐみんの境遇を憂う。それから数歩、あえてアクアの視界に神妙な顔つきのアイリスが入るように立ち位置を変えると。

 

「あ……」

 

 ようやく女神様も空気を感じ取った。

 

「アクア様、お望みならば今宵宴を楽しんで頂いても構いませんが……」

「いやっ、その。」

 

  王女はあえて言葉を続けなかった。だが、後に付け足される台詞は恐らく、悪い意味合いを持つと予想できる。大方、宴を望めば仁義無き冒険者のレッテルを貼らざるを得ないとか、そのような類の。薄情者の烙印は、女神としても不名誉極まる。

 

「……あー、もう。アレだわ。めぐみんを助けるまでは、宴席を我慢してあげる!よくよく考えてみたら、私ってダイエット中だったのよねっ」

 

  ググッと、拳を固め。アクア様はやっとの思いで酒類を諦めた。……めぐみんを救うその時まで。どうにか正しい解答にたどり着いたアクアに、一息つく男が一人。

 

『あー良かった。君が更に宴を惜しむようだったら、もう少しで僕の心も折れて、あの七面鳥を頬張ってしまっていたところさ!』

「もっとゴネれば良かったわ!」

 

  あと一押しで、球磨川も料理の魅力に落とされていたらしい。アクアの気づきによって、【皆がドン引きする中で拉致された仲間をスルーし七面鳥を食する鬼畜達】という、最低最悪の絵面だけは回避できた。

 

『話は変わるけれどアイリスちゃん。元老院とやらに、この僕も出席させてもらえないかい?』

 

  高級食材は諦めたとはいえ、体を動かす為にエネルギーは欲しい。球磨川はテーブルからパンを二つほどかっぱらうと、一つはそのまま服のポケットにしまった。そしてもう一つを口に運びつつ、アイリスに問う。

 

「クマガワ様が、会議にですか?」

『うん。だって、議題は僕のパーティーメンバーたるめぐみんちゃんを救うことなんでしょ?それなら、参加しても良くないかい?オマケに、僕のこれまでの功績及び、ダクネスちゃんとアイリスちゃんのコネクションがあれば!……僕一人を元老院にねじ込む事は、充分可能だと思うのだけれど』

 

  喋りながらも器用にパンを食べ終えたのか、今度はおもむろにレモネードを付近のメイドから調達する。宴席は遠慮すると言いつつも、なんやかんや立食パーティーを嗜んでいる球磨川。アクアも堪えきれず、手近なサンドイッチあたりを頬張り出した。球磨川がパンを食べたことで、キャビアやお酒はダメでも、栄養補給の類ならば怒られないと判断したようだ。

 

「……元老院議員の中には、頭の固い人物もいます。せっかくクマガワ様に参加頂いても、意見を受け止めようとしない人間がいるかもしれませんわ。」

『だろうね。僕だって、ポッと出の新キャラが我が物顔で仕切り始めたら不快に感じるかもだし。【元老院議員(エリート)】なんて、天井知らずにプライドも高いだろうしね』

 

  そこまでわかっていながら、何故。

 

  アイリスに任せておけば、一個中隊はめぐみん救出にあてられると先程説明済みだ。球磨川が会議に参加しようが、それより多くの支援は魔王軍の侵攻によって難しい。むしろ元老院議員の反感を買えば、一個小隊さえも怪しくなる。メリットがない。

 

『僕が参加するのは不安かな?大人しく、部屋の片隅で観葉植物と同化しておけばいいんでしょ、ようするにさ。』

「ミソギ、お前さては良からぬことを企んでいるな?」

 

  アイリスがううむと唸る傍。もう一人の金髪娘、ララティーナが会話に割り込んできた。

 

『……えっと。ダクネスちゃん、藪から棒にどうしたのさ。企むだなんて、人聞きが悪いなぁ』

「アイリス様、この男の言葉に耳を貸す必要はございません」

 

  スカートつまみの精神的ダメージから立ち直ったダクネスは、球磨川の肩を掴んでアイリスから離した。

 

「ララティーナ……?」

「この男は毎回毎回、事あるごとに状況をかき乱すのです。良いも悪いも綯い交ぜにして、滅茶苦茶にしてしまいます。此度の議会への参加希望も、裏があってのことでしょう」

「……そうなのですか?クマガワ様。」

 

  球磨川と一緒に冒険してきたダクネスが言えば、説得力はある。アイリスだって、王の代理で元老院議員と接するのだ。球磨川が場を乱すような男であれば、参加は遠慮願いたい。ただでさえ頑固な年長者達を相手どるのに、不安要素をいたずらに増やすのは避けるべきだ。

 

『ダクネスちゃん。……君としては、暴走しがちな年頃の僕を諌めて、つとめて問題を起こさせないつもりなのだろうけれど。度重なる僕による問題発生を、今回ばかりは先んじて防げた気になっているようだと邪推もしてみよう。』

 

  空になったレモネードのグラスを、メイドさんが持つトレーに戻した球磨川が、にわかに怒気をはらんでダクネスに詰め寄る。

 

『だけど、君はズレているよ。心配するポイントが違うじゃないか』

「ズレているだと?」

 

  ピクっと眉を寄せて、ダクネスは球磨川を見つめる。如何なる時もひょうひょうとしている球磨川が怒っているように感じ、微かに狼狽えるダクネス。

 

『どうやら、僕が元老院で何かやらかすんじゃないか。おおよそ、そう考えて釘を刺したつもりだろうけれど。生憎と今だけは僕におふざけをする気はない。一番大切なのは、めぐみんちゃんを救うことだ』

「本当か?」

『うん、本当だとも。元老院の話次第で、めぐみんちゃんの安否が変わるんだよ?議員の皆さんが碩学らしく話し合いしてくれている中でふざけても、損しかしないよね?百害あって一利なしだ』

「いや……これまでも、ミソギが場を引っ掻き回した時に得をした気はしないのだが」

 

  いっそ、真面目に話し合いに加わった例の方が少ない気がする。なんなら、皆無ではないか。

 

『だっけ?よしんばそのような事実があったとしても、過ぎた事を言ってもはじまらないし、この際考慮しない方がいい。なんせ僕は、過去では無く未来の話をしているんだから、さ!』

 

  過去にとらわれない男、風先輩。無駄に白い歯を見せてニヒルに笑う様は、非常に憎たらしい。

 

「……未来は、今のお前の行動の上に成り立っているんじゃないのか?元老院の反感を買えば、めぐみんが救えなくなる未来が待っているぞ」

『【未来が待っている】?そんなわけないじゃん。【過去と未来には連続性が無い】って、どこかの未来人が言ってたぜ。』

「連続性が無いだと?嘘を言うな。過去と未来が繋がってない筈ないだろう。だいたい、未来人が言ってたとは何だ。未来人の発言をお前が聞けるものか。」

 

  未来人。というより、球磨川が思い浮かべているのは、部室でメイド服を着て、お茶を淹れてくれる上級生だ。

 

『頭が悪い奴には理解出来ないだろうけど、聡明なダクネスちゃんなら飲み込めると信じて言うとだね。僕が元老院の怒りを買って、一個中隊を貸して貰えなくなるなら、怒りを買わなかったとしても一個中隊は貸して貰えないのさ』

「ん。……二人しかいないパーティーメンバーが期待してくれた以上、どうにか話の内容を理解しようと頑張ってはみるが、中々骨が折れそうだな。まず、基本的なところから聞いてもいいか?」

『はい、ダクネスちゃん』

 

  おずおずと手を挙げたダクネスを、球磨川が当てる。

 

「元老院の件は、アイリス様に頼めばなんとかなるに決まってるじゃないか。それに、怒りを買わなければ部隊を貸してもらいやすくなるのは間違いないと思うのだが」

 

  ダクネスだけではない。アイリスも、クレアも。気がつけば全員が、球磨川の言葉を虚言だと思ってるような顔をしていた。ただ一人、サンドイッチを頬張り続ける女神、アクアだけを除いて。

 

『アイリスちゃんに頼んで何とかなるとすれば、僕が元老院の怒りを買っても、やっぱり何とかなるんだよ』

「ちょっと待て。さっきから色々述べているが、それだとまるで、どんな行動をしても結果が決まっているように聞こえるぞ」

『そう、この世界ではどうやら、先に結果は決まっているみたいなんだ。君の聞こえ方は正しいよ』

 

  過程に意味なんか無い。どの選択肢を選ぼうと、結果は一つに収束されるのだと、球磨川は語る。

 

「球磨川さん。それ、トホーフト?」

 

  球磨川同様にレモネードで喉を潤す女神が、珍しく話を拾う。

 

『おや、アクアちゃん。君の口から、かのノーベル受賞者の名が出るとは思わなかったよ』

「あんまり馬鹿にしないでちょーだい。私だって、担当してる世界のニュースくらいはチェックしてるんだから!」

 

  いつもは謎空間で漫画やゲームで暇をつぶす女神様がトホーフト教授の名前を知ったのは、人間界で流行っていた【恐怖の大王】、すなわちノストラダムスの大予言に興味を持ったからだ。テレビ等のニュースに目を通していた際、同じタイミングでたまたま稀代の天才が取り上げられていたのだ。

  つまりは、偶然。しかし球磨川としては、アクアに知性を垣間見た気になった。

 

『あはは、そいつは失礼したぜ。ちょっとは【らしい】ところもあるんだね』

「でしょ!?……ねえ、見直した?少しは私の賢さが証明できたかしら!?」

 

  本人が前のめりで評価が上がったかどうかを確認してこなければ、言うことなしだったのだが。

 

「だ、誰なのですか?その、トホーフト様とは」

 

  知らない名前に、アイリスは首をかしげる。

 

『僕のせ……出身地では、名の知れた研究者さ』

 

  世界といいかけて、出身地と濁した球磨川は、たんたんとトホーフト教授について語る。日本というか、元いた世界の説明が面倒くさいため、ところどころボヤかしはしたが。

 

  ヘーラルト・トホーフトは、オランダ生まれの理論物理学者である。1999年にノーベル物理学賞も受賞した、量子力学の第一人者によると。未来は100パーセント決まっているのだそうだ。アイリスが助力しようと、一個中隊を貸し出そうと。宇宙の構造的にめぐみんが助からない未来が確定しているのなら、全部が無駄となる。核ミサイルがあろうが、憲法9条が無かろうが。どんな手を尽くしても、めぐみんの死は現実のものになるのだ。反対に、めぐみんが生存するのが世界の決まりであれば、アイリスの助力も必要なく救える。球磨川がひのきの棒しか持たず救出に向かっても、どうにかなってしまう。少なくとも、命だけは。

 

「未来は決まっている、ですか。……中々面白い仮説ではありますが、納得は出来ません」

『へえ?どうしてだい、アイリスちゃん!』

「だってそうでしょう。今日私がお二人と謁見したのも、宴の準備をしたのも。全て、私が自分で決めた事ですもの。もし剣の稽古へ向かう途中、お二人の喧騒を気に留めなければ、貴方がたとは出会っていませんわ。気まぐれで足を止めただけ。たったそれだけで変わってしまう未来なら、如何様にでも変化すると思うのですけれど」

『なるほどね。ま、感情が理解の邪魔をするのも無理はないか』

 

  未来が確定していると聴くとどうしても、人間には自由意志があるように感じてしまうが、それは錯覚に過ぎない。朝、起きてまず歯を磨くか、もしくは先に顔を洗うか決めているのも。昼にラーメンとカレーのどちらを食べるかも。進路や就職先、果ては結婚相手でさえ、自分の意思で決めている気になっているだけで、全ては宇宙によって決められている。

  帰宅寸前で激しい夕立に降られた時も、運がないのではなく、あらかじめ確定していたと受け止めるしかない。或いは、誰かが自分の意思で靴下を右から履こうが左から履こうが、未来にはなんら影響しない。不確定性原理は理論的に正しくても、宇宙における根源的な法則では無いというのが、トホーフトの理論だ。

 

  因みに、タイムパラドックスを解決し、確定している未来を変えたいのなら、ダイバージェンス1パーセントの壁を越える必要があるというのは、オカリン(ジョン・タイター)理論である。

 

『ちょっと小難しく聞こえたかな?まとめると、僕が元老院に参加しても大丈夫って話なんだ!』

「すまん、せっかく聡明とか褒めてもらったものの、全くわからないんだが」

「わ、私もです…….」

 

  量子力学が異世界に存在していなければ、とても頭に入らない。理解するための土台がないから、頭の良し悪しは問題ではないのだ。

 

『ええー?もしかしてダクネスちゃんとアイリスちゃんって、理科の時間は先生に隠れて寝ていた人だったりする?』

「球磨川さん。この世界は基本的に家庭教師スタイルだから、先生の目を盗んで寝るのは不可能なの」

 

  アクアが、日本の学校をイメージしていた球磨川にこっそり教えてくれる。

 

『そうなんだ。なら、尚のこと僕を参加させるべきだね。アイリスちゃんがいれば一個中隊を借りられる未来を、僕が協力して一個大隊が借りられるように変えてみせるから!』

「そんな真似、お前に出来るのか……?いや、それよりも、トホーフトとやらの理論とお前の発言が早くも食い違ってるのだが」

 

  口先だけは上手い球磨川に、ダクネスは先程から白い目しか向けていない。ていうか、未来は決まっていると言われた直後に、未来を変えてみせるとか言われてしまった。1分未満の単位で言うことが変わる男と話すうちに、頭がどうしてもこんがらがってくる。

 

『ね!どうだいアイリスちゃん。大人しくしてるから、是非とも参加を許してくれよ』

「は、はぁ……。まあ、大人しくして頂けるのなら……」

 

  もう、許可しないと延々と面倒くさい説得をされそうだと察したお姫様は、ついに参加を許してしまった。最悪、場を乱すようならスリープでもかけてしまえば良いと、やや手荒な手段も考えて。

 

「アイリス……様……!」

 

 クレアがピクッと腰を浮かせたが、王女の決定に、こんな大勢の人間がいる中では意を唱えられない。

 

『約束だぜ?そうと決まれば、僕は休ませて貰おうかな。爆発されて、節々が痛むんだよね』

「で、では、客室まで執事に案内させますわ」

 

  これ以上球磨川を相手にしなくて済む。アイリスは助かったとばかりに執事を呼び、球磨川を退室させる。

  明日の元老院は、普段以上に気を使うことになりそうだ。

 

『じゃあ、また明日とか!』

 

  ポケットに忍ばせた二つ目のパンを取り出すと、執事の後に続きながら食べだした球磨川。

 

  対面した瞬間、【王女様ってどんなパンツを穿いてるんだい?】などとのたまった事から、第一印象から面倒くさそうだとは感じたが、彼の面倒くささはどうやらもう一段階レベルが上だったらしい。

 

「アイリス様。明日の元老院では、十分にお気をつけ下さい……」

「ララティーナ、それ以上は言わないで下さい」

「も、申し訳ありません……!」

 

  球磨川の背を見送りつつ痛む心臓をさするダクネスさんと、これまでの実体験を元に発せられた注意喚起を受けて、やっぱり参加をとりやめようか本気で悩むアイリスだった。

 

 …………………………………

 …………………………

 …………………

 

 

「おはようございます、クマガワ様」

 

  新しい朝。これが夏休みであればスタンプカードを首にかけ、近所の公園にラジオ体操をしに行きたくなるくらいに晴れ渡った空が、大きな窓一面に見渡せる。キングサイズのベッドと一体化していた球磨川は、聞きなれない声で覚醒を果たした。

 

『んん…、誰だい?僕の眠りを妨げたのは』

 

  フカフカの布団から顔だけ覗かせて、球磨川はアイリスの好意によって与えられた客間を見渡す。目に付いたのは、出入り口に控える執事風の男。彼は昨夜球磨川がベッドに潜り込む際にはいなかった。大方、お世話係として派遣されてきたのではないかと、あたりを付ける。

 

「申し遅れました。本日よりクマガワ様が王都に滞在している間、側仕えをさせて頂きます、ハイデルと申します。以後、よしなに」

 

  予想通り。せっかく王城の、とびきり絢爛豪華な客間で寝泊まりさせて貰えているのに、なんだか顧問の先生に監視されながらの宿泊学習を思い出す球磨川だった。

 

『ハイデルさんか、オッケー!あわよくばミニスカートのメイドさんが仕えてくれた方が癒されるものの、今の僕はお客様だから贅沢は言わないさ。で、僕を起こしたって事は。もう朝ごはんの時間だったりするのかな?』

「左様でございます。その前に、差し支えなければアーリーモーニング・ティーを用意しておりますが、如何なさいますか?」

『ん。せっかくだし頂こうかな』

「かしこまりました」

 

  恭しく一礼すると、ハイデルは廊下からティーワゴンを運び入れ、慣れた手つきで紅茶を注ぐ。

 

「どうぞ」

 

  差し出されたのは、一目で高価だとわかるティーカップ。紅茶だけではなく、カップも程よく温められており、温度が下がりにくいようにといった気遣いが感じられる。

 

『ありがとうっ!実はアーリーモーニング・ティーというのが何なのか理解してなかったんだけど、気持ち半分で返事を返してしまった適当な自分に嫌気がさしたりもしたものの、なるほど。寝起きに飲む紅茶なんだね!寝床で紅茶を頂けるだなんて、まるで貴族さながらじゃないか。ハイデルさん、これは見事な執事ぶりだぜ』

「光栄に存じます」

 

  未だベッドの上に居座りながら、球磨川は紅茶に口をつける。濃いめのミルクティーだ。茶葉の高貴な香りに、ミルクがマッチした逸品。朝一、水分を欲していた身体にはピッタリの味。

 

『五臓六腑に染み渡るなぁ……。こんなにも優雅な朝を迎えたのは、この世界に来て初めてだよ』

 

  なにせ異世界に来てからというもの、球磨川が寝泊まりしているのは基本的にずっと馬小屋だ。例え藁であっても快眠可能な球磨川でも、王室御用達のキングサイズベッドと比較したら見劣りしてしまうのは仕方がないだろう。

  球磨川がひと心地ついたのを見計らい、ハイデルが羊皮紙を取り出して。

 

「……クマガワ様。本日のご予定ですが、アイリス様がめぐみん様救出の為、臨時の元老院を開かれるとのことで、クマガワ様も会議にご出席されるとお伺いしましたが」

 

  臨時の客人である球磨川の、一日のスケジュールを確認する。よくよく目を凝らしてみれば、羊皮紙には二行程度の文字しか並んでいない。

 

『そう、勿論ご出席されるよ。というよりも、僕は元老院に参加する為だけに今日まで生きてきたと言っても過言ではない』

「左様でございましたか」

 

  深ぶかとした、一礼。

 

『……ハイデルさん。ユーモアってご存知かな?』

 

  ツッコミを放棄されてしまえば、球磨川も調子が狂う。が、ハイデルも執事として、客人に異議を申し立てたりはしない。まともな発言が少ない球磨川と、礼節を重んじる執事。決して噛み合うことの無い歯車が出来上がるわけだ。そもそも、今日球磨川と出会ったばかりのハイデルとしては、球磨川が本当に元老院への参加を悲願にしてきたのだと信じてしまっても、なんらおかしくない。為政に関心が強い若者は、国内にも多い。

 

『とりあえず紅茶美味しかったよ、ご馳走さま。そして、これから引き続いて朝食を頂けるのかな?どこか広い会場に河岸を変えて、アクアちゃん達と一緒に摂取する系だったりする?』

 

  ティーカップをハイデルに戻すと。紅茶で良い感じに空腹を思い出した胃袋を、腹の上からさする球磨川。

 

「朝食はこちらに用意してあります。本日のメニューは、フォアグラです」

『あ、ここで食べるんだね。朝からフォアグラとは、また贅沢だ』

 

  世界三大珍味の一つ。ガチョウやアヒルに、餌を豊富に与えて得る肝臓だ。フランスの富裕層から広く支持を得る高級食材で、コース料理のメインディッシュとして扱われることもしばしば。

 

「本日は、アルカンレティア産のフォアグラを取り寄せました。上質な湧き水で作られたクリムゾンビアをガチョウに与える、独自の飼育法で作られたフォアグラは大変美味でございます」

『なんだか、聴いているだけで腹の虫が泣くよ。ハイデルさん、早く持ってきてもらえる?』

「かしこまりました」

 

  ティーワゴンと共に一旦ハイデルは退室する。アーリーモーニング・ティーは文句なく美味しかったので、自然と朝食への期待も高まるというもの。ベッドの上でそわそわと落ち着かない時間を楽しむと。

 

「お待たせ致しました」

『ハイデルさん、全く君は焦らし上手なんだから。今の数分だけで、僕はフルコースもペロリと平らげられるくらい空腹になっちゃったよ』

 

  執事の入室を見て、球磨川はテーブルに居場所を移した。紅茶くらいならまだしも、ちゃんとした食事は椅子に座って食べたいらしい。

 

「申し訳ございません。こちらが、フォアグラでございます」

『こ、これは……』

 

  配膳されたのは、赤い椀が一つ載った長方形の黒いお盆。お椀だけ。

  フォアグラと聞くと、やはりフランス料理のイメージが強い。平たいお皿にチョコンと盛り付けされ、トリュフのソースなんかがオシャレにかかっているような姿を想像していたのだが。お椀の中身は蓋で隠されているので、蓋を開ければソテーが鎮座しているのかもしれない。

 

『ソテーかテリーヌか知らないけれど、お椀に盛り付けるべきではないと思うよ。料理は見た目でも楽しむものなんだからさっ!これじゃあチグハグな印象を与えてしまうだろう?食戟で勝つつもりなら、そういう細かい気配りも必要だぜ』

 

  球磨川は逸る気持ちを抑えて、蓋をとる。

 

  そこには。

 

  ……ダシが丁寧に取られた味噌汁の中に沈む、世界三大珍味の哀れな姿があった。

 

「本日の朝食、【フォアグラのミソスープ】でございます」

 

  ハイデルの心地いい低音ボイスが、世界で最も味噌汁に馴染み深い日本人である球磨川でさえ聞いたことがない料理名を告げた。

 

『せっかくのフォアグラが台無しだよハイデルさあぁぁん!!!』

 

  あらゆる物事を台無しにしてしまう裸エプロン先輩でも、フォアグラを味噌汁にぶち込むことはしない。海原雄山のように、キッチンまで赴きシェフを怒鳴りつけたくなるほど、味噌汁は塩っぱかった。

 

  元老院議員との話し合いを前に、やる気を削がれる朝食となってしまった。シェフのセンスによって、球磨川はなんとも残念な気分のまま、会議の場へ向かうことを余儀なくされたのだ。

 

 






アクアがトホーフトを知ってるのは違和感あるね。
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