この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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七十一話 元老院 その1

  球磨川が睡眠を求め客間へと姿を消し、アクアも続いた後。アイリスは明日の元老院を前に、僅かにだが心を休ませられる時間を得たのだが。気持ち的にはこのままベッドと一体化したいものの、それを許さない存在が二人ほど、アイリスの元を離れずにいた。

 

「アイリス様!どうしてあの男が元老院に参加する事を許可されたのですか。王女殿下に対する不敬、到底見過ごせるものではありませんでした。あのような無礼な態度を元老院でもとれば、参加をお許しになったアイリス様の名に傷がつきます!」

 

  アイリスの執務室で、淑女らしくない大きな声で物申しているクレア。怒っているのは当然、とある過負荷が元老院に顔を出す一件だ。球磨川に良いイメージを持っていない配下がどうすれば納得してくれるか、普段なら、あと一刻もすれば夢の世界へ旅立っているアイリスは、頭を使うと同時に健気にも重い瞼も持ち上げていた。

 

  王女の教育係であるレインも又、クレア程声は荒げないものの、幼い王女に進言する。

 

「元老院議員の中には、誠に遺憾ではありますが現体制に不満を抱える者がおります。これまでは、アイリス様の一分の隙も無い素晴らしい差配を前に打つ手が無かった議員達ですが……クマガワ殿は格好の的でございます。国王不在の今、あえて不届き者を助長させるような要素を取り入れる必要は無いかと」

 

  王国といえど一枚岩では無い。ここ王都には多数の反王族派が存在するのだ。武力に政治手腕、共に優れた現王の前では巧みに離反を隠す老獪な議員達も、アイリス相手では遠慮が無くなる。第2位の王位継承権を持つアイリスを懐柔ないし、キバを抜けば元老院議員の誰かが実質国のトップに立てる可能性は高い。ただし。アイリスの兄、即ち王子がいる限りは絵空事であり、当然、王族派の貴族が大多数な現状、表立ってアイリスに敵対するほど愚かな人間はそういないが。クレアの言い分はごもっとも。

 

「二人の気持ちはわかりました。ですが、王女に二言はありません。クマガワ様の参加は覆せないのです。不参加に持っていこうとするよりは、どれだけ彼をコントロール出来るかを考えるべきね」

 

  アイリス様は事もあろうに過負荷の代表をコントロールする方法を模索するらしい。

  ちょっとでも彼を知っていれば、それが如何に修羅の道かはわかる。黒神めだかにも、人吉善吉にも。……人外の安心院なじみでさえ掌握不可能だった負完全の存在をどうにかしようなどと思う時点でナンセンス。人を見る目が養われる王族でも、初対面で球磨川禊の全ては見抜けなかったようだ。ただ、だとしてもそれはアイリスの責任となる。無知は罪なのだ。事実、箱庭学園の面々に【球磨川を会議に参加させたら敵が増えた!】と愚痴っても、そりゃそうだとしか返ってこないだろう。

 

「むう、アイリス様のカリスマ性ならば確かに可能ではあるでしょうが……アレは並の人間ではございません。いかに素晴らしいお言葉を聞かせようと、受け手に理解する知能が無ければ馬の耳に念仏かと」

 

  クレアも、まだ球磨川が言葉による説得でどうにかなると思っているようだ。安心院さんが彼女達を覗き見してるとすれば、きっと微笑ましく感じているに違いない。

 

「ですがクレア。クマガワ様は非常に博学だと思います。我々が全く知らない、この世の未知なる法則を説明してくれたじゃありませんか」

 

  こちらの世界では未発見な、電弱相互作用の量子構造について。といっても、球磨川の話も受け売りでしかないが。

 

「……あんなものは、でまかせです。人間の未来が全て決まっているなど、あり得ないでしょう」

「そ、そうでしょうか?いえ、私だって行動全部が生まれた時から定められているとは考えにくいですが」

「そうですよ。アイリス様の御前で、少しでも知恵者ぶろうと策を弄したに過ぎないかと。それに奴は、我が至宝を……」

 

  クレアは球磨川の行いを思い返して、無いはずの剣を触る。消え去ってしまった、己が家に代々受け継がれた、名の知れた鍛治職人が打った一振り。最終的に宝剣が消えたのは球磨川の所為だと断定出来ず終いだったものの、状況証拠としては彼がやったとしか思えない。もしも元老院で同じような行動を起こせば……最悪、内紛もあり得る。貴族は家の豊かさを、高価な品を手に入れる事でアピールするものだ。此度の議会にも、貴族達は輝かしい宝石で着飾って来る筈。球磨川がホイホイとそういった品を消し去れば、反王族派が憤るのは道理。宝物の一つや二つで武力に訴えるほうが貧乏人ぽい気もするが、問題は別にある。球磨川が反王族派の貴族を害するのが不味いのだ。アイリスが手を回して反王族派の発言力を無くそうと企てたという、王族に敵対する大義名分を与えてしまう。

 

「アイリス様。魔王軍の侵攻が激化してきた状況で、一平民を助ける為の部隊を編成する。この議題だけで反王族派はいい顔をしないでしょう。 そんな中、クマガワ殿が反王族派に害をなせば……反旗を翻す口実にされかねません」

「わかっています。だからこそ、クマガワ様達の活躍を利用させて頂くのです。この国の冒険者として彼らが有用だと証明出来れば、めぐみんさんを救出して魔王軍に対抗してもらったほうが良いと理解させるのです」

「……なるほどですね。諸刃の剣、というわけですか」

 

  レインが手を叩く。球磨川の名は、元老院議員ともなれば耳にしている。デストロイヤーを足止めした事も、ベルディアを討伐したことも。力ある貴族なら、報告だけは受けてて然るべき。力や家柄に差はあれど、議員ならばそれだけの諜報能力は持っているだろう。

  議会の場でめぐみんが球磨川のパーティーにとってどんなに大切か、そこを理解させれば救出の優先度だって上がる。ただ、名前しか知らない冒険者に兵を与えると言って納得させるのは骨が折れるので、実物を見せる事で説得し易くなるのを期待しようというのだ。

  欠陥があるとすれば、そもそも球磨川を見せたところでどうなの?って話だ。別にあの過負荷は筋骨隆々でも無ければ、格段に賢そうでもない。

 

「魔剣の勇者であれば、説得力もあるのだが…」

 

  イケメンで、高身長で、実績もある。かのキョウヤ・マツルギだったなら。元老院に参加させても、こうも頭が痛くはならなかったことだろう。

 

「二人とも、心配してくれてありがとう。でも、後は私の責任です。めぐみんさんを救出する為、できる限りのことはやってみますから!」

 

「「アイリス様……!」」

 

「ふふっ。大船に乗ったつもりでいて下さい!」

 

  幼き君主に、自然と膝をつく従者二人。愛らしく、美しく、賢く、清く、強い王女様。そんな完璧人間と呼んでも良いアイリスなら、今回もなんとかしてくれる。クレアとレインの絶大な信頼を受けて、王女も気恥ずかしそうにはにかんだ。

 

  大船に乗ったつもりでと、アイリスは配下二人を説得した。誰しも、泥舟に乗るよりは豪華客船に乗りたいと思うのが普通だが……いかに安全に配慮したところで、必ずしも無事故だとは言い切れない。

 ……どれだけ大きな船に乗っていようと、氷山にぶつかれば沈むのが道理だからだ。

 

 ……………………………………

 ………………………

 …………

 

  元老院議員は、王国で選ばれし貴族から、更にふるいにかけられて残った優秀な人間だけがなれる。生まれは当然名家で無くてはならず、世襲制もしくは、家名に溺れず人生において自分を律してきた生真面目な者たちだけが得られる肩書きだ。

  朝早くから屋敷をたち、王城まで臨時の会議に参加しにきたカイネル=ロープは、コネクションのみに頼らず、自力で今の地位を掴み取った有能な人材だ。30代半ばで議員の地位についた秀才ぶりは貴族間で広く知れ渡っており、彼を若僧と馬鹿にするものはいない。此度、アイリスから急ぎで会議を開くと連絡があった際には、色々と王都を取り巻く問題を想定した。魔王軍の襲撃や、食料の備蓄。近年、不安の種となっている隣国エルロードとの国交。軽く思い起こすだけでも枚挙にいとまがない問題達。しかし、これらは定例会議で話されている内容なので、臨時の議会ではもっと違う議題になると見られる。何か不測の事態に陥ったと考えるべきだが、気が重い。

 

「如何なさいましたか?ロープ家当主殿。先程から、ずっと難しい顔をされてますが」

 

  思案に耽るカイネルの左隣、キツネのような顔の貴族が優しい笑みを携え問うてくる。カイネルは話しかけてきた相手が見覚えのある人物だと認識すると同時に、一瞬で顔と名前を一致させた。

 

「失礼、バウロ殿。アイリス王女殿下が急ぎ我々を招集した目的は何なのかを考えているうち、自然と眉をひそめてしまっていたようです」

 

  隣の男、バウロにカイネルは向き直る。良いタイミングで話しかけてくれたと、カイネルは心中で感謝する。そろそろアイリスが会議の場に姿を現わす頃合い。元老院議員としては、腹の中を探られぬべく、平然とした顔をすべきだからだ。

 

「そうでしたか。私も貴殿と同様の思考に耽っていたところですよ。希望を持ちたいところではありますが、良いニュースとは限らないでしょう。過去、臨時で元老院が開かれた際、問題が発生したケースが9割ですからね」

 

  バウロも、顔には出さないが嫌な予感を感じている様子。もうすぐ還暦の彼は、王族派として有名だ。彼を邪魔に感じる反王族派がこの場にどれだけいるのかはわからないが、カイネルは自分たちの話を盗み聞きされている危険を考慮し、頷きで返す。

  会話を打ち切りにするべきだとしたカイネルの意図を汲み、バウロも沈黙へ移行した。待つこと数分。

 

「お待たせいたしました、議員の皆様。これより、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス様の入室となります」

 

  会議室のドアを開け、初老の執事が丁寧な礼をした。そうして部屋の入り口に向き直ると、一流のドアマン顔負けの華麗な仕草で扉を抑えた。

  十分確保された開口からは、紹介の通りこの国の王女アイリスが入室してきた。

  ……背後に、見知らぬ少年を引き連れて。いや、むしろ少年がアイリスを差し置いて部屋に滑り込む。

 

『わーっ!!ここが元老院ってトコロなんだ!アイリスちゃんの部屋に負けず劣らず、豪華っていうか煌びやかだねっ!!会議を行う為だけの部屋に装飾が必要なのかは、それこそ議論の余地があるけれど。でも安心して!僕個人は無駄な意匠も嫌いじゃ無いぜ』

 

  黒髪黒目。中肉中背。見た目だけなら十人並みな少年は、恐れ多くも王者殿下をちゃん付けで呼んだ。今回参加した30名の議員達は、球磨川の参加を知らされていない。王女よりも前に入室した無礼者は誰なのかと、各々混乱を隠しきれずに球磨川を観察した。

 

(……クマガワミソギ?)

 

  この場で一人のみ。カイネル=ロープだけは類い稀な観察眼によって闖入者の正体を見破った。外見的特徴、言動、仕草。どれも事前に密偵に調べさせて得た情報とピタリ一致している。

 

(だとして、何故この場にいる?)

 

  あまりにも場違いな男の登場に、カイネルはバウロの気遣いむなしく、再度眉を無意識に寄せた。この辺りは、まだ経験不足感が否めない。

 

(アイリス様は何をお考えだというのだ。今回の臨時招集、もしやクマガワミソギが一枚噛んでいるのか?)

 

  あり得なくはない。ただ、反王族派もいるこの空間に庶民を同席させる意図は、優秀なカイネルでも読めなかった。

 

「クマガワさん!私の後について来て下さいとお願いしたじゃありませんかっ!それと、貴方は私の部屋を見たことないですよね??」

『見たことが無いなんて、寂しいこと言うなよ。昨夜も夢の中で、アイリスちゃんの部屋でババ抜きをして遊んだじゃないか!』

「それは、見たことが無いって言うんです!」

『そうなの?』

 

  王女に礼をしたままの貴族達は、腕を下げるタイミングが訪れず、困惑する。

 

「あ!皆様、楽な姿勢で大丈夫ですわ。本日は急な呼びかけにも関わらずご足労頂き、ありがとうございます」

 

  アイリスの許しを得た貴族達は、各々腕を下げた。全員の視線が球磨川に集まっていることで、まずは彼を紹介する必要があるとアイリスは判断して

 

「紹介が遅れました。こちらは、アクセルの冒険者、クマガワ ミソギ様です。皆様御存知かと思いますが、数々の功績を残している素晴らしいお方ですわ」

『数々の偉業を成し遂げた素晴らしい冒険者こと、クマガワミソギでーす!よろしくです、元老院議員の皆さん!』

 

  ダブルピースで笑顔を放つ姿に、元老院に対する敬意は感じられず。自画自賛を初対面でやってしまうと、当然良い印象なんか与えられない。これからめぐみん捜索の助力を得なければいけない中で。元老院の場は、不気味な程に静まり返ったのだった。


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