この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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三期で、待ちに待った

「ウィリアム・オ◯ウェル!!」
「yes.I am!」が見れるのか……伏せ字は、バレ防止で。ゆうて、9年前の作品ですが


七十四話 呼び名

  二人の金髪娘を引き連れた球磨川は、とりあえずアイリスが旅支度を整えたいと言い出したことによって、王女の執務室へとやって来た。

 

「アイリス様っ!!」

 

  部屋の扉を開けるや、クレアが血相を変えてアイリスの腰あたりに縋り付く。

 

「クレア!?どうしたのです」

「どうしたもこうしたも、元老院を終えてお疲れなアイリス様をお迎えしようと厨房で甘味を用意させていたところ、冒険者の真似事をなさるというふざけた噂話を聞き、事実かどうか確かめに来たのです!」

 

  アイリスは、ここにも旅立つ為の障害が残っていたかと、テンションの昂りに陰を落とした。元老院という最大の難関を越えた今、クレアの説得はそう難しいとは感じなかったが、譜代の臣に反対されるというのは、そこいらの者に反対されるよりは大きな意味を持つ。

  思えば、クレアは常日頃から過保護が過ぎるのだ。

 

「クレア、その噂は紛れも無い事実です。それから、【冒険者の真似事】ではありません。私はこちらにいるクマガワ様のパーティーメンバーに正式に入れて貰ったのです。これより、共にめぐみん様捜索にあたります」

「なんと……!?いけません、アイリス様!幾ら何でも、この男とパーティーを組むなんて危険です!!」

 

  わかっていた。クレアが二つ返事で了承してくれないのは、アイリスだって理解していたのだ。ならばこそ、彼女に捕まる前に私室ではなく執務室へ寄って、装備を整えてしまおうと考えたのだから。私室に保管している武具に比べるとグレードが低い装備しか無いけれど、最低限の物は執務室にも揃っている。王都の中を捜索する程度、ここの装備でも事足りるのだが。クレアがこんなにも早く噂を聞きつけて執務室までやった来ていたとは、どれだけ迅速な対応なのか。田舎ばりに噂が早い。

  わざわざ執務室を抑えていたということは、私室にはレインを向かわせ、二手に分かれていたのかもしれない。

 

「……貴女の、私の身を案じてくれる気持ちは嬉しく思います。ですが、これは私の長年の夢。どうか今日くらいは目を瞑ってくれませんか?」

「アイリス様が外の世界に興味をお持ちなのは、何年も前から存じております。アイリス様が自由をお望みならば、私は命に代えても邪魔立てする者を排除する覚悟です」

「クレア!では、冒険に出ても良いのですか?」

「しかし!パーティーを組むのがクマガワ殿という一点だけは、許すわけには参りません……!!」

「ええっ……」

 

  初顔合わせからずっと変わらず球磨川を忌々しげに睨みつけてくるクレア。またまた、困った顔を球磨川に向けてくる王女様。ハッキリ言うと、球磨川がクレアを螺子伏せるのは赤子の手をひねるくらい容易い。泣く子も黙る手ぶらジーンズ先輩にかかれば、アイリスの旅立ちを妨害するあらゆる障壁は全て、取り除けると言ってもいい。だが。

 

『可愛い子には旅をさせよって言うし。ま、アイリスちゃん、せめて側近ぐらいは君が説得するもんだ。冒険者たるもの、道を遮る障害物は自分でどうにかしないとね。側近に反対されたままの冒険はシコリが残るし、気持ちが悪いだろう?言わばこれがパーティーに参加する試験だよ』

「試験、ですか。……わかりましたわ!」

 

  アイリスは、ふんすと鼻から息を吐いて拳を握った。パーティーに参加する為の試練と思えば、いかにも冒険者っぽい。王女にとっては、こうしたやり取りもまた新鮮で楽しかった。

 

  アイリスがクレアの前に立つ。身長差のある相手の顔を見ようとすると、自然と上目遣いに。親愛なる王女の上目遣いが炸裂しただけでクレアは愛らしさにたじろぐ。が、どうにか不満げな表情を保つのに成功した。いくらなんでも、上目遣いオンリーで折れてしまうのは情けない。

 

「クレア…お願いします、私を冒険者にしてください」

 

  逆に言えばプラスαで。上目遣いに加えて、胸の前で手を組み、瞳を潤ませられたのなら、耐えられる道理もないのだ。

 

「アイリス様、反則です。その可愛さは……!」

 

  アイリスにおねだりされ、クレアの心を暴風雨が吹き荒れるような衝撃が襲った。鋼鉄に武装していた筈の心は、トルネードの到来によって脆くも崩壊してしまったのだった。

  今回のアイリスおねだりは、クレアの長い人生でもベスト3には入るお気に入りとなった。

 

  だとしても。

 

「でも、まだです……!まだ、認めませんっ」

 

  不屈。クレアが震える膝に拳を打ち込み、崩れるのを辛うじて堪えた。ヨロヨロと覚束ない足取りで球磨川の正面までたどり着くと、ビシッと指をさして

 

「クマガワ殿がララティーナ様にした仕打ち、まさか忘れてはいないでしょう。クマガワ殿は、アイリス様が水浴びしたり着替えるシーンに狙って遭遇するような男です。こんな欲望の塊のような男に、君主を近づけるわけには参りません!」

 

  スカートつまみをダクネスに強いたのがお気に召さなかったようだ。ただ、あの一件に関してだけは、元々約束を反故にしかけていたダクネスにも非はあるのだが。

 

『やれやれ。クレアちゃんってばそれなりにしつこいね。しつこい女は嫌われるって、相場は決まってるんだけれど。そして僕には、アイリスちゃんくらいの年齢の少女に欲情してしまう紳士さは無いんだぜ』

「馬鹿な。アイリス様の可憐さ、美しさ、高潔さを間近にして、理性を保てる男がいるものかっ!……いいや、いるわけがない。何故ならば!女の私でさえ時たま理性が飛ぶのだからなっ!!」

 

  宝塚を彷彿とさせる男装の麗人は、とてもダメダメな発言をカッコよく言い切ってみせた。

 

『駄目だこいつ…早くなんとかしないと…』

 

  真摯に正面から頼んでもダメ。おねだりをしてみても無駄。球磨川はアイリスが説得を成功するにはどうしたら良いのか、懸命に考えて、ある結論に至った。

 

『アイリスちゃん、ちょっと耳を貸してくれるかい?』

「なんでしょう、クマガワ様。」

 

  アイリスの耳に、球磨川が思いついた妙案をコソコソと吹き込む。王女は「そんな手が……」と、耳打ちに関心した。

 自然と接近する二人に、クレアがまたも激昂しかけたが、行動に移る前にアドバイスは終わったようで。アイリスだけがクレアに駆け寄った。

 

「クレア……」

「アイリス様。……クマガワ殿の危険さが理解出来ましたか?」

 

  球磨川のくだらない提案に嫌気がさして、クレアの元に帰ってきた。そのように受け取れなくもないアイリスの行動に、クレアは両手を広げて迎え入れようとする。

 

  が、王女はある程度のところで足を止めて。

 

「これ以上私を引き止めるなら……私は貴女のことを嫌いになっちゃいますよ?」

 

  一撃必殺のセリフをぶっぱしたのだった。

 

  過負荷の入れ知恵。間接的に球磨川禊の性質が込められた言霊は、普通の人間にとって脅威となる。

 

  この後。アイリスの私室で待機していたレインがやって来るまで、白銀の女騎士はショックによって小一時間ほど置物と化す。

  髪や服装のみならず、顔面をも蒼白にさせた様は、まさに白一色。燃え尽きちまっている。

  仲間の、見慣れない状態。体調が悪いのではと心配すべき姿を目にしたレインが、安否確認を忘れて、不覚にも綺麗だと感じてしまうくらいには、クレアは美白を極めていた。

 

 ………………………

 ………………

 ………

 -正門前-

 

『ごーかっく!アイリスちゃん、お見事だよ。君はこれにて、正式に僕のパーティーメンバーだ』

 

  どこぞのコピー忍者みたく、親指を突き立てる裸エプロン先輩。アイリスも達成感に包まれて、顔を綻ばせた。

 

「やりましたわ!ダクネス、私もこれでちゃんとした冒険者ということですよねっ!?」

「はっ。おっしゃる通りです、アイリス王女殿下」

 

  ほぼ直角に近い深さのお辞儀と共に、ダクネスはアイリスに同意する。

 

「もう、固いですねダクネスは。これから、対等な立場で冒険するのですから、私に対してはもっとフランクな態度で構わないのですよ?それこそ、クマガワ様にとっているような感じで」

「そうはおっしゃられましても……」

 

  これまでの人生で、常に崇め奉るべき存在として接してきたのだから、即座にそうしますとはならない。というか、出来ない。命令されたとしてもだ。

 

「わかりました。では、冒険者でいる時に限っては、私はアイリスの名を捨てましょう。そうすれば、ダクネスも自然体で接する事ができるのではなくて?」

「はい?名を捨てるとは、一体……」

 

  突拍子も無い発言に目を白黒させるダクネス。アイリスはいたずらっ子のように笑うと。

 

「私はこれから、【イリス】と名乗ります。ララティーナがダクネスと名乗っているように、その方がより冒険者になりきれると思ったのです」

 

  身分を隠し、活動するとアイリスは言った。

 

『ふーん、悪くはないと思うぜ。それなら、下手に野盗に襲われる心配も無くなるだろうし。冒険者として活動するなら、高い身分は邪魔な場面のが多そうだしね』

「でしょう!?……クマガワ様にもお褒めの言葉を頂けたことですし、ダクネスも構わないかしら?」

 

  球磨川に褒められるのは、決して褒められたものじゃないのだが。アイリスは嬉しいみたいで、ダクネスにもイリス呼びを強要する。

 

「か、かしこまりました。イリス……様」

 

「呼び捨てで結構ですっ!むしろ、呼び捨てて下さい。冒険者仲間を様付けだなんて、余計な詮索をされてしまいます」

 

「かしこまりました。……い、イリス!」

 

「よろしいっ!」

 

「おかしいぞ、何故私は年下の女の子に責められて、少し興奮しているんだ」

 

  アイリスが思ったよりもぐいぐいと来るものだから、ダクネスも多少は戸惑うかと思ったものの、ここは平常どおりとなった。興奮してしまうのも含めて、正常といえよう。

 

『凄いな、王族って人種は。生まれつき、人の上に立つように造られているに違いない。瞬く間にダクネスちゃんを調教してしまうだなんて、中々出来ることじゃないよ』

 

「あっ!勿論クマガワ様も、呼び捨てで構いませんからね?」

 

『了解だぜ、イリスちゃん』

 

「むぅ……呼び捨てでいいのに。まあ、様付けじゃないだけマシですけれど」

 

  球磨川が呼び捨ててくれなかったことに、若干不満げなイリスだったが、彼についてはダクネスやめぐみんもちゃん付けなので許容範囲と判断した様子。膨れる王女に、今度は球磨川が提案する。

 

『となると、イリスちゃん。君こそ、僕を呼び捨てにするべきだよね?』

「あ、言われてみるとそうですね。ええと、クマガワ……?」

『あ!僕は名前がミソギだから、ミソギ呼びの方が萌えるかもしれない。イリスちゃんだって、ベルゼルグって呼ばれたくはないだろう?』

「確かに。しかし、殿方を名前呼びするのはいささか恥ずかしいですわ」

 

  頬を染めるアイリス。同年代の男とは、あまり接してこなかったので、照れて当然。気軽に呼び捨てているダクネスが、なんだか破廉恥なのではと思うほどだ。

  なるほど、ダクネスが自分を呼び捨てにするのを躊躇った理由がちょっとだけわかった気がした。

 

『じゃ、当面はミソギちゃんとでも呼んでくれよ。これなら、呼び捨てよりはマシでしょ?』

 

  球磨川の助け船。イリスに断る理由は無かった。呼び捨ては恥ずかしく、苗字呼びよりも親しみやすい。丁度いい妥協点だ。

 

「わかりました。では、ミソギちゃんと呼びますね!」

『ん。改めてよろしくね、イリスちゃん!』

 

  お互いの呼び名が決まったところで。さっそく本格的にめぐみん捜索をスタートする三人。アイリスのネームバリューを使わない方向でいくならば、まずはめぐみんを最後に見た場所。即ち、トゥーガの隠れ家が見たいと言うイリス。

  爆発魔法でかなり荒れてしまっているが、一応見ておいたら役立つかもしれない。

  パーティーの先頭は、張り切ってやる気120パーセントなアイリスが務めた。

 

「さあ!それでは参りましょう、ミソギちゃん!ダクネスっ!!絶対に、めぐみん様を見つけ出すのです」

 

  気合い十分な、小さな背中。その後ろ姿を、保護者目線で見つめて歩く18歳二人組。

 

  本当に、アイリスがパーティーメンバーになってしまったのだと実感してきたダクネスは、ふと気がついた。

 

「なあ、ミソギ。別に私も、イリスちゃんと呼べば良かったんじゃないか?なにも、呼び捨てにしなくても」

『そうだね。君の言う通りだダクネスちゃん。惜しむらくは、気付くのが後5分ほど早ければパーフェクトだったな』

「くっ……!今からでも訂正出来ないものだろうか。ちょっと、イリスに相談してくる!」

 

  ここでちゃん付けに変更出来たら、今後の心労は大きく減らせる。ダクネスは額なら幾らでも地面に擦り付ける思いで、先頭のイリスへと近寄って。

 

「あの、イリス……ちゃん。さっきの、呼び方の件なんですが」

「ダクネス。呼び捨てて下さいとお願いしたではありませんか」

「も、申し訳ございませんっ!」

 

  玉砕。

 

  今後ダクネスは、アイリスを呼ぶ度に精神を削る未来が確定してしまったのだった。

 


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