この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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アクア様は、あれよ。


七十五話 人頼み

  アイリスが、めぐみんが拉致された状況を知りたいと言い出したので現場まで戻ってきた三人。

  アクアだけは、例によって別行動中だ。四人で話し合い、めぐみんへの手がかりが無い現状、アクア一人カズマ探しを行うくらい大差ないと結論を出してのこと。正確には、一人だって人数は多いほうが良いのだが、カズマの捜索を一切行わないという選択は、アクアの精神衛生上よろしくない。カズマを後回しにして、めぐみん捜索に健気にも加わろうとしたアクアを納得させるためについた、優しい嘘である。

 

『刑事ドラマやミステリー小説では、犯人は現場に戻ると言うけれど、パッと見たところディスターブさんはいらしてないようだね。』

 

  トゥーガの隠れ家。幾度も爆発魔法を放たれた家屋は無残な有様となり、もはや瓦礫の山と言っても差し支えない状態。ホラー映画の世界で、怖いもの見たさで若者が訪れる山奥の廃墟でさえ、もう少し洒落ている。ここを見ても、いかに王族だろうと捜索のヒントは得られないだろう。

  物的証拠も指紋も何もかも、爆発魔法で消しとばされているのだから。

 

「ミソギちゃん。」

『どうかした?』

「浅学な私にはよくわからないのですが、我々と鉢合わせる危険があるのにノコノコとやって来る必要がギルド長にはあるのですか?私が彼の立場なら、いっそ王都から脱出すべきだと判断しますが」

 

  アイリスは聞きなれない単語を疑問に感じながらも、球磨川の論を否定した。

 

  球磨川は、アイリスの指摘に指をパチンと鳴らし

 

『そうだね…現場にあえて戻るのは、犯人だとバレてない状況でしか有効では無いと言ったところか。盲点だったよ。なら、どうだい?名探偵イリスちゃん。君が僕の素晴らしい推理を却下した今、捜査の行く末は君自身の閃きにかかったのだけれど』

 

  マンガで得た知識を速攻で否定され、球磨川探偵は万策が尽きた。やれるだけのことはやったとばかりに、アイリスに振る。

 

  急ごしらえでも、アイリスが着込んだ鎧は一流の名匠によって作られている。見る人間によっては、一目で身分の高さがわかってしまう。それ故に、王女様は現在大きめの茶色いマントで全身を隠している。見た目だけなら、小さき女ホームズだ。帽子にパイプ、それとステッキがあれば完璧なのだが。

 

「ええっと……まだハッキリした事は何も。ですが、改めて爆発魔法の凄まじさは伺えました。これだけの威力を連発できるとなると、ディスターブ卿を捕捉しても、捕まえるだけで一苦労ですね」

『うん。ディスターブさんは小回りのきく人間戦車みたいなものかな、さしずめ。厄介極まりないよ。焔の錬金術師じゃないんだからさぁ』

「焔の錬金術師……ですか?」

『うん。ただ、ディスターブさんの場合は火種も必要としないし、雨が弱点って訳でも無さそうなのが尚更面倒だね』

「あのー……」

 

  球磨川と満足な会話をするには。前提として共通の言語、基礎に漫画やゲームの知識、発展させると過負荷な精神が揃っていなくてはならない。共通の言語しか持ち合わせていないこの世界の人にとっては、球磨川の言葉が三割理解出来れば上々なのだ。

 

「あのなミソギ。私やめぐみんにお前の国の言葉で話すのは構わない。でも、アイ……イリスにはちゃんと理解可能な言葉でのみ喋る努力をしてくれ」

 

  ダクネスが思わず、球磨川にキツめな口調で注意した。

 

『また学習せず甘っちょろい発言しちゃって。君には失望したぜ、ダクネスちゃん』

「ほう。どうして、この流れで私が失望されなくてはならないのか、良ければ聞かせてくれるか?」

 

  こめかみに手を当てて失意のどん底といった裸エプロン先輩に、ダクネスも口の端をヒクヒクさせてしまう。

 

『言葉がわからないのなら、学べばいいだけじゃないか。日本語だって、奥が深いんだからさ。君らが使っている言語より、遥かに優れているだろうし』

「む……こっちから歩み寄る価値があるほど、ニホン語は優れた言語だと言うのか?」

『無論さ。僕は最近の若者言葉っていうのにも案外肯定的な立場でね。言語は、時代と共に移り変わる儚さも又美しいものだよ。1800年前から使用されているって点でも、研究のしがいがあるだろう?』

「せ、1800年前から……だと……?バカな。ニホン語は、それほど前から使用されていたと!?」

 

  即ち。ニホンという国は、それだけ太古の時代から存在しているらしいと予測される。かのロストテクノロジーを所持していた古の魔導大国【ノイズ】でさえ、今から75年程度しか時代を遡らないというのに。

  だとするなら、ニホンは一体どれだけの文明を持っているのだろうか。機動要塞を上回る発明品が存在してもおかしくない。

 

「どうりで。ミソギちゃんの発言が、所々理解し難いはずですわ。件の、トホーフト様の理論もそれだけの歴史を積み重ねてきた文明だったからこそ提唱可能だということですね」

『まあ、トホーフトっちは日本人ではないけれど、そんなとこかな』

「えっ!?ニホンの人じゃないのですか!ミソギちゃんの出身地では有名だと仰っていたではありませんか。」

『……僕の出身地にまで名を轟かせているってだけで、トホーフト教授自身がニホンの出身とは言ってないぜ』

「では一体どこの国の?もしかすると、私の知る国の人間ですか?」

『ん?イリスちゃん、オランダを知ってるのかい』

「おらんだ……。いえ、聞いたことはありません。もしかすると、まだ習っていない地理に、そのような国があるのかもしれませんが」

『そうなんだ。じゃ、習った時にでも好きなだけアハ体験してくれよ。ひとまず、ここには手がかりも無いだろうし、河岸を変えよっか!』

 

  イリスの驚きも何のその。球磨川は軽快な足取りでここは用済みと、離れて行く。ここを見たいと申し出たイリスの承諾を得ようともせずに。

  会話が飛ぶ程度で狼狽していては、球磨川禊と共に冒険するなんて夢のまた夢。トゥーガの隠れ家から立ち去った、一応、仮にもリーダー的立場の男の後を慌てて追いかけるアイリス。ダクネスはというと、ここに至って慣れてしまったのか、異論を出す事もせずに付き従っていた。

 

「場所を移すのはいいが、目処は立っているのか?闇雲に手がかりを探してもギルド長には近づけないぞ。ディスターブ卿ならば、姿を隠しつつ証拠の隠滅も並行して行っているだろうしな」

 

  それでも、考えくらいは聞いておきたいようで。度々行き当たりばったりな行動をするリーダーへ、次なる目標を問うた。

 

『目処、ねぇ。いっそ、ガイドさんがディスターブさんの根城まで案内してくれるツアーに参加したいところだよ。目撃情報を調べるにしても、通行人の記憶はベアトリーチェちゃんによって歪められている恐れがあるし、あえて間違った方向へ誘導されたら、捜査が難航しかねない』

 

  過負荷、【精心汚染】による洗脳。隠れ家襲撃時、周囲の人間の認識を操作していたのなら、それくらい出来てもおかしくはない。

 

「で、ではどうするんだ!イリスの協力を得ておいて、お手上げでは済まされんぞ」

『……うん、だからここは、アプローチの仕方を変えてみようと思う。』

「む。何か、良い案があるのか?」

『目には目をってやつだね。ベアトリーチェちゃんがスキルで町人を操るのが一つの手なら、こちらにだって手があるじゃないか』

「だから、なんなんだそれは。勿体ぶらずに、教えてくれてもいいだろう」

 

  しびれを切らしそうなダクネスさんを意に介さず、球磨川はアイリスの頭に手を置いた。その流れで撫でるように頭部に手のひらを這わせる。

  突然頭をなでなでされ、王女は顔を紅潮させて球磨川を見つめる。

 

「ミソギちゃんっ!?こ、これは一体なんの真似ですか!私の頭を撫でるのが、手段なのでしょうか?」

『んー。僕の勘が正しければ、これで現れるはずなのだけれど』

「現れる……ですか?一体、なにが……」

 

  絶妙な力加減で撫でられ、イリスは心地よさを覚えた。羞恥心と快感がせめぎ合い、球磨川の手から逃れようか、しばし身を任せようか決めかねていると。

 

「コラっー!!アイリス様の頭に触れるなど、不敬だぞ!!!直ちにその汚い手を退けるんだ!」

「クレア!?」

 

  背後の、人家の陰からクレアが姿を見せた。アイリスの頭を撫でるのは、どうせ後をつけて来ているであろう女騎士を召喚する為だったのだ。

  姫離れ出来ないクレアならば、必ず近くで監視及び護衛にあたっているだろうと考えた球磨川の勘は冴えていたようだ。

 

『やあ、クレアっち。ストーカー気質な君ならば、きっと居てくれると信じていたぜ。で、そんな君に頼みがあるんだよ』

「頼みだと?いいからその前に、アイリス様から離れるんだ!」

『はいはい。これでいいかい?』

 

  しょうがないと、アイリスから離れる裸エプロン先輩。

 

「ふんっ。まあ、いいだろう。次に無礼を働けば、命は無いがな。それで?頼みとは一体なんなんだ」

『実はね。騎士団が総出で、王都の北側から人家の捜索を開始するというお触れを出して欲しいんだ。モチロン、実際には捜索しなくてもいいよ。これは、ギルド長達をあぶり出す為の作戦だからね』

「なるほど、そういうことか。偽りの情報で、ディスターブ卿の動きを誘導すると」

『そそ。王都に限ると、そう何件も隠れ家を用意してるとも思えないし、めぐみんちゃんを連れて逃げられる範囲もたかが知れてる。低コストな割には、メリットがある作戦でしょ?流石は球磨川様ですって、褒めてくれても構わないよ』

「いや、誰にでも思いつく作戦なので別に褒めんが……その願いは聞き入れよう」

 

  クレアが早速メモにペンを走らせ、球磨川の作戦を整理する。

 

『騎士団が北から捜索すると知れば、ディスターブさんは南の関所から離脱したいと考えるのが自然だよね。一番騎士団の到達が遅いポイントだし』

 

  隠れ家からの脱出の次は、いよいよ王都から国外への逃亡へ移るのではと、球磨川は予測。

  一連の流れを読み、アイリスも賛成の意を示した。

 

「つまり、南の関所へ兵士を集めれば良いのですね?アリ一匹通さぬよう、厳重な守りにして」

『そういうこと。厳重に警備を整えて、突破する為にめぐみんちゃんの爆裂魔法を使ってくれるよう促すんだ。見事に使用してくれたら、相手にとってめぐみんちゃんを連れて逃げる魅力は大きく減少する。僕やダクネスちゃんには人質としての価値があるけど、騎士団には意味をなさないからさ』

「たしかに……。ですが、守りはどう固めますか?元老院を今から召集しては間に合いませんし、この件で騎士団から人員を割くのは、もう難しいかと」

 

  主に、球磨川のせいで。

 

『なに言ってるのさ!君という、一騎当千の戦力がいるじゃないかっ。知らないけど、王族って強いんだろう?』

「わ、私ですか!?」

 

  時間をかけ、ペラペラと作戦内容を語った球磨川だが、最後にはアイリス頼み。虚をつかれた女性陣だったものの、試してみる価値はあると考え却下には至らなかった。

 

 ………………………………

 ……………………

 ……………

 

「時にクレア。貴女には、私の代わりに王城へ残ってもらうようお願いしていた筈ですが……」

「レインに全てを託して来ました!先程は危のうございましたね、アイリス様。クマガワが早速アイリス様の頭部に触れるといった狼藉を働くとはっ!私がついてきていなければ、御身の危機でした」

 

『ま、僕としてはファミレスでピンポンを押すくらいの気軽さで、むしろクレアちゃんを呼ぶ為だけに頭を撫でなでしたわけなのだけれど。とはいえ、手入れされた長い金髪の指通りといったら、それはもう素晴らしかったとしか言えないね。』

 

  影で保護者が見守っていては、はじめてのおつかいにも劣る茶番でしかない。アイリスが望むのは、一人の個として、様々な体験に向き合うことだ。クレアが球磨川からの要求に応えるべく王城へ帰っていったことで、ここからが真のスタートといえよう。

  アイリスの双肩にかかった作戦を成功させる為、小さき王女は密かに鼻から息を吐き出すのだった。





ノイズが75年しか経ってないってのは、独自設定です!
「ノイズはもっと昔からある!ふざけるミ!」って方にはごめんね

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