この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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七十七話 故国を思う

  クレアの働きにより、球磨川が提案したディスターブあぶり出し作戦の一環、騎士団が王都北側を起点とした捜索活動を行うという虚偽の情報が町民に通達された。

  王都にいるのなら、間違いなくディスターブ本人の耳にも入るものの、計画通り南門へとおびき出されてくれるかどうかはまだ運否天賦だ。

 

  街の南門付近にある大広場。その掲示板の前でざわつく集団を満足気に観察しながら、裸エプロン先輩は数回にわたり頷いていた。

 

『仕事の出来る女だね、クレアっちは。背も高く顔も整っていて、性癖がロリコンじゃ無ければ文句なしにいい女だけれど、さりとて彼女にしたいかと言われればお断りさせて貰いたいかな。だってほら、僕って自分より強い女の子って苦手なタイプじゃない?さりげなく男性を支えてくれる、それでいて自身にも一本芯の通った大和撫子タイプが理想だな。塵も積もれば大和撫子ってやつ?』

 

  はじめ、球磨川がまた独り言をブツブツと発しているだけかと思い聞き流していたダクネスとイリスは、突如この場にいないクレアを告白されたわけでもないのに振ったあたりでツッコミを入れたくなったが、更に聞き捨てならないのが球磨川の好みの女性像だ。この男より弱い女性はおろか、人類はいないのでは無いかと思えてしまう程なのだから。

 

「なあ、ミソギ。私は別に人のタイプにとやかく口を出すつもりはないのだが、一つだけ言わせて貰ってもいいか?」

『ん?何か僕の発言がダクネスちゃんの気に障ったかな。でも、だとしても人のタイプに口を出すつもりが無いのであれば無理を押し通してまで言ってくれなくても構わないのだけれど』

「いや、この先伝える機会が無さそうだからあえて言わせて貰うぞ。これはお前の為でもあるからな」

『僕の為、ねぇ。なるほどダクネスちゃんがそうまでして言いたいのなら、きっと金言なのは間違いないな。しかし、聞かされる本人である僕が遠慮したいと伝えた上で口に出すとすれば、単なるエゴに過ぎないわけだ。君が言いたいから言うってことじゃん?つまりは』

「それは……そうかもしれないが」

 

  【こんなこと言いたくはないけれど】などと、発言する前に予防線を張る。これは自分を正当化する上で非常に役に立つもので、本来であれば口に出したく無い言葉なのだという情報を相手に与えてから喋ることで、無礼な内容もそれなりにオブラートに包めてしまう。前置き無く相手に伝えれば深い溝が出来る言葉でも、一つ逃げ道を用意するだけである程度緩和可能なフレーズ。ダクネスは貴族との付き合いの中で、そうした処世術とも呼べるテクニックを身につけており、球磨川に対しても無意識的に行ってしまったわけだが。

  こと過負荷の裸エプロン先輩に限っては甘えを許してはくれなかった。

 

『おっと!ダクネスちゃんてばやーだぁー。何をぐぬぬって黙り込んじゃってるわけ?言いかけてやめられたら気になってしまうって前にも伝えてるじゃんか。君の発言が僕を案じての至言から利己主義へと堕ちてしまったとしても、全て聞き届けてあげるよ。それが僕だからねっ』

「……お前はっ!聞きたいのか聞きたくないのか、どっちなんだ一体!!」

『ん?聞きたいに決まってるじゃんか。パーティーメンバーの進言を無視するなんて、リーダーの風上にもおけないからね』

 

  ケロっとした顔で言われ、ダクネスは今更この男と正面から付き合うのは不可能だと再認識した。

 

「ミソギちゃん。あまりダクネスを虐めないであげてはくれませんか?彼女は真っ直ぐ過ぎるところがあるだけなんです。決して自分の発言を正当化しようとか、そういった考えは持ち合わせてはいませんから」

 

  見かねたアイリスも助け舟を出したことで、ダクネスはなんだか羞恥心を覚える。別におかしな発言もしてなければ、的外れな事を言ったわけでもないのにだ。

  いかに王女とはいえ、現在は年下の一女の子。これからめぐみんを見つけるまでの間は行動を共にする上で、こうやって庇われるシーンが続くと思うと先が思いやられる。

 

「くっ……!パーティーメンバーとしては新参者のイリスに気を使われるとは。私の方が冒険者としては先輩で、あまつさえ年上だというのに」

 

  ぷるぷると震えつつ拳を握りしめるのは、恐らくは不甲斐なさを堪えているに違いない。決して、決して羞恥が快感となっているわけではあるまい。

 

『新参者な、冒険者としても後輩で年下なイリスちゃんに庇われた恥ずかしいダクネスちゃんは、それで結局何が言いたかったんだい?』

 

  改めて他人の口から状況を説明され、一度ダクネスはビクッと背筋を伸ばしてから質問に答えた。

 

「だからだな、ミソギの好みは自身より弱い女性だと言ったが、お前のステータスの低さは折り紙つきだろう?そんな人物がいるとは思えんのだが」

 

 

 

『……うんっ!そうだねっ!』

 

 

 

 

  指摘されるまでも無く気がついて欲しいものだが、球磨川も目からウロコと言った様子。結果、江迎怒江に長々と想いを告げられた時の人吉と同じレベルの返ししか出来ず。

  無表情のまま、目に、今にも溢れんばかりの涙を蓄えたのは理想の女性には未来永劫出会えないと知ったショックからだろうか。

  ダクネスは心の何処かで球磨川を打っても響かな人物だと思い込んでいたが、あまりに悲しみを堪える表情が悲痛だったこともあり、普段の減らず口くらいは許容してやろうかと思案したのだった。

 

 …………………………

 ……………………

 ………………

 

  ギルド長が隠れ潜む家屋の地下。ベアトリーチェがアクアに恨みを晴らしに行っている為、現在はディスターブとめぐみん二人だけの空間だ。

 

「すっかりと廃人になってしまったようですね。ベアトリーチェのスキルは副作用があると知ってはいましたが」

 

  スキルを行使する毎に快楽に脳が支配されていく様子を見せる相方。ディスターブは既にそのデメリットは見抜いていたのだが。めぐみんをおとなしくさせるには彼女のスキル、【精心汚染】がうってつけだったこともあり一任してしまった。

 

「ぅ……あ……」

 

  目は光を失い、口は半開きの状態で見る影も無くなっためぐみんを憐れみ、ゆっくりと顎を手で持ち上げる。

 

「紅魔族随一の天才。私の爆発魔法を凌駕する破壊力。その年齢で習得している事実、並々ならぬ努力の賜物なのは確実。お見事と讃えさせていただきます。ですが、一度だけ……我々の王都脱出のために利用させてもらいましょう」

 

  ディスターブもかの英雄と同じ、爆発魔法を会得している名の知れた冒険者。周囲から持て囃され天狗になっていた時期もある。ただ、めぐみんに対しては嫉妬の感情は無く、心底感服している様子。仲間である影達を仕留めたであろう相手であっても、だ。

 

「【精心汚染】で無理矢理魔法を行使させてしまえば、出せても平時の8割程度の威力でしょうが……十分過ぎますね」

 

  南門を突破する算段か、爆裂魔法使用時の破壊力を懸念する発言。既にディスターブの耳には球磨川が流した偽情報が届いている。ベアトリーチェが帰り次第、迅速に行動を起こす予定だ。

  機を見るに敏。手をこまねいていても、状況は変わらない。

 

「クマガワ ミソギ……」

 

  以前より注意していた、突如現れた謎の存在。

  仲間の仇であるめぐみんにさえ憎しみの感情を向けなかったディスターブは、過負荷の名を呼ぶ時にのみ眉間に皺を寄せる。王都から上手く逃げ果せたとしても、あの男だけはなんとかベルゼルグから追放しなくてはなるまい。ギルド長として多様な価値観を持つ人間たちを見続けてきたディスターブは、裸エプロン先輩に底知れぬ不気味さを感じ取った。魔王軍の幹部討伐などの輝かしい功績はそれが杞憂だと訴えかけてくるものの、どうにも不快感を拭いきれずに今日に至る。

不本意な形で追放された爆発魔法の使い手は、誰よりも愛国心を持ってこの国の行く末を案じたのだった。











投稿する前に読み返したけど…みじかっ!
次は目指せ1万字でっ

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