この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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おや?球磨川のようすが……


八十二話 ノーマル

 

 

 

 

 

 

 

 胸を貫かれたのに、あるのは違和感だけ。痛みはない。位置関係から心臓を貫かれているのにも関わらず、ベアトリーチェの生命は脅かされなかった。とはいえ、全く影響が無いわけもなく。

 

 心が、螺子に刺されるのと同時に壊れる音がした。

 

「………こ、これは一体…』」

 

 声も出る。声帯も無事らしい。ただ、身体がとてつもなく重い。レベルが下がってしまったのでは無いかと思うほどに。自身の髪の毛は美しい黒髪では無くなって、その全てはリボンと同じく白色に染まってしまった。

 

 力が入らない。早くしなければ、球磨川の追撃に対処出来ない。……いや、それ以前に。

 

 ベアトリーチェはどうしてか、この戦いの意義を見出す事さえ出来なくなってしまった。

 何故戦っているのか。……わからない。ディスターブに加担した罪を問われるのを避けるために、王都からの脱出を図っている。頭では理解しているのだが、有り体に言って【全てがどうでもよくなってしまった】。

 

 ディスターブのことも、球磨川のことも、自分の命も。何もかもが取るに足らない。この世界には、価値が無いのだと認識してしまう。

 それもそうだ。今、ベアトリーチェが国外に逃亡しようが、ディスターブを逃がそうが。彼女が願う両親との再会は実現しないのだから。

 

 どうして争う必要があるのか。両親のいない世界には、はなから価値などありはしない。

 

「『こんな戦い、どうでもいいわ……』」

 

 球磨川と【同じ】にされてしまった彼女からは、既に戦意が感じられない。虚ろな目で球磨川を捉えてはいても、無防備な状態で立ち尽くすだけ。

 今なら果物ナイフの一本で簡単に命を奪えてしまう。

 

『ようこそ、ベアトリーチェちゃん。これが僕の見ている世界だよ。見違えただろう?ここが、一つの底辺ってやつさ』

 

 一つの、とあえて付けたのは、球磨川も又不幸に底なんかないと考えているからだ。下には下がいる。【精心汚染】をその身に受けて、持論は更に強固なものとなった。世界は広いというが、異世界まで含めると、とても自分が一番不幸だなんて口が裂けても言えない。

 

『戦いがどうでもいいなら、もうめぐみんちゃんとダクネスちゃんを痛めつけたりもしないよね?』

「『しないわよ。そんなことをしても疲れるだけで、意味ないわ』」

 

 皮肉なことに、【精心汚染】を克服した球磨川の【却本作り】を受けたベアトリーチェの過負荷は先程とは比較にならないほど凶悪になっている。だが、術者に戦意が無い以上宝の持ち腐れでしかない。球磨川にとってはある種の賭けではあったが、どうやらことなきを得た。

 

『ふーん。君がそれで納得出来るなら僕から言うことは無いよ。【今】の【却本作り】は、あの安心院さんが取り上げるしか無かったそれと寸分達わないし、君の心が弱い云々はこの際弄らないでおいてあげるね!』

 

 どんなに強靭なメンタルの持ち主でも。完全版【却本作り】を受けては抗えない。強力な過負荷を所持していたベアトリーチェなだけに落胆が隠せないものの、球磨川も割り切った。

 めぐみんとダクネスがこれ以上害されない結果を出せたと思えば悪くない。

 

「『ねぇ。球磨川はどうして生きてるの?』」

 

 仲間たちの治療に向かう背中に、ゴスロリ幼女の言葉が届く。

 

『僕に、この世界に存在している価値が無いのは自覚していたけれど、存在そのものを咎められるとは……しかも美少女の口からとなると、少なからず悲しいよ。』

 

「『違うわね。アンタの存在は否定していない。それどころか、こんなに深い【過負荷】を抱えながら生き続けられるメンタルは賞賛に値するわ』」

 

 胸のネジを指でなぞる、ディスターブとの信頼関係さえどうでも良くなったベアトリーチェだったが、球磨川も同じ精神状態であるなら、どうしてこの学ラン少年は未だに仲間を気遣えるのか。どうでもいいと、なぜ思わないのか。

 

『……察するに君もカカシ先生のように、言うこと全てズレているようだ』

「『どう言う意味かしら。』」

 

 球磨川は笑う。明るい笑みとは違った、ダークな微笑。ジャンプを買いにコンビニへ行き、先週が合併号だったのを思い出したような顔。

 つまりは、不快そうな表情。

 

『僕はね……。いや、僕たちは。【過負荷】を抱えて生きているわけじゃないんだ。君の問いへの答えがそれだよ。』

 

 過負荷を抱えているという表現が心の底から受け入れられない球磨川。

 もう2、3本【却本作り】を撃ち込んでから、ベアトリーチェの頭部を砕いてしまいたくなってきた。

 

「『抱えていない?どういうことよ。アンタだって、突然自分の不幸が具現化したような力を得て苦しんでいんじゃないの?こんな精神状況に追い込まれるまで……』」

 

【却本作り】から伝わってくる、球磨川の心のあり方。平成の世に生まれた彼が、こんなにも歪んでしまった理由はわからない。だがきっと、彼にも不幸な出来事があって心が荒んでしまったのだろう。なら、自分と同じではないか。辛い経験をしたもの同士、共感できる点が無いではない。意味不明な能力が開花してしまった苦しみも、理解しあえるだろうと、彼女は考えたのだが。

 

『ベアトリーチェちゃんは平和な時代に生まれ育った僕を否定していたから、きっと君は過酷な時代を生きてきたんだろうけれど……もしそうなのだとしたら。不幸である理由がハッキリしているような【幸せ者(プラス)】が、わかった気になって僕たちを語るなよ』

 

 おぞましく濁った球磨川の瞳が、ベアトリーチェを射抜く。軽蔑や怒りなんて感情じゃない。

 明らかな敵意が込められていた。土足で踏み込んではいけない領域に、彼女は片足を突っ込んでしまったのだ。彼らにしか理解出来ない禁断の領域へと。

 

「『な、なによ……!アンタは私と同じでしょ!?酷い目にあって、こんな世界に飛ばされて!恐ろしい力が自分の中に芽生えて……!』」

 

 今は敵でも、境遇は似ているもの同士。もしかしたら理解しあえる部分もあるのではと、心の片隅で期待していた。球磨川と同じにされて、自分より深い所まで堕ちてしまっているのがわかってからは、奇妙な安心感すら覚えた。

 ベアトリーチェの中にあった悩みや葛藤を聞き、共感してもらえるのではとも期待した。

 

『……僕らは過負荷を抱えてなんかいない。だって、僕らが過負荷なんだから!』

 

「『は……?なによそれ。それじゃあまるで、生まれつきこんな心を持ってたみたいじゃない。そんなわけないでしょ!』」

 

『君とは、どうやら相容れないようだね。残念だよ。元が普通の人間だったベアトリーチェちゃんに、そのスキルは勿体ない。いや、違う。君みたいな恵まれた人間に、過負荷ヅラして欲しくないんだな、僕は。』

 

 球磨川の右手に、長さ1メートルほどの【テックスネジ】が握られた。どこからともなく現れたネジの先を、当然のようにベアトリーチェへ向ける。

 

『ここらでお開きだ。アイリスちゃんも待たせているからね』

「『私を殺すのね?いいけど。どうせ一回死んでいるんだし』」

 

 諦めた風な幼女を、球磨川は鼻で笑った。

 

『殺すなんてとんでもない。 けれど、君ごときに過負荷を名乗られるのも業腹だ。だったら、やる事は一つしかないよね?』

 

 ドスッ。

 

 胸に突き刺さっていたネジの隣に、新たなネジが撃ち込まれる。無抵抗なベアトリーチェは、まるで自然なことのように球磨川の攻撃を受け入れた。命さえ、もはやどうでも良いのだと。しかし、胸を二回貫かれても、少女の命が奪われることはない。

 

 新たに開花した球磨川のスキルをもって、ひとりの不幸な少女は【普通(ノーマル)】へと強引に戻される(・・・・)

 

 これにより、彼女は金輪際【精心汚染(マインドポリューション)】を使えなくなった。歪んだ心は正しい形に戻り、二度と【過負荷】としては振る舞えなくなったのだ。

 最初から間違っている過負荷は、無かったことには出来ない。が、後天的に植え付けられたものならば例外となる。だとしても、球磨川のスキルが無ければ成り立たないのだが。

 

「『次から次へと…何がどうなっているの…?」

 

 ベアトリーチェの顔に、見る見る生気が取り戻されていく。心に抱えた負の感情が根こそぎ洗い流されていくように。

 

『【無限大嘘憑き(インフィニティフィクション)】。ベアトリーチェちゃんの【過負荷】を無かったことにした!』

 

 彼にしては珍しく晴れやかな表情で告げる。

 

『これでもう君は【普通(ノーマル)】の、どこにでもいる平凡な女の子だ。精々、生まれた不幸を嘆くことなく、健康で文化的な生活を送ってくれよ。』

 

「私のスキルが……無くなった?」

 

 70年間分の思いごと、球磨川という少年によってスキルを消されてしまった。例えようの無い喪失感。

 膝から崩れ落ちたゴスロリ幼女は、その後は虚ろな顔で球磨川がめぐみん達の治療をする姿を見つめ続ける事しかできなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 







球磨川はあたらしいわざをおぼえたがっている……
というより、勝手に覚えました。字面からもうヤバいスキルですよね。


ベアトリーチェのスキルをなかったことに出来たのは、後天的な過負荷だからでしょうか。

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