この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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水出しコーヒーのアレ欲しい







八十九話  コーヒー

 

「はい、どうぞ。ブルーマウンテンブレンドの豆しかありませんでしたので、申し訳ありませんがこれで我慢して下さいね?」

 

 女神様にコーヒーを煎れさせた球磨川先輩は、そこそこの待ち時間に耐えきれず生き返ってしまおうかと迷ったものの、エリスの言いかけた話が気にかかりドリップが終わるのを待ち続けた。

 

『なんだか催促したみたいで申し訳ないなぁ』

「……思いっきり催促していましたけど。」

『だっけ?』

 

 女神の間に、湯気のたつコーヒーカップが二つ。それだけで、空間いっぱいに胸がスッとする高貴な香りがたちこめる。

 

 ブルーマウンテンは、カリブ海からの恵みとされるコーヒーの王様だ。苦味、酸味、甘み、コクの調和がとれた、ジャマイカの最高級品。100グラムあたり2000円弱もする特別な豆は、余程のコーヒー通でも無ければ常備するものではない。エリスもコーヒーは好きだが、生憎とストックはしておらず。近場の女神仲間を何人か訪ねて、4人目にしてようやくブルーマウンテンブレンドを買い置きしていた後輩にたどり着いた。

 慣れない手つきで後輩女神のアドバイス通りにコーヒーを落としたエリス様は、悪くない出来に満足し、球磨川の元へ。

 

 ソワソワしながら球磨川の感想を待つ。自分が淹れたコーヒーに、眼前の男は喜ぶだろうか。せっかく振る舞うのだから、せめて美味しく飲んで欲しい。

 

 ズッ……

 

 球磨川は一口含み、鼻腔を抜けてゆくコーヒーの香りを楽しむ。流石に圧巻のブルーマウンテン。滑らかな舌触り。あわよくば、王城の高みから街並みを楽しみつつ飲みたいものだ。カフェインの摂取もそうだが、ほろ苦さが気持ちよく睡魔を消し去ってくれる。

 

「どうでしょうか、球磨川さん。コーヒーのお味は……」

 

 一口含んだ途端、彼の眠そうだった目がパチっと開かれたことで手応えを感じる。

 

 不安げに。しかし、僅かに期待しながらコメントを求めるエリス様に、球磨川はにこやかに返す。

 

『うん、なるほど。……少し蒸らしが足りないかな。せっかくのコーヒーが泣いてしまってるよ』

「えぇーっ!?あれだけ満足げに飲んでいたのにっ!??」

『や、ここでベタ褒めしてしまうと、エリスちゃんは慢心してしまい、修行を怠るだろうと思ってね。君には現状に満足してもらっちゃ困るんだよ』

 

 ヒラヒラと手を振りながら、なんだか師匠キャラのような台詞を言い放つ球磨川に、エリスは「素直に褒めてくれてもバチは当たりませんよ?」と、呟いてから

 

「私がコーヒーのドリップを修行して、球磨川さんに何かメリットでもあるんですか?」

『わかりきってるじゃないっ!僕が死ぬたびに、ここで美味しいコーヒーが飲めるようになるだろう?』

「……死ぬたびにって、貴方はあと何回死ぬおつもりなんですか……」

 

 なんなら、球磨川はエリスの腕が上達しているかどうかを確認する為だけに死んできそうでさえある。

 

 …………………

 ……………

 ………

 

『それで、水の都アルトマーレとやらが何だって?』

「アルカンレティアですね。水と温泉の都、アルカンレティアです」

 

 伝説のポケ◯ンが守り神をしていそうな町名を口に出した球磨川。即座にエリスが訂正して

 

「球磨川さんがここに来る原因となった温泉が、そのアルカンレティアから王城に運ばれているとハイデルさんが言ってましたよね」

『そのようだね』

 

 時間の経過とともに温度の下がったコーヒーは飲みやすく、球磨川は会話の最中にグビグビと喉で味わう。

 

「本来であれば、それは素晴らしい効能がある温泉なんです。世界各地から湯治目的で観光客がやってくるほどに」

『……でも、僕が入った湯船はそうじゃなかったわけだ。効能どころか、生命さえ脅かすだなんて。毒の沼と言われても不思議はないよ』

 

 歩くたびに、じわじわとHPが削られていく某ゲームのそれを思い浮かべる。球磨川が浴槽に入っても、しばらくは……というより、死ぬまで異常には気がつかなったくらいだ。だとすると、温泉には即死する程の毒性は無いようだが

 

「……あの湯船のお湯は、数日前にアルカンレティアから発送されたものです。故に、その汚染度はまだ低かったのでしょう。球磨川さんが入浴してから死ぬまで、数分はかかる程度の危険性しかなかったわけです」

 

 なにやら含みのあるエリスの物言いに引っかかり、球磨川は話の流れが良くない方向へ向かっているのを感じ取った。人を殺せるレベルの毒性だというのに、さも大したことなさそうに言われてしまったのだから。とはいえ、聞くだけならタダではあるので続きを促す。

 

『まだ。と、言ったね?』

 

 エリスは、球磨川が意図を汲み取ったことで優しく微笑み

 

「実は、とある事情で、アルカンレティアの泉質は悪化の一途を辿っています。数日前のお湯と比較した場合ですが、今現在の温泉に球磨川さんが入れば、即死してしまうほど毒性は強まってると言っていいでしょう」

『即死、ねぇ。……濁してるけど、そのとある事情って何なのさ』

 

 あえて大事なところを伏せたのには、何かワケでもあるのか。

 

「それは、現地に行けばわかります」

 

 やはり意図的に隠していたようで、女神様は答えてくれなかった。

 

『現地に行けば……って、エリスちゃん。君はまさか、僕にアルカンレティアまで行けと言い出さないだろうね?ディスターブさんの捜索に王都へやって来たばかりなんだぜ?』

 

 見ず知らずの。縁もゆかりもない街の温泉が汚染されているからといって、球磨川が問題解決してあげる道理はない。エリスは都合よく球磨川を使って自らが管轄する世界の問題を解決したいのだろうが、この男が何の益も無く面倒ごとに首を突っ込む筈がない。

 

『だいたい、王都に来たのだってエリスちゃんのアドバイスに従ったからなのにさっ。魔王討伐したら裸エプロンや手ブラジーンズを見せてくれると言うから必死に頑張っているんだよ?ここまでの途中ボーナスとして、まずは裸エプロンでも見せてくれなきゃてんでお話しにならないな』

 

「王都に行くようアドバイスはしましたけど……球磨川さんが結構な回り道をしている間に、あらゆる土地で問題が起こりかけているんです。アルカンレティアはそのうちの一つでしかありません」

 

『ええ……そんな、僕に全ての原因があるかのような物言いはやめてくれよ。僕は悪くない。アドバイスをくれていたのは確かだけれど、アルダープちゃんやデストロイヤーは無視できないイベントでしょ。回り道って言うけれど、僕としては目の前の問題を一つ一つ解決して来たつもりだぜ』

 

 むしろ、デストロイヤーは放置していればアクセルが滅んでいたまである。冒険者に限っては、滅んだようなものとはいえ。球磨川達の頑張りで、街が地図から消えるような事態を防げたのもまた事実。

 

「それについては感謝しています。デストロイヤーを破壊するのがどれだけ大変だったか、ずっと見守っていたので当然知ってますよ」

 

 球磨川はデストロイヤーの対魔法結界を壊す為、一度命を落としている。

 

 エリスも、ここでぬるくなったコーヒーをあおった。酸化し、ほんのり苦味が増して来ているが飲めないほどじゃない。苦かろうがすっぱかろうが、単に間を作れれば良かったのだ。

 せっかく頑張ってくれている球磨川に、休む間もなく次々と厄介ごとを押し付けるのはエリスとしても気がひける。

 

「こうやって、直接お話してお願い出来るのは球磨川さんだけなんです。他の転生者は貴方のように自力で生き返るなんて出来ませんし。……だから、つい頼ってしまう。単なる人間である貴方に頼み事ばかりするのが良くないのは百も承知ですが……」

 

『承知の上で無茶振りしてくるあたり、エリスちゃんは将来男を手玉にとりそうだな』

 

 エリス様になら、逆に手玉にとって欲しいと考える男は一定数いるだろうけれど。

 

『で?裸エプロンはいつになるのかな。その返事次第では前向きに検討してあげよう!』

「は、裸エプロンはちょっと……!魔王討伐のご褒美だって言ったじゃありませんか。もしも球磨川さんが魔王を倒せたら、そのときは私も覚悟を決めますから……っ!」

 

 顔を真っ赤にするエリス様。エサで釣る割にはお預けばかりくらわせて、どうやら本当に悪女の才能がありそうだ。

 

『……うん。色良い返事が貰えなかったということで、今日のところはアルカンレティア行きも保留だな。』

「そんなぁっ!?」

 

 なんだかんだ言いながら、最後は渋々引き受けて貰えるだろうと期待していたエリス様。裸エプロンをお預けされた球磨川なんて、彼という人間を知っていれば拒否率100%でしかないのは明白。女神として、人間を無条件で信頼していたからこそ、今回は裏切られてしまった。

 

『一度パーティーメンバーと揉んで、次死んだときに改めてお返事するねっ!寝酒代わりのコーヒーも飲んだことだし、僕はそろそろ寝るとしよう』

 

「ちょっと、球磨川さんっ!?」

 

 女神の間の端を目指し、球磨川は歩き出す。スキルで生き返る直前、顔だけ振り向いてエリスを捉えて

 

『……もしも誠意を見せる方法があるのなら、それは僕専属のメイドさんとして一日身の回りのお世話をするくらいかな』

「く、球磨川さん……待ってくだっ……」

『おやすみ、エリスちゃんっ!』

 

 音もなく。静かに【大嘘憑き】が発動した。

 

「ああっ……!」

 

 球磨川が消え、目の前には空のカップのみ。

 

「メイド。メイドですか……。一応私、女神なんですけど……」

 

 考えようによっては、それだけでアルカンレティアという街を危機から救えるなら安いとも思える。

 

 エリスは今のやり取りを反芻し、確かに球磨川を少しは労ってあげるべきかと悩んだ。

 

 やるかどうかはともかく。先程の後輩女神にコーヒーのお礼を告げるついで、何かの間違いでメイドのコスチュームでも持っていないか聞いてみようと、エリス様は考えるのであった。

 

 

 












まだこの時期なのに、早くもそうめんばかり食べてる……
やばい

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