この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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時間が思うようにとれず、漆黒の騎士の武器になるところです。


九十四話 退去

 

 自国の民衆に、死に物狂いで契約書にサインをせがまれる経験は幼い王女にはまだ無く、クレアが契約書を破いていなければ危うくアイリスはアクシズ教徒にさせられていた。あまりにも必死な勧誘の様に、アイリスは未だに心臓が強く波打つのを感じる。緊張か恐怖か、あれ程のプレッシャーは戦闘でさえ感じた事がない。現在は、近衛騎士団が王女の周囲に陣を敷き、アリの1匹も近づけない守りを完成させていた。

 

「アイリス様、ここならば安全です。正体を知らぬとはいえ、王女を力尽くで勧誘しようとした無礼なアクシズ教徒は、じきに鎮圧が可能かと。教徒たちが武器さえ持ち出してこなければ、兵士たちも怪我まではさせません」

 

 クレアはひざまづいて君主に戦況を報告する。アイリスが一般の冒険者を装ってはいても、王族への勧誘行為そのものは許される訳が無い。そもそも、実際にアルカンレティアへやって来て目の当たりにした勧誘方法は、アクシズ教徒の悪い噂を遥かに上回る程悪質なものだった。観光客に対しても同様の勧誘を行っているとしたら、騎士団としても見過ごせない。噂なんてものは大抵がおヒレがつく。が、残念なことにアクシズ教徒に関しては信憑性が高そうだ。

 

「アクシズ教徒……これが、あのアクシズ教徒なのですね」

 

 アイリスは戦闘もしていないというのに、ドッと疲れた様子でしみじみと呟く。

 

「ちょっと!! アイリスってば、何をそんなに迷惑そうに疲れたアピールしているのよ! いい? ああいうふうにサインを求められたら嫌な顔せず名前を書くのが礼儀なの。でないと、せっかく一生懸命勧誘しているうちの子達が可哀想じゃないっ」

 

 自分の信者たちを【あの】呼ばわりされ、アクアは面白くない様子。

 

「落ち着くんだアクア。誰が見ても、あの勧誘の姿勢は行き過ぎている。イリスが困惑するのも当然だ」

 

 アイリスに食ってかかるアクアを嗜めるのはダクネスだ。アクアの肩を掴み、そのまま後ろに引っ張ってイリスから遠ざけた。

 

『いやいやダクネスちゃん。何でも否定から入る最近の若者全開なところ悪いけれど、アクシズ教徒の教えは素晴らしいよ。イリスちゃん、あながち入信する手もなくは無いと僕は思うぜ。そう言う僕自身エリス教徒なわけだけれど、実のところエリス教の教えってこの世界に来てから一度も聞いたことが無いんだよね。実態が無い宗教とか、それだけで怪しいぜ。これはもう、僕も宗派変えする必要があるのかもね』

 

 以前アクアからアクシズ教の教えを学び、その在り方に共感した球磨川は多くの騎士団員(エリス教徒)の前でエリス教を否定しだした。

 

「おいっミソギ!ここは一緒にイリスをアクシズ教徒の恐怖から立ち直らせる場面だろうっ。何をアクシズ教の良いところをアピールしているのだ。それでもエリス教徒かお前!?」

 

 エリス教徒の騎士団員&ダクネスの怒りを買うような発言をし、勿論球磨川は怒られてしまう。が、アクアのみが目をキラキラさせ「もっとよ! もっとアクシズ教の良い所を教えてあげなさいなっ!」と背中を押している。

 

「クマガワミソギ。アイリス様のお耳を汚す様な真似は控えろ。それとも、キサマもアクシズ教徒達と一緒に暴徒として制圧されたいのか?」

 

 ほっとくと余計な事ばかりをアイリスに語る球磨川にクレアは最大限の忍耐をもって忠告してくれた。これまでの経緯からして、忠告などせず即座に武力を行使しようと、誰もクレアを責めないというのにだ。貴族だけあって、忍耐は人一倍らしい。

 

『クレアちゃん。のび太くんよりも成長が遅そうな君は、当然の如くなーん……にもっ!理解していないんだね』

「なんだと?」

 

 球磨川の無礼さを生まれながらのものだと考慮して、忠告ですませてくれようとしたクレアに対しても、球磨川は煽る姿勢を忘れなかった。

 

『僕ら冒険者には、僕らのやり方ってものがあるんだ。御行儀の良い騎士様が、自己満足の為に横やりをいれないでくれないかな。ぶっちゃけ邪魔でしかない』

 

 球磨川がわかりやすく肩を落とし、クレアの行動に対し大きなため息をつく。

 

「冒険者のやり方……? つまり、どう言う事だ」

 

『どう言う事だってばよと言われてもねぇ。クレアちゃん、あんまりがっかりさせないでくれよ。そんなんじゃ、アイリスちゃんの近衛騎士失格だぜ、君は』

 

「……いいから、キサマの言う【やり方】とやらをとっとと教えろ。私が何を理解していないと言うのかを!」

 

 有り体にいって、球磨川の態度はムカつく。が、問答無用で斬り殺すのはアイリスの手前避けなくては。一応、言い分だけは聞いてから斬り殺そうと、クレアは帯剣の柄に手を添えた。ここまで我慢してきた努力を水泡に帰すのは避けなければ。

 

 クレアの葛藤など気にも止めず、球磨川先輩は保育園児にも理解が出来るよう優しく説明を始める。胸元に手を置いて、微笑みまじりに言葉を紡ぐ姿は、学ラン姿もあいまって後輩を指導する先輩部員のように優しい。財部女子がいれば、頬を染めて悪態をついてきそうなほどに。

 

『まず、ここへ来た目的は、温泉が汚染された原因を探る為だよね。ここまでは理解出来るかい?』

 

 出来ない人間などいないだろう。理解出来たかどうか確認するタイミングが、いくらなんでも早すぎる。球磨川はクレアをまさしくのび太くんレベルで想定していそうだ。ドラゴ◯桜やビ◯ギャルに出てくる不出来な生徒であってももう少し理解力があるだろう。返事の代わりに、クレアの歯軋りが返ってきた。とっとと核心に触れろと言わんばかり。これには、球磨川も素直に先を急ぐしかない。

 

『……うん。それで、調査する為にはどこの温泉が、いつ頃から、どんな様子で汚染されてきたのか。又、汚染された温泉に浸かった人にはどのような症状が出るのか。とまあ、こう言う情報を町の人達からは聞きたいわけ』

 

「……ふんっ。ならば聞けばいいだけだろう」

 

 簡単なことではないか。クレアは吐き捨てる。球磨川は『やっぱり理解してないようだね』と前置きして。

 

『聞くにしても、それなりの態度ってものが必要になってくるのさ。この町は住民の大半がアクシズ教徒だ。まがりなりにもエリス教徒な僕やダクネスちゃんの質問に、素直に答えてくれるだろうか』

 

「……む」

 

 アクシズ教徒達の、エリス教徒への敵対心は凄まじいものがある。アイリスへの勧誘を阻止しようと近づいた騎士団の妨害をすべく、壁のように立ち塞がった信者達の姿には、クレアも一瞬だが圧倒された。

 

『そうなんだよ。僕たちの、エリス教徒という属性が今回の情報収集を困難にしているのさ。しかし、逆にアクシズ教徒がメンバーにいれば、円滑に情報を集められるというわけ。アクアちゃんが既にいるけれど、スムーズに動く為にもアクシズ教徒は多いにこしたことないでしょ?』

 

 ここまで聞いて、クレアは球磨川がイリスを情報収集の為だけにアクシズ教に入信させようとしていた事に気がつく。ついでに、ダクネスも王女を生贄にしようとしていた球磨川を、信じられないといった顔で凝視。

 

「クマガワ! お前はアイリス様を、そんな理由でアクシズ教に捧げようとしているのか!? 断じて許されんぞそれはっ!!」

 

『……僕が、情報収集の為に力を貸して貰おうと思ったのは、決してアイリス王女殿下じゃなく、僕のパーティーメンバーのイリスちゃんなんだけれど。そこのところ、勘違いして欲しくは無いぜ』

 

「ぐっ……! 屁理屈を」

 

 クレアを含め騎士団はアイリスをアクシズ教徒から守るべく行動している。冒険者の情報収集のやり方なんて知る必要も無い貴族なクレアからすれば、球磨川の言葉は聞く必要も無い。アイリスをアクシズ教徒にさせずに済んだのは誉だ。けれど、イリスという名で冒険者として行動している王女の情報収集を、予期せず妨害してしまった形になったのは事実。

 

「アイリス様……! 誓って、御身の阻害を目論んだわけではございません!! 悪質なアクシズ教徒から、お守りしただけで……!」

 

 球磨川のことなんかはもう既にどうでも良くなり、クレア達騎士団の面々はアイリスに平伏した。

 

「いいのですよ、クレア。私もミソギちゃんに言われるまで、そのような方法で情報収集を行いやすくするなんて考えもしませんでしたから。ただ、聞いたからには実行しない手はありません。私は、今は冒険者のイリスなのですから」

 

 郷に入っては郷に。これ以上アクシズ教徒の反感を買い、情報を得難くしてしまうのは賢く無い。至急敵対行動をやめ、穏便に話し合わなくてはならないだろう。

 

「はっ……。では、アクシズ教徒への応戦は中断し、向こうの代表者を交渉のテーブルへつかせるよう計らいます。可能であれば、イリス様が入信せずとも情報を提供するようあちらの条件を聞いて……」

 

『……エリス教徒の騎士に交渉を持ち掛けられて、果たして彼らは快く応じるかな。ここは素直に、騎士団は町から退去すべきだと思うのだけれど』

 

「キサマの意見など聞いていないっ!いちいち茶々をいれるな」

 

 騎士達を邪魔者としか思っていない球磨川の、歯に絹着せぬ物言い。これまた、クレアがその言い草はなんなんだと、さらに怒声を浴びせかけたところで。

 

「そうですね……。クレア、すみませんがミソギちゃんの言う通りにしてはくれませんか? この場は私たちでおさめますから」

「アイリス様!!?」

 

 アイリスからも退去を勧められて、騎士の皆さんは鎧をガチャガチャと鳴らしながら、寂しそうな足取りでアルカンレティアの外へと去っていったのだった。

 

 アイリスの護衛はいなくなった。このチャンスを逃すアクシズ教徒はいない。

 

「みんな!! 厄介な騎士どもが消え去ったわよ!!」

 

 広場にいた全員が、懐から新札同然のシワひとつ無い契約書を取り出せば、皆我先にとアイリスへそれを突き出す! 

 アクシズ教徒にもノルマがあって、勧誘が成功したら、何か特典が貰えたりするシステムなのだろうかと、球磨川は彼らの必死さから勝手に想像してみる。

 







すばらしきこのせかいのアニメを見るまでは生きなきゃですね。
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