翌日―。
天吾が、無言で教室に入ってくる。
『あぁあぁあぁあぁ!!!!』
英吉「ギャーッハッハッハ!!ヤバイ、マジで笑い死ぬ!!」
天吾「…」
英吉の持つタブレットPCに、昨日の映像が何度も繰り返し流され、それを観た教室中が笑いに包まれる。
英吉「おぉ~天吾!お前、格好いいよ…ヘタレのクセに、 二宮の為にここまでするんだもんな!!」
やっぱり、あの場に居やがったか…この野郎。
天吾「…そんなんじゃねえよ。」
英吉「まだ言うの!?お前がぁ、そうやって強情に事実を隠し続けるから、ほれ。」
iPadには、他にもプールの時の密着映像が保存されていた。
『頼むよ…一生のお願いだからさぁ…俺に…助けさせてくれよ!!』
英吉「くぅ~!このシーン、何回観ても泣けるわぁ…笑いすぎで!!ビャーッヒャッヒャッヒャ…。」
…マジで最悪だ。
こうなる事は覚悟してた…昨日、自分の保身と有紗を天秤にかけた俺は、こうなる事を覚悟して有紗を選んだんだ。
だけど…やっぱり悔しい。
実際に起こってみると、こんなやりきれない事はない。
あまりに理不尽だ。
なんで、いじめてた奴等が黙認されて、それを止めた俺が公開処刑を受けなきゃならない。
答えは分かってる…こいつらは怖いんだ。
こっち側に立てば、次にこんな目に遇わされるのは自分だと分かっているから、間違いだと気付いていてもそれを何でもない事の様に笑い飛ばす。
自分もそうだったから、こいつらの気持ちはよく分かるさ。
そして、一度でもこっち側に足を踏み入れた奴は…もう二度とあっち側には引き返せない。
天吾が、無言で席に着く。
有紗「…天照君…。」
天吾「…」
でも俺は、やっぱり後悔している。
なんでこいつの為にこんな目に遇わされなきゃならないのかと、理不尽な怒りを有紗に向けている。
昨日覚悟した事が、今日にはもう揺らいでいた。
休み時間―。
海が、有紗の教室に顔を出す。
友子「あいつ、また性懲りもなく…。」
海「天照天吾は居るか?」
友子「…って、あれ?」
天吾「…なんだよ、神奈川のでっかい版。」
海「…まあ、いい…少し話せないか?有紗ちゃんが心配だから、少しだけ離れた場所で…。」
教室前の廊下―。
海「昨日は、本当に助かった!ありがとう。」
海は、深々と天吾にお辞儀をする。
天吾「な、なんだよ、急に!?」
海「僕は昨日有紗ちゃんを助けに行くことが出来なかった。」
天吾「そ、そうなの?」
海「そこに、君が現れてくれて有紗ちゃんは何事も無く済んだ…ほんとにありがとう。」
天吾「い、いや…そこまで礼言われる事の程じゃ…って、なんでそれ知ってんだ!?」
天吾は、海の肩をガシッと掴む。
海「残念だが、その時の映像が三年の全クラスに流れている様なんだ。」
それを聞いた天吾は愕然とする。
英吉の奴…何処まで容赦ねえんだ。
あいつの怖いところは、何事も悪気がなく飄々と出来てしまう事だ。
悪気が無いから罪悪感も無いし、面白いと思ったらどんな悪事でも嬉々として行ってしまう。
ある意味、一番敵にしてはいけない奴。
その標的になってしまったんだ…俺は。
海「それにしても、なんで君が助けるとこんな事になるんだ?僕が助けた時は、なんともなかったぞ。」
天吾「…それが世に言う、弱いものいじめってやつだからだよ。」
海「弱いものいじめ?」
天吾「お前がいじめられなかった理由、それはお前がある程度の地位に居たからだ。」
海「僕が?そんな筈無い、僕は君と対等の存在だ!なんら変わらないさ!」
天吾「んな訳あるかバーカ!容姿、知能、運動神経、社交性、人気…それらを、総じて地位と呼ぶ…そして、お前はそれ全部持ってんじゃねえか!まあ、現実はよく見えてなかったみたいだけどな。」
海「…そんな事だけで…。」
天吾「奴等にとっちゃ、それが全てなのさ…そして、俺と有紗はそういうの、持ってなかった…だから、こうなったんだ…つっても、大概の人間はその地位ってもんを持っちゃいないから、お前の方が特別なんだけどな。」
海「…そうなのか。」
天吾「所でさあ、お前ってやっぱ有紗の事好きなの?」
海「ああ、そのつもりだ。」
天吾「…やけにあっさり認めたな…面白くない。」
海「どうしてだ?あんなに魅力的で、あんなに心優しい女性なんて、そうそう居ないだろう。」
天吾「魅力的?あー、まあ、人の趣味にあんま口出ししたくないから言わないけど…それ、他人の前では言わない方が良いぞ?」
海「そうなのか?てっきり、君も有紗ちゃんが好きなのかと思ってたよ。」
天吾「んな訳あるかよ!あんな奴。」
海「…あんな?…そうか、君は昔の彼女を知らないのか…でも、ならなんで君は彼女を助ける?」
天吾「…なんで?…なんで…まあ、あいつがいい奴ってのには、相違は無いから…多分…強いて言うなら…そこかな?」
天吾は、言葉に詰まりながらも一応答えをひねり出す
海「そうか!うん、理由はそれで十分だよな!」
天吾「それより、昔のあいつって?」
キーンコーンカーンコーン…。
そこに、始業のチャイムが鳴り響く。
海「おっと、時間だ…続きは、また今度話そう。」
天吾「…ああ…。」
消化不良気味に天吾が教室に戻ろうと、ドアを開ける。
ガラガラ…。
天吾「ウワップ!?ゲホッゲホッ!」
すると、頭上から黒板消しが降ってきて、天吾の頭は真っ白になった。
それを見て、英吉達が笑っている。
こうして、天吾のいわれのない地獄の日々は始まった。