自分の居場所が、一日にして消え去っていく。
その感覚は、実におぞましい感覚だった。
俺が、足掛け3年を費やして築き上げた、見栄えだけは良いハリボテの友情は、崩れ去るのもそれこそあっけなく脆く一瞬だった。
俺は、一瞬で格下だと思ってきた有紗と、同格になった。
偽りの友情なら、無くなってもそれほどダメージは無いと勘違いする奴は多いが、実はそれは大きな間違いだ。
友達とは、通常意識しなくても自然と出来るもの。
それが、学校のような共同生活の場なら尚更だろう。
だが俺は、それを努力の末、それこそ必死に、今ある見せかけの友情を勝ち取った。
嫌われず、孤立せず、しかしその実過度な馴れ合いは避け、俺は俺の思う最適の居場所を維持してきたんだ。
それは、綱渡りをするような日々だった。
友達だけど友達じゃない。
一緒に居るけど馴れ合わない。
まるで矛盾した二つの関係の、その間に立つというのは、大袈裟な話一つのミスが命取りだった。
命取りだったのに…。
天吾の机には、異様に不快な臭いを漂わせる、ボロボロの雑巾が放置されていた。
天吾「…」
それを見た天吾は、教室から逃げ出す。
も~ヤダ!も~ムリ!俺は人助けをしただけだぞ!?こんな仕打ちを受ける筋合いなんてどこにもないだろ!?
こんなの間違ってる!この世は腐ってる!!
天吾が行き着いた先は、屋上だった。
じゃあどうする?
その時、天吾の脳裏に過ったある考え。
天吾「…そっか、死んじゃえばいいのか。」
天吾は、虚ろな眼差しで屋上の縁に近付き、下を覗きこむ。
天吾「うっわ、高!こんな所から落ちたら死んじゃうよ!チョーあぶねえ~!!」
しかし、その高さを見た天吾は、自分に自殺は無理だと自覚した。
天吾「…やっぱ帰ろ…。」
有紗「死んじゃダメぇーー!!」
天吾「…え?」
ドンッ!
自殺を止めに来た有紗は、勢い余って天吾を突き飛ばす。
有紗「…あぁ!!」
その瞬間、二人の時間はスローモーションのように遅くなる。
ちょっと、何してくれてんの?
ご、ごめんなさい…テヘッ。
天吾「いやごめんじゃねえしぃぃぃ!!」
天吾は、咄嗟に有紗の腕を掴み身体を反転させると、柵を掴みなんとか持ちこたえた。
天吾「ゼェー…ゼェー…マジで死ぬかと思った…。」
有紗「は、早く…引き上げてぇ!」
有紗の身体は、天吾と入れ替わる形で腕と爪先以外外に投げ出された状態だ。
天吾「うるせえ、この人殺しぃ!」
天吾は有紗を引き上げる。
有紗「ごめんなさい、ごめんなさいぃ!!」
天吾「…一つ聞いて良いか?」
有紗「…はい。」
天吾「…本当に、わざとじゃないよね?」
天吾は、怯えながら質問する。
有紗「当たり前です!」
天吾「だって、テヘッって聞こえた様な…。」
有紗「と、とにかく…死んだら駄目です…死んだら、何もかもが終わってしまう…終わらせたくない事まで、何もかも。」
有紗の境遇を身を以て知った天吾は切り出す。
天吾「…有紗は、こんな仕打ち受けて…死にたいと思った事…無いの?」
有紗「…あります。」
天吾「…だよな…だって、俺達なにもしてないのに、理不尽だもんな。」
有紗「あるけど、いじめがどうとかじゃないんです…むしろ…その事があるおかげで、今のいじめが耐えられてる様なもんですから。」
天吾「…え?」
それを語る有紗の目が、天吾には少し潤んでいる様に見えた。
有紗「とにかく、雑巾はもう片付けましたから、教室に戻りましょ?」
天吾「…それより、なんでお前ここに来た?」
有紗「え…それは…。」
天吾「なんで、俺がこんな目に遇ってるかお前分かってんのか!?お前が俺追ってここまで来たら、またいじめの延長線上みたいな事されちまうんだよ!!俺がこうなったのは、全部お前のせいなんだからな!!」
…ん?俺…今なんて?
有紗「ご、ごめんなさい…でも、天照君には絶対死んでほしくなかったから…まさか、私がプールで沈められてた時も、助けに来てくれてたとは思ってなくて…まだ、その時のお礼も言ってないのに…その…。」
天吾「…そうだよ…俺がこうなったのも、全部有紗のせいなんだよな…。」
天吾は、考え込む様に呟いた。
有紗「もう!だから、それはごめんなさいって…」
天吾「いや、そうじゃない!そういう事じゃないんだ…。」
有紗「…え?」
天吾「有紗…お前、なんで自分がいじめられる対象になったか、なにか心当たりあるか?」
有紗「…えっと…なんだか、色々あるとは思うんですが…強いて言うなら…この見た目?」
天吾「そう!端から見ても、お前がいじめられる原因は、その見た目が大体を占めてると思う…まあ、他にも色々鼻に付く所はあるが、見た目さえ普通なら許容範囲内の事ばっかりなんじゃないか…?」
有紗「…はあ。」
天吾「じゃあさ、その見た目が改善されればどうだ?いじめも無くなると思わないか?勿論、俺への嫌がらせも含めて!」
有紗「そ、そんな上手くいきますかね?」
天吾「とにかく、二人とも今の現状から抜け出すには、お前が変わらなくちゃ話にならないんだよ!美少女になれって言ってるんじゃない…出来るだけまともに、人並みになってくれって言ってるんだ…やるしかないんだよ、有紗!!」
有紗「…で、でも…。」
天吾「でももクソもあるか!良いか?俺達は、今から運命共同体だ…お前も、いつまでも俺の事天照君なんて呼んでねえで、これからは天吾って呼べ!!ほれ!」
有紗「…て、天吾…?」
天吾「よし!腹据えろよ…俺達が、日常を取り戻すには、この方法しか無いんだ!!俺が有紗を変えてやる!!」