天吾の胸の内は、理不尽な怒りに震えていた。
天吾「なんなんだあいつ…あんな状況でも律儀に俺の言い付け守ったっての!?」
天吾の脳裏で、助けを求める素振りすら見せずただただうつむくだけの有紗の姿が、何度も何度も繰り返し再生されている。
天吾「……クッソ!あんな時ぐらい約束破れよ!!後味わりいのは俺の方なんだぞ!!」
八つ当たりで横にあったゴミ箱を思いっきり蹴飛ばすが、地面に固定されていたせいで足を痛めその場に座り込む。
天吾「…見捨ててきちまったじゃねえか…。」
あの時、有紗が俺に何か言ってきてたのなら、俺だって止めざるをえない状況になってたんだ。
なのにあいつは、俺の下らない保身を気にして…ほんと、ばかばかしくてムカつく。
後悔で押しつぶれそうな気持ちを震わせ、天吾はおもむろに立ち上がる。
…だけど、それがあいつなのか…嫌われる事を極端に怖がってるから、自分を主張しないし理不尽だろうが他人を優先してしまう…そして、それが自分にとっての正解だと思い込んでる。
天吾「…マジでムカつく奴。」
そして天吾は、踵を返す。
天吾が向かった先はいじめの現場。
到着した天吾は、先程同様曲がり角から様子を伺う。
すると、友子達の有紗に対する執拗ないじめは未だに続いていた。
…まだやってんのかよ…よくも飽きずに…。
さて、それにしてもどうしたもんか。
戻ってきたは良いけど、こっからどうすれば良い?
天吾は、イメージトレーニングをしてみる。
天吾「止めろぉ!」
脳内の天吾は、そう叫び勢いよく飛び出し有紗の元へ駆け付ける。
天吾「もう、もうこんな事は止めろぉ!俺は本当に悲しい!!今、自分のしてる事をよく見てみろ!こんな事になんの意味があるっていうんだ!?…それでも…それでも止めないってんなら、まずは俺を殴…」
イヤイヤイヤイヤ…あり得ないだろ絶対!
そもそも、なんで俺が有紗の代わりに殴られなきゃなんねんだ!自分で考えといてなんだけど…。
マジかー…俺がここで自分の身を呈してまで、有紗を助けに行くモチベーションを、何処に見出せばいいんだ?
せめて、有紗が絶世の美少女なら話は別なんだが、それならそもそもいじめには合わないって…。
やっぱ、ここらで諦めとく?
だって俺、そもそも人助けとかするようなキャラじゃないし、ちょっと後悔の念に苛まれはしたけどそれも結構冷めてきちゃったし、助けに入ったあとのデメリットが、やたらでかすぎるし…。
こういう時、助けない理由ならいくらでも思いつく俺って…。
しかし、ここで天吾がひらめく。
ん?待てよ…。
そうか!なにも、俺があの中に飛び込む必要は何処にもないんじゃん!
そうして、天吾はまたその場から離れていく。
英吉「なんだよ、こんなとこまで連れてきて。」
天吾「いいから!ほれ、あれ見てみろよ。」
昼食中の英吉を連れてきた天吾はいじめの光景を見せつける。
英吉「うお!マジで!?」
フッフッフ、俺はなんて冴えてるんだ。
本当は、先生を呼べば即解決なんだが、そんな事したら俺が呼んだと全力でばれる。
そうなると後の制裁が怖い。
それに比べて、英吉はいろんな奴に顔が広いし、友子ともよく遊ぶ間柄らしい。
そこで、英吉を使っていじめをやんわり止めてもらえば、一番後腐れがない上になにより俺が無傷で生還出来る。
俺って、結構機転が利くんだな。
自分でもビックリ。
英吉「やってんなぁ、友子の奴…今度のターゲットは貞子か。」
天吾「なあ、あれどう思う?」
英吉「は?そりゃ、酷いことすんなって思うよ?」
天吾「だろ!?だったら、お前友子と仲良いんだからさ、ちょっと止めてきてよ。」
英吉「…はぁ!?なんで俺が?」
天吾「え?だって、酷いと思うんだろ?だったら…。」
英吉「だから、なんでその役がおれなんだよ!最初に見付けたのはお前だろ?なんでお前行かないの?」
天吾「いや、だからお前の方が友子と仲良いだろっての!」
英吉「それはそれだろ…今の状況となんら関係ないじゃん。」
天吾「…そ、そんなの…それはだな…。」
英吉「要するに、お前あれだろ?自分では、助けに入る勇気が無いからって、色々と理由付けて俺に手を汚させるつもりだったんだろ?」
天吾「手を汚すって…別に悪い事してくれって頼んでる訳じゃないんだし…なんなら、むしろ良い事…。」
英吉が、天吾の肩をポンッと叩く。
英吉「だったら…なおさら自分でやりなさい…んじゃ、俺まだ飯の途中だから。」
天吾「あ、おい!」
そう言って、英吉はそそくさと教室に戻っていってしまった。
…クッソ…!!クズすぎだろあいつ!!!!
んで、結局こうなんのかよ!
どうすんの俺ぇ…。
友子「オラ!」
有紗「キャッ!」
友子「おら、いつまでも泣いてんじゃないよ!まだ終わりじゃねえんだからよ!!」
有紗「…」
ぼろぼろの有紗に拳が振りかざされた、その時。
「なんだてめえ!?」
友子が、仲間の一人の怒声に振り返る。
友子「あ?」
天吾「チョイチョイチョイチョイ…。」
そこにいたのは、目元に穴の空いた紙袋を被った天吾だった。
天吾「チョイチョイチョイチョイ…。」
天吾が、なに食わぬ様子で如何にも自然な流れを装い有紗を抱き起こすと、そのままその場を立ち去ろうとする。
友子「…天吾、あんたなんのつもり?」
天吾「え!?」
ウッソ…バレてる…。
友子「おい、そいつ連れて何処行こうとしてんだって聞いてんだよ。」
天吾「テ、テンゴ?ノーノー、ワタシテンゴナイネ…アナタヘンナコトイウネ!ハハハ…。」
友子「…てめえ。」
天吾「ヤバい逃げろ。」
天吾は、有紗の手を引いてその場から猛ダッシュで逃げ出す。
友子「…あの野郎…。」
屋上―。
天吾「ハア、ハア…あー、遂にやっちまったー!!」
息を切らしながら吹っ切れたように叫ぶ。
有紗「…なんで?」
天吾「…あ?」
有紗「なんで…私の事なんか…た、助けたんですか?」
天吾「その前になんかねえの?」
有紗「…ありがとう…ございます。」
天吾「…いや…つっても、これでいじめが無くなる訳じゃないんだけどな…。」
有紗「…そうだと知っていて…なんで助けたんですか?」
天吾「全ッ部お前のせい…はっきり言って、お前が良かれと思ってしてる事って、全部裏目に出てるんだわ…つまり、お前の存在そのものが、人をイラつかせんの!!!…だからお前は嫌われるし、友達も出来ない。」
有紗「…それなら、今までみたくほっておいてくれれば良かったのに…。」
有紗が膝を抱えて丸くなる。
天吾「あのさあ、このタイミングで拗ねるかよ普通…お前はこれまでもそうやって、その場で一番しちゃいけない事をしちゃってたんじゃねえの?だからあんな目に遭うんじゃねえの!?」
有紗「…ごめんなさい。」
その一言に天吾は我に返る。
違う…そうじゃない…全部俺の自己満だろ…なに偉そうに説教垂れてんだ…そんな資格、俺にあるはずねえだろうに…。
天吾「…まあ、いいわ…次、いじめられてる所目撃しても、今度はマジで助けねえからさ…後は、自力でなんとかしてくれ。」
そう言って、天吾は有紗を残し一人教室へ戻っていった。
有紗「…」
この時の俺は、考えが甘かった。
これで俺は、有紗とガッツリ関わりあいを持っちまった。
そんな俺を、周囲がほっておく筈が無かったんだ。