あの一件以来、休み時間が終わりに近付くと決まって海は教室の前まで有紗を送るのが日常化していた。
海「それじゃあ、また。」
有紗「いつもいつも、本当にありがとうございます。」
有紗は、その配慮に申し訳なさそうに深々と礼をする。
その様子を、遠巻きに恨めしげな表情で見詰める人物がいた。
友子「チッ、マジで邪魔だなぁ…海の奴。」
?「だったら、私に良い考えがあるわよ。」
友子「…あ?」
?「ほんと、なんなのかしらあの娘…馴れ馴れしく海君に近付いちゃって…許せない。」
有紗が席に着く。
天吾「…良かったな。」
有紗「え!?う、え…はい。」
天吾「どうしたんだよ?そんなキョドって。」
有紗は、小声で答える。
有紗「だ、だって、良いんですか?皆の前で私なんかと喋って?」
天吾「ああ、その事か…よく考えりゃ隣同士なんだしさ、別に一言二言喋るくらい普通かなって…逆に、今までが自意識過剰っつうかさ…。」
天吾の有紗に対する心境も、海が間に入ったことにより若干ではあるが緩和されつつあった。
有紗「…。」
それを感じ取った有紗は、下を向いてはにかむ。
天吾「なんだよ!なんか言えよ!」
有紗「あ、ご、ごめんなさい。」
今日はどうしたんだろう?
何故か、嬉しい事がいっぱい起きるぞ?
有紗には嬉しい出来事だったのかもしれないが、天吾がこの答えを出すのは遅かれ早かれ必然と言えた。
仮にも、自分の身をなげうってまで有紗を助けたいと心から望んだ天吾にとって、人前で有紗と話すという行為は、以前に比べて非常にハードルが下がった為だ。
だが、天吾は忘れていた。
先程の、英吉の不可解な言動の存在を。
その証拠に、英吉はその会話風景も注意深く観察している。
有紗「あの、ちなみに…良かったって…何がですか?」
天吾「いや、ほら…海の事…なんか、すっごいエスコートされてるよな。」
有紗「あ、ああ、神奈さん!はい、すごくいい人なんですよ。」
天吾「最近いっつも一緒だけど、なに?もしかして、あいつと付き合ってんの?」
有紗「…ぬ?」
天吾「いや、だから海とは良い関係なんだろって?」
有紗「ち、ちち違います!神奈さんはもの凄ーく優しい人で、頭も良くて、誰にでもおんなじように分け隔てなく接してくれる人で、ただそれだけなんです!!だからその発言は神奈さんの名誉の為に全否定します!!」
天吾「…あー、何が言いたいのかよく分かんなかったけど、取り敢えずもういいや。」
有紗「とにかく、神奈さんが私の事好きな筈ありません。」
天吾「当たり前だろ。」
?「分かるぅー!」
有紗「え?」
会話の途中で、ある人物が突然割り込んできた。
?「海君って、めっちゃカッコいいのに、めっちゃ優しくて知的で、もー完璧だよねぇ!!」
有紗「…はあ。」
天吾「『矢代』(やしろ)…お前、ほんと海の事好きだよな…もう何回振られてんだよ。」
矢代「うっさいわね!あんたとは話してないの…気安く喋りかけないで貰える?」
グサーッ!駄目だ…俺程度の社交性じゃ、この言葉のナイフを簡単に受け流せない…ぐはっ。
矢代「ねえ、有紗ちゃんはどう思う?」
有紗「え…と、神奈さんの事ですか?出会ったばかりなので、まだよく分かりません。」
矢代「…そっか…なんとも、余裕って感じだね。」
ん?
有紗「いえ、そんなつもりは全然…。」
矢代「ま、続きはまた後で話そ。」
そう言って、矢代は自分の席へと戻っていった。
ふおおお…もしかして、また新しい友達が出来たのかな?
喜ぶ有紗を尻目に、天吾は全く逆の事を考えていた。
…そりゃそうだよな…曲がりなりにも、女子からの人気が高い海を、今の有紗は独り占めしてるようなもんなんだ…そいつらからしてみりゃ、今の状況は、そりゃいい気なんてしないわな。
天吾「…問題が起きなきゃいいが…。」