昼休み―。
海「有紗ちゃん、行こ。」
有紗「…」
有紗はいつもこの瞬間、気まずそうにうつむいて教室を後にする。
海が自分の事を、好意を以て迎えに来ているこの状況が、あまりに不釣り合いだと分かっているからだ。
しかし、肝心の海はその辺り、鈍感というか盲目だった。
周りの目など一切視界に入っていないかと思うほど、この時だけは海の目には有紗しか映っていない様だった。
その光景を見て、天吾はいつも思う。
天吾「…物好きな奴。」
容姿だけでいえば、有紗なんかより海を盲目的に好いてる矢代の方が断然可愛いのに、なんであいつは有紗を選ぶ?
美形は食い飽きたってんで、今度はああいう地味めを狙いに行ってるのか?
ま、あれだな…これこそ正に、選べる奴の特権ってとこかな。
チッ…虫酸が走るぜ。
あまりに一方的な偏見である。
英吉「行かせちゃって、良いのかなぁ?」
すると突然、英吉が横から顔を出す。
天吾「うおぉ!?って、またお前?」
英吉「まあ、相手があの神奈海だから?尻込みしちゃうのは分かるよ…でもな、お前は二宮を思う熱いハートを、これ以上ごまかしきれんのか?」
その発言に深く長いため息が天吾の口から洩れる。
天吾「はあぁ…あのさ、もうマジでいい加減にしてくんねえかな…俺は、あり…二宮とは、別に友達でもなんでもねえから!」
英吉「うんうん、そうだよな…認めたくないよな…ただでさえ、あんなクソ地味な娘にお熱だなんて、万が一にもバレたくないもんな…だけど、人間人それぞれ…誰がどんな奴に恋しようが、俺は決して笑いはしない。」
天吾のこめかみに青筋が立つ。
英吉「ましてや、あの引く手あまたの神奈海が、あそこまで自分をさらけ出してあんなのに求愛してるんだぞ!そりゃあ、恥を忍んでいるだろう…プライドもボロボロだろう…それなのに、海の足下にも及ばないお前が、恥ずかしがって指をくわえてるだけで、万に一つでも勝てると思うか?二宮なんか、ちょっと優しくされたら一発で食われち…」
天吾「…英吉ぃ…。」
天吾が、英吉の肩に手を置いて話を中断させた。
天吾「…ぶっ殺ぉす!」
英吉「待てって、落ち着けってぇ~!!」
逃げる英吉を、天吾が追いかける。
英吉「ギャア~!!」
天吾は、英吉を捕まえると押し倒して馬乗りになった。
その時偶然、近くにいた友子と矢代の会話が聞こえてくる。
友子「行っちゃったわよ、愛しの海君。」
矢代「大丈夫、もう手は打ってあるから。」
…なんの話だ?
友子「へえ、手際良いじゃん。」
矢代「海君を取られて、イラついてるのが私だけだと思った?」
海?イラつい…。
矢代「あなたにも手伝ってもらいたいんだけど、頼める?」
友子「勿論。」
そうして、二人は教室を後にする。
マ…ジか!あの二人が結託した!?ヤバイだろこれ、どう考えても!!
どうする…また俺は有紗に関わろうとしてるのか?海に任せとけばそれでいいんじゃ…。
英吉「おーい、どしたんだぁ?固まっちゃったりして…。」
英吉の天吾を見る目が嫌らしい笑みを浮かべている。
ハッ!そうだった…俺は今、英吉に跨がってたんだ。
こいつも、さっきの友子達のやりとりをきっと聞いていたに違いない。
その後で、俺が教室を飛び出そうものなら、こいつはまたつけあがってなにしでかすか分からない。
今度こそ、あること無いこと良いように話をでっち上げて、面白おかしく学校中に噂を広めるに決まってる。
どうする俺?
英吉が、にへらと笑う。
どうする俺ぇ~!?
その頃有紗達は、昼食をとるため中庭のベンチへ向かう途中だった。
海「いつも、お弁当お母さんが作ってくれるの?」
有紗「いえ、いつも私が自分で作ってます。」
海「へえ、偉い!そういうのすごいと思う!」
有紗「そ、そうですか?」
海「うん、いっつも思ってたけど、有紗ちゃんのお弁当って全部手作りだよね?」
有紗「そ、そんな事ないですよ。」
海「で、今日のおかずは?」
有紗「えっと、確か卵焼きとミートボールと野菜炒めと…えと…」
「海くーん!」
有紗が、指を折りながらおかずを思い出していると、そこに慌てた様子で海を呼ぶ女子生徒が現れる。
海「どうした?」
「ちょっと困った事があってぇ、少しでいいから手伝って欲しいんだけど…。」
海「悪いけど、見ての通り僕は今取り込み中だ…他の人に頼むか、別の時にまた来てもらえないかな。」
「ち、ちょっとぉ!今大変なの、今手伝ってよぉ!!」
海「…それなら、僕が他の人に頼んであげるよ…とにかく、僕は駄目なんだ。」
有紗「あの…行ってあげて下さい。」
海「!…でも…」
有紗「もし断ってる理由が私なら、私は大丈夫ですから…だから、行ってあげて下さい。」
海「…分かった、有紗ちゃんの頼みなら…すぐに終わらせて戻ってくるから、先にご飯食べて待っていて。」
そうして、海は女子生徒に連れられて有紗から離れていってしまった。
有紗「…」
矢代「やぁっと一人になった…二宮有紗ちゃん。」
有紗「…矢代…さん?」