楽綝伝   作:キューブケーキ

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まだまだ続く蛇足:訣別と徐州

 幽州は秋蘭様が確りと抑えている。異民族だろうが反乱だろうが、ことごとくぶち殺して来た成果が平和に繋がっている。やっぱり外敵や売国奴は殺すに限るな。

「適当に座れ」

「はい」

 陳留に入ると、春蘭様の部屋に招かれた。書類棚に積み上げられた事務仕事を見て、相変わらずだと苦笑する。

 机の上には読みかけの本があった。春蘭様を脳筋と嘲る者がその様子を知れば、本を読むと驚く。だが春蘭様は武だけのアホでは無い。家格に相応しく教養も身に付けておられる。戦国策、史記、漢書ぐらいしか読んだ事の無い俺と違い、多くの事を学ばれていた。

 持って来たひまわりのたねを差し出すと黙ってポリポリ食べ出した。塩味と油脂分が良い味となる。

 茶を飲み干した春蘭様にお代わりを入れようと急須に手を伸ばしたら、俺の手を制して口を開かれた。

「桂花から内々の知らせがあった」

「荀文若様からですか?」

 前にSPI2の採用試験方式を説明したら面白がっていたので、それで目を付けられたのかもしれない。

 孫堅には今回の黄巾討伐で汚れ役をさせた。本人が望んで志願した役柄だが、手柄はうちが独り占めした様な物で、世間では借りに当たる。

「要は孫堅を軽んじていないと言う証拠に人材の交流をするそうだ。桂花はそう言ってたが、お前はお前の信じる様に上手くやれば良いさ」

 次の戦、次の次の戦。先を考えれば無闇に敵を作る必要も無い。双方から何人か送り合って友好関係を作る姿勢を見せるそうだ。

 孫家の絆に打ち込む楔だ。可能なら優秀な人材を籠絡しておけと言う指示だが、それは無茶だろ。

 他にも荀文若様は、青幇(チンパン)と言う商人集団を利用して情報収集している。

 局部戦争的軍隊の特種作戦部隊組建ってやつだ。

(何で特種なんだ、特殊じゃないのか? チンパンジーも同じ様な漢字なのかな?)

 そんな下らない事を考えてるうちに孫堅の下に向かう日がやって来た。

 向こうが送り込んで来たのは次世代の王たる孫権で、親族を差し出すと言う効果は大きい。

 ぷるんぷるんと巨峰が実っており結構な景観です。感慨深く考え込んでいると向こうから話しかけられた。

「趙将軍は幽州の公孫賛に仕えていたそうだな」

 今現在の同盟者で将来、曹操様の覇道を妨げる可能性のある孫堅だ。三人も産んだにしては、はち切れんばかりのナイスバディーだ。隣に立つ我が師、黄蓋さんがニヤリと笑って居た。

(まさか、俺の考えが読まれたのか?)

 内心の焦りを隠して俺は表面を取り繕い孫堅に答える。

「ええ。良い方でしたよ」

 送迎には孫堅自身がやって来ていた。娘を送った後、俺達を連れて帰郷する。

(護衛としては心強い)

 孫堅は天下を手に入れ様と言う野心は持って居ない。孫家、孫家と言うが、地方でお山の大将を張る程度の夢だ。家族を強調して気持ち悪いが、カルトと言うかヤクザに近い。

「曹操殿の下で働くのに飽きたら孫家に来ると良い。いつでも歓迎するぞ」

「お戯れはご容赦ください」

 こういう奴らと付き合ったら自分も利用されてしまう。なあなあでお願いされて受け入れていては土坪に落ちていくだろう。典型的な搦め手だ。

 娘の孫策はもっと直接的だった。

 孫堅公認だろうか、積極的に誘惑をして来た。

「趙統、夏侯惇なんて止めて私と一緒に成りなさいよ」

 長女の孫策は頭に蛆虫が沸いてるのかと言う位にヤバイ女だ。まあ水軍を鍛えてるだけあって、水浴びは欠かさないらしく体臭は抑えられている。

 それに比べて北国の女は臭かった。

(身体は良いのに勿体無い)

 これって春蘭様を侮辱した言葉だよね。これだけでこいつを殺しても許される。

「今なら冥琳と穏も付いてくるわよ」

 頭がバトルジャンキーでおかしいのは遺伝だろう。一般常識が足りない。もっと恥じらいを持て。

(腕を絡めてくるんじゃねえよ淫売が)

 このアマ俺が好意を持ってる前提で話を進めてやがる。自信過剰だ。

 好きでもない相手から向けられる好意程、気持ちの悪い物は無い。俺は妻一筋だ!

 確かに美人だがビッチと急接近したいとは思わない。虜にするには出会うのが遅かった。

「駄目です」

 こいつ相手は命懸け過ぎる。どんどん、どんどんムカついてくる。

「速答!? ちょっとぐらい悩むとか反応在っても言いと思うけど、酷くない!」

 悩むまでも無かったけど。

(てめえみたいな糞ビッチとうちの春蘭様を一緒にするな)

 だから優越感を感じない。はっきりと断ってやった。

「すみません」

 俺達の生き方は血塗られた道だけど、殺しで性的興奮を覚える女は勘弁願いたい。

「つまんない!」

 楽しさとか考え無くて良いから、普通に仕事しろよ。周瑜さんが睨んでるぞ。

 あ、此方に来た。

「雪蓮、趙将軍に失礼な事を言うな」

 そうだね。俺に対してともかく、春蘭様を軽んじる言動は許せないからね。

 ぶーぶー文句を言っていたが、渋々謝罪をした。若い頃なら殺していたが、今は気が長い。許してやるよ雌豚。

 

 ☆

 

 孫堅の街に着くと仮住まいの官舎に案内された。屋根のある寝床だが、それ以外に何も無いから必要な物があれば自分で揃えないといけない。

 水は共同利用の井戸か近くの川がある。食い物は後で市場から仕入れれば良い。

「趙統様」

 部屋に周泰が現れた。気配を隠すのは流石だね。

「例の者へ処置はご指示通りに行いました」

「それで」

 俺は自分の留守中、万が一を考えて指示を出していた。

 幽州に残した北郷。物語の主役にはさせない。

 歴史に介入したり、外に興味を持てない様に襲わせた。

「外出した北郷を金で雇った流民に犯させました。流民はその後、賊徒として始末をしたので口外される事はありません」

 北郷は鼻骨骨折、顔面に陥没骨折、肛門裂傷等で半年は寝たきり生活だと言う。

(悪いな。でもこれがお前自身の平穏の為でもあるんだ)

 周泰の仕事はパーフェクトだ。これで奴が外の世界に恐怖を覚えて、びくついて過ごす事は間違いない。

 前回、皇帝陛下さえただのアバズレに変えた北郷だ。今回も何があるか分からない。荒治療だが、けつの毛までむしり取って男としての尊厳を傷付ける様に命じた。

「それで、あの……」

 もじもじする周泰に手紙を渡した。

「春蘭様宛の書状だ。我が家のお猫様をお世話する使用人として、登用するとしたためている」

「誠心誠意、お仕えさせて頂きます!」

 表の仕事として周泰にはお猫様の世話役を任せた。裏の仕事は継続して貰うが。

「早速、失礼します」

 周泰はうちのお猫様に会うべく走り去って行った。例のノルウェージャンフォレストキャットだ。可愛いのは当然だ。

「はえーな……」

 周泰は拾い物だった。使えるし簡単に手放さない。俺の下に居る限りは周泰も北郷も守ってやろう。誠実にな。

 夕食は一緒に食おうと孫堅に誘われていた。

 俺の用意する手土産は、幽州からわざわざ生きたまま連れて来たウルヴァリンだ。屠殺して調理しやすいサイズにカットする。獣に獣の肉を馳走すると言う俺流の心配りだ。

「ふぅ~ん、あんたが趙統なんだ。シャオと年も変わらなそうだけど?」

 宴の席には弓腰姫で有名な孫尚香も居た。ヘソ出しで膝上のスカートと露出が多いのは孫家の家風か。ちんちくりんで貧乳だと、無理して背伸びしてるみたいで色気も無いけどな。

「よろしくお願いします」

 相手は一応、姫様なので頭を下げておく。

「よろしくしてあげるわね」

 無い胸を張って答える様が滑稽だった。

 なお宴席でウルヴァリンは臭いと不評だった。孫堅も顔色を変えるが、言葉に出さないのは礼節か。

 ただし長女ははっきり言うタイプだ。

「何これ、不味っ!」

 吐き出して叫ぶ孫策を見れて満足だ。分かっていたけどね。

「今、笑ったでしょ!」

 目ざとく孫策に見付かったが苦笑を浮かべるだけに止めた。

「残念です。お口に合わなかった様で」

 糞不味いウルヴァリンを食わせたのは孫家の無礼に対するちょっとした意趣返しだ。

 酒が回ると軍師連中は酔った振りをして、曹操様の統治方法を聞き出そうとして来た。

「私は幽州からやって来たばかりですし、(まつりごと)に関与してませんので分かりかねます」

 すると武官としての戦働きを訊かれた。

「私がやって来たのは専ら賊や蛮賊の討伐ですよ」

 それでも聞きたいらしい。

「捕らえた賊はどう処罰するんだ?」

 周瑜さんが訊ねて来た。

 反乱鎮圧後の対応は軍師の役割だ。俺がやるのは現場である程度、間引くだけだが正直に話しても曹操様を批難する材料に使われるかも知れない。

「財産の没収、労役として二年間の荒れ地の開墾、子供は親から離して教育(せんのう)を行います」

 淡々と答えたが、犯罪者(くそごみやろう)の更正で再教育って大切だよね。去勢するのもありかもしれない。今度、試しに玉を抜いてやろう。

「反発した場合は?」

「夢を見るのは終わりです。現実を見て貰います。(われわれ)に重大な過失がある場合を除き、逆らうなら女も子供も殺します。簡単な答えですよ」

「ふむ……戦の、いや政の真理だな」

 周瑜さんは知性を感じさせる瞳で話を聴いている。

 普段から民には密告と報奨による監視制度を広めておく事も有効だ。犬や家畜と同じ様に管理してやらないと愚民は誰が飼い主か忘れるからな。

「逆らうやつは取り押さえる時に紛れて、肝臓殴ったり蹴飛ばしたり、殺すのも手っ取り早くて良いですね」

 命には価格が付けられる。市販の製品と同じで、価格以上の責任を負う事は無い。

 此方の会話を聞いていたのか、孫堅と孫策は目を輝かして笑みを浮かべている。

 真っ直ぐな視線を向けられて思い出した。あ、こいつら俺より殺しが好きだったんだと。

 だが、ただの殺人狂では無い。

 権利には義務が伴う。政を行う者なら当然だ。

 そう言った決断や孫家の内情を見させて貰う。

 

 ☆

 

 綺麗なお姉さんでも、中身がヤリマンのサセ子では社会に害悪しかもたらさない。亭主や恋人に対して不義理だからだ。

 男の場合も北郷みたいな八方美人はいつか刺されて首チョンパだ。

 だからアホで生産性の無い糞女も糞男も、纏めて殺せば良いと常々思っていた。

 男女の恋愛感情? 色欲まみれに美しさは無い。

 子供を産んでいる? 無計画にボコボコ作っても育てられはしない。

 何もかも他人事だから肯定はしなかった。ハナにつくしな。

 だけど人生にはモテキが来るらしい。

「趙将軍、お話しませんか?」

 陸遜に出会うと、どこか潤んだ瞳で俺の手を両手で握られて誘われた。けしからん胸元に目が行きそうになる。

 ──嫌な予感がする。

 そもそもこいつら軍師は事実を冷静に分析し受け入れる。年若くして将軍と呼ばれる俺は懐柔して置いて損は無い。上手く取り込めば孫家の益と成る。それに引き出せる情報は全て引き出したい所だろう。

 陸遜の大胆に開いた胸元が俺の視線を吸い寄せた。蜜の罠だ。据え膳がどうのとか考えが浮かんだが、お断りする。

「今日は先約がありまして、この後は黄蓋さんと約束がありますので失礼します」

 黄蓋さんをだしに使ったが嘘ではない。

「そうですか、残念です。今度はお話聞かせて下さいね!」

「ええ」

 その前に非常識な性癖を治してくれたらな。痴女脱却の第一歩です!

 練兵場に向かうと師は弓を射て居た。

「師父。趙統参りました」

「ああ、そんな時間か」

 再会してから黄蓋さんは、師として俺の立身出世を祝ってくれた。

 戦場で苦境を切り開く有効な手段を深く考えた事も無かった。ただ殺すだけで将軍になれた。

 その事を告げると軽く説教された。

「戦に出るならば、最後まで将として責任持つ事だ。中途半端に手を出せば、己のみならず兵や民の命を失う事に成る」

 俺も大概、適当だけど、無能が中途半端に責任感や使命感を持てば、間違っていても突き進む。それよりは適当に切り上げて引き揚げる頭が求められる。

 変な責任感や意地では戦えん。

 考えたい事があったので夕食の誘いを断り、一人で食堂に向かった。

 だけど選択を誤った。

(こんな事なら手料理の御相伴に預かれば良かったか……)

 と言うのも馬鹿が現れたからだ。

「ね。キスしよ」

 迫ってくるのは孫策。思考が一瞬、停止する。

 対面して飯を食っていた。それがこの様だ。

「何を言ってるんですか」

 そしてここは飯を食う食堂だ。他にも利用者が居る。

「何で? 良いじゃん、キスぐらい。しようよ」

 周りが耳ダンボで注目されているのは丸分かりだ。

 羨望はまだ良い。嫉妬とか悪意を向けられると今後の活動に差し障るし迷惑だ。

(こいつ、既成事実を造るか醜聞で俺を陥れる積もりか!)

 噂話ってのは勝手に尾ひれが付いてしまう。

 全力で振り切って逃げ出した。

「ふっ」

 背中越しに孫策が笑っていた。

「ちょっとぐらい甘い言葉が言えないと、好きな人に告白できないかもね」

「余計なお世話です」

 使えるなら手駒にして囲っておくべきだが俺と孫策の間に愛情や友情は存在しない。国を通しての利害関係だけだ。孫策(こいつ)のからかいはこれからも続くだろう。

(退屈だけはしない)

 不毛ながらも充実した日々が始まった。

 

 ☆

 

 大通りを外れた一本奥の路地は人通りも少ない。

 今、俺は暴漢に囲まれていた。何人かは見覚えがある。

 孫家の兵士だ。

「御託はいいから始めましょう」

「貴様ッ!」

 孫家の兵は主君の影響か短気で切れやすい性格をしていた。

 俺みたいな余所者がちやほやされているの。それが気に食わないのだろう。街をぶらぶらしてたら絡まれた。

「お前みたいな小僧が将軍とは、お前の主君の器も知れてるわ」

「そうですか」

 相手の発言は問題だがそこまで腹はたたなかった。王道を歩むなら醜聞は避けるべきだ。だが覇道を進む曹操様は立ち塞がる全てを薙ぎ倒し歴史を作る。こいつら糞共の言葉で足下が揺らぐ事など無い。

 人は才能や力がある者のみが幸せを得る権利がある。愚者は踏み台に成るだけだ。

 俺が挑発に乗って来ないと、さらに罵声を浴びせて来た。

 いい加減鬱陶しく成ったので、先ほどの台詞に繋がるって訳だ。

 世間的には生意気な小僧に見えるだろうが、幽州軍を指揮した俺は曹操様の下で引き続き将軍職を拝命してる。そこらの兵卒とは立場も違う。

 国を代表してやって来た以上、民草の噂話はともかく、末端の兵士にまで舐められたら終わりだ。だからこいつらをぶっ殺す。

(築いた死体は未来への礎と成るだろう。悪く思うな)

 屑共の命を重んじていては真の秩序は守れない。

 俺が気を体に張り巡らせようとした瞬間、声をかけられた。

「お主ら、そこで何をしておる?」

 糞共はその言葉に固まった。

「黄蓋将軍!」

 黄蓋さんは俺の方に視線を向けた。

「なんじゃ、趙統も居ったのか」

 声をかけた時から分かっていただろうと思い俺は苦笑した。

 そしてそのまま解散となり酒屋に引っ張り込まれた。

 蜂蜜水で付き合いながら俺は訊いた。

「何で邪魔したんですか」

 するとニヤリと笑みを浮かべておっしゃった。

「お主は殺す積もりであったろう」

 相手もそれぐらいの考えを持っていたと思う。

「今回の件は、わしの胸に仕舞っておいてやる」

 他言無用の口止めか。

「そう不満そうな顔をするな。同じ孫家に仕える者じゃから助けた。他意は無い」

「はぁ」

 優しい方だ。俺ならアホで無礼な糞共は、部下でも殺している。

 黄蓋さんは続けた。

「お主、策殿と戦え」

「へ?」

 バトルジャンキーに餌をやってどうする。俺、あいつは面倒で苦手だ。

「お主は目立ち過ぎる」

 好きで目立ってる訳では無い。

「皆の前で実力を見せれば納得もしよう。今日みたいな馬鹿騒ぎに巻き込まれる事も無かろう」

 上手い事を言って丸め込む積もりか。

「それに、わしも弟子の成長を見てみたいからな」

 そう言う事なら話は別だ。

「やりましょう!」

 他人がどう俺を評価しようと俺は変わらない。それは糞みたいな人生のゴミ野郎も同じだろう。簡単に変わる者では無い。結局は自分が納得出来れば良いからだ。

 今回も同じだ。犬でも恩を忘れないと言う。師が求めるなら頑張ろうと思った。

 それに、外交と言うのはより良い結果を引き出す為の努力だ。俺がバトルジャンキーの相手をする事も国益に沿う事なのだろうと自分を納得させた。

「そうと決まれば宴じゃ」

「え、またですか?」

 孫策との試合を黄蓋さんから聞かされると孫堅は重臣一同を集めた。前夜祭として宴が開かれる。

 こいつらは何かと理由を付けて酒を飲みたがる。今回もそう言う物だと思っていた。

「趙統殿も一献」と周瑜さんが盃を渡してくれた。ここで断れば非礼だ。

 面倒に思いながらも口に含んだ。

 体がかっと熱く成った。そして思考と視覚に影響を受ける。

 周囲の視線を受けた。

「効いておるのか?」

 孫堅の言葉に周瑜さんが答える。

「はい。阿片と媚薬を混ぜた酒ですから効果は十分かと」

 なんちゅう物を飲ませてくれたんだ。

 甘い罠に堕ちるのは簡単だが、そうまでして試合に勝ちたかったのか。卑怯な奴等だ。

(抜かった!)

 俺は抜刀して自分の足を刺した。痛覚が混濁として来た意識を一時的に覚醒させる。

「趙統!」

 黄蓋さんが驚いて止血しようと手を伸ばして来たが俺は断る。

「無礼をお許し下さい。今宵は酒が過ぎた様です。お先に失礼します」

 そう言って俺は宴席を飛び出た。

(夜が明けるまでに脱出しなければ、口封じをされるだろう)

 俺は部屋に戻ると手早く荷物を纏めた。

 ここで買った寝具や家具は勿体無いが置いて行く。

(この恥辱忘れん)

 朦朧とする意識を奮い立たせ馬を飛ばした。

 国境には翌日の昼には到着した。

 孫家の裏切りと無礼を曹操様に報告しよう。妙な薬を酒に盛った罪は、何れ倍返しだ。

「趙将軍、お待ち下さい!」

 追っ手がやって来た。キョンシーの様な見た目、相手は武官では無く文官の呂蒙だった。

 非力な女を装い此方を油断させる積もりだろう。

(そうは行くか!)

 呂蒙が袖の下に暗器を隠し持っている事を知っていた。

「これはこれは、呂蒙殿。わざわざお見送りですか? 孫堅様の過分な心遣いには痛み入ります。急な事で、別れの挨拶も出来ず申し訳無く思いますが、宜しく御伝え下さい」

 俺の茶化した物言いに、呂蒙は目線を鋭くして口を挟んでくる。

「趙将軍、貴方は誤解をしています。誤解を解かずに貴方を帰す訳には参りません」

 帰す訳にはいかんと来たか。これも想定の内だ。

「だったら止めてみろ」

 俺はここで遠慮をかなぐり捨てて殺気を放った。

 遠方から騎馬の集団が近付いて来る。

「孫策か」

 俺の呟きに呂蒙は驚きの視線を向けた。

「俺の視力は良いんだ」

 こうなれば孫策もこの場で討ち取ってやる。

 先手必勝、俺は気弾を騎馬集団に撃ち込んだ。馬が悲鳴をあげている。

 爆発と共に吹き上がる土砂で辺りの視界が塞がる。

 この隙に孫策に接近した。あいつの冷めた瞳が俺を捉える。

「死ね、糞ビッチ」

 俺は首を切り落とそうとしたが寸止めで受け止められた。

 素質は努力を、実力は気力を越える。元からの身体能力が高い孫策なら当然か。

 楽しそうな顔をしてやがる。生粋の戦闘狂だな。

 俺が態勢を立て直して再度挑もうとしたら、矢が飛んできた。

「双方、剣を引け!」

 黄蓋さんが、けっこう真面目な顔をしていた。だから剣を下げたが、いつでも戦える気構えだ。

「ちょっと、(さい)。良い所何だから邪魔しないでよ」

「策殿、しばらく黙っていて貰おうか」

 黄蓋さんに言われて孫策もしぶしぶ剣を引く。

「趙統、申し訳無い事をした。冥琳(めいりん)のやつまで炎蓮(いぇんれん)殿に乗せられると思わなかった」

 冥琳ってのは周瑜さんの真名で、炎蓮ってのは孫堅だ。

「師父が頭を下げる事では無いですよ」

 アホな主君を持つと家臣が苦労するってやつだな。

「で、どうするんです? 俺は殺り合っても構いませんが」

 孫策が今にも飛びかかって来そうな笑顔を浮かべた。手に刃物を持っていなければ最高なんだが。

「それは魅力的な申し出だが、またの機会に取っておこう。それよりも一緒に戻ってはくれんか」

「それは無理です。曹操様に報告する義務がありますから」

 俺は譲歩しない。ここまで来たら帰るだけだ。

「我らに反意あり、とでも報告するのか?」

 その言葉に周りの兵士が緊張感をたぎらせた。殺ろうって言うなら相手してやんぞ?

「ご想像にお任せします」

 肩を落とす黄蓋さん。申し訳ありません。だけど譲れないのです。

「頑固じゃな。誰に似たのか」

 うちのママンは華蝶仮面の変態でメンマには拘りを持っている。似たのなら、拘りを持つ所だろうか?

「祭!」

 焦れた孫策が吠えている。会話を邪魔するんじゃねえよ糞ビッチ。

「策殿、帰ろう。今のわしらでは部が悪い」

 そうですね。俺は最悪、逃げ切るから。そうしたらお宅らの仕打ちは全て報告されるし、結果は変わらないな。

「次は無いわよ」

「それは此方の台詞です」

 次に戦う機会が有ったら遠慮せずに殺す。

 そう言う事で、孫家の引き抜きどころか大きな溝を作って俺は帰還した。

 

 ☆

 

 陳留に帰還した俺は即日、曹操様に全てを報告した。

 眉間に皺を寄せ、親指を噛み締めて曹操様は思案された。

「謝罪があれば話し合う事は出来る。向こうの出方を見て、使者の言い訳を聞きましょうか」

「そうね。潰すのはいつでも出来るわ」

 遺憾の意を表明する事は簡単だが、修復出来る関係なら波風をたてる必要は無い。剣を交えたが、俺以外の血は流されていないから無かった事にも出来る。

 使者を待ち何らかの譲歩を引き出すと言うのが曹操様の結論だった。

 だけど虎は野獣である事を選び、人としての対話を選ばなかった。

 孫家から送り込まれていた孫権は一門の後継者、次代を担う者と言う事で、曹操様も待遇には気を使われていた。

 仮住まいの屋敷を取り囲んだ俺は兵を突入させた。

「どう言う事ですか、これは!」

 兵に囲まれた孫権の前に縛り上げられた甘寧を転がした。

「思春!」

 毅然としていた孫権だが、家臣の姿に今度こそ狼狽の色を浮かべた。

蓮華(れんふぁ)様、申し訳ありません」

 真名を呼び合うぐらいだから二人は親しいのだろう。ま、俺には関係ないけどな。

「孫仲謀、黙って聞け。甘興覇は我らが主、曹孟徳の寝所に忍び込み命を奪おうとした。これは盟約に対する裏切りだ」

「何ですって!?」

 向こうは俺が帰国すると孫権の首を切られると考えたのか、あるいは何らかの交渉に使う為か、あっさりと曹操様を襲った。だが曹操様は武の才もある。甘寧は返り討ちにあって捕縛された。

「嘘よね、思春」

 沈黙が否定とはならない。

 曹操様は裏切りを許さない。報復として孫権の処刑を命じられた。

 本当に残念だよ。

 毒親を持つと子が苦労をする。

 せめて殺すなら楽しんで殺したい。

 兵達に凌辱させるのは品位が無い。だから、剣で頭をフルスイングして吹き飛ばしてやろうと考えた。甘寧の首が飛べば孫権も良い声で鳴いてくれるだろう。

「ん?」

 剣を抜こうとして、不意に脳裏に一文が浮かんだ。

『妖徒鬼卒』

 確か太平天国関連で読んだ記憶がある。そしてはっとした。

(そうか!)

 孫家は宗教と同じで、家族や身内と言う意識を刷り込まれている。やくざ組織にも通じる洗脳だ。

 孫堅と言う毒親と孫策と言うキチ姉に囲まれながら、孫権はまだ純粋だった。

(こいつは使えるか)

 俺は孫権に恩を売る事にした。

 曹操様に助命嘆願をした。生かしておけば、孫家を潰す時に必ず役に立つ時が来る。

「孫仲謀は、孫文台や孫伯符と違い御恩を忘れないでしょう」

 曹操様は正々堂々を好むが、卑怯な相手には遠慮をしない。暗殺者を送り込んで来るなら此方も謀略を行って何が悪い。

 孫権は俺の監督下で幽州に幽閉される事と成った。

「あの、助けてくれてありがとう」

 ちょっと優しくしただけで孫権はコロッと気を許す。大丈夫か、こいつ? 悪い男に騙されて貢ぐタイプだ。

「お互いの利が合ったからな」

 甘寧は鋭い目付きで此方を睨んで来る。だから耳元で囁いてやった。

「甘興覇、お前らは捕虜だ。分を弁えないと殺すぞ」

 幽州から関羽が移送の警護にやって来た。

「逃げる事は無いと思うが、不審な動きがあれば殺して良いぞ」

「承知した」

 俺の責任だからな。

「皆に宜しく伝えてくれ」

 引き継ぎを終えると軽く挨拶を交わして別れた。

 

 ☆

 

 アホは止めろと言われて素直に止めない。そして周りは迷惑をかけられる。

 ポル・ポトや毛沢東、スターリンは敵を排除して地位を築いた。結果だけを考えれば強大な支配力を内外に示した。その成果は大きい。

 狂人に権力を与えては成らないと言うが、勘違いをしてはいけない。アホは狂人とは違う。アホはアホでしかない。いい大人が事の良し悪しの判断も出来ない。それをアホと言う。

 では孫堅はアホなのか?

 俺を敵に回したのも、曹操様の襲撃もアホな行為だ。

 江東の虎だか何だか知らないが、自分が天下をどうこう出来ると思ってる井の中の蛙だ。

 変えられるのは世界と未来を見通す者だけだ。既存の枠組みの中で、変え様としても無理何だ。

 俺は春蘭様の配下として徐州に向かっていた。何で徐州かって?

「孫堅は徐州の陶謙と組んで、曹操様の盟友である鮑信殿を攻めている。我らは鮑信殿を援護すべく徐州へ向かう」

 孫堅のアホは戦馬鹿らしく派手に動きやがった。

 漢帝国の力が弱まったとは言え、私闘で兵を動かす事は許される物ではない。

 親の言う事を聞か無いなら、家を追い出されるのと同じだ。朝廷を蔑ろにして侵略戦争を始めれば黄巾賊と同じで朝敵に成る。

「朝廷から討伐の認可も降りているし好きにやれ」と春蘭様もおっしゃられた。

 逆賊デビューか。屑に相応しい。

「キッチリと片を付けてやりますよ」

 今後、曹操様に敵対する者がどうなるか見せしめだ。皆殺しの屠城が許されていた。

 弱者ってのは利用されて潰される。

(まぁ、国の礎として死んでくれ)

 徐州虐殺と言えば三國志演義で歴史に残るが、徐州会戦で国府軍が自国民を巻き添えにした堤防破壊の方が死傷者は多い。水害は怖いな。

 主力兵団は春蘭様が指揮をされて、俺は台児庄に向かっていた。黄河南岸へ友軍の渡河を容易にさせる為の助攻だ。

 軍は国益を守る為に存在する。国土も国民も国を形成する要素だが、国家の大義の前では多少減っても仕方が無いし、国益に影響は少ない。やむを得ない犠牲だ。そうだ、戦にフェア何て物は存在しない。勝てば良いのだから。

 今回、やるからにはどれだけの結果を残せるかワクワクするぞ。

 胸糞悪い殺しは兵の心を鍛える。俺の兵に弱兵はいらん。世界最強ではなく最狂こそ戦場に相応しい。特にイケメンとリア充は殺しておかないと世界が乱れる。これも大多数の幸福を実現する為だ。俺は間違っていねえ。

 幽州には正史で蜀漢を建国した劉備陣営の主だった面子、公孫賛の部下で使えそうな者、袁術の首脳部と言った人材が残ってる。こいつらを呼び寄せれば楽な方に傾くが、北の異民族だけではなく袁紹の動きも警戒しなければ成らない。

 表向きは死んだと言う事に成っている袁術。その仇である孫家に味方するとは考えにくいが、曹操様を敵視してるので油断が出来ない。

 当面の戦場以外を俺が気にしても仕方がない。先ずは目の前の仕事に集中する。

 陶謙の蜂起で漢帝国への不義不忠を確認したので、逆賊の支配地で暮らす民の人権は停止される。賊に荷担したかではなく、賊が蜂起する原動力は潰すと言う判断だ。

 大人しく殺されてね、ご理解をお願いしますと言う事だ。

 ワクワクしながら徐州に攻め込んだ俺だが、驚愕と言うか唖然とした。

 俺が考えているよりも敵は悪党だった。

 木に吊るされた死体は領民だろうか。肉を削ぎ落とされ内蔵が鳥獣に食い荒らされている。

「何だこりゃ」

 中々楽しい処刑方法だが数が多かった。

「この者達は住み慣れた家を棄てる事に反対したそうです」

 陶謙軍主力は鮑信殿を攻める為に出払っているので、留守居の部隊は曹操軍との決戦を避けていた。敵の撤退した村や町は、破壊され井戸は埋められるか汚物や毒が入れられて焦土作戦が行われている。

「やるじゃないか」

 悪党を相手にするのは楽しみだ。人道に拘らないなら何でもやって来るだろう。

 撤退する兵は自領の民ですら襲撃していた。襲うぐらいなら徴兵して肉の盾にすれば良いのにアホだな。労力と人的資源の無駄だ。

 人は家族と友人、知人以外の他人が死んでも悲しまない。しょせんは他人事だ。だから幾らでも残酷に成れる。それに畏怖や侮蔑の視線には慣れる。

 部下を体験した事の無い新たな世界に連れて行ってやる。悪行も皆で手を染めれば怖くは無い。今回は賊徒を征伐する聖戦だから頑張れば良いだけだ。実に簡単な仕事だ。

「趙将軍は宜しいのですか?」

「ああ、俺の分も楽しんでくれ。だけど、殺る事はきっちり殺って来いよ」

 前進した俺の兵は酒と麻薬で倫理や道徳から解放されている。略奪の許可を受けて嬉々として街に突入した。

「頑張れよ」

 風の様に駆けて行く兵士の背中を見送る俺は、兵の士気が上がると言う打算で動いていた。

 町を囲む城壁の中から悲鳴や怒声が聴こえる。弱いやつだけでは無い。要領の悪いやつも死ぬ。隠れて残っていても我が軍に討たれるだけだ。

 肉の焼ける臭いは死体を焼いてるのかと思えば、年寄りを生きたまま焼いていた。死体を犬に食わせると笑っていた。

「女だ、女が居たぞ!」

 可愛いは正義と言うが、可愛いと男女を問わず捕らえられ犯されるか売られる。捕らえられた者は諦めて誰とでも寝るか自害するしか選択肢は無い。思い出は美しい。美しいまま死ぬのが一番だな。

「やだっ! 離してぇ!」

「死ぬよりはましだろう。俺達が穢れを浄化してやるんだ、暴れんな」

 兵士達の景気の良い笑い声が聴こえる。勲功に対する褒美だ。黙認をしてやろう。

 従軍している我が軍の女性武官も馴れた物で、見目麗しい男を物色していた。

 投名状と同じだ。やっぱり略奪や虐殺は連帯感を高めるのに役立つ。

 ここで士気を高めて俺達は陶謙軍を撃破したら、本命の孫堅軍と対決する。

 街から流れるふわっと甘い血の香りを嗅いだ。

 きっとこの先、味方もたくさん死ぬだろうが士気が低いよりは良い。

 全ては勝利に繋げる為だ。

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