楽綝伝   作:キューブケーキ

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そのまた蛇足:徐州戦の終わり

 殺しを続けると心が淀む。これが大義の為の行いだとしても、心は疲れを蓄積して行く。

 俺は殺しで狂う事は無いだろう。既に狂ってるのかも知れないしな。

「将軍、水です」

「ああ、ありがとう」

 俺は差し出された水に口を着ける。

(ぬるい……)

 とりあえず喉ごし爽やかにすっきりしたい。しかし清涼飲料は売って無い。

 酒とタバコは気休めにもならない。精々が果汁を薄めた水だ。

 そんな事なら果物をかじる方がましかも知れない。

 徐州に俺達が攻め込み、支城である街や村、部落を攻め落とされ包囲された敵は、兵糧攻めで飢餓に襲われている。飢えた兵は生きる為に必要な物を得た。女子供を殺して夕食に変えたのだ。

 陶謙も早く降伏すればさくっと殺して、民を苦しみから解放してやるのに、抵抗して苦しみを長引かせている。(たん)を落とせば戦は終わるはずだったが、陶謙は下邳(かひ)に逃げ出しやがった。

 捕虜に聞いた話では子供の肉が特に美味いらしい。ご飯が食べれて、死なずに済む生活があったのに、領主が馬鹿だと領民も地獄を見る。

(指導部の面子を引き渡せば罪を減じて助けてやる。首でも良い。そう言ったら内輪で殺し合うかな?)

 やっぱり戦ってのはちょっと狂ってる方が楽しめる。

「趙将軍、敵は野戦を挑んで来ました」

「え、そう?」

 ユダヤ人富豪の教えでは無いが、自分の為に生きてる者こそ成功出来る。

 毒には毒を。死体の山を幾ら築いてでも、成し遂げるぐらいの根性が無いと駄目だ。増えすぎた個体数を減らすのは、自然の淘汰と同じだ。

 俺の目の前に立ち塞がる敵はと言うと、騎兵を中央に布陣させて戦力の温存を図っている。

 陶謙の主力ではなく応援に駆けつけた孫策の兵だ。徐州は南北交通の要衝であり守る価値はある。だがそれは孫家にとって絶対的な物では無いと思う。

「どういう脳みそしてんだ」

 騎兵は尖兵として使うべき衝撃力だ。後生大事に守りを固める物では無い。

 だから包囲戦に成れば勝手に干上がって死ぬだけだ。籠城で安息など与えん。

「此方は楽で良いですけどね」

「ああ、そうだな」

 平津会戦で中共軍の行った北平の包囲や天津攻撃は理想的な包囲戦だった。今回、俺が率いた兵は途中で下った兵も会わせると一万五千。対して敵は三千五百。圧倒的だ。

「まぁ、罠があっても皆殺しにすれば良い事だ。地獄の火に焼かれるが良い」

 漢帝国に刃向かい悪事を働く逆賊である。テロリストとは取引はしない。朝敵の愚民は罰を与えねばならん。だから処分すれば良い。

 弓術に優れた我が師父の姿が見えない。何処かに潜んでいるのか。防御戦闘で弓兵は活躍する。彼女が遊んでいるとは考えられない。

(となると騎兵は反撃の矢か?)

 勝ち戦の我が軍は油断をしてもおかしくは無い。敵がやるなら乾坤一擲の奇襲による反撃だな。

 そもそも孫策の手勢も急遽、駆けつけたと言う事もあって少ない。

 此方に一撃を入れて士気を上げる魂胆だろう。そうは行くか。ここで孫策はぶちのめす。

 

 ☆

 

 反乱を起こした賊はいつも正当化をするが、許されはしない。代わりにあほで間抜けに与えられるダーウィン賞を与えてやっても良いかもしれない。

 曹操様の築く天下に不要な輩は処断されて当然だ。

 兵は消耗品だ。量産の利くホムンクルスでは無いが、幾らでも現地で徴用出来るからだ。

 敵の戦列を押し潰すべく味方の歩兵が弓兵の援護で前進する。数は力だ。騎兵に動きは見られない。

(本当にこのまま潰される積もりか?)

 味方の尖兵が敵を食い破り騎兵に接触した。

 その時、騎兵は動いた。死に花を咲かせると言った感じか。

「動くのが遅いし、今さら意味が分からん」

 我が兵を切り飛ばしながら馬を駆けて孫策が現れた。腕どころか馬蹄に蹴り上げられて人が飛んでいた。孫策自身も首や目と言った急所を的確に狙っている。

 立ち塞がる者は全て斬り倒す。良い心がけだ。

「混戦を狙って居たのか」

 敵味方が入り乱れて弓兵が敵騎兵の突撃を破砕出来ない。味方なら巻き添えにする事を躊躇するからだ。

 俺は弓隊の校尉を斬り殺した。

「何を遊んでるんだ。弓隊、構え」

 俺の号令で慌てて弓を構える。

「放て!」

 号令一下、矢の雨が味方ごと敵を捉えた。味方の前衛は陶謙軍の投降兵を中心に構成している。

 元から消耗品だから気にしない。見る間に孫策の騎兵は減っていく。

「やれば出来る。諦めんな。どんどん射て」

 俺の兵は無駄死にでは無い。馬鹿みたいに体力の有り余った敵将を疲弊させる役割があった。流れが止まったら最後だ。

 だけど孫策は俺の前にたどり着いた。

「久しぶりね、趙統。元気にしていた?」

「お陰様で。陶謙に孫堅殿がかしずくとは思いませんでしたよ」

 肩で息をしていないのは大した物だ。肩にかかった髪を払いながら軽口を叩いて見せるが、安っぽいスプラッター映画の様に兵の返り血で全身がどろどろだ。髪より血の方を気にしようぜ。

「そう見える? 私を楽しませてくれたら、母様の代わりに一晩の相手ぐらいしてあげるわよ」

 ふっざけるな! お前ごときが俺を口説き落とせると思うなどおこがましい。

「折角のお申し出を有り難く思いますが、ご遠慮させて頂きます」

「あら、どうして。戦は楽しむ物でしょう?」

 戦の捉え方に関しては全く同意見だが、反乱の末路は決まってる。捕らえ、犯し、殺す。

「あいにくですが、そんなに女に飢えて無いので結構です。代わりに俺の兵共を楽しませてやって下さい」

 そう言うと俺は意図的に嘲笑を浮かべた。

 こいつの最後は、涙ながらに殺してくれと懇願するまで兵に犯させてやる。

 敗者の悲鳴が安らぎをもたらす。良い声鳴いて思う存分に味合わせてくれよ。

 屍山血河を作るのも明日の未来の為だ。

 慎重に気を巡らせて力を溜め込んだ俺は孫策に突きを放った。剣は拳の延長だ。防ぐか避けられても手離して追撃をかければ良い。戦場で命をやり取りする以上は全身全霊を以て勝負する。

 油断が足下を掬うからだ。会話をしてる間も俺の兵が背中を狙うが、孫策は軽々と避けて逆に斬り倒している。

「せっかちな男は嫌われるわよ」

 受け止める孫策の胴に、死角から回し蹴りを放つ。

「くっ!」

 吹き飛びはしなかったが内蔵にダメージは与えたはずだ。最強の生物でも内蔵までは鍛えられない。

 後で兵に回させる予定だから手足を砕いて殺さない様にしないとな。

 血が沸き立つのを抑える。刮目してこそ殺しの技は決まる。

 孫策には殺す度胸も殺されてのたれ死にする覚悟もある。

 だけどな、絶対的に足りてないんだよ。

 この世界に、神様から力を貰った俺以上の素質を持つ者は居ない。ならば勝つのも俺だけだ。勝利を掴むのは本の少し、相手より勝ってやろうと言う気持ちを強く持った者だ。

「ちょっと趙統、返事ぐらい……っ!」

 コンボの嵌め技は小手先の小技だが、気の短い相手には効果的だった。冷静さを失う孫策に焦りと怒りが見えた。

(隙だらけだ糞ビッチ)

 返事を返さないと焦れたのか怒鳴って来た。構わず右腕を頂いた。

 バキリ、とへし折れる感触がした。折れた腕を庇わず斬撃を俺の首に降り下ろしてくるのは思い切りが良い。

「礼儀を知らないの」

 小うるさいどら猫だ。猫は虎には成れん。

 続けて左腕を狙った。俺は二本の腕、孫策は一本の腕。耐えきれる訳がなかった。

「ぐあっ!?」

 気の強化を受けた俺の一撃だ。骨が粉砕されただけで済んだのは行幸だろう。普通なら腕は吹き飛んでいる。

「ふん。お前、本当に孫武の子孫か? 『知彼知己、百戦不殆(彼を知り己を知れば、百戦して殆からず)』て言うだろう」

「くそぉおおおおおおっ!」

 しかし腕を潰されてもなお孫策の闘志は衰えず、歯を以て噛み付いて来ようとした。その闘争心には敬服する。

「──っ!」

 だが、しょせん女だ。行き着く所は穴として使われるか死ぬかの違いだ。

 俺の目の前に扉が開いている。

 このまま孫策を殺せば俺も英雄と呼ばれるだろう。だけど止めておく。英雄なんて録な物じゃないからな。

「うわああああ、孫策様あああああ!」

 敵残党が向かって来るが、俺は氣弾を撃ち込んで撃破する。

「一騎打ちの結果を汚すか。屑め。死んで詫びろ」

 突き飛ばした孫策を兵が飛びかかって縛り上げる。両腕をへし折られ血と泥で汚れた姿は芋虫みたいだ。

「まだ殺すなよ」一応、兵には釘を刺しておいた。

 この姿でも逆に喉笛を噛み千切られる可能性があるから油断は出来ない。

 問題は柱を失った孫家だ。まだ将も兵も残っているから躍起に成って孫策を取り戻そうとするだろう。

 その時、敵の前で孫策を凌辱させれば士気を大いに下げられるだろう。

 孫堅と決戦する時が楽しみだ。

 

 ☆

 

 残敵を掃討した俺達は陣を張ると討ち取った敵の首を改めていた。

「死は魂の救済だ。死後、罪は許される」

 人が人を裁き命を奪う。健全な自浄だ。

 馬鹿の連鎖を断ち切る為、殺す事を選ぶのは正しい。

 大事な物を守る為、何かを成し遂げる為には手を汚さねばならない。ひたすら戦うここは修羅道な世界だ。ならば楽しむ事が大切だ。そして殺さないでと懇願するだけの馬鹿どもと今日も戦う。

 李下に冠を正さずとはよく言った物で、疑わしいは罰するのが反乱鎮圧作戦の根幹にある。

 漢から民としての解雇通知を貰った反徒の連中は、豚の様に鳴く様が笑える。正に畜生だ。

 臭い匂いで動物園を思い出し少し懐かしい気持ちになった。

「ジャイアントパンダを食ってみたいな」

「は、え?」

 俺の言葉に部下が戸惑っている。

 職場の部下、同僚は友達ではない。そこは、やっぱり気を抜くべきでは無かった。

「気にすんな」

 捕虜が平伏して謝罪してるが知った事か。謝るのは猿でも犬でも教えれば出来る。

 女が男の様に、それ以上に戦える世界なら男は女以上に家事が出来て当然だが、専業主婦を代わりにやってる夫は少ない。夫は兵として駆り出され戦っている。

「被害者面をするな。生きる努力を頑張らなかった結果がその様だ」

 自警団として動員されるのも男が多い。女尊男卑か?

 メタアルデヒドのナメクジ駆除剤をぶっかけたら面白そうだ。

 俺の指示で捕虜が次々殺されていく。悲鳴が心地良いのは狂ってるのか? いや、勝利の証だからだ。

「世界はずっとこんな物だ」

 公正証書の念書を取っても良いが、喉元過ぎればなんとやらと同じだ。

 無能が民を巻き添えにして滅ぶ。一方、俺は曹操様の民を守り、敵対勢力は皆殺しにする。分かりやすい仕事だ。

 地方の有力者が問題を起こす事は大した問題ではない。そいつを殺せば良いし、領主として民からの信用が無くなっても首をすげ替えれば済む話だ。

 問題は事件や事故の揉み消し、犯罪者を野放しにしてる場合だ。金を溜め込むぐらいなら没収すれば良いが、犯罪者が官職に付いていたりすると面倒だ。そう言った官匪も潰して行かねば後々の障害となる。

 我が軍の殺戮に関する記録は焼却すれば歴史から抹消出来るが、恐怖を広める必要があった。その為、史料の抹消は行わなかった。

 やられたらやり返す。それが曹操様だ。恨みの声も問題には成らない。

 戦災孤児は生まれない。親共々殺すからだ。まれに養子として引き取る奇特な者も居た。その場合は養育里親や特別養子縁組里親に該当する。

「趙将軍、本隊より使いが参っております」

 春蘭様から指令が届いた。

 陶謙と孫堅の主力が合流した。俺も春蘭様と合流しろと言うの事で、陣を引き払う指示を出した。

「お楽しみの続きは後回しだ。薄汚ぇ物を直してけつを上げろ」

 男を狂わせる体を持つ孫策を犯して楽しんでいた兵達も、慌てて移動の準備を始める。

 薄汚れて凌辱された惨めな姿は見ていて心地良い。やっぱり自分の下には下が居ると言う認識が、安心や優越感で、仕事に対するモチベーションを上げる。

「少しは自分の身の程を知ったか」

 屈辱に満ちた顔を踏んでやる。まだ心は折れて無いらしい。

 良心が痛む? んな事は無い。この時代にジュネーブ条約やハーグ陸戦条約も存在しない。あっても関係無い。反乱を起こした者が捕まれば、自分の行動に責任の結果を求められる。馬鹿は無い頭を使うなよ。だからこんな目に遭うんだ。

 妊娠しない様に腹を殴る様に部下には伝えていた。畑が良いから見目麗しい子供が出来るかもしれないが、まだ生まれぬ子供にまで業を背負わす必要は無い。これこそ情けだ。

 うちの兵の士気は高い。勝利が報酬を与えている。

 女、酒、食い物。これを与えておけば兵の士気は保てる。

 兵には休養の他にも食い物や水が要る。暑いのに水分補給をしなければぶっ倒れる。だけど水ばっかり飲んでいても血中のナトリウム濃度が低下して、これも宜しく無い。

(こう言う時にあいつが居ればなぁ)

 料理好きな我が友を思い出していた。この戦が終わったら探してみよう。専属料理人としてスカウトだ。

 塩水に砂糖か蜂蜜、それと果物を入れれば清涼飲料に成るだろうか?

 ブドウジュースとレモネードに挑戦して見ようと思う。

「趙将軍、出発準備完了です」

 副官の報告に頷く。占領地のインフラ整備や治安維持は後続する部隊に任せた。引き継ぎを終えた俺は指示を出す。

「じゃ、行こうか」

 戦ってのは殺しの数をこなせば良い。ロマンはいらない。どこかの提督も言っていた。迷った時は突撃だと。戦いはとにかくぶっ殺してから考えれば良い。曹操様の覇道を邪魔する者は皆殺し。分かりやすい仕事だ。

 言うなればこれからの殺しは恵みを生み出す仁の道だ。大義と正義の為だ。張り切って次の戦も頑張るぞ。

 

 ☆

 

 ぼたぼたと聴こえる音は、雨だれの雫ではなく血の流れ落ちる音だ。

 戦争を遂行するには戦略資源の確保は重要だ。武器を製錬する鉱物資源や塩、穀物の産地、水源地等も確保を行う。それが山の中であってもだ。数は力、銭の力は無視出来ない。

 俺達は突進し、敵を撃破しながら支配地を拡大した。点と線の確保では無く、面を制圧する。

 資源は糞虫どもに勿体無い。曹操様の天下で有効活用される。

「命ばかりはお助けを」

 引き出された捕虜が懇願するが知った事か。

「うるせえ、誰が口を利いて良いと言った。義の為、世界の為に黙って死ね」

「まて、金ならやる。話せば分かる。なぁ──」

 俺の合図で捕虜の首が次々とはねられる。パックリと抉られた肉の断層から血が吹き出していた。

 この国の政は悪い。上が無能だからだ。政が悪いと民の生活を圧迫する。借金が積み重なってる訳で無くても国は滅ぶ。もう少しだ。ここからの踏ん張りが世界を変える。

 やっぱり、哀れな民を救うと言う偽善行為は世間の受けも良いしな。

 人は生まれながらにして上下に分かれている。それぞれ住む世界があり、上に立つ者は地に這いつくばる者を導く使命を運命付けられている。

 だがその前に、光に群がる蛾を処理すべきだ。戦の勝利が民を救う。

 俺にとって今回の出兵は部下を鍛える機動訓練、警備訓練を兼ねている。あらゆる事態に対応する事が武官の務めであり、実戦に勝る訓練は無かった。敵を舐めれば安心して戦える。そして将を信用して死ねる。

「曹操様はこの国を建て直し一つに纏める。その為の礎だ。喜んで死ね」

 死体を敵の前に積み上げてやると怨嗟の声をあげて向かってくるか、恐怖で降るか、逃げ出すしかない。向かってくるなら始末出来る。

 陶謙の侵攻を頓挫させ、逆に徐州に攻め込む事で曹操様は鮑信殿を救援すると言う計画を成功させた。

 これに対して陶謙を支援していた孫堅は、娘を失い復讐に燃えていた。

 野戦の決戦で片を着けようと出て来た。此方としても問題解決が早まり、望む所だった。

「糞の親が出て来たか。お前の娘はまだ生きてるぞ」

 俺は孫策を引き摺り出して敵の目に晒してやった。

「おのれ趙統め、あの様な真似をよくもしてくれた。直々に成敗してくれるわ! 曹操の尻尾に目にもの見せてやれ。奴等をぶっ殺せ!」

 孫堅の鼓舞を受け、陶謙の兵も共に士気を高めた。

「面倒な相手だな」

 戦国時代、秦の桓齮(かんき)は、血の雨を降らせてでも実現する平和の為に、平陽で10万を斬首した。必要なら処断を躊躇わない。俺も見習いたいと思う。

「将軍、御武運を」

「ふん、俺に武は足りている。お前ら凡才こそ運が必要だろう」

 喜怒哀楽は力に成る。感情の猛りだ。

 俺の仕事は客観的に見れば糞みたいな汚れ仕事で頭が狂いそうだが、歴史的に見ても、中華は人が人を永遠に殺し続ける混沌の世界だ。それを期間限定だが終わらせる。それが強い王朝だ。

 始皇帝は中華を統一したが、4年後には滅んでいる。少なくとも始皇帝の在位期間は持った。曹操様の天下も同じかもしれない。だがやらずに後悔するよりも、やらないよりましだ。

「弓兵、射撃開始!」

 北方で鍛え上げられた幽州兵は孫堅の兵にも劣らぬ実戦経験があった。

 俺は奇抜な戦術を産み出せる訳ではない。戦術はその地域に応じて発展する。ギリシャで発展したファランクスを古代中国でそのまま使おうとするなら阿呆の一つ覚えとしか言い様が無い。何故ならその地域に応じた戦術だからだ。だから手堅く攻めた。

 戦の定番、矢の雨を降らせて敵の頭を押さえてからの攻撃だ。

 孫堅の兵は見事に耐えている。しかし陶謙の兵は櫛が欠ける様にボロボロと倒れていった。

 彼我の前衛が衝突した。斬られ伏す者も多い。

「あれは程普ですな」

 青みのかかった長髪を靡かせはち切れんばかりの胸を持っている。

「うん、中々の美女だな」

 俺の仕事は部下の下半身事情の管理も含まれている。民を襲っても良い場合とそうでない場合がある。敵地ならOK、自領ならOUT。だから女衒(ぜげん)の真似事もしなくては成らない。

(前は同じ陣営だったのに、今回、程普さんは孫堅陣営か)

 戦に負ける敵と勝者である俺らを分ける違いは貴賤だな。卑しい生まれは心も貧しい。

 死は下郎への情けと成る。俺の手で止めを刺した自己最高記録はそれほど多くない。部下を指揮してだと軽く10万を超えるだろう。ま、それだけの魂を救ったと誇れる仕事だ。

 前の方では、負傷者に対して指示が出ていた。

「負傷した者は後ろに走れ。走って患者集合点に向かえ」

 医官が治療をしてくれる。素人が下手に自己判断で大丈夫だろうと処置して後遺症を負ったりするよりは本職に任せる方が安全だ。

「んなアホな……」

 孫堅と親衛隊は矢を突っ切り、前衛を突破して向かって来た。うん、さすがだ。孫策なんてあれに比べたら可愛い物だな。

「俺の仕事はお前らを始末する事だ。曹操様の邪魔をさせるわけにはいかん」

「趙統おおおおお!」

 聞いてないな。孫堅は俺の名を叫んで向かってくる。空気が張り詰めるのが分かった。

「しょ、将軍!」

「良いから俺に任せとけ」

 部下の前に出るとありったけの氣弾を撃ち込んでやった。

「目障りだ。死ね」

 孫堅の周囲が()ぜた。地面をえぐり、親衛隊を吹き飛ばし、孫堅の愛馬を殺した。転げ落ちた孫堅は素早く受け身を取る。追撃をかけようとしたら、矢が俺目掛けて飛んできた。

「流石ですね」

「わしの攻撃を避けるお主も中々じゃぞ」

 黄蓋さんが弓で俺を射て来たのだった。恩師を殺したくは無い。だから勧告をした。

「俺が勝ったら程普さんも、師も投降してくれませんか。俺が負けたら今回は退きますよ」

 師は獰猛な笑みを浮かべた。

「わしらを身請けするには十年早いぞ。舐めるなよ孺子(こぞう)

 続け様に飛んできた矢を避けると背後の部下が倒された。余所見してるからだ。

「冷たいな。助けてはやらんのか?」

「ここで死ぬならそこまでの者でしょう」

 それは俺も師も同じだ。

 威力を落とした俺の氣弾が孫堅と宿将二人を襲う。戦いに愉悦を感じたのか誰からともなく笑い声を漏らしていた。でも余裕長続きしない。

「先ずは一人」

 程普さんの顔面をぶん殴った。鼻骨骨折だろう。鼻血を流していた。外傷はその程度だが、氣強化された俺のストレートブロウは頭をシェイクしていた。これは効いただろう。

 朦朧としたまま気絶した。

「そして二人目」

 師を狙った。ややアッパーぎみのブロウが下顎を直撃した。

「ぐっ」

 骨折してるだろうが遠慮はしない。そのまま体勢を崩した師の腹を蹴りあげた。

 衝撃を受けた師は苦し気に呼吸を繰り返し意識を失った。後で医師に見せたら、内蔵を押し上げて肋骨が亀裂骨折していた。

「仕上げだ」

 孫堅を殺すと決めていた。孫権が継ぐ新しき孫家が曹操様の覇道を支えるのだから、古き孫家は滅ぼす。

(あ、でも良い(つかえる)女は別だ)

 二人を倒された孫堅は怒気を撒き散らしながら斬りかかって来る。我流の剣技か、剣先の流れがでたらめすぎて読めん。だけど勝つのは俺だ。

 二人と違い、孫堅にはほぼ全力で当たった。

「じゃあな」

 氣を纏わせた俺のブロウが孫堅の側頭部にめり込み、頭頂骨を粉砕した。髄膜も脳も木っ端微塵なった。

 腕に絡んだピンクブロンドの毛髪と皮膚の断片を振り払ったと同時に、孫堅の体が崩れ落ちた。

「敵将孫文台、趙統が討ち取った!」

 歓声をあげて我が兵は残敵に向かって襲いかかった。俺は気絶した二人を回収して戻る。これから曹操様の御為に働いて貰わないといけない。頑張って説得しよう。

「それはそうと……」

 孫家の者にとって孫権以外に忠誠の対象を残すのは不味い。俺は孫策を始末した。

「あばずれは地獄に堕ちるが良い」

 このまま凌辱され続けるよりは一思いに楽にしてやったのは温情だ。

「明日は下邳(かひ)を落とすぞ」

 狙うは陶謙の首だ。

 

 ☆

 

 俺が望むのは曹操様に仕え、春蘭様との日々を繰り返す事だ。家族は離れても家族だった。これ程、繋がりを嬉しく感じる事は無い。だから今は夢の為に努力する事が楽しい。

 それが我が願い。それには欠かせぬ天下の掌握。その為に血を流すのは厭わない。脆弱な者は曹操様の天下に残る事が許されない。

「幽州の趙統……首斬り趙統がやって来たぞ!」

 翌日の昼過ぎ、陶謙を追ってやって来た俺の兵は下邳を包囲した。

「ちょ、何だ。その物騒な呼び名は」

 敵の声に俺は抗議の言葉をあげたが、幽州からの古参の部下が答える。

「趙将軍は幽州で異民族やら賊やら合わせて10万斬首にしたって噂になってるそうですよ。でも徐州含めたら10万なんか軽く越えてますよね」

 悪名は仕方が無い。やって来た事の結果だからな──でももう少しましな二つ名がよかった。

「さて、投降勧告やっておくか」

 投石機から最大射角で城内にビラを撃ち込んだ。向こうは向こうで、余計なデマを防ぐ為に回収をしたようだが、ばら蒔かれたビラは全てを回収する事は出来ず、内容は兵や民に伝聞として広まった。

 勝敗は決した。お前ら徐州の者は立派に戦ったと称えながら、前途有望な命を捨てるな。無駄死にでは何も為し遂げる事は出来ない。だから曹操様の下へ投降しろ。やがて平和が来た暁には、復興と再生と言う重要な仕事がある。徐州滅亡を招いた陶謙を引き渡せ。それで全ては終わる。要約すると投降と内応を誘うそんな内容だ。

 これで場内の敵は割れるだろう。

「将軍、攻撃は日が落ちてからですか?」

「ああ、脱走者が出てくるだろうしな。そいつらに門を開けさせよう」

「その後は悪霊に魂を売った連中の屠城(みなごろし)ですね」

「だな。真実と正義、大義の為だ」

 不意に俺は洗衣院を思い出した。金が宋を倒した時に皇女の貴賤を問わず、女を全員捕らえて官営売春施設に送り込んだ件だ。

(売春で稼ぐのも国の為になるか)

 奴隷狩りをしないから今回は皆殺しにしていたが、人的資源の有効活用にはなる。

「ああ、女は生かして捕らえておけ」

 俺の指示に部下は生暖かい目で了承の返事を返した。

「俺が使うんじゃないぞ」

「承知しております」

 絶対勘違いしてやがるな。ゲス顔がムカつく。

 夜陰に紛れた襲撃を計画して俺は交代で兵を休ませる事にした。こう言う時に使える副官や軍師が欲しいと思う。

 夕食の主食として幽州で狩って来たウルヴァリンの肉を調理させていると、闕宣(せっけん)を名乗る者が陶謙の首を持って投降して来た。

 闕宣は手勢と共に陶謙を討ち、下邳を抜け出して来たと言う。どうせなら城内を制圧してくれたら楽だったのに、気が利かない。

「趙将軍の御慈悲にすがりたく参りました。今後、お許しを頂けますならば、忠誠を以て再起をかけていきたいと思います」

 血と溝の腐敗した臭いがする。首は曹操様の所に送らせる。

「片付けておけ」

 恐らく今頃、城内は混乱の坩堝だろう。俺は攻撃命令を下した。このまま一気に下邳を制圧する。

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